【コラム】
槿と桜(69)
韓日食事マナーの違い② 韓国の食事、日本の食事
韓国、日本、中国とも、米を主食とする民族です。そのため自然界との接し方や、生きるための「食べる」ということに対する考え方も共通しているようです。
その一つが「薬食同源」です。日本では「医食同源」と呼ばれているものです。
最初は中国から韓国、日本にそれぞれ伝えられました。中国の「中医学」(漢方医学)を基本とする韓国の漢方医学「韓方」(한방 ハンバン)は、韓国人にとって身近な存在で、韓方医院をよく見かけます。日本でも大変、視聴率が高かったテレビドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』の主人公チャングムが「料理人」から最後は「韓方」の女医として活躍しますが、これなども韓国では「韓方」が生活に結びついているからだと思います。
この「薬食同源」に関わりますが、もう一つの考え方が「五味、五色、五法」というものです。
食材を五つの味、五つの色、五つの調理法の組み合わせで作って、食べることが健康で、元気に生きられるというものです。
この考え方は、中国の陰陽五行思想に依ったものです。詳しい説明など私にはできませんが、簡単に言えば、陰陽思想では、自然界のすべての事象を陰と陽に分けて考えます。たとえば、一つの事象はそれだけで存在するのでなく、太陽と月、天と地、偶数と奇数、男と女というように、一対になって互いに関連しあっているという思想です。また、五行思想は、「木・火・土・金・水」という五つの要素から成り立っていて、それぞれの要素が互いに影響しあうという考え方です。
たとえば、季節は「春・夏・土用・秋・冬」の「五時」、人間の内臓は「肝・心・脾・肺・腎」の「五臓」、人間の感覚は「目・耳・鼻・口・皮膚」の「五感」といったように、「五行」に当てはめて考えるものです。
ですから「五味・五色・五法」も次のように、それぞれ五つに分けられています。
五味→「甘い・酸っぱい・辛い・苦い・塩辛い」
五色→「青・赤・黄・白・黒」
五法→「生、煮る、焼く、揚げる、蒸す」
これらを組み合わせることで、彩り、味、栄養面でバランスの良い、健康で元気の元になる料理ができると考えられ、実践されてきました。
ただ、五色については食材にもよるため、韓日中が同じというわけではなく、たとえば、韓国での「赤」と言えば、やはり唐辛子になります。そして、日本の食事にすっかり溶け込んでいる白菜キムチは、これ一つで五味・五色を満たしている食品と言われています。「緑」→白菜の緑葉、「赤」→唐辛子、「黄」→白菜の黄葉、ショウガ、「白」→白菜の茎、にんにく、「黒」→イカ、イシモチ、イワシなどの塩辛や薬味類で作られ、味は漬け込む材料や分量に応じて微妙に異なってきます。
また、にわとりの内臓を取り出して、そこに高麗人参ともち米、干しナツメ、栗、松の実、ニンニクなどを詰めてじっくり煮込んだ料理の「参鶏湯」(삼계탕 サㇺゲタン)は、温めてすぐ食べられる袋詰商品として、最近では日本のマーケットでもときどき見かるようになりました。この参鶏湯は韓国料理を代表する「薬食同源」にかなった薬膳料理です。
多くの人がこの五味、五色、五法をいつも気にしているわけではないでしょう。でも、健康で元気な毎日を過ごそうとすれば、おのずとそうした食べ物を口にしているようです。たとえば、日本でも知られています、韓国の「ビビンバ」は、ごはんの上にごま油と塩などであえた豆モヤシやほうれん草などのナムル、それに卵や肉、海苔をのせて、コチジャンやキムチなどと混ぜて食べます。
ゴチャ混ぜ丼といった感じで決して見栄えは良くありませんが、たった一品でほぼ五味・五色を満たすわけで、なかなかの優れ物だと私は思っています。
日本にも「五目ごはん」「五目すし」「五目そば」「五目チャーハン」などと、多くの食材が使われていることを意味する「五目」という言葉が入った料理を食べるのも、同じように五味・五色の考え方が食生活に根づいているからでしょう。
このように食に関する共通した考え方を持っているのですが、料理の出し方や食べ方となると、韓国と日本ではかなり大きな違いがあるようです。おそらく日本が食に対する独特の歩みをしてきたからだと私は見ています。
私の経験的な捉え方に過ぎませんが、たとえば、「ちゃんとした和食を食べに行く」と誘われたときには、ちょっと落ち着かなくなります。出てくる料理は彩り鮮やかに一品ずつで、料理を盛り付けている器はその料理にマッチして美しく、料理は一品ずつ運ばれてきて、料理が出てくるのに間があって、大きな声でおしゃべりできない雰囲気があるからです。
ただ、「和食」では、食べるということで、自然の美しさや季節の移り変わりを感じることができます。そのため、さまざまな器がたくさん使われ、料理の盛り付けにはクマザサや紅葉、そのほか彩り鮮やかな季節の花や植物などが添えられていることもあります。
「和食」には単に食べるだけではなく、美しさを感じ、季節を感じる工夫がされていて、まさに「目で食べる」と言われているのがよくわかります。
一方、韓国にも日常の食事とはかけ離れた食事に「韓定食」(한정식 ハンジョンシㇰ)という豪華な宮廷料理があります。かつては宮廷の料理として、庶民には縁のなかったものですが、一つの食文化として受け継がれてきています。
私ももちろん何度も食べたことがありますが、「和食」とは大きく違う点は、〝少しずつ〟ではなく、〝どーん〟と料理が並ぶことです。「和食」には、空間の美が求められているように思います。でも、韓国料理では空間があってはいけないのです。ですから「韓定食」では席に着いたときにはテーブル全部をふさぐように料理が並びます。一品ずつ料理が運ばれてくるということはありません。まさに思う存分、遠慮しないで食べられるだけ食べる様式と言えます。
こうした伝統があるからでしょうか、韓国の庶民的な食堂で食事を頼むと、注文していないのに、キムチやナムルなど、いくつものおかず(반찬 パンチャン)があっという間にテーブルに並び、それだけで注文した料理はどこに置くのだろうと心配をするほどになります。しかも、これらのおかずは代金には含まれません。
ここには韓国式「食のおもてなし」の考え方があります。できるだけたくさんの料理を食べてもらおうというもので、日本の「和食」が求める「空間の美」といったものはなく、むしろ、空間はあってはならない失礼なものだと考えます。
「どーん」とおかずを並べ、茶碗には山盛りご飯を盛りつける、おなかいっぱい食べてもらう、これが韓国式なのです。ときどき私も日本に住む韓国人のお宅で食事をいただくと、いくつものお皿にこぼれるように料理が盛られ、いつもその量の多さに驚いてしまい、我ながらすっかり日本的な食事の盛りつけに慣れてしまっていることに気づかされます。でもこれも庶民レベルの韓国式「おもてなし」なのです。
では、ごく普通の韓国の家庭での食事はどうかと言いますと、冒頭で述べましたように米が主食です。炊き方も日本と同じです。ただ、白米だけでなく、玄米や麦、大豆などの雑穀を入れて食べることもあります(日本でもそうでしたが、かつては貧しかったためでしたが、現在では、健康のために食べます)。さらに、これも日本と同じですが、小豆や栗、銀杏などが入ったご飯を食べることも珍しくありません。
たとえば、朝食ですと、ご飯と「テンジャンチゲ」(味噌鍋 된장찌개)と呼よばれる、日本の味噌汁によく似た汁物のほか、冷蔵庫に作り置いた常備のおかず(「밑반찬 ミッパンチャン」)、たとえば、日本で言えば漬物、佃煮、煮物、和え物、炒め物、それに海苔などで食べます。ちなみに、日本の食事では「一汁三菜」という言い方があります。ごはんと汁ものに三種類のおかず(主菜と副菜二品)です。
このように一般の韓国の家庭の食事は日本と非常によく似ていて、「和食」の特色、「韓定食」の特色は、むしろ薄いと言えるでしょう。それでいながら「五味・五色・五法」は韓日両国とも目配りされて作られていますので、おのずと健康的な食生活になっていることがわかります。
しかし、最近の韓国、そして日本でも朝食は牛乳やジュースだけ、あるいは朝食抜きという勤め人や学生が増えているのは残念です。伝統的な素晴らしい「五味・五色・五法」に依ったおかずで朝食をしっかり食べて、その日一日を始めたいものです。
(大妻女子大学准教授)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ/掲載号トップ/直前のページへ戻る/ページのトップ/バックナンバー/ 執筆者一覧