■ 歴史的勝利踏まえて新しい一歩を

-民主党は世界的激動の中で新思想を-      榎 彰

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  鳩山新首相は、09年9月16日、就任時の記者会見で、今度の政権交代は、歴史
的であり、身の引き締まる思いだと述べた。日本における近代史上はじめてとい
ってもよい国民の選挙の結果による、国民の意思の明示的な表明による政権交代
の実現である。折りしも、世界的にも米国を始め、それこそ歴史的といってもよ
い大幅な政治、経済、社会上の地殻変動が、うねりのように、生じている。

 米国の一極化に歯止めがかかり、米中の二極化、あるいは無極化が指摘されて
いる。欧州連合(EU)でも、かつて権勢を振るった大政党の凋落、支持の急落が
著しい。代わって登場するのは、米国と中国との二極構造の始まり、G20といわ
れる開発途上国、産油国の代表を入れたリーダーによる国際政治の抜本的改革で
ある。その背景にあるものは、新自由主義に対する反発が高まっていることであ
り、創造資本主義などといわれるが、資本主義の修正、社会民主主義の再生を軸
とした新しい政治思想の胎動である。そんな中で、日本が革命的な政権交代を迎
えたということは極めて意味が深い。いまこそ冷戦構造の崩壊以来、はじめて
日本がその地政学的視座を踏まえて、その地政学的視座を踏まえて、その国際
的な立場を自主的に決定できるのではないかということである。


◆オバマを揺さぶる医療、アフガン


 いち早く、改革(チェンジ)を叫び、建国以来はじめて黒人の血をひいた大統
領を選んで、多民族、多文化国家としての国家の統合を狙った米国のオバマ政権
が、政権発足後、半年にして、はじめての試練に直面している。医療保険制度改
革とアフガニスタンの二つである。医療保険制度改革については、新自由主義の
限界にまつわる問題点が根底にある。巨額(一兆ドルといわれた)の費用に反発
が、まず挙げられよう。しかし、この不況に責任を持つ金融業界につながりを持
つ保険業界の反対、まだ強い市場にすべてを任せるという市場原理主義への執着
が共和党内ばかりでなく民主党にも強いということは、レーガン元大統領以来
の新自由主義のしたたかさを示すものともいえよう。しかし一方で選挙でのオ
バマ氏の圧勝以来、タブーとなってきた人種差別感情が、医療保険制度改革を
めぐって公然化し始めことは注目に値しよう。改革によって、潤うのが黒人や
有色人種だというのはもちろんだが、最近では、インターネットなどを通じ、
「オバマ大統領がケニア生まれで米国大統領としての資格に欠ける」といっ
た誤情報がしきりと流されたりしていることは、特に白人層に強い人種差別感
情を反映している。
 
  年内に医療保険制度改革は、一定の決着がつくだろうが、問題はアフガニス
タン問題である。イラクからの撤退は、どうやら軌道に乗ったが、代わってアフ
ガニスタンが、パキスタンとからんで、米軍部の頭の痛い課題になってきた。イ
ラクとは違って、国際問題化しないと思っていたアフガニスタンが、中東全域に
広がる問題に発展しそうなのだ。しかもイランの核をめぐる動きが、核武装した
パキスタン、イスラエルを巻き込み中東問題が核問題へと発展する危険が指摘さ
れている。オバマ大統領が、9月17日、東欧におけるMD(ミサイル防衛計画)の
見直しを言明、ロシアとの関係を調整しようとしたのも、イランの核開発に密接
な関係があるし、イスラエルの核を中心とする中東の核軍縮とも、密接な関係が
指摘されている。イラクも、パキスタンも、雑多なエスニック共同体が、入り乱
れており、中央権力が統制力を失ったら、直ちに分裂、収拾がつかなくなってし
まう。

 シリア、レバノンが、その典型だし、イスラエルだって、特に冷戦構造の崩壊
以来、旧ソ連領からの異分子流入で、多文化傾向が進み、エスニック共同体の胎
動が、懸念されている。アフガニスタン問題は、中東問題全般とも絡み、緊急に
解決しなければならない問題なのである。
 このようにオバマ大統領が直面している課題は、古くて新しい課題、国内外
を問わず、アイデンティテイを主張する多数の共同体をどうして統合していくか
という問題である。市場に任せるという、自由放任では、どうにもならないので
ある。透徹した政治思想が不可欠なのである。


◆中国と米国、二極化へ


  このように米国は、軍事的、政治的、経済的にも、力を失ってきている。たと
えば外貨準備は、中国 一兆9460置くドル、日本 一兆306億ドルに対して、わ
ずか780億ドルに過ぎない。超大国としての力の減衰は、日を追って、明らかに
なってきている。
このように、オバマ大統領の「チェンジ」の最初の試練にさらされている米国は
、日本の革命的変化をどう見ているのであろうか。米国の「革命的変革」に追随
して、日本も変革を断行したと見られるのだが、オバマ政権首脳部を含め、米国
は、必ずしも、もろ手を挙げて、歓迎はしていない。もちろん日米同盟を堅持す
るという公約自体を疑っているわけではない。鳩山政権のマニフェストに、「米
国に対して対等」の外交という約束があるというだけではあるまい。
 
祖父の鳩山一郎の政権が、冷戦の枠内で、対ソ外交を促進、自主外交を展開し
ようとして、「挫折」したといういきさつがあるからだ。もちろん鳩山自民党と
現在の民主党とは違う。しかし日本の内政の枠内に、対米外交を吸収して、内政
、外交を一体化してしまった最近の自民党外交のやり方に慣れてしまった米国の
外交としては、やりづらい。

一方で、中国の目覚ましい成長もあって、アジアは 世界の国民総生産の4分の
1、(内日本、11%)を占めるようにになった。「アジア的停滞」などといわ
れて、怠惰、沈滞がアジアの代名詞となっていた19世紀、20世紀ごろを考えると
、夢のような話である。中国は、来年、2010年には、GDPでは、日本を上回り、
世界第二位にのし上がり、米国につぐ世界第二の大国になる見込みである。経済
力だけが突出していた日本とは違って、軍事力でも米国に次ぎ、見方によるが、
政治力では、いまや米国やEUにも匹敵するといわれる。

総合的な国力としては、核戦力を含む軍事力でも米国に次ぎ、まさにG2と呼ば
れるにふさわしい。2006年には、米国との間に「米中戦略経済対話」が開始さ
れ、9年4月には、「政治・安保を含む踏む閣僚級会議」に格上げした。まさに
「米中二極対話」である。でも二極といっても、形成過程である。これまでの
ように、日米の二つの極が接近した日米中の三角形の図形が、日米中の正三角
形に近くなるだけで、いろいろ摩擦、あるいは利得が絡んでくる。

 中国は、新政権発足直前に、鄧小平の三女、中国外務省の外郭団体、中国友好
連絡会の鄧副会長を日本に派遣、新政嫌の出方を探った。すでに内定していた鳩
山由紀夫首相、小沢一郎民主党幹事長が、わざわざ会い、中国側との意向打診、
関係改善に努めた。もちろん中国側は民主党の外交方針を歓迎した。しかし同行
筋は、民主党幹部よりは、外務省、旧自民党などの民主党の新外交に悪乗りする
一派の動向に目を向け、懸念を深めている。日米、日中、米中関係が安定すれば
よいけれど、ただでさえ、もろい綱渡りみたいな三角関係の中で、日米関係が悪
化すれば、全体の微妙な関係全体が崩れかねないという心配なのだろう。

 特に安全保障の問題などについて、微妙である。鳩山首相が熱心な東アジア
共同体についても、個々の国家の国益が絡んでくるので、また米国など域外諸
国を配慮して、慎重にことを運ばなければならないと、もらしたのが、注目さ
れた。たとえば石原慎太郎東京都知事が、中国、日本で米国の国債を大量に保
有していることを利用すべきではないか、としていることなど、民主党がうか
つには乗らないようにとの警戒を強めている。中国首脳部は、とりあえず、米
中関係の安定を重視し、日中関係は現状のまま維持しておくというつもりらし
い。日本の政変を歓迎しながらも、外交に不慣れな政権首脳が激しい権力外交
の渦の中に溺れないように気をつけて欲しいという意向のようだ。


◆米国に言わせると知米派


  1989年、ベルリンの壁が倒され、冷戦構造が崩壊して20年、日本の指導部は、
国際政治の激しい流れの中で、日米安保条約にしがみつき、ただ漂流を続ける一
方だった。「失われた10年」というけれど、私は「漂流の20年」といいたい。あ
る意味では、日米安保が、長期間続いた結果、反対陣営でさえ、一種の「国体」
とみなすようになっていた。「国体」というのは、「日米安保」とか、「日米同
盟」という単語が、不可侵であり、無謬であるかのように、徐々に神聖化された
からである。しかもその「国体」は宗教的なものでも、精神的なものでもない。
即物的なものなのである。今回の政権交代を革命とみなし、歴史的事件とみなす
のは、いっさいが、白日の下にさらされたように、日米安保が、国民国家とか、
護憲とか、平和とかという言葉の真の意味が改めて問われるようになったからで
ある。

 日本という国家が、国民国家であり、かつ日本を支えるのが、日本人によるエ
スニック共同体であるならば、統合のためにも、個々の政策の基本にそれなりの
倫理、目標を持たなければならない。政治家からそういう精神的な言辞が聞かれ
なくなったのはいつからであろうか。アジア主義だとか、国連中心主義とか言う
と、そこには、国際連帯といった崇高なものが感じられる。しかし日米安保条約
とか、日米どう同盟とか言うと、即物的なものしか感じられない。自民党による
長期の一党独裁が、日本の政治をゆがめ、まったくの利益共同体の集合でしかな
くなってきたのである。

 明治維新以来、実質的には、はじめてだといってもよい、国民の投票により、
リーダーを選び、政権交代を成し遂げたいま、日本人は、実質的には始めて総合
的に政策目標を持ちだした。戦略的というのは、長期、中期の目標を確定、短期
的に交渉を重ね、時には失敗し、妥協し、またやり直すこともあり得よう。ただ
長期、中期の目標をしっかりと定めておくことである。これまでの日本の外交は
、冷戦時代は、冷戦構造の支持のみに自ら限定し、冷戦以後は、長期、中期の目
標を持ち音さえ否定した。今度の政権交代により、すべてのタブーが破られ、真
の意味の戦略目標を策定することが可能になったのである。

 冷戦体制が崩壊してから、日米関係は極端に変わった。発端は 第一次イラク
戦争である。当時、日本は戦費をほとんど負担したのに、「Too little,too 
late」といわれて、感謝されなかった。クウエートなどは、感謝広告に日本の名
を入れなかったという。外務省や自民党などは、それを誇大に宣伝、触れ回った
。しかし私は、クウェート外相と日本外務省の関係がうまくいかず、クウエート
政府自体が腐敗していたためと見ており、外務省は、米国に協力するため、捻じ
曲げたと見ている。

 それに味を占めた一部の日本人たちは、第二次イラク戦争でも、米政府当局
から、「旗を立てろ」などといわれたなどと力説、日本政府の過大な援助を要
請した。英語のニュアンスから言うと、大げさに言うほどのことはないが、日
本へ伝えられると、大きくなった。新聞もそれに乗った。イラクに限らず、日
本で対外関係で、不満があると、それを米国に通報、構造協議などで米国に言
わせるという方式が、流行った。今度の政権交代で、もっとも困っているのは
そういう人々である。


◆核廃絶はオバマの真意


  ここでは外交政策を取り上げてみよう。まずオバマ大統領の提起した核廃絶の
問題である。原爆の開発し、日本に対して、現実に使用した唯一の国、米国大統
領が、はじめて核廃絶を主唱した。それだけではなく、ロシアに対して、ミサイ
ル防衛計画の中止を通告、核軍縮交渉の促進を提案した。核軍縮にはさまざまな
局面があるが、当面、北朝鮮とイランの二局面に焦点が向けられよう。
 
  すべり出した核軍縮には、さまざまな局面が想定される。全面的な核軍縮は
当面は夢でしかないにしても、地域的な非核武装地帯構想の設置、特定の核武装
国の非核武装化、核だけではなく、集団的安全保障の構想、たとえば米中による
保証の下での東アジアの安全地帯化なども考えられる。その間に北朝鮮の非核武
装化、拉致問題の解決なども、いろんなシナリオと連動されて検討されよう。日
朝の国交正常化交渉も、その一環となろう。いろんな枠組みがこれまでにも実現
している、六カ国協議もその例である。90年代のドイツ問題の解決のさいに、も
のすごく役に立った全欧安保協力機構(OSCE)のように、そのような会議に発展
するかもしれない国際機構などがすでにできているのである。

 北朝鮮のケースでも、十年以上かかっていて、まだ実現しないけれど、オバマ
の核軍縮の提案そのものは夢をもたらすかもしれない。イランのケースについて
も、イランの核を取り上げれば、そのうちにイスラエルの核が出てくる。イスラ
エルは米国の要請で、核武装しているとは公言してはいないが、持っていること
は明らかである。国際原子力機関(IACA)の事務総長に日本人が就任したこと
にも示されているように、平和的利用では、日本の役割は強い。また中東問題
全般についても、日本がかなり出来ることがあるかもしれない。日本は今でも
中東では評判がよいのである。

 自民党は、国際貢献の拡大と憲法九条改正を、一括して、切り離してはならな
いものと決め付けてしまった。しかしそんなことはない。政権交代で、局面は開
けた。いろいろな局面も考えられる。安全保障基本法の制定も一つの方法であろ
う。国際法の整備も一つの方法である。国連軍として自衛隊を派遣することも、
考えられる。 国権の行使ではない。外務省の一部では、国連中心主義を、再
び、日本外交の中心テーマにしようという動きも、出ている。そうすれば 安
全保障理事会の常任理事国問題にも、明るい兆しが出てくるかもしれない。

 今回の政権交代を、日本近代史の転機としたいと考えるなら、やはり村山談
話の重さを、アジアの一員として認識すべきである。その上で、日米関係、米
中関係、日中関係を、日米中関係として、同じように考えるべきであろう。

              (筆者は元共同通信論説委員長・東海大学教授)

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