海外論潮短評(82)

高齢化社会傾向の陰影 —人口減少、低成長、不平等—

                            初岡 昌一郎


 ロンドン『エコノミスト』4月26日号は社説トップで世界的な高齢化社会傾向を論評、「ブリーフィング」という特集的解説欄で「人口、成長、不平等 — 高齢化というインベーダー」について解説している。
 「今日政策変更をはじめなければ、高齢化する経済は成長をスローダウンし、不平等がさらに拡大する」とみる同誌の主張を要約して紹介する。

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高齢化によって増加する健康で知識・技能度の高い人々の大群
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 社会的な公正と環境保護に重点を置く投資を先導するウォ—レン・バフェットが率いるバークシャ—・ヘザーウェイ社の株主総会は、毎年、熱狂的な支持者を集め大衆的なお祭り騒ぎになっている。83歳の彼はアメリカ資本主義のイコン(聖像)的な存在となっているが、また同時に、高度な知能を有する者が高齢でも効果的に働けることを立証している。富裕な社会において高等教育を受けた人たちが、未熟練労働者より高齢になっても働く傾向が顕著だ。個人と社会の両方にとってその及ぼす影響は非常に大きい。

 国連人口予測によれば、今日65歳以上の人口は約6億5千万人で、世界総人口の約8%だ。この割合は2−30年間ほとんど変化がなかった。しかし、2035年には、11億人となり、割合は13%に上昇する。平均寿命の伸びと出生率低下が主原因である。25歳から64歳までの成人100人に対する65歳以上人口の割合は、2010年には16人であったが、2030年には26人に増加する。

 この割合は富裕国ではさらに上がる。2035年に日本は100人対69人、ドイツは66人となる。出生率のはるかに高いアメリカでさえも高齢者比率は70%上がり、44人になる。開発途上国は今日の比率がはるかに低いので、高齢者の依存率は相対的に急伸し、中国は15人から36人に、ラテンアメリカは14人から27人になる。

 出生率低下を伴う人口高齢化の明白な影響としては、高齢者が働き続けない限り労働者総数は減少する。その結果、少なくとも先進国では、将来の経済成長率が3分の1から半分程度低下する。

 もちろん、実際の労働力の規模は人口構成だけではなく、労働力化率(労働可能人口のうち働いている人の割合)、定年延長、移民などの他の要因によって左右される。20世紀後半、働く人の退職年齢に大きな変化はなかったが、他方、1965年から2005年までに平均寿命は9年間延び、年金受給者を急増させた。これが、各国政府の財政を大きく圧迫している。

 悠々自適の高齢者とそれを支えて働く若者という構図は現実をミスリードしている。新しい傾向では、技能がない若年労働者が雇用市場から脱落し、高技能・専門職の高齢労働者が働き続ける。この傾向は特にアメリカで著しい。

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高齢者を働かせる年金受給年齢の引き上げ
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 債務に押しつぶされているヨーロッパ諸国政府は年金公約を破り、退職年齢を引き上げた。イタリア、スペイン、オランダなど約半数のヨーロッパ諸国の政府は、法定退職年齢を平均寿命に連動させた。ほとんどの国が2008年の金融財政危機以後、年金政策を変更した。年金生活者はこの危機で貯蓄の価値が目減りした上に、年金の減少でダブルパンチを受けた。また、企業年金の廃止が続出したことも高齢者による仕事の継続に拍車をかけた。

 雇用と仕事における教育の重要性がますます高まっている。良い教育を受けた人が長く働いている。アメリカの62歳から74歳までの年齢層で働いている人は、高校以下の正規教育しか受けていない男性では32%にすぎないが、専門教育を受けた人では65%に上る。女性の場合では、それぞれ25%と50%である。ヨーロッパでは、60−64歳層で働いているのが高卒以下で4分の1弱、大卒で半数だ。

 低学歴層が早く引退する理由は、筋肉労働者が早く老化しやすいことのほか、賃金が低いので公的年金受給の魅力が比較的に高い。特に、失業している人ほど年金受給に期待感が大きい。他方、高度知的・熟練労働者は賃金が高く、働き続ける意欲が強い。彼らはまたより健康であり、長寿でもある。

 高齢層が長く働き続けても雇用が拡大するわけではない。知識・技能度の高い高齢者が長く働く一方、技能のない未熟練若年労働者の失業や、青年層の労働市場からの離脱が増えている。ヨーロッパでは、低学歴層若年層の失業率が最も高い。労働化率がこの30年来で最低(63%)のアメリカでは、未熟練労働者の雇用が最もシャープに低下している。

 女性の雇用は目立って伸びてはおらず、移民にはブレーキがかかっている。高齢層の多くが働き続けたとしても、富裕国では労働市場が縮小に向かう。

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年金受給資格と連動した法定退職年齢の引き上げ
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 20世紀後半から21世紀初頭までは労働者の定年制は殆ど延長されていなかったが、近年流れが変化した。アメリカでは65歳以上の約20%が労働力として残っているが、2000年当時では13%にすぎなかった。ドイツでも60歳代初期の約半分が今日では働いている。25年前から見ると倍増。

 2008年の金融危機が多くの人の貯蓄を直撃し、老後の蓄えを減少させたことも、高年者が職にとどまる傾向を助長した。この傾向は若年層の雇用機会、特に高技能と熟練を取得する機会を奪うことになっている。

 若年者数はほとんどすべての国で減少しているが、これは必ずしも彼らの雇用機会、特に所得が高く、雇用の安定している職に就くチャンスを増やすわけではない。若年層の高学歴化が進んでいるが、それに見合う雇用機会はむしろ減少している。

 高知識層がますます長く働ける傾向は顕著である。だが、これは必ずしも低学歴の未熟練労働者には当てはまらない。彼らの多くはこれまで通り比較的早く退職し、年金生活に入るだろう。財政危機によって年金が切り下げられると、この層の老後は苦しいものになる。

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所得格差の拡大は次世代で増幅 — 高齢化で変わる消費と投資
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 拡大する教育度の高い高齢層が所得全体において占める割合が上昇している。それにより、所得格差が拡大している。団塊の世代が60代に入るにつれて、アメリカでは2000年以後、60−75歳層男子の占める所得が7.3%から12.7%に上がった。これらの世代は今後の支出をはるかに上回る貯蓄を持っている。

 著名なフランスの経済学者、トマス・ピケティは80歳のフランス人の平均的な財産が50−59歳層よりも134%高く、1930年代以降最高となっていると計算している。富裕国では政府が年金を引き下げているので、高齢者の貯蓄意欲は増し、資産格差は一層開く。高齢者の高貯蓄性向と年金の引き下げの効果として、全体的に節約ムードが高まり、消費は制約される。

 途上国で長期的な展望に立つ生産的な投資に資金が振り向けられ、先進国で急速な技術革新が続けられなければ、開発途上国経済、特に若く貧しい国の成長が続くとみられた。

 不幸にして現在動向は逆で、貧しい途上国から豊かな先進国に資金が移動する流れが続いている。最も成功している途上国経済は大量の先進国通貨をため込んでおり、他方、多くの途上国は巨額な債務を先進国にたいして負っている。成長する南アジアやアフリカの若い経済は、先進国の巨額な資本流入を吸収するには小さすぎる。

 コンピューター関連の多様な技術革新にもかかわらず、先進諸国での生産性と投資は最近あまり伸びていない。財政金融危機の二日酔い的な後遺症もあるが、主として構造的な変化によるものだ。コンピューター関係の資本財は特に急激に価額が低下しており、製造業中心時代よりも今日の技術革新は資本集約的ではなくなっている。

 高齢化は投資を減退させる。労働者が減るので、資本投下も減少する。高齢者の消費は若年者よりも少ないし、高い投資を必要とする商品を必要としない。高齢者は住宅のような高額な買い物はせず、ケアや旅行などのサービスにより多く支出する。それらは多額な投資を生まない。

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高齢化の結果は運命ではないが、持続的悪影響が将来世代に
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 人口トレンドは将来を左右するが、特定の結果を不可避的にもたらすものではない。経済の動向は新たな状況に対応する政策決定如何によって決まる。ところが政策決定は、若年者よりも高齢者の優先順位に沿って行われがちだ。比率の増している高齢者は、若者よりも投票所に足を運ぶ率が高い。

 欧米において高齢者と富裕層の意向に沿った政策決定が最近ますますみられる。イギリスの年金改革は年金保有者の支出自由度を高めた。イタリアでは資産税軽減が不動産を所有する高齢者の負担を軽減した。アメリカの予算は若者と貧困者向けの支出を削減したが、恵まれた層に対する保健と年金の支払いには手を付けなかった。低金利にもかかわらず、大規模な未来志向投資に意欲を持つ政府はほとんどない。

 このまま進めば将来の展望は暗い。豊かな高齢者がますます富を蓄積し、需要を減少させる。不平等と格差が拡大し、遺産相続を通じて格差が次世代に移転される。これにより、勝ち組と負け組の社会的分裂が一層深まる。

 一つの対応策は相続税の引き上げである。それが高齢層の支出を奨励するだろう。しかし、政府は支出刺激よりも退職制度と教育の改革により所得の創出に焦点を置くべきである。年齢はもはや労働生活に終止符を打つ基準ではない。定年制と現行年金制度が長く働き続ける意欲を削いでいる。福祉は高度熟練者に開けている機会を反映したものにすべきだ。年金は一律ではなく、累進的なものであるべきだが、低額所得者に有利なものでなければならず、高所得者をさらに優遇してはならない。

 政府が実際にどのような改革を図っているのかを先進諸国にみるかぎり、楽観的にはなれない。今日抜本的な改革が行われないならば、格差と不平等の拡大が続き、社会の不安定化が深刻になるだろう。

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■ コメント ■
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 平均寿命が伸び、高齢者が増えるにつれ、人々がより長く働くようになっている。この傾向そのものは不可逆的かもしれないが、自然現象ではないので、そのコースは可変的であり、設計可能である。しかし、新自由主義的な政策によって市場に放任すれば所得格差が一層開き、社会的な結束力と連帯感がますます失われ、社会は不安定化し、社会的経済的コストは増加する。

 この問題にアプローチする場合、どのような好ましい将来像を想定するかで大きな相違が生まれる。あくまでも経済成長が成長することが可能かつ望ましいとみて、消費の継続的拡大を前提にして生産と投資、労働市場の需要を誘導するのか(これが今日の先進国における大勢)、生活の量的な拡大よりも、環境と地球資源の制約により整合する、質的な生活の充実を求めてゆくかによって基本的な進路が分かれる。選択肢は単純ではないだろうが、方向性をまず見定めるべき時が今だ。

 国内に目を転ずると、消費税は上がったが、所得格差による不公平な負担を是正することを目的とした「税と社会保障の一体改革」は一向に進まないばかりか、ほとんど放置されている。

 日本のように年金制度が一本化されておらず、現役時代の所得格差が年金取得額に反映している度合いが高い状況では、生涯所得格差は開くばかりである。年金制度の抜本的改革熱もすっかり冷え込んだ。株価に一喜一憂するよりも、公平を安心を実現する社会保障改革こそが政府の基本的な任務だ。

 日本でも所得格差は次第に広がっており、高齢化社会の進行に伴い、それが世代を超えて固定化される方向にむかっている。このまま進めば、取り返しのつかない社会的な不安と分裂を醸成しかねない。それが表面化する次の経済危機が到来するまで手を拱いて待つだけでよいのか。自分の手の届くことや、任期の範囲内でのみで対処する短期的思考と政策が蔓延り、長期の組織的系統的努力を要する抜本的な課題を無視・軽視する知的政治的エリートがあまりにも多すぎる。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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