【コラム】酔生夢死

21世紀の「グレートゲーム」の予兆 ​

岡田 充

 丘の上の公園から西南方向を眺めると、雪に覆われた山々が連なっていた。山の向こうには、中国の新疆ウイグル自治区の砂漠地帯が広がっているはずだ。中央アジアのカザフスタンのかつての首都、アルマトイ(旧アルマ・アタ=リンゴの里の意)から眺めた天山山脈の遠景だ。モスクワ駐在当時の1995年の2月、カザフに出張した時のことだ。

 そのカザフが新年早々の1月2日から、燃料価格の引き上げに抗議する大規模デモに揺れた。トカエフ大統領は暴徒化したデモへの発砲命令を出した上、ロシア主導の軍事同盟に「平和維持部隊」の派遣を要請した。
 大統領は同時に、30年にわたり同国を支配していた「国父」ナザルバエフ前大統領を「安全保障会議」議長から解任、首相と治安機関のトップの首もすげ替え、騒乱発生から10日後の1月11日、「国際テロ集団による武力侵略」「国家転覆のクーデター」を鎮圧し、勝利したと宣言した。

 カザフは石油・天然ガス、石炭に恵まれた資源大国である。原油は世界の埋蔵量の3%を持ち、シェブロンやエクソンモービルなど、欧米メジャーが採掘に当たる。ウラン生産は世界の約40%を占め世界一、米国、中国への最大の供給国でもある。
 国境を接するロシアと中国は、騒乱発生直後から「外部勢力の干渉」「カラー革命」を非難、米国など西側勢力がイスラム過激家を傭兵として騒乱を操ったと非難した。習近平・中国国家主席は7日にトカエフ大統領に電話し、騒乱制圧を称賛し支援を約束する素早い対応を見せた。

 中国にとってカザフは、中国と欧州諸国との陸上輸送の「中欧班列」が横断する要衝でもある。仮にカザフに反中国、反ロシア政権が誕生すれば、中ロの「裏庭」に当たる中央アジア情勢全体が不安定化し、国内にも波及しかねない。トカエフ氏がナザルバエフ勢力を一掃し事態を掌握したのをみて、プーチン、習両氏はほっとしたに違いない。

 カザフをめぐる周辺大国の関与を見て思い出すのは、アフガニスタンをめぐり19世紀、大英帝国とロシア帝国が抗争を繰り広げた「グレート・ゲーム」。米軍撤退後、タリバンが権力を掌握したアフガニスタンに続いて、比較的安定していたカザフでも騒乱が起き、地域は、米欧中ロが複雑に絡みあった21世紀の「グレート・ゲーム」の様相を呈している。

 冒頭に書いた天山山脈を遠望した出張は、ソ連崩壊後に独立した旧ソ連構成国でつくる独立国家共同体(CIS)首脳会議がアルマトイで開かれるのを取材するため、当時のエリツィン大統領に同行取材するためだった。そのエリツイン氏、空港に到着し出迎えたナザルバエフ大統領と共に歩くと突然転びそうになり、ナザルバエフに腕をとられる珍事を起こした。
 過度の飲酒癖がたたったとみられるが、それから5年足らずで、権力の座をプーチン氏に明け渡すとは夢にも思わなかった。

画像の説明
  中国、ロシアに囲まれた資源大国カザフスタン

 (共同通信客員論説委員)

(2022.1.20)
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