【コラム】槿と桜(119)

韓国の人口増を考える

延 恩株

 韓国統計庁が2024年7月29日に発表した2023年の韓国の総人口は5177万人で、前年の2022年より0・2%増えたそうです。深刻な少子高齢化社会となっている韓国で人口が増えたというのはどういうことなのかと奇異に思う人は少なくないと思います。
 韓国でこの少子高齢化がいかに大きな問題となっているのかについては、尹錫悦(윤석열 ユン・ソンニョル)大統領が2024年5月9日に深刻な出生率の低さは「国家非常事態」であるとして、少子化に対応する「低出生対応企画部」(仮称)を新たに設置すると発表したことにも表れています。
 韓国では女性1人が生涯に産む子どもの人数を示す「合計特殊出生率」が2023年は過去最低の0.72となってしまい2022年の0.78からさらに下がり、8年連続で前年を下回ってしまっています。その結果、新生児数は約23万人(前年比7.7%減)と過去最少となり、8年前のほぼ半数となってしまって、少子化に歯止めがかかっていないことがわかります。しかも今年もさらに出生率が下がり、0.7を割り込むと政府は予測しています。

 こうした事態に対して韓国政府がこれまで何も手を打ってこなかったわけではなく、2006年から5年ごとに対策委員会が少子化対策を策定して、2021年までに日本円で約31兆円を投入して、結婚促進や出産支援、無償保育、児童手当支給、育児休暇に伴う給付金制度など多様な施策を実施してきていました。
 しかし目立った効果は上がっていないのが実情ですし、首都ソウルの「合計特殊出生率」が0.55と聞けば、〝ソウル生まれの子どもはいなくなる〟という言い方も決して大袈裟ではないようにも思われます。ソウルの出生率がなぜこれほど低いのかについては〝インソウル〟という言葉が示すように一極集中現象によって激しい競争が生まれ、格差社会、階層社会の波に呑み込まれて、結婚も出産も実現できない、あるいは望まない、さらには結婚しても子どもはもうけないという人びとが増えてきているからなのでしょう。
 ただし〝インソウル〟問題は出生率だけでなく、韓国という国を考える上でも大きな問題ですので、ひとまず今回のテーマに戻ることにします。
 
 さて、なぜ韓国の人口が増加したのでしょうか。
 その謎解きは、冒頭にありますように〝総人口〟となっていてこの〝人口〟には韓国人だけでない人びとも含まれているからなのです。そのため韓国人だけでは4983万人で、2022年より0・2%減少しています。上述しましたように異常な少子化が影響していることは言うまでもありません。
 また少子化だけでなく高齢化も早いスピードで進み、15~64歳の生産年齢人口が減り続けています。働き手の減少を放置すれば国家としての維持が難しくなるのは言うまでもありません。政府要人が移民政策を取り入れなければ、国家消滅の運命は避けられないとまで発言するのも、労働力不足が非常に深刻になってきているからです。
 しかし、こうした危機意識がある一方で、1990年代以降、韓国の若年層に3Dという言葉が使われるようになりました。これはDifficult、Dirty、Dangerousの頭文字をとったもので、日本で1980年代から使われ始めた3K(きつい、汚い、危険)に当たるものです。
 韓国の若年層の就職難にはこうした3Dと呼ばれる職種を避ける傾向がますます強くなってきていることとも関係していると思われます。3Dや3Kとされる具体的な職種は、建設業、清掃業、農林水産業、介護業、看護業などでおおむねブルーカラーと呼ばれる職種ですが、人手不足が進めばどれも私たちの日常生活ができなくなる職種ばかりです。
 少し横道にそれますが、日本ではさらに「新3K」というホワイトカラーと見られている職種の事務職や販売職などに対する言葉もあるようです。「帰れない、厳しい、給料安い」の頭文字の「K」からこのように言うのだそうです。
 日本のように求職者から敬遠される職種がブルーカラー職種だけでなくホワイトカラー職種にまで及んできていることを韓国は対岸の火事として見ているわけにいかなくなるのではないでしょうか。
 
 話を戻しますと、韓国では上述しましたように、少子化、労働人口の減少、若年層から敬遠される3D職等々の理由から人手不足はかなり以前から深刻になっており、外国人労働力に頼らないと生産活動が成り立たたず、韓国の経済は持たないとまで言われてきています。
 こうして政府は外国人の働き手の受け入れを積極的に進め始め、政府主導で非熟練の外国人労働者を受け入れる「雇用許可制」を2004年に導入しました。
 この「雇用許可制」とは、外国人を法的に「労働者」と見なします。そして、政府は外国人雇用を希望する企業を認可し、政府が人材を送り出す国と覚書を交わすというものです。つまり外国人労働者の出入国を政府が一元管理するため、仲介業者などが排除され、その結果、外国人労働者があまりトラブルなく大幅に増えてきていることが「総人口」増になったというわけです。
 たとえば日本のメディアでも取り上げられていましたが、ソウルから南西に地下鉄で1時間20分前後(バスでもほぼ同じ)の距離にある安山市(안산시 アンサン市)には半月国家産業団地と市化国家産業団地という大きな工業団地があることで知られています。言うまでもありませんが、ブルーカラーの働き手が必要であり、その人手不足解消のために外国人労働者の受け入れが進められてきました。2024年3月末時点で市内に住む外国人は9万人を超えています。この地域の外国人住人の割合は13%を占めていて、中国、東南アジア諸国、中東などからの外国人が多く住んでいます。
 
 韓国では現在、さまざまな生産現場や経済活動で外国人労働者なしでは成り立たなくなっていると言えます。それだけに外国人労働者の受け入れはさらに拡大していくことが予測されます。ただし、韓国人には外国人労働者の受け入れ拡大について6割以上の人びとが歓迎していないという調査結果が出ています。2023年11月に政府が公表した世論調査の結果では、人口減少対策としての「移民政策」推進に「同意しない」が60.6%で、「同意する」が39.4%でした。
 外国人労働者が一定地域に増えれば、言語はもちろんのこと、宗教、文化、風習、習慣、更には食べ物も異なる人びとが増えることになり、韓国人住民との摩擦なしの共存がそう簡単でないことをこの世論調査は教えています。
 政府はこうした世論調査の結果を意識しているからなのでしょう、外国人労働者を積極的に受け入れる政策を進めていますが、無条件に受け入れず、さらに外国人にたやすく永住権や国籍を付与するものではなく、韓国に必要と判断した外国人だけを受け入れるとしています。
 こうした外国人労働者受け入れに対する政府の方針はあくまでも政策上の原則ですから、実際に受け入れた後の〝現場〟で発生する個別の課題、問題については視野に入っていないと言えます。上記の世論調査結果は、韓国住民からすれば永住権や国籍の付与問題以前に日常生活という〝現場〟での摩擦にどのように政府が対応するのかを問いかけているのだと思います。
 また、韓国に移って労働者として働き始めた外国人にとっては労働現場だけでなく、異なる文化圏で生活する上で多くの困難が伴うであろうことは十分に予測できます。そのためには政府は受け入れた外国人労働者を継続的に支援していかなければならない責任があるはずです。
 韓国人社会の中に異文化圏の人びとを受け入れ、両者が摩擦なく共存していくためには多くの課題が残されていると言えます。
 少なくとも政府は韓国人にも外国人にも細かな配慮を注ぎ、〝現場〟や当事者たちの声に真摯に耳を傾けながら共存、共栄可能な政策を進めていくことが求められています。
 
 大妻女子大学教授

(2024.8.20)
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