■ 国際経済危機と多極化世界の到来 ―
-ロシアから見た新しい世界観 石郷岡 建
◇初めに
サブプライム・ローン問題に端を発した金融危機は世界的な経済危機へと発展
している。「百年に一度」といわれる今回の危機が世界恐慌に発展するかどうか
はなお不透明だが、限りなく大恐慌に近い不況が世界を席巻しているのは間違い
がない。世界各地から伝えられる経済状況は世界が未曾有の危機的状況に入って
いることを意味しており、世界史的な変換の前触れではないかとの予測さえでて
いる。インドの爆弾テロ事件、タイの政治危機、ギリシャの全国デモ、アフリカ
各地の暴動・紛争騒ぎなど、ひとつひとつの出来事は、世界的な経済危機とは関
係のないように見える。しかし、すべてを俯瞰してみると、世界で何かが起きよ
うとしているのではないかとの考えにとらわれる。一体、何が起きているのか、
ロシアを通じて、概観してみたい。
◇サブプライム・ローン危機
今回の世界的な危機の原因はサブプライム・ローンだとされる。プライム(最
良・最高)ではないローン、つまり、支払い能力が優良ではない人々(つまり低
所得層)への住宅ローンの貸し出し問題で、米国社会を取り巻いていた住宅ブー
ムによる住宅価格の上昇が際限なく続くという見通し(バブルといってもよい)
の前提にたって行われた危険な貸し出しのことだった。今から考えると、どうし
て住宅価格が際限なく上昇すると考えたのか。住宅バブルの崩壊を経験している
日本人にとっては、理解を超える部分がある。際限なく住宅価格が上昇し、際限
なく米経済は発展し、際限なく金融は膨れ上がると考えていたことに、米国の危
うさと傲慢さが見え隠れする。
今回の危機は、このサブプライム・ローンが金融工学という時代の寵児に操ら
れて傷口をより深くしたと指摘される。金融工学とは、つまり、金融商品のリス
クを軽減し、リスクを除去する手法であり、なるべく損害少なくし、金融を大き
く膨らませる手段でもある。サブプライム・ローンの住宅ローンが証券化され、
その証券は細分化され、優良な証券と組み合わされ、さらに、その新しい証券も
、再び細分化され、別の証券と組み合わせるというような手続きが何回も繰り返
された。とどのつまり、サブプライム・ローンはどこかに消え、安全な証券だけ
が残ったように見えるというマジックだ。今から見ると、かなり、いかがわしい
マジックで、どうして、誰も危ないと思わなかったのだろうと思う。
このサブプライム・ローンと金融工学、あるいはレバレッジ(金融の梃子)と
いった今回の危機の背景もしくは工具に関しては、いろいろの説明があり、これ
らの工具の使い方を今後規制したり、監視したりすればいいという話になってい
る。そして、ともかく信用収縮が広がった金融業界に大規模な公的資金を導入す
れば危機は終わるという主張が株・証券専門家などから流れた。金融が緩和すれ
ば、危機は乗り越えられるという主張であり、年末までには米金融は回復し、株
の下降も終わるといわれた。しかし、事態はどんどん悪化し、米国の経済を支え
てきた自動車業界の危機までに及んでいる。このままではビッグ3と呼ばれる3
大自動車会社が危ないという話に進んでいる。
実は、今回の危機はサブプライム・ローンだけに問題があるのではない。サブ
プライム・ローンの背景にあった米国金融の過熱状況に問題がある。サブプライ
ムは、その過熱状況が向かった矛先のひとつであったに過ぎない。つまり、住宅
価格はなぜ上がり続けると思ったのかという問題の方がより深刻である。
背景にあるのは、世界の金融の流れ、つまり基軸通貨の米ドルが米国を中心にし
て世界をぐるぐると回るというシステムがある。世界一の経済国で、世界一の消
費国である米国は世界から商品を買いまくった。その支払いは米国の自国通貨の
ドルであり、世界各国はそのドルを売り上げ代金として受け取った。
その最大享受国は中国であり、中国の外貨準備高(つまりドル代金の積み上げ
高)は1兆ドルをはるかに超えた。ついで、日本も約1兆ドル溜め込んだ。さら
にロシアが約6000億ドルである。つまり、中日露の3国が米ドルをせっせと
溜め込んだのである。地理的に俯瞰すると、懸命に働くアジア地域と高騰する石
油産出のロシア・中東地域に膨大な米ドルが流れ込んだ。そして、その流れ込ん
だ米ドルは再び利益を求めて、世界最大の経済国の米国へと還流した。米国債、
米国投資、米国金融に向かって、膨大な米ドルが還流してきたのである。そして
、それが住宅バブルの土壌を提供したのである。
米国は世界一の経済国であり、金融国であり、米国にお金を預けておけば間違
いない。米国にはお金がうなっており、儲け話はいっぱいある。そして、米国は
永久に世界からの資金が流れ込む。国際金融システムは基軸通貨米国ドルの存在
抜きではありえないし、その米国ドルは世界最強の軍事力に裏づけにされている
。さらに米国は消費が美徳だとの掛け声とともに、世界の商品を買い続けている
。世界一の大市場を作り出す米国の消費行動は永久に続くように見える。
しかし、その世界一のイメージにも限界があった。自分が作り出す以上の富を
いつまでも消費はできないし、身のほどを超えた消費はできない。借金はいつま
でも続けることはできないのである。ある日、どこかで、この過剰消費は限界に
来る。そして世界の金の流れはストップする。
現在、世界で起きていることは、サブプライム・ローンの破産による金融危機
からの信用収縮、金融機能不全、さらには実体経済への影響へと突き進んでいる
。そして、最後に待ち受けているのは、過剰な自信と誤ったイメージが膨らみ続
けた米国社会・国家そのものへの信用危機と思われる。米ドル基軸通貨とした国
際経済体制への疑問であり、不信でもある。もしこのような米国不信が広がれば
、サブプライム・ローンどころではない混乱と恐怖が待ち受けている。世界は誰
を信用すべきか、分からないまま、奈落の底へ突き落とされる危険性を持ってい
る。「百年に一度の危機」というのは、そう意味を含んでいるのである。
◇米国流市場主義と多極化世界
この危険性をいち早く察知したのは、金融恐慌から世界大戦という大殺戮を経
験した欧州の人々であり、特に米国から常に一歩離れた独自の立場をとるフラン
スのサルコジ大統領は「米ドルはもはや基軸通貨ではない」と発言。さらに英国
のブラウン首相は戦後の金融秩序の枠組みを決めた「ブレトンウッズ会議」に代
わる「第2ブレトンウッズ体制」の構築を訴えた。
サルコジ大統領は「市場が常に正しいという考え方は気が狂っている」とも発
言しており、今回の危機の背景にある米国流市場原理主義批判をも展開している
。アングロサクソン風の自由市場経済か、欧州型の社会民主主義的市場経済か、
資本主義を巡る論争へも活発化しそうな情勢にある。
実は、ロシアは今回の世界危機を予期していた。ロシアのマスコミは、今年7
月、日本の洞爺湖で開かれたG8首脳会議(主要国サミット)の際に、近づきつ
つある金融・経済危機についての討議や決議は一切されず、最大の政治論議がジ
ンバブエの人権違反問題だったことに失望し、「アフリカの非民主的大統領の話
が世界金融・経済危機よりも重要なことか」と皮肉った。
洞爺湖サミットで、なぜ金融危機問題が取り上げられなかったのか、私自身も
不思議でならなかったし、もはやG8は機能していないと思わざるを得なかった
。洞爺湖サミットの失敗はG8そのものへの不信へと続き、米金融危機の顕在化
の過程で開かれた国際サミット(11月15日)は20カ国が出席し、G20と
なった。
20カ国もの代表が出席した会議で、一体、何がまとまるのかという批判もあ
るかもしれないが、20カ国を集めるしか仕方がなかったG8体制の没落の方が
大きな問題かもしれない。つまり、世界は従来の主要8カ国では、物事が決めら
れないし、物事を変えることもできなくなったという冷厳な事実である。
この20カ国サミットを契機に、多極化世界という言葉が飛び交うようになっ
た。つまり、米一極支配体制から世界各地に極ができる多極化世界への移行であ
る。米国が世界をリードする、もしくは米国が覇権国として君臨する世界は終わ
ったのではないかという問題意識でもある。サルコジ大統領ら欧州首脳の発言や
動きのなかには、米国覇権の終焉と多極化世界の浮上をどうするのかという不安
と懸念が透けて見えてくる。もし、米国が大国の座をおりたら、欧州はどうする
のか。
多極化世界という言葉自体は、もともとは中国が使い出した。反覇権主義を唱
えた中国外交の延長線にあり、米国の覇権主義を許さないという意思表示でもあ
った。98年のロシア危機の際登場したプリマコフ露首相も、この中国の考え方
に同調し、多極化外交を推進しようとした。ただ、この90年代の多極化世界論
は圧倒的な力を示していた米国への批判・けん制であり、実態の世界は、多極化
世界とは程遠い米一極世界だったのが現実だった。
その風向きが変わるのが、イラク戦争であり、その後に続く米軍の泥沼の戦い
だった。世界最強の軍隊といわれた米軍がイラクの砂漠の地で苦しむ姿は米国の
力への疑問や不信が一挙に増大する結果になった。米国はイラク戦争開始前、「
人の言うことは聞かずに、やるとなったら、他を無視してでも、自分でやる」と
いう単独外交を展開し、国連の決議を無視した。国際法・国際基準の大転換とも
いわれたものだった。
さらに、国際テロから米国を守るという名目の行われた数々の自衛措置や安全
保障措置は「自分さえ守れれば、他はどうでもいい」というエゴイズムむき出し
の政策だった。米国の痛みと苦境を理解しながらも、世界各国は苦虫をつぶした
のが実態である。米国は世界大国として、あるいは覇権国として、あるいは世界
を指導する国として、本当にふさわしい資格を持っているのだろうか、という疑
問は深く潜行しながらも世界の人々の間に着実に広がっていった。だが、米国は
それをきちんと理解していなかった。
2005年、ニューオリーンズを襲ったひとつの台風が世界を驚かせた。カト
リーヌ台風による災害である。あまりにもお粗末な災害対策と被害対応に、これ
が世界一の豊かで強い国の現実なのかと世界は目を疑った。そして、災害現場か
ら伝えられる映像は難民化した無数の黒人住民たちの姿であり、繁栄する米国経
済の裏側に驚くような貧困が広がっていたことが明らかになった。米国の繁栄、
豊かさは貧しい黒人住民を底辺に築かれていたという実態でもある。カトリーヌ
台風は米国流市場主義というのは本当に正しいのかという疑問にもつながってい
った。カトリーヌ台風の影響はイラク戦争とともに、世界の人々に広がっており
、今回の金融危機の前触れにもなった。サブプライム・ローンだけでなく、もっ
と深刻な構造的な問題を米国は抱えているのとの疑問はすでに世界に存在してい
たのである。
◇プーチンと多極化世界
2000年、エリツィン大統領の後を受けて、大統領の座についたプーチン氏
は当初プリマコフ時代の多極化世界論を踏襲した。しかし、翌01年9月の米国
同時多発テロ事件(9・11事件)直後、外交路線の大転換をはかり、「われわ
れはあなた方ともにいる」との言葉で、米ブッシュ政権全面支持を打ち出した。
米国の対テロ戦争への参加宣言でもあり、対米外交に対する根本的な転換でもあ
った。背景には、米国を中心とする一極世界の受け入れ、冷厳な事実の承認があ
った。ソ連崩壊後の混乱で弱体化したロシアは、もはや二極対立構造を維持する
力はなく、米一極支配を認め、米国を中心とする世界経済に統合するしか道はな
いという認識(ポスト冷戦世界)があった。少なくとも、当時の大統領で、冷酷
な現実主義者で、国家主義者とされるプーチン氏の頭の中にはそのような考えが
あったと思われる。
ところが、プーチン氏の一極世界観はイラク戦争で、根本的な疑問を抱くこと
になる。本当にブッシュ政権に世界を任せて大丈夫なのかという疑問であり、世
界が混乱した場合に、もっともその影響を受けるのはロシアであるという歴史的
な警戒感の浮上でもある。もっとも、プーチン氏の疑問や警戒感は一極世界観の
即否定というまでには至らなかった。なお数年にわたり、米国不信を募らせなが
らも、名指しの批判は避けてきたのが実態だった。「イラク戦争で米国が負ける
のは困る」(03年のタンボフ発言)という言葉がプーチン氏の心情を強く表し
ている。つまり、米国の一極世界は疑問があるが、米抜きの世界の混乱はもっと
困るという本音である。
そして現実に、イラク戦争の泥沼化で、米一極世界が崩れ始めると、プーチン
氏は寡黙となり、あまり多極化世界論を主張しなくなる。米国の地位がゆらいで
いない時の一極世界批判は、あまり害はないが、米国が本当に弱まった時の一極
世界批判は影響が大きすぎる。それよりも、一極世界終焉後の世界をどうとらえ
るのかという問題が大きくのしかかってくる。すぐには回答がない問題でもある
。
プーチン氏が一極世界論を捨てて、多極世界論を打ち出すのに、イラク戦争開
始から4年を要した。07年2月、プーチン氏はミュヘンで「来ると思われた一
極世界は結局、来なかった」という言葉で、一極世界の終焉を宣言し、一極世界
的行動や思想の是正を、世界に訴えた。ポスト冷戦からポスト・ポスト冷戦時代
への移行の宣言でもあった。
プーチン氏の発言の3ヶ月前に、ロシアの米国カナダ研究所長は「米国の一極
世界は崩壊した」との論文を発表している。内容は(1)米国はイラク戦争で敗北し
、撤退する(2)中東地域に米軍撤退の連鎖反応が起き、混乱する(3)アフガニスタン
からも米軍は撤退せざるを得なくなる(4)世界は多極化構造へと移り、新しい集団
安保体制を作らないと、世界は混乱する(5)米国は超大国の地位を失いながら、そ
れでも引き続き政治・経済大国の地位を保ち、多極的な動きの中のバランサー的
役割を演じる(6)ロシアは近隣諸国の安定が必要不可欠となる―――などである。
2年経った今もロゴフ所長の論文は色あせていない。それどころかますます現実
味を増しているといえるかもしれない。
プーチン氏はロゴフ論文に沿った対米観を受け入れ、世界の多極化は避けられ
ないとの考えを確立していった可能性が強い。多極化世界到来の混乱と問題に備
えよという政策を政権末期に確立したと考えてもいいと思われる。そして、その
政策はメドヴェージェフ新大統領にも受け継がれたと考えた方がいい。
◇多極世界観のロシア新外交
世界金融危機が始まる直前の08年8月、ユーラシア南部のカフカス地方で、
戦争が勃発した。南オセチアを巡るロシアとグルジアの衝突で、双方に大きな被
害が出た。結果的に、南オセチアとアブハジアは独立宣言をし、ロシアはこれを
承認した。南オセチアとアブハジアはもはや今後数世代にわたって、グルジア領
に戻ることはないと思われる。完全に、グルジアのサーカシヴィリ大統領の敗北
である。とはいっても、この戦争を巡り、ロシアへの脅威論や警戒論はたかまり
、ロシアは外交的孤立を味わっている。軍事的には勝利したが、外交的には勝利
したのかどうか、極めて疑わしい状態だ。さらに、ロシアはこれまで遵守してき
た「領土保全論」を否定し、「民族自決論」の優先を始めて認めた。チェチェン
を初めとして数々の民族分離主義運動を内包する多民族国家ロシアにとっては、
大きな時限爆弾を抱えたに等しい状況だ。グルジアからの分離国家の承認は、将
来禍根となってロシアに戻ってくるかもしれない。
グルジア戦争の原因は、民族主義者サーカシヴィリ大統領の国土統一・領土奪
還運動にあり、自らの政治的地位の強化のために暴走した可能性が強い。少なく
とも、サカーカシヴィリ大統領が、そのような軍事行動を準備しているのはロシ
アを初め関係諸国に予期されており、驚きはなかったと見られる。驚きがあった
とすれば、北京五輪の開会式という特別な日の軍事行動開始で、ロシアもこれに
は虚をつかれた。そして、グルジア政権側はロシアの強硬な反撃を明らかに予期
していなかった。予期していれば圧倒的に軍事力の差を持つロシアとの戦争など
しない。一方、ロシア政権側はかなり、あわてたようで、プーチン首相は「サー
カシヴィリを吊り上げる」との感情的な発言をしたものだった。
では、グルジア戦争で、なぜロシアは、その後欧米の批判を招くような強硬な
反撃を展開したのか? ロシアの断固たる態度に対して、注目したいのは、ロゴ
フ所長論文の要旨の(6)だ。「ロシアは近隣諸国の安定が必要不可欠となる」。つ
まり、多極化世界混乱の到来の可能性を前に、ロシアは近隣諸国地域、特に国境
を接している地域の混乱は是が非でも収束せねばならず、それを国家目標の最大
課題に置くべきだとの論旨である。ロシア政権はグルジア戦争を開始するに当た
って、ロゴフ論文の趣旨を十分に理解し、採用していた可能性が強い。
これまで、ロシアの多極世界論を「超大国願望」などと冷笑し、まともに取り
扱ってこなかった欧米諸国には、なかなか理解できない行動だったかもしれない
。しかし、ロシアはもう数年前から多極化世界の混乱を危惧しており、特にユー
ラシアの南から広がってくる不安定を断固摘み取らなければならないと考えてい
た可能性が強い。プーチン時代からのロシアの世界観の変遷をたどっていけば、
今回のグルジアでの強硬な態度は必然であり、当然の結果との分析となる。
もうひとつ、世界があまり気づいていない事実がある。それは今回のグルジア
戦争で、米国は何もしなかった。もしくは何もできなかったという事実である。
米国はグルジアのサーカシヴィリ大統領を「民主化の闘士」とほめそやし、グル
ジアを「自由と民主化の砦」と賞賛した。サーカシヴィリ大統領は、これを受け
てグルジア軍部隊をイラクに派遣し、派遣兵士数ではベスト3の国に入る貢献度
を示した。米国はグルジアとの関係で、従来にない絆を築きあげ、同盟国扱いさ
えした。にもかかわらず、今回の戦争では、ロシア批判を繰り返したものの具体
的行動には一切でなかった。少なくとも戦争に介入はしなかった。
そして、北大西洋条約機構(NATO)も動かなかった。ロシアが思うがまま、グ
ルジアの秩序が構築されたのが実態である。ロシアは米国やNATOが動かないとい
う予測を持って戦争を遂行したのかもしれない。いずれにせよ、米国はイラク、
イラン、北朝鮮の三つの「悪の枢軸国家」の問題を抱え、さらに金融危機が爆発
している現状では、さらなる軍事行動や戦争を開始するのは無理な情勢にある。
というよりも、明らかに米国は覇権国として世界の秩序を維持する力を失ってお
り、世界の警察官の役割を降りている。各地の紛争をすべて取り仕切る威勢も権
力もなくなっていることを見せ付けたのである。
グルジア戦争は、「多極化世界を視野に入れた世界的な地殻変動の始まり」だ
ったとの分析も出ている。そして、そのような地殻変動はすでにグルジア戦争後
に現われている。トルコはグルジア戦争後、カフカス諸国による「カフカス地域
安定」構想を打ち上げた。トルコ、ロシア、グルジア、アルメニア、アゼルバイ
ジャンの5カ国を中心とした集団安全保障構想だ。今回の戦争で対決したロシア
とグルジア、ナゴルノカラバフ戦争で宿敵の関係にあるアルメニアとアゼルバイ
ジャン、そしてアルメニア人虐殺事件以来の怨念の関係にあるトルコとアルメニ
アなどがすべて集まる集団安保地域構想で、画期的な提案といってよい。
実現するかどうかは別として、新しい時代を見通した動きのひとつであり、米
国も欧州も入っていないことがカギである。多極化世界もしくは一極世界でない
世界を見通したトルコの動きととらえてよい。今後このような地域別の新たな動
きが各地で起きていくと考えた方がよさそうである。覇権国がいなくなった世界
での自衛策であり、戦争や紛争を起こすよりも賢明な動きといってもいいかもし
れない。多極化世界は各地で様々な動きや駆け引き、さらには交流を活発させて
いく。そうしないと、世界は混乱と不安で押しつぶされる。
◇世界経済危機とロシア
サブプライム・ローン危機に始まった世界経済危機はロシアにも押し寄せてい
る。当初、ロシアは外貨準備高が6000億ドル近くあり、サブプライム・ロー
ンの怪しげな金融にも参加しておらず、経済危機には陥らないといわれていた。
しかし、金融危機が世界に広がり、実体経済に及ぶようになると、ロシアも他人
事と見ているわけにはいかなくなった。特に石油価格の下落は致命的な結果を及
ぼしつつある。08年7月には1バーレル当たり147台に乗り上げ、空前の石
油ブームを作り出した。しかし、サブプライム金融危機の顕在化とともに、急速
に石油価格は下落し、40ドルから30ドル台へ落ち込んでいる。ロシアの予算
は08年度の石油価格を70ドルと予想し、予算計画を作っている。09年度は
90ドルの予想で、もはや歳入割れが必至の情勢にある。ロシア経済を支配する
石油・天然ガス企業は新規投資の削減もしくは中止を次々と決めており、今後ロ
シアの石油・天然ガスの生産縮小は免れない情勢にある。
これまでの石油ブームは完全に幕を閉じた印象にある。それどころか、このま
ま不況が深刻化すれば、再び権力闘争や利権・利害確執が激化し、政変騒ぎも起
きそうな情勢になってきた。プーチン政権末期に力を強めた旧KGB(国家保安員
会)を中心とする治安勢力(治安関係財閥)は今回の危機で力を強めており、国
家介入の経済発展の声は強まるばかりだ。その一方で、それだけでは問題解決は
ないというリベラル経済派の主張も強まっている。どちらの声が優勢になるかは
、今後の経済次第というか、不況の深刻さ次第である。ロシアは厳しい時代の到
来を迎えている。
その一方で、ロシア政権および国民をしっかりと認識させたのは、ロシア経済
は世界経済の一部であり、単独行動はできないという現実である。ロシアだけの
単独経済行動はもはやありえず、いやでも米国を初めとする世界経済と付き合っ
ていくしかない。逆にいえば、ロシアの危機を乗り越えるためには国際協調は不
可欠ということでもある。
グロバールに広がる経済危機とともに、多極化世界が進行するという二つの動
きはポスト・米国世界あるいはポスト・ポスト冷戦時代の象徴といえるかもしれ
ない。そして、多極化世界は今始まったばかりで、どのような方向へ進むのか、
予断をゆるさない。世界は分極しながらもお互いに関連しあっている。混乱と不
安の世界を呼び寄せないための思想の確立が求められている。
(筆者は日本大学教授・元毎日新聞特別編集委員)
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