【投稿】

韓国親善演奏旅行の思い出

鈴木 保彦

 日韓関係が複雑さを増す昨今、思い出すことがある。
 もう10年も前になるが・・・。
 筆者が所属している神奈川県のマンドリン合奏団の中から、有志のオールドボーイ9人で2010年4月、3泊4日の旅に出かけた。ソウル生れのマンドリン愛好家で日本に帰化していたI女史の企画による、現地の合奏団との交流演奏会が目的である。

 空港到着後、まず向かうは名門梨花女子大学。音楽科の教授が率いるマンドリンクラブがあり、ここで我々9人がパートに分かれ個人レッスンを行うこととなった。老人たちと孫娘のような年代差もどこへやら。時折英語なども使いながら、そこは音楽の世界、何とか意思疎通はできたようだった。
 その間、この後の演奏会で借用予定のコントラバスを拝見すると、なんとブリッジ(駒)が破損しているではないか。こりゃ大変と機転が利く仲間のひとりが、教室の隅にあった聖書を駒の部分にあてがう応急措置で事なきを得た。後で思えば愉快なハプニングであった。

 大学を出発し、胸躍らせて向かう最初の演奏会場はソウル市内のトボン(道峰)公民館。昼の休憩時間を利用しての音楽会のプログラムの一つとしての参加で、伽耶琴(カヤグム)の演奏など楽しみながら、いよいよ我々の出番である。ポール・モーリアを中心とするムードミュージックほか定番の「ふるさと」を演奏の後、アンコールに応えて韓国のふるさと版ともいうべき「故郷の春」を演奏し始めた。
 その時、客席からは勿論、隣接する区役所のバルコニーで見学に来ていた多数の職員からも、思いがけない万歳にも似た称賛の声と拍手が起きたのだった。曲目の意外性もさることながら、我々は「おやじバンド」という触れ込みで紹介されており、かの地ではマンドリン演奏は概ね婦女子のたしなみとされていたこともあったであろう。これには我々も大いに感激したものだった。

 2日目は、市内のハレルヤ教会を練習場とする「ルヤ・マンドリン」との合同演奏会。
 1,000席を有するソンナム(城南)アートセンターホールはほぼ満席。両団体各々の単独演奏、I女史と筆者のマンドリン・ギター二重奏、最後は合同ステージにて、ここでは中野二郎氏編曲による「浜辺の歌」も演奏。この曲はかの地でも有名であったことに驚く。

 終了後、またまた感動する出来事があった。筆者が楽屋口からコントラバスを車に運んでいる際に、一人の男性が近づいてきて、演奏が良かったと抱きつかんばかりに手振り身振りで言ってくれたのだった。筆者は嬉しくて、ただカムサハムニダと言うのが精一杯だった。

 3日目。再び梨花女子大学に出かけ講堂にて各々単独及び合同演奏を楽しむ。
 終了後は近くのレストランにて食事会。さすがにアルコールはなし。中には日本語も達者な学生もいる。どのようにして習得したかと聞けば、テレビで日本のアニメを見て覚えたと言う。
 最近しばしばテレビ報道で紹介される香港の周庭さんの日本語も、同様に習得された由。
 最後の日は、景福宮ほか明洞(ミョンドン)などの市内観光を楽しみ、無事帰国した。

 この後、筆者は参加できなかったが、この合奏団は2014年11月、更に2017年4月と計3回渡韓し交流が行われた。その都度、現地の歓迎ぶりは大変なものであったと聞く。
 冒頭にもふれたが、現在、とくに政治面における日韓関係が複雑な状況下、こうした草の根の交流の一端もぜひ披露したいと思い、筆を取った。

 (「仏教に親しむ会」メンバー)

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