【沖縄・砂川・三里塚通信】

辺野古・大浦湾からの報告(21)~ジュゴンは生きている

浦島 悦子

◆ ジュゴンは生きている! ともに暮らす「幸せ」を取り戻そう

 昨年12月12日付の「沖縄タイムス」に「ジュゴン絶滅か?」の大見出しが躍った。それを見て愕然としたのは、ジュゴンが「絶滅した」からではない。本連載の四回目で報告したジュゴンのB子さんの死(昨年3月)以降、「辺野古のジュゴンが死んだ」「ジュゴンは絶滅した」というフェイクが蔓延し、私たちはその誤った認識をただすのに苦労してきた。基地問題と絡んで報道されてきたため「ジュゴンは辺野古にしかいない」と思い込んでいる人が多いこと、ジュゴンがあたかも基地反対の「道具」のように扱われている(ジュゴンに対して)申し訳ない状況を何とか変えたいと努力してきたのに、この見出しは「ジュゴン絶滅」というフェイクにお墨付きを与え、さらに誤解が進むのではないかという危機感を感じたからだ。

 見出しをよく見ると「?」が付いているし、記事の中身を読むと、防衛省が辺野古新基地建設に関して設置した環境監視等委員会の委員の1人が「絶滅の可能性が高い」と発言しただけのことで、複数の委員は広域調査の必要性を訴えたということがわかる。しかし一般読者の多くは見出ししか見ないだろうし、そのインパクトは大きい。同紙は後日、沖縄近海各地でジュゴンの目撃情報が少なくないこと、絶滅に言及するのは「早計」という識者の見解も報道したが、一度与えられた強いインパクトを拭い去るのは容易ではない。

 その後、辺野古新基地建設反対の海上行動を続けているカヌーチーム「辺野古ぶるー」が出したチラシに「辺野古に棲んでいたジュゴンが今帰仁まで追い出されて死んだ」という内容の文面(文を書いた人はそう思い込んでいたという)が載り、驚いた私たちが、そうではないことを説明して削除してもらったこともあった。

 沖縄県は現在、私たちから見れば少なすぎるとしても、ジュゴン保護にいくばくかの予算を計上し、調査等を行っているが、県政野党の自民党は「ジュゴンはどうせ絶滅するのだから無駄な予算だ」と、それさえも減額あるいはゼロにするよう圧力をかけているという。ジュゴンが絶滅すれば、あるいは絶滅したという認識が定着すれば喜ぶのは誰だろう?

◆ ジュゴンを亡き者にしようとする言説をゆるすな

 懸命に生きているジュゴンを「亡き者」にしようとする言説には、それが善意であろうが悪意であろうが組みすることはできない。
 ジュゴンは国際保護動物であり、IUCN(国際自然保護連合=約1300の政府機関、国際機関、NGOが加盟)は2000年以降、再三にわたって日本政府に対しジュゴン保護勧告や決議を行ってきたが、B子さんの死は、それが全く生かされていないことを証明するものだった。危機感を持ったIUCNの種の保存委員会・海牛目類専門家グループは昨年8月、南西諸島のジュゴンを「近絶滅種」とする評価をIUCNのレッドリストに提出(12月10日に公表)。その評価を受けて9月、三重県の鳥羽水族館を会場に、同専門グループに日本・沖縄の関係者(環境省、専門家、NGO)も交えたワークショップを開催し、ジュゴンの生息状況をきちんと把握するための多角的調査や、ジュゴン保護啓蒙のための取り組みをまとめた。(その後、調査計画・取り組みを日本政府と沖縄県に送付・提案。12月7日、海牛目類専門家グループのウェブサイトで公表)。
 その中で今後の調査計画として、沖縄島周辺の島々、八重山・宮古を含む南西諸島海域全体におけるジュゴンの分布を知るために漁業者、市民などからの目撃・食み跡・海草藻場などの情報提供、そのためのスマホ用アプリケーションプログラムの作成、環境DNAやドローンによる調査、ジュゴンが発する鳴音のモニタリング、海草生息地の現状把握、そして、ジュゴンに対する人々の関心や注意の喚起を挙げている。

◆ ジュゴン絶滅の回避は県行政と市民一人ひとり

 では、この調査は誰がやるのか? IUCNの数人しかいない専門家がやってくれると思ったら大間違いだ。彼らが頻繁に日本や沖縄に来て実務を担うなど不可能だし、実施主体となるべき日本政府・環境省は極めて及び腰だ。そう、これを担えるのは、そして担うべきなのは沖縄県行政であり、県民・市民一人ひとりなのだ。
 ジュゴンの絶滅を回避できるのは、ジュゴンに対する多くの人々の関心・注意・愛情にほかならない。私たち、ジュゴン保護市民グループの力はとても小さいが、今回のIUCNの公表を受けて、世論づくりに力を入れたいと考えている。
 「ジュゴンを探せ!」キャンペーン(情報収集と共有)、今後行われるB子さんの骨格標本作りや展示(ジュゴンと人々との関わりの歴史を含め)への市民参加、一昨年行った「ジュゴンを県獣に!」活動(署名を集め沖縄県に提出したが、未だ実を結んでいない)の仕切り直しなど、県民・市民と行政が一緒にやれる活動を提起し、市民の関心を高めていきたい。

 太古の昔から、この島々に住む人間たちに物心両面の恵みを与え、陸と海を結ぶ神々の使いでもあったジュゴンを「近絶滅種」にまで追い詰めたのは、ほかならぬ私たちの人間活動である。追い詰められながらも、ジュゴンたちは餌場を求め、各地で懸命に命を繋いでいる。このまま手をこまねいて「絶滅」を待つのは「恩知らず」であり、さらに「絶滅」の加速に手を貸すのは「恩を仇で返すことだ。否「恩」などと言わずとも、美しく豊かなこの島々の森と海に抱かれて、ジュゴンと人とが持ちつ持たれつ、かつてのような「近しい存在」としてともに暮らす「幸せ」を、もう一度取り戻したい!私はそう、心の底から願っている。(後略)

<参考資料>
季刊『創造』168号(2020年4月)所載
 「辺野古・大浦湾からの報告(21)ジュゴンは生きている」 浦島悦子
著者は1948年鹿児島県川内市生まれ 90年沖縄に移住 文筆活動、98年より辺野古米軍基地反対闘争参加、ルポ・エッセイを書く。91年「闇の彼方へ」で新沖縄文学賞佳作、著書に「ジュゴンの海と沖縄」など多数。

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