【コラム】
槿と桜(77)

韓国のお茶は甘い?

延 恩株

 「日本茶」と言えば、日本の方は「玉露」「抹茶」「煎茶」「茎茶」「粉茶」「玄米茶」「ほうじ茶」など、それぞれに思い浮かべると思います。日本のお茶は「緑茶」と呼ばれることでもわかりますが、基本的には緑色で、ほうじ茶だけは茶色っぽい色です。
 なかでも「煎茶」は日本の日常生活でもっとも馴染みがありますし、「粉茶」はたいていお寿司屋さんで出てくる、少し渋味が強いお茶です。「玄米茶」はお茶の葉だけでなく炒った玄米が混ざっていますからお煎餅が入ったような香りがします。これらはそれぞれ香りや味に特徴があって、私はどれも好きです。

 日本ではお茶が大変、身近な飲み物として生活に根づいています。韓国でもお茶は身近な飲み物ですが、「お茶」と言った時、そのイメージは日本とはかなり異なります。もちろん「緑茶」も飲みますし、「緑茶」の淹れ方も日本と変わりません。急須などの茶器も似ています。
 でも多くの韓国人が思い浮かべる「お茶」と言えば、「緑茶」ではなく、「ゆず茶」や「人参茶」「ナツメ茶」のような果実や漢方薬にお湯を注ぎ、蜜や砂糖を入れたものです。

 これらは、チャノキの葉や芽、茎を乾燥させるなどして作る「お茶」ではなく、他の植物の葉、花、樹皮、根などを乾燥させ、お湯を注いで抽出した飲み物です。日本ではこうした飲み物は「お茶」ではないとみなす人も多いかもしれません。
 そのためでしょうか、このような「お茶」は一般的な緑茶と区別して、「茶外茶」「茶でない茶」などと呼ばれています。日本でも「麦茶」は「茶外茶」の代表と言ってよく、多くの方に馴染みがあると思います。その他にも「そば茶」「梅茶」「こんぶ茶」などは比較的身近な飲み物として、「茶」の字がついていてもあまり違和感はないと思います。

 韓国で伝統的な「お茶」というと、チャノキの葉や芽、茎などから作った「お茶」=緑茶ではなく、「茶外茶」を指すのが一般的になったのには、韓国でのお茶の歴史と気候風土が大きく関わっています。

 「お茶」は、韓日両国ともその伝来過程は同じで、中国大陸から入ってきました。
 韓国で「お茶」の移入を伝える確実な記録としては、『三国史記』(삼국사기 1145)に新羅(신라 紀元前57~935)興徳王の時代(826~836年)に智異山(チリサン 지리산)の華厳寺(ファオㇺサ 화엄사)、あるいは双渓寺(サンゲサ 쌍계사)に中国から持ってきたチャノキの種が蒔かれたとあります。

 一方、日本で最初に茶が伝えられたのは平安時代(794~1185/1192)で、遣唐使として中国に渡った僧侶の最澄が805年にチャノキの種を持ち帰り、比叡山麓の坂本に植えたのが始まりとされています。
 韓日ともほぼ同じ時代にチャノキがそれぞれの国に伝来していたことがわかります。そして、「お茶」は嗜好品ではなく薬として飲まれていて、大変高価なものでした。

 「お茶」が飲まれ始めた新羅では、仏教の行事などで主に用いられ、宮廷や貴族、僧侶たちが飲んでいましたが、一般の人びとには遠い飲み物でした。しかも朝鮮半島で自力でできる「お茶」の生産量が少なく、中国から輸入していましたから高価だったことも頷けます。

 高麗時代(고려시대 918~1392)になりますと、仏教が迎え入れられ普及していったこととも関連して「お茶」が飲まれることが最盛期を迎えました。さまざまな儀式に茶が使われ、茶の味を競う闘茶会(現在でも中国や日本の一部地域では行なわれています)が開かれ、高麗青磁などの茶器も作られていきました。しかし、お茶の需要があまりにも増大し、農民に過剰な生産を求めたことで、かえって農民が茶の生産から逃れるようになり、朝鮮半島での茶の生産量が減少してしまい、一般の人びととは無縁の飲み物のままでした。

 その後、仏教に代わって儒教が重んじられるようになり、仏教が衰退していくに従い、仏教寺院で栽培されていた「お茶」も生産量が減っていきました。こうして朝鮮半島では「お茶」を飲むという生活習慣が広く人びとに浸透していくことはありませんでした。

 日本でも中国から伝来した「お茶」は当初、人びとの生活とは無縁の飲み物でしたが、鎌倉時代になって臨済宗の開祖・栄西が中国の宋へ修行に行き、多くの経典と一緒にチャノキの種と「お茶」の飲み方を持ち帰ったのがきっかけで、人びとにも次第に知られるようになっていきました。とはいえ人びとが生活の中で「お茶」を日常的に飲むようになったのは江戸時代になってからでした。

 このように韓国と日本で「お茶」の普及が一方では衰退し、一方では普及していったのには、上記のような歴史的な要因がありましたが、以下のような気候風土とも大きく関わっていました。

 「お茶」は基本的にはチャノキの葉を摘み取って、それを乾燥させて作ります。良質な茶葉を栽培するには、それに見合った気候条件が幾つか揃っている必要があります。

 寒冷地でないこと。
 高温地でないこと。
 降雨量が年間を通じて一定量あること。
 山間部で、ある程度の寒暖の差があること。
 水はけと風通しが良いこと。
 霜を防ぐことができること。そのためには河川の上流から中流の地域であること。

 このように「お茶」が育つ条件を挙げてみますと、日本の方なら、たとえば東海道新幹線で静岡あたりを通過するとき目に入る茶畑を思い浮かべればなんとなく理解できるのではないでしょうか。
 水はけと風通しが良い場所となれば、なだらかな山の斜面を利用するのが適していますし、川が流れていることで川から立ち上る霧が霜を防いでくれます。また茶畑に背の高い扇風機が置かれているのも見かけますが、これも霜を避けるためです。静岡や京都の宇治などお茶の生産地として知られた地域の気候風土、地形を考えますと、チャノキが育つ自然条件はそう緩やかではないことがわかります。

 そこで、こうした自然条件を韓国に当てはめてみますと、日本に比べて「お茶」の育成に適している地域がかなり限定されていることがわかります。 (次号につづく)

 (大妻女子大学准教授)

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