【コラム】
槿と桜(76)

韓国の食事文化②――粉食って?

延 恩株

 「분식」(プンシッㇰ 粉食)と言えば、韓国人には大変身近な料理の総称の一つです。漢字を見ればなんとなくわかると思いますが、小麦や米など穀物を挽いて粉にして、それを加工した食品を指しますから、一つだけの料理を意味しているわけではありません。しかも「粉食」(プンシッㇰ)には〝韓国版ファーストフード〟の意味も含まれていて、私も含めて多くの韓国人はこちらで受けとめています。
 そして、「粉食」を食べさせる店を「분식집」(プンシッㇰジㇷ゚ 粉食店)と言いますが、日本の方にはちょっとイメージしにくいかもしれません。食堂とも屋台とも違い、もちろんマクドナルドやケンタッキーのような店でもありません。

 現在、日本でもコロナウイルスの蔓延で飲食店が積極的にテイクアウトを宣伝していますが、韓国では以前から「食堂」ではテイクアウトができる店が多く、「粉食店」ではその割合が高いと言えます。なぜなら店内に食べるスペースがなかったり、テーブルを置いていない小さな店も少なくないからです。
 韓国では食事をするとき一人で、というスタイルは少なく、複数でワイワイおしゃべりしながら食べるのが一般的です(今はコロナウイルスのためにそれができませんが)。でも粉食店では〝一人食〟も当然視され、周囲を気にせず自分スタイルで食べることができます。

 粉食店の大きな特色は〝早い、安い、気取らない〟です。忙しい会社員や小遣い程度しか持たない生徒・学生には大変人気があります。また女性一人でも気軽に食べられます。
 そのため、学校や会社員の多い地域には必ずこの「粉食店」がたくさん並んでいます。私も放課後、学校の校門を出た通りにずらっと並んだ「粉食店」のお目当ての店に一目散に駆け込んで、おやつ代わりに「떡볶이」(トッポッキ 餅辛子炒め)や「라면」(ラミョン ラーメン)を食べたものでした。こうした私のような生徒の姿は今も変わっていません。

 ところで、「粉食」という言葉、日本にもあります。韓国と違ってファーストフード的な意味合いはなく、穀物等を製粉してから、多くはその粉を水などで混ぜて捏ねて生地を作ったり、液状にして、加熱調理するものを「粉食」(ふんしょく)と呼び、この点は韓国と同様です。
 私が来日して食生活であまり違和感を覚えなかった理由の一つに、この「粉食」製品の多様性があったからだと思います。ちょっと思い浮かべれば、ほぼ毎日この「粉食」製品を口にしていることがわかります。
 パン類、ラーメン・そば・うどんなどの麺類、パスタ類、ドーナツ、クレープ、団子、たい焼き、お好み焼き類、ピザ、餃子やシュウマイなど中華料理の点心類、韓国のチヂミ、フライドポテト等々、主菜からおやつ類までその種類が多いことがわかります。

 そのためか、日本では「粉食」(ふんしょく)という漢字を「粉食」(こしょく)と読ませる場合があることを、今回初めて知りました。「粉食」(ふんしょく)に偏りすぎる食事に注意信号を出す場合に使われるようです。
 余計なことですが、なぜ敢えて「粉食」(こしょく)と読ませるのか、こんなところにも日本の言葉遊びの文化(ここでは「語呂合わせ」)が生かされているようで大変興味深く感じました。それは以下のような理由からです。
 この「粉食」(こしょく)、日本では家庭での食生活の問題点として6つの「こしょく」があるとされ、注意を喚起していて、その一つになっています。その6つとは、

 ① 孤食……1人で食事する
    → 好きな物ばかりを食べる傾向になり、栄養が偏りがち。
 ② 個食……食事の際、家族が異なる物を食べる
    → 好き嫌いが増え、協調性が失われる。
 ③ 固食……同じものばかり食べる
    → 栄養が偏り、バランスを欠いて健康を損ないがちになる。
 ④ 粉食……パンや麺など粉製品を食べる機会が多い
    → カロリーや脂質摂取量が増え、噛む力が弱まる。
 ⑤ 小食……食事の量が少ない
    → 必要な栄養がとれず、体力が落ち、抵抗力が弱まる。
 ⑥ 濃食……味の濃いものを食べる
    → 塩分や糖分が多くなり生活習慣病や肥満に繋がる、薄味に鈍感になる。

 何事もそうですが、特に食事は毎日のことですから適度、適量ということが大切であることを訴えています。その意味では、「粉食」(こしょく)はやめようという呼びかけは韓国でも必要だと思います。

 このように、日本での「粉食」(ふんしょく)、「粉食」(こしょく)と韓国の「粉食」(プンシッㇰ)を並べてみますと、同じ漢字ですが、持っている意味合いがかなり異なることがわかります。
 韓国でも製粉した料理のことを指しますが、すでに述べましたように、韓国版ファーストフードの意味もありますから、粉製品ではない「김밥」(キㇺパㇷ゚ 韓国海苔巻き)や「오뎅/어묵」(オデン/オムッㇰ 韓国風おでん)、「순대」(スンデ 韓国風腸詰め)、「돈까스」(トンカス とんかつ)、「튀김」(ティギㇺ 天ぷら)なども「粉食」に入ります。

 「粉食店」は大きく分けると、おやつ系と主食系に分けられます。そのため食べたいものを扱っていないこともあり得ますから、あらかじめメニューで確かめておく必要があります。もちろん両方の粉食を提供する店もあります。
 それから酒類は基本的には置いていません。韓国の食堂では日本と同様に、種類はそう多くありませんが酒類を置いています。ですから「粉食店」と「食堂」の違いがこの点では比較的はっきりしています。特に主食系の粉食店では酒類はほぼ提供しません
 ただ食べ物(たとえばティギㇺ(てんぷら)類など)によってはビール程度を置いている店もあるようです。

 それでは最後に、「粉食店」のメニューの代表的なものを、いくつか「おやつ系」と「主食系」に分けて挙げておきます。

●「おやつ系」
☆トッポッキ(떡볶이 餅辛子炒め)
 最近は日本のマーケットでも見かけるようになりました。私も韓国にいたときは、粉食屋でよく食べました。韓国風餅とコチュジャン(唐辛子味噌)で甘辛く煮詰めたもので、オデンが入っています。店によっては野菜やゆで玉子も。

☆オデン(오뎅 おでん)
 具は主に魚介系の練り物で長い串に刺してあります。日本と違って、器にはおでん汁がたっぷり入っていて、おでんを食べながら汁も飲みます。汁は炒り粉出汁の醤油味。このオデン汁は他の品を注文すると無料で提供してくれます。

☆ティギㇺ(튀김 てんぷら)
 日本ではちょっと高めの料理という感覚ですが、韓国では手軽な食べ物と見られています。私の好みで言えばイカの天ぷらです。揚げるものでは野菜類はもちろんありますが、餃子なども使われます。一般的には醤油を少しつけて食べます。

☆チンパン(찐빵 蒸しパン)
 小麦粉の生地に甘みものや野菜などを包みこみ、蒸しあげたもの。

☆スンデ(순대 豚の腸詰め)
 豚の腸に春雨と野菜と豚の血を入れて蒸したもの。黒くてあまり見た目が良くなく、豚の血が入っているということから日本の方(外国人)からは敬遠されるかもしれません。しかし私は大好物です。塩と唐辛子粉を少しつけて食べます。

●「主食系」
☆キㇺパㇷ゚(김밥 韓国風海苔巻き)。
 見た目は日本の海苔巻きにそっくりです。ただし、ご飯は酢を入れる場合と入れない場合がありますが、海苔にごま油を必ずつけますので香ばしい香りがします。具は生の魚介類は使わず、ほうれん草、ニンジン、ゴボウなどを細長く切り、たくわん、卵焼き、ソーセージ(海苔巻用ハム)なども一緒に巻き、一口大に切ります。

☆ラミョン(라면 ラーメン)
 「粉食店」のラーメンとは、インスタントラーメンです。たいていは、これにネギや野菜、餅、餃子、チーズなどをお好みで加えます。

☆餃子(만두 マンドゥ 饅頭)
 漢字は「饅頭」ですが、蒸した餃子(찐만두 チンマンドゥ)を意味します。このほかに焼き餃子(군만두 クンマンドゥ)、スープ餃子(물만두 ムㇽマンドゥ/만두국 マンドゥクㇰ)もあります。いずれにしても「粉食店」では欠かせないメニューの一つです。

☆クッス(국수 麺)
 칼국수(カㇽグㇰス 刀削麺)→ 漢字で「刀削麺」ですから、源流は中国からですが、日本のきしめんに似て平たい麺です。
 잔치국수(チャンチグㇰス そうめん)→ 出汁は魚介や肉類で、好みで薬味を加えます。
 비빔면(ビビンミョン ビビンそうめん)→ コチュジャン(唐辛子味噌)ベースのタレと野菜を混ぜた麺
 쫄면(チョㇽミョン 冷麺の親戚)→ 太め麺と野菜を甘酸っぱい辛いタレで混ぜた麺。

☆수제비(スジェビ 韓国風すいとん)
 日本では現在、すいとんはあまり食べませんが、韓国ではよく食べます。練った小麦粉をちぎって肉や魚介類のスープで煮込んで食べます。

☆チヂミ(부침개・전/プチㇺゲ・ヂョン)
 韓国風お好み焼き。日本では「チヂミ」として日本の食生活に浸透してきていますからあまり説明はいらないと思います。ただ韓国では「チヂミ」と呼ぶのは方言ということで「プチㇺゲ」、あるいは「ヂョン」と言うのが一般的です。

 このほかに「粉食店」で食べられるご飯ものでは「オムライス」「キムチチャーハン」や「ビビンバ」のほか「丼もの」などがあります。メニューはここで紹介したものだけではありませんが、このあたりにしておきます。
 〝早い、安い、気取らない〟「粉食店」にはチェーン店もあり、국대떡볶이(クㇰテトッポッキ)、김밥천국(キㇺパㇷ゚天国)、김밥나라(キㇺパㇷ゚ナラ)などがよく知られています。

 コロナ感染状況が終息し、韓国への旅行がまた自由になりましたら、そのときには是非、粉食店に入って食べてみてください。気取らない普段着の韓国人に会えるかもしれません。

 (大妻女子大学准教授)

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