【コラム】槿と桜(68)

韓日食事マナーの違い① 立て膝で食事

延 恩株

 日本の方が韓国へ旅行に行って食事をしたときや、韓国ドラマの中での食事風景で女性の多くが立て膝(片方の膝を立てて座る)で食事をしている姿を見たことがあると思います。こうした場面を目にするには条件があって、椅子に座って食事をするときにはありえません。また例外はあるでしょうが、伝統的なチマチョゴリ(韓服)や丈の長いスカートなど、素足があまり見えない服を身につけているときでしょう。
 いずれにしてもこうした立て膝で食事をする姿は、日本でしたらとんでもない食べ方になり、人格さえ疑われてしまうかもしれません。  

 ところが「所変われば品変わる」ということで、礼儀作法も韓国と日本では大きく違っている点がいくつかあり、その一つがこの立て膝での食事だろうと思います。
 食事ということだけに限っても、韓国では食べる際の主な道具はスプーンなのに、日本では箸が主な道具です。韓国では茶碗は持ちませんが、日本では持ちます。韓国では食べかけのご飯を汁物にいれて食べても少しもおかしくありませんが、日本ではネコ飯と言って嫌われます。このように毎回の食事でさえ、来日した当初はカルチャーショックの連続でした。

 ですから現在のように、日本の方にも韓国文化がかなり知られるようになる前に、女性が立て膝で食事をしている姿を見たときには大いに顔をしかめたに違いないことは想像できます。この立て膝での食事は、日本では考えられない食事スタイルですし、大変礼儀をわきまえない食べ方と見られているからです。でも韓国ではまったく捉え方が違っています。
 この立て膝での食事は、礼儀にかなっていて、女性が食事中に片膝を立てることは無礼でないばかりか、女性のたしなみの一つになっているのです。

 それではなぜ韓国では女性が立て膝で座るのでしょうか。よく言われているのはチマチョゴリの美しさをより鮮明に見せるためには片膝を立てて、ふわっと座った方がいいからだというものです。もちろんそれ以前に、チマチョゴリを着ている時は座るのに楽だという理由もあります。
 また日本のように部屋に畳みが敷かれることはなく、クッションの役目を果たす床構造ではないためだとも言われています。さらに、この床構造に関連しますが、韓国では冬は日本より格段に寒く、現在、日本の住宅にも取り入れられ始めている床暖房が当たり前になっています。この韓国式床暖房「オンドル」には立て膝でふわっと座ると足まわりが暖かいという理由もあります。
 この立て膝座りは男性でも礼儀にかなった座り方とされています。男性にはもう一つ、胡座(あぐら)があり、女性の正しい座り方は立て膝だけです。

 では、日本の礼儀にかなった座り方とされる正座は韓国にはないのかと言えば、ないことはありませんが、日常的にはこの座り方はせず、正座をするときには日本と違った意味合いが込められています。また日本での胡座は楽な座り方とされ、一般的には「きちんとした座り方」とは見られない傾向があります。
 このように、礼儀にかなった正式な座り方となりますと、韓国と日本ではまったく受け止め方が違っていることがわかります。

 朝鮮王朝時代の支配階級は「両班」(양반 ヤンバン)と呼ばれていましたが、当時は身分の違いで座り方が違っていました。現在でも男女で座り方に違いがあることはすでに述べたとおりです。つまり座り方の違いは、その人の社会的な地位を表していたのです。

 「胡座」は「양반다리」(両班足 ヤンバンダリ)と呼ばれるように、支配階級の男性たちの正式な座り方で、現在では「両班」という支配階級は消滅しましたが、座り方だけは存続しているというわけです。ちなみに胡座は、「책상다리」(チェㇰサンダリ 机すわり)とも言います。
 そして「立て膝をする」(한쪽 무릎을 세우고 앉는 자세)は、支配階級の女性たちの正式な座り方だったのです。言い方を換えますと、支配階級だからこそ、立て膝座りができたということです。

 日本で正式な座り方とされている「正座」(정좌 チョンジュァ)は韓国では身分の低い者が自分よりも上の階級の人に対したときの座り方でした。つまり支配階級の人間は通常しない座り方だったと言えます。現在でも、板敷きの部屋で、葬式や結婚式などかしこまって挨拶をするときのもっとも丁寧な座り方であると同時に、叱責されるときや陳謝するときなど、正座する側に精神的に負の要因があるときにする座り方で、この座り方をする機会は少ないと言えます。

 ところで、2020年のNHKの日曜日夜の大河ドラマ『麒麟がくる』で、登場する女性が立て膝座りをしていることから、ネット上に韓国のドラマならわかるけれど、日本で立て膝をしているのはおかしいという書き込みがかなりありました。
 確かに日本の伝統的な正しい座り方は「正座」と思っている日本の方は多いはずです。

 歴史的には「正座」は奈良時代に中国から入ってきたようです。でもこの座り方は普及しなかったようで、時代や身分、着ている服装や座る場所(床)によって、胡座、立て膝、横座りなどしていて、どれでもよかったようです。
 つまり基本的には韓国と同じ座り方をしていたのです。そして、正座は神前、仏前での儀式的なときに、また家臣が主君に相対してかしこまるときにする座り方だったようで、これまた韓国とほぼ同じだったのです。
 ですから、『麒麟がくる』で女性が立て膝座りをしているのは、歴史的事実を正確に反映させていたことになるのです。

 日本で正座が取り入れられたのは、江戸時代の1600年代後期から1700年代前期頃のようで、わずか300年程に過ぎません。
 そして私も驚いたのですが、日本で「正座」が正しい座り方となったのは、明治維新以後の明治政府が教育の一環として、教科書に掲載し、推奨、普及させていったからのようです。
 日本の「正座」は日本人としてのあるべき座り方として、政府主導で定着させていったのと同時に、江戸時代まで庶民には無縁だった高級品の畳が明治時代になって普及したことも関係していたと思います。それは、韓国で畳がなかったことから「正座」が普及しなかったことを思い浮かべれば推測できます。

 このように、生活様式や服装の違いが座り方にも大きく関わってきていることがわかります。現在、日本では「正座」の苦手な若者が増えてきているようです。住宅の造りで和室がない場合も珍しくなくなってきていて、正座をする機会が減ってきています。一日の多くの時間を椅子に座る生活スタイルによって「正座」は遠ざかってしまったのです。
 一方、韓国でも椅子やソファーの生活スタイルが家庭の中に入り込んできています。当然、床にじかに座る機会が減ってきています。
 まさかとは思うのですが、韓日両国とも「2020年頃は変な座り方をしていたものだ」と後世の人から言われないという保証はないのかもしれません。

 (大妻女子大学准教授)

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