【アフリカ大湖地域の雑草たち】

(15)前を見る生き方

大賀 敏子

 ◆ テロの犠牲

 Pは野菜と果物の小売店で働いている。市場で仕入れたもののチョイスが良くない、掃除が行き届いていないなどと、インド系ケニア人女性の店主にいつもがみがみ言われている。ただ、これは一種の雇用慣習、いわばビジネス・ルールに過ぎず、家族を食べさせていくためには、がみがみ言われることくらい安いものだ。店主が不在で一人で店番をしているときの彼は楽しそうで、頼まなくても、マンゴーもパパイヤもアボカドも、山のなかからいいのを選んでくれる。

 そんなPがひととき、いつもの明るさを失い、ひどくしょんぼりしていた。すぐ下の弟が亡くなったとのことだ。それも、テロの犠牲になって。ソマリア国境にちかい、とある開発プロジェクト現場で、地雷を踏んだらしい。テロというと自爆テロのイメージが一般的だが、こういう攻撃も少なくない。国際政治とはなんの関係もない一般市民が犠牲になる。こんな事件は、いちいち報道もされない。Pはこれから、故人の妻子の経済的負担を負わなければならない。そんなゆとりは、ぜんぜんないのに。

 ケニア人が親戚の葬儀があると言うとき、1990年代から2000年代ころは、ほとんどエイズが死因だった。ちかごろでは、テロかバンディットの犠牲になったと耳にすることが増えた。人の死は時代を映す。

 ◆ 元気を取り戻す

 しばらくしてPは幸い元気を取り戻し、がみがみ店主の下でまた働いている。
 「銃も地雷も爆弾も、暴力は本当にいやだ、でも、もう起きてしまったことより、先に向かって歩くしかない」
 平凡だが、こんな場面で、ほかにどう心の整理をつけよというのだろう。

 同じころ、ある意味でPとまったく同じ趣旨のことを言ったケニア人がいる。ニューヨークのキマニ・ケニア国連大使である。ケニアは2021-22年の二年間、国連安保理の非常任理事国で、ウクライナ情勢については、ロシアに反対する立場をとっている。2月21日の安保理会合での大使の演説は、アフリカの歴史に言及して高評価を得た[*]。

 アフリカの歴史とは国境のことだ。いまも、19世紀末のベルリン会議でヨーロッパ諸国が決めたものを踏襲している。「独立時に現存した国境線を尊重する」のは、1963年にできたアフリカ統一機構の行動原則であり、いまのアフリカ連合にも継承されている。国境をめぐる戦いに明け暮れるより、平和を維持し、大陸の統合を図って、もっと大きな繁栄を目指そう、これは60年代、多くの新たな独立国が歩みを始めるとき、交わしあった約束だ。

[*]ウクライナ危機でアフリカが見せた“怒り”のスピーチ 世界中で大きな反響(2022年3月3日)https://www.youtube.com/watch?v=_GmExlbsyOw - YouTube 

 ◆ 肌感覚とはちがう

 いまケニア北部・北東部は干ばつに襲われている。あたりの人々の多くは、エチオピア系、ソマリア系だが、対策の責任者はあくまでナイロビのケニア政府で、アジスアベバやモガディシュではない。大湖地域の人々の交流と移動には、植民地支配のはるか前、数百年の歴史がある。この地域が一体のものであることは、理屈ではない、肌で感じるものだ。スワヒリ語がほぼ全域で通じるし、ルワンダの言語とケニア西部のマザータング(いわゆる部族語)には共通性が多く、というかほぼ同じだ。ルワンダからは徒歩でコンゴ民主共和国への国境を超えることができる。しかし、行政責任は、ルワンダ側はキガリ、コンゴ側は、はるか大西洋に近いキンシャサである(干ばつについては「オルタ広場2022年2月号」https://www.alter-magazine.jp/index.php?go=b22tDg
大湖地域については「同2021年1月号」https://www.alter-magazine.jp/index.php?go=YLqUL6
の拙攻を参照されたい)。

 現存するアフリカの国境には、たしかに、人々の歴史、文化、民族上のつながりが生み出す肌感覚とは、かけ離れていることがある。こうして、国境線をめぐって争おうと思えば、理由はいくらでもある。にもかかわらず、それを暴力を使った紛争にするのはやめましょうと、60年代のアフリカ諸国は決意した。
 ちなみに、大陸全体で60年代から国境線がぜんぜん変わっていないわけではない。エリトリアと南スーダンが、それぞれ1993年と2011年にエチオピアとスーダンから分離独立した。このほか、よく知られている例では、民族自決の動きが継続している西サハラ(サハラ・アラブ民主共和国(日本は未承認))がある。

 ◆ 過去より先をみる

 ウクライナ情勢を話し合う安保理で、キマニ大使は、当時のアフリカの指導者たちの決意を振り返り、そこから学ぼうという趣旨でこう述べた。
 「(60年代当時よりも)昔を懐かしむ危険な気持ちで過去にとらわれるより、どの国も国民も考えたこともない、もっと偉大なもののために、先を見つめることを選んだ」
 国家のような集団と個々人とを、まったく同じ次元で語るのは不適切であろう。しかし、暴力にノーと言い、昔を振り返るより、先を見て進もうとするという態度は同じだ。大使はニューヨークでビジネススーツを着て、メディアの脚光を浴びている。Pは、店主にがみがみ言われながら、野菜と果物を陳列している。それでも、人がかかえる真理は共通している。つまり、回顧と復習は大事だが、過去を変えることは誰にもできない。ならば前に進む以外にない、という。

 ◆ アフリカはさまざま

 ウクライナ情勢は、安保理に代わって、総会に討議の場が移った(国連緊急特別総会2月28日開催)。総会は、3月2日、この問題について決議を採択した。NHKはこう伝える。
 「国連総会の緊急特別会合で、ロシアを非難し、軍の即時撤退などを求める決議案が賛成多数で採択されました。決議案には欧米や日本など合わせて141か国が賛成し、ウクライナ情勢をめぐるロシアの国際的な孤立がいっそう際立つ形となりました」

 確かに、141という賛成票の数は、世界の大きな声である。しかし、5ヶ国が反対し、35ヶ国が棄権し、12ヶ国が投票に参加しなかった。この数(52)は、すべての加盟国(193)の4分の1を超える。
 反対票は、ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、ロシア、シリアであり、棄権のなかには、中国、インド、イラン、パキスタンのほか、16のアフリカ諸国が含まれている。投票に参加しなかった12ヶ国のうち、8ヶ国がアフリカである。アフリカの国連加盟国数はいま54であるが、その全部が、ケニアのように、スパッと明確な立場を表明できたわけではない(末尾の表参照)。
 一方、アフリカ連合は、2月24日付で、即時停戦を求める声明を出した。しかし、これも議長名の声明であって、連合の議決を経た結果ではない。

 ◆ 水面下

 まだ春遠い、厳寒のニューヨークで、採択に至るまでの数日間、もうれつな水面下の交渉があったことだろう。賛成するグループ、反対するグループの双方から、強力な働きかけを同時に受けた国も多々あったに違いない。
 これも個人のレベルに当てはめて考えてみよう。重大な決断をしなければならないときは、その分野に詳しい人や日ごろから信頼している人の意見を聞くだろう。それでも決められないときは、態度を保留することもあるだろう。

 欠席した国については、欠席という意思表示をした、というのは考えすぎであろうか。どんなに貧しい国でも、国連に加盟するとは、ニューヨークに代表者を常駐させることであり、これは諸外国に対する自らの存在証明である。常駐する代表者たちは、会議に出席する(カバーする)のが仕事であり、普段から互いに顔見知りだ。とくに議案が投票にかけられるときは、席を外すことなく必ず議場にいようと声をかけあって、たとえて言えば、ネズミ一匹見逃さない。それぞれの事情はわからないが、理由もなしに欠席するということは、一般論としては考え難い。

 ◆ ニューヨークからジュネーブへ、ハーグへ

 エリトリアは、アフリカのなかでは唯一、明確にロシア支持を示した。先述のように、1993年にエチオピアから分離独立した若い国である。同国国連代表部は、3月3日付で立場を明らかにする公式書簡を発出した。エリトリアはあくまで平和を望む、経済制裁は一般市民を苦しめることになるだけである、といった趣旨が読み取れる。

 3月4日、ジュネーブの国連人権理事会は、ウクライナでの人権侵害について実態調査を始める旨決定した。47理事国のうち32が賛成した多数決だった。エリトリアはここでも、ロシアと並んで反対票を投じ、一貫した態度である。エリトリアの外交官や同国出身の人と働いた筆者の経験からすれば、貧しいなりに、きちんとした体制を整えた国であるという印象を持ったことがある。

 ハーグの国際刑事裁判所は、戦争犯罪の可能性がありうると、ウクライナ情勢について捜査を始めた。同裁判所は、アフリカ人ばかりが裁きの対象になってきたとして、アフリカのなかには、今回の総会決議に積極的に賛成した国も含めて、冷ややかな態度をとる向きもある。平和と国際秩序の擁護のため、今後ハーグの捜査はどのような動きとなっていくだろうか。
 国連とは、ことがらの白黒をはっきりさせるより、政治バランスの所在を示す場であることを改めて感じる。

 ◆ 一難去らずにまた一難

 ところで、Pが働く小売店は、近くに大規模商業施設が開店したため、閉店に追い込まれそうになっている。一難去ってまた一難、というか、一難去らずにまた別の一難がくる。
 上述の安保理でのケニアのかっこいい演説は、本国とも他のアフリカ諸国とも綿密なすり合わせをしたものだろう。ただ、いまのケニアに近隣諸国と国境問題がないわけではない。やはり、一難去らずにまた別の一難である。このキマニ大使とは、筆者は一緒に働いたことがある。意見の食い違いはあっても、武力は使わない、あくまで話し合いで解決するのだ、というあなたの政府の意思表明は、キマニさん、しかと拝聴しましたよ。

 (ナイロビ在住・元国連職員)

●総会決議に棄権した加盟国
(United Nations: Aggression against Ukraine : resolution/adopted by the General Assembly に基づいて筆者作成)
1.ALGERIA
2.ANGOLA
3.ARMENIA
4.BANGLADESH
5.BOLIVIA (PLURINATIONAL STATE OF)
6.BURUNDI
7.CENTRAL AFRICAN REPUBLIC
8.CHINA
9.CONGO
10.CUBA
11.EL SALVADOR
12.EQUATORIAL GUINEA
13.INDIA
14.IRAN (ISLAMIC REPUBLIC OF)
15.IRAQ
16.KAZAKHSTAN
17.KYRGYZSTAN
18.LAO PEOPLE'S DEMOCRATIC REPUBLIC
19.MADAGASCAR
20.MALI
21.MONGOLIA
22.MOZAMBIQUE
23.NAMIBIA
24.NICARAGUA
25.PAKISTAN
26.SENEGAL
27.SOUTH AFRICA
28.SOUTH SUDAN
29.SRI LANKA
30.SUDAN
31.TAJIKISTAN
32.UGANDA
33.UNITED REPUBLIC OF TANZANIA
34.VIET NAM
35.ZIMBABWE

●総会に欠席した加盟国
(United Nations: Aggression against Ukraine : resolution/adopted by the General Assembly に基づいて筆者作成)
1.AZERBAIJAN
2.BURKINA FASO
3.CAMEROON
4.ESWATINI
5.ETHIOPIA
6.GUINEA
7.GUINEA-BISSAU
8.MOROCCO
9.TOGO
10.TURKMENISTAN
11.UZBEKISTAN
12.VENEZUELA (BOLIVARIAN REPUBLIC OF)

<参考文献>
・United Nations General Assembly ELEVENATH EMERGENCY SPECIAL SESSION, 5TH & 6TH MEETINGS (AM & PM) “General Assembly Overwhelmingly Adopts Resolution Demanding Russian Federation Immediately End Illegal Use of Force in Ukraine, Withdraw All Troops”
・United Nations Digital Library “Aggression against Ukraine: resolution / adopted by the General Assembly”
・Permanent Mission of the State of Eritrea to the United Nations, New York “Explanation of vote after the vote by Amanuel Giorgio Deputy Permanent Representative Permanent Mission of Eritrea to the UN During the 11th Special Emergency Session Of the United Nations General Assembly, 2 March 2022, New York”, Mar 3, 2022
・Ministry of Foreign Affairs, Asmara, Press Release “Ukraine As Sacrificial Lamb”, 4 March 2022
・The United Nations Information Service in Geneva ”Human Rights Council establishes an Independent International Commission of Inquiry to investigate all alleged violations of human rights in the context of the Russian Federations aggression against Ukraine, 4 March 2022
・外務省報道発表「ウクライナの事態に関する国際刑事裁判所(ICC)への付託」令和4年3月9日
・外務省「国際刑事裁判所2021年12月 外務省国際法局国際法課
・MEETINGS COVERAGE SC/14808, 25 FEBRUARY 2022, 8979TH MEETING (PM) “Security Council Fails to Adopt Draft Resolution on Ending Ukraine Crisis, as Russian Federation Wields Veto”
・MEETINGS COVERAGE SC/14809, 27 FEBRUARY 2022, 8980TH MEETING (AM) “Security Council Calls Emergency Special Session of General Assembly on Ukraine Crisis, Adopting Resolution 2623 (2022) by 11 Votes in Favour, 1 Against, 3 Abstentions”
・MEETINGS COVERAGE GA/12406, 1 MARCH 2022, ELEVENTH EMERGENCY SPECIAL SESSION, 3RD & 4TH MEETINGS (AM & PM) “As Russian Federation’s Invasion of Ukraine Creates New Global Era, Member States Must Take Sides, Choose between Peace, Aggression, General Assembly Hears”
・Statement from Chair of the African Union, H.E President Macky Sall and Chairperson of the AU Commission H.E Moussa Faki Mahamat, on the situation in Ukraine 24 February 2022, Addis Ababa
・OAU Charter, Addis Ababa, 25 May 1963
・RESOLUTIONS ADOPTED BY THE FIRST ORDINARY SESSION OF THE ASSEMBLY OF HEADS OF STATE AND GOVERNMENT HELD IN CAIRO, UAR, FROM 17 TO 21 JULY 1964
・CONSTITUTIVE ACT OF THE AFRICAN UNION, Lome, Togo, 11 July 2000
・DECLARATION ON THE AFRICAN UNION BORDER PROGRAMME AND THE MODALITIES FOR THE PURSUIT AND ACCELERATION OF ITS IMPLEMENTATION, Addis Ababa, 25 March 2010
・毎日新聞「ウクライナは「私たちの歴史と重なる」 ケニア大使の演説に高評価」、2022/2/23(水)11:43配信
・Abema Times 「ウクライナへの軍事侵攻は「我々の歴史と重なる」 平和的解決を願うケニア国連大使の“怒りのスピーチ”」、2022/3/3(木) 11:00配信
・Aljazeera “The Kenyan UN ambassador’s Ukraine speech does not deserve praise”, 23 February 2022
・Speech by Martin Kimani “Statement to an Emergency Session of the UN Security Council on the Situation in Ukraine”, delivered 22 February 2022, UN Headquarters, New York, NY
・Daily Nation “Bangui hails Russian 'saviours' of Central African Republic”, 24 February 2022
・The Guardian “Russia strongly condemned at UN after Putin orders troops into eastern Ukraine”, 22 February 2022
・BBC “Ukraine conflict: How Russia forged closer ties with Africa”, 28 February 2022
・NHK「国連総会の緊急特別会合 ロシアを非難する決議 賛成多数で採択」、2022年3月3日 12時00分
・Daily Nation by AFP “UN General Assembly demands Russia withdraws from Ukraine”, Wednesday, March 02, 2022
・Daily Nation “Sudan sends delegation to Russia for talks on cooperation”, Wednesday, February 23, 2022
・Daily Nation “Ukraine crisis: Could Africa become Europe’s 'next gas station'?”, Thursday, March 03, 2022
・New York times “Shunned by Others, Russia Finds Friends in Africa”, March 3, 2022
・The Guardian “The week where decades happened: how the west finally woke up to Putin”, Fri 4 Mar 2022 14.12 GMT
・The Africa Report “Tanzania: President Samia says Russia/Ukraine tension an opportunity for gas sales”, Posted on Tuesday, 22 February 2022 09:34
・Aljazeera “Analysis: Can African gas replace Russian supplies to Europe?”, Published On 1 Mar 20221 Mar 2022
・All Africa “Zimbabwe: Government Defends Decision to Boycott Key UN Vote On Russia, Ukraine War”, 4 March 2022
・Aljazeera “UN votes to investigate alleged Russian rights abuses in Ukraine”, Published On 4 Mar 20224 Mar 2022
・New York Times “The U.N. General Assembly passes a resolution strongly condemning Russia’s invasion”, March 2, 2022
・The Citizen “Ukraine showdown casts shadow over Qatar gas summit”, SATURDAY FEBRUARY 19 2022
・Diplomatic Info “Pan African body calls immediate ceasefire between Russia, Ukraine”, February 25, 2022

(2022.3.20)
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