【視点】

<フランス便り(31)> まじかに迫ってきた大統領選挙

鈴木 宏昌

 次の大統領選挙まで5ヶ月を切った。フランスの政界は大統領選挙の臨戦態勢に入っている。普段は政治にあまり興味を示さない人も、こと大統領選挙となると関心の度合いが異なる。もともと、フランスは中央集権の傾向があったが、とくにマクロン大統領になってからは、重要な政策の決定は大統領個人が最終決断を行ている。
 その端的な例は、新型コロナ対策として行った昨年3月の全面的なロックダウンに見ることができる。まだ、感染者や重症患者数が絶対的に少ない時期に、いくつかの伝染病の予測モデルとイタリアの状況を考慮し、早い段階で全面的なロックダウンに踏み切れたのは大統領制のお蔭である。フランスには国会と上院があるとはいうものの、内政や外交の最終権限は大統領の手の中にあり、その大統領を国民が直接選ぶので、投票率は高くなる。

 大統領選挙となると、どうしてもメディアのスポットライトが立候補者に集中するので、売名のためとか政治主張を知ってもらうために、立候補する泡まつ候補も当然多くなる。例えば、今日現在 立候補を表明したり、立候補が確実とみられる人は30人を超える。もちろん、候補者の乱立を制限するためにいくつかの制度的な歯止めがある。

 まず第一に、立候補が選挙管理委員会に認められるためには最低500人の首長(市町村長)の推薦を必要とする。保革の既成の政党(保守の共和党、社会党、共産党、エコロジスト)にはこの歯止めは問題でないが、組織の弱い候補者は苦労する。例えば、前回の選挙で、一次選挙で2位となり、決選投票に出た極右のルペン候補は500人の首長の推薦を得るために最後まで苦労したと言われる。
 二番目の歯止めは、国が交付する選挙資金を受け取るためには最低5%の投票を獲得しなければならない。もっとも、選挙を機会に自分たちの主張を国民に説明する目的で立候補する場合には、最初から公的選挙資金をあてにしていないので、この歯止めは全く効果はない。前回の一次選挙には、極左の複数の候補、地方の独立論者、さらには動物保護団体なども立候補していた。

 このような、泡まつ候補の存在は毎回の大統領選挙の儀式に似たものだが、今回の選挙の前哨戦では、有力候補の顔が12月まで決まらないという異常な状態となった。ようやく12月初めに伝統的な保守の牙城である共和党が党員選挙でペクレス女史(サルコジ政権の下で教育大臣を経験)を選出し、ほぼすべての有力候補が出そろったことになる。ほぼと書いたのは、再選を目指すマクロン現大統領がまだ出馬を宣言していないためだが、これには現職の大統領として国の重要な政策・行事を遂行する必要があるという特別事情があり、来年の1月あるいは2月に正式の立候補をすることは確実とみられている。

 ◆ 有力候補者

 前回の選挙では、政治経験がほとんどなく地盤も組織のバックもないマクロン氏が、その若さを利用し、古い政党政治からの離脱と経済・社会改革を旗印にして人気を集め、決選投票で極右のルペン候補に圧勝した。マクロン氏に投票したのは、オランド前大統領に失望した中道左派、フィヨン共和党候補を擁し、硬直的な保守の方向に走る共和党を嫌がった保守・中道の人達だったと言われ、40年以上続いた保守・革新(社会党)の2大政党による政権の独占に終止符を打った。

 ただ、その後、マクロン政権は、国民議会の安定多数を持ちながらも、地方選挙やEU議員選挙では惨敗が続き、マクロン氏の与党は組織は脆弱であることがはっきりしている。したがって、マクロン氏の再選のカギは、結局マクロン氏個人の人気とその政策評価頼みとなる。近年、マクロン政権の動向をみると、治安の強化や企業減税に見られるように、概して右寄りの政策が多く、かなり意図的に、中道左派から中道右に重心を移したと考えられている。

 出馬を宣言している他の有力候補者は、極右のマリーヌ・ルペン氏、同じ極右に属する前フィガロ紙の硬派の論説委員ゼンムール氏、共和党のペクレス氏、社会党のイダルゴ・パリ市長、エコロジー党のジャド氏、反資本主義の論客メランション氏である。前回2位となり、決戦投票に進出したルペン女史は、これまで間違いなく、1位あるいは2位に入ると予想されていたが、反イスラムを掲げ、過激な発言でマスコミの注目を集めるゼンムール氏が立候補を表明し、少々 情勢は流動的となっている。

 ゼンムール氏は、フランスの文化が大量のイスラム系移民に侵食されているので、移民のコントロールやイスラム教排除を打ち出し、極右・保守の一部の支持を獲得していると言われる。とはいえ、政治経験がまったくない評論家なので、本格的な選挙戦になるとどこまで支持層を固めることができるのだろうか疑問符が付く。
 ペクレス候補は穏健な保守中道の政治家で一定の閣僚経験もあるが、パリ出身のエリートなので、どこまで地方票を獲得できるのだろうか? また、極右に近い人から中道までいる共和党が、本当にまとまってペクレス氏のもとで戦えるのかにも疑問がある。

 エコロジー党は、1年前の地方選挙で大きく伸び、リヨン、マルセイユなどの大都市の首長を獲得し、勢いがある。ただ、エコロジー党も内部がラディカルな活動家と現実的な穏健派に分かれているので、まとまりがなく、今のところ、地方選挙の時のような勢いはない。
 メランション氏は反体制派の論客として人気はあるが、3回目の立候補なので、新鮮味に欠け、前回ほどの投票(一次選挙で20%弱を獲得した)は期待できないようだ。
 イダルゴ・パリ市長は、社会党が著しく衰退しているので、大きな期待は難しい。

 多数ある世論調査機関は、かなり前から次の大統領選挙の予測を定期的に行っている。これらの世論調査は、すべてネット上の調査で、その母集団は1,500人ほどなので、信頼度はそれほど高くないが、多くの世論調査の結果はかなり安定的に推移しているので、各候補の勢力の一応の目安にはなると思われる。

 代表的な例として Ipsos の12月はじめ(12月6-8日)の調査結果を示すと、マクロン氏25%、ルペン氏16%、ペクレス氏16%、ゼンムール氏14%、ジャド氏7%、イダルゴ氏5%、メランション氏8%となっている。このうち、ゼンムール氏とペクレス氏両候補はまだ正式に立候補を表明して間がないので、二人の数字は非常に流動的と考えられる。
 全体的に、これらの世論調査の動向をみると、まず有権者の重心が中道右派や強硬な保守(極右)に移っていることが読み取られる。その一方、左翼陣営(メランション、ジャド、イダルゴ)はすべて合わせても全体の30%くらいでしかなく、過去にミッテラン、オランド大統領を選出したような勢いは全く失われている。

 以上が現在の大統領選挙前哨戦の情勢だが、まだ有力候補の名前が出そろったばかりなので、流動的な部分も大きい。また、突発的な事件が投票前に発生すると、国民の投票行動は変わる可能性は残されている。例えば、2002年の大統領選挙の直前にテロ事件があり、それまで決選投票に出ることがほぼ確実視されていた社会党のジョスパン元首相が極右のルペン(現在のルペン候補の父)に敗れるという波乱があり、シラク大統領が再選されたことが思い出される。したがって、今回の大統領選挙もまだ何が起こるかわからない。

 ◆ 選挙の論争点;環境問題対治安問題

 いつの選挙でもいくつかの問題が選挙の争点になるが、今回は、これまでのところ、治安問題と環境(地球温暖化)問題が大きくクローズアップされ、意外と経済問題やEUとフランスの関係などは俎上に上ってきていない。新型コロナが現在フランスで蔓延し、医療体制が厳しいにも関わらず、医療問題は争点になっていない。医療体制の問題は、病院制度や開業医と病院の関係、看護師や介護士の労働条件など歴史的に積み上げられてきた構造的な問題なので、選挙のような短期的な関心事にはなりにくいのだろう。

 2015年に国連の地球温暖化会議がパリで行われ、温暖化の長期目標、すなわち今世紀末の地球温暖化を1.5度あるいは2度位以内にするパリ協定に見られるように、フランスは地球温暖化問題に強い関心を示し、新聞やテレビに気候変動や自然保護などに関するニュースのが毎日のように流されている。このような環境問題に対する意識は大都市に住む人や若年層で高い。また、EUレベルでは、EU委員会やEU議会が地球温暖化や環境対策に熱心で、多様な環境に関するEU基準がすでに多くの分野で定められ、人々の生活や産業の在り方を変えている。

 例えば、日本にも直接関連する具体的な例としては、自動車産業に関するEUのCO₂の排出基準があげられる。EUは排出ガスやその他の有害物質の排出規制を段階的に厳しくしている。それに応じて、自動車メーカーは環境対策を強化しているが、EUは2030年に向けて更なる有害ガスの排出規制を目指している。この厳しい排出規制があるので、各国政府は電気自動車やハイブリッド車への助成(減税措置)を行っている。

 この動きに対応し、多くのヨーロッパ自動車メーカーは、それまでのガソリンやディーゼル車からハイブリッドや電気自動車への移行を加速化させている。ディーゼルの技術で世界一と言われるVW社は、電気自動車の開発のために70億ユーロをここ5年間に投資し、1935年までにはガソリン車の生産を完全に停止すると発表し、世間の注目を集めている。
 ドイツの自動車部品生産者の組合の研究では、このような電気自動車への移行で、ドイツの自動車産業は約50万人の労働者が職種転換を余儀なくされ、その約半分が失職すると予測している。当然ながら、フランスの2大メーカーのプジョー・グループやルノー・グループも電気自動車への移行を進めている。

 この自動車の例が示すように、地球温暖化や環境保護は多くのフランス人の関心事になっている。それにも関わらず大統領選挙では、今のところ、先に紹介した世論調査に見られるように、エコロジストのジャド氏や環境対策を重視するイダルゴ・パリ市長の人気が低いのはなぜだろうか?
 その理由はいくつかあるが、一つにはフランスのエコロジストはラジカルのイメージが強く、庶民の生活を無視しているとして一般の国民から敬遠されている。この点、ドイツの緑の党が過去にラディカル派を退け、現実路線に徹しているのとは対照的である。しかし、このイメージを別にすると、エコロジストへの支持が伸びないのは、有権者の投票行動が短期的な関心事を優先し、地球温暖化を中長期的な問題と考えるためなのだろう。3年前の黄色のベスト集団の騒ぎの際に、有名なスローガンとして、{世界の終末よりは、月の終わり(月末の財布状態)}があったことが思い出される。

 では、地球の温暖化問題は今回の選挙では全く争点にならないのだろうか? 実は意外な問題―原子力発電―から、現在ではかなりの争点になりつつある。周知のように、フランスはその電力の70%を原子力発電に頼っている。マクロン大統領は、過去に原子力発電の割合を将来50%に落とすと明言し、老朽化した原子力発電所の閉鎖を決定した。

 ところが最近、エネルギーの専門機関(RTE報告、2021年10月26日発表)が、パリ協定の目標をフランスが順守しながらの電力供給のシナリオを発表した。予測の仮定は、長期の経済成長を1.3%と読み、電力消費もそれに応じて伸びて行くとし、6つのシナリオを描く。
 その中には、再生エネルギーのみに頼るシナリオもあるが、現実的な3つのシナリオは、再生エネルギー発電を発展させながらも、原子力を維持、あるいは発展させるものだった。というのは、いろいろな他の問題はあっても、原子力発電はCO₂排出量がゼロであることからくる。排出ガスの観点からは、石炭による発電を最悪として、石油や天然ガスも多くの温室効果ガスを発生させる。
 この予測を受けた形で、最近、マクロン大統領は小型原子力発電の開発を将来の重点項目とすると明言した。

 有力候補のうち、原子力の開発促進を提唱しているのは、共和党のペクレス候補、極右の2人の候補である。彼らの主な理由は、フランスの持つ原子力技術を発展させ、フランスの経済再建につなげることで、地球温暖化対策は2次的な動機に過ぎない。また、意外なことに、共産党のルーセル候補(世論調査では、2%程度)も同じような理由で、原子力発電に賛成の立場をとっている。
 原子力発電に反対を明確にしているのは、極左のメランション氏とエコロジー党のジャド氏で、イダルゴ氏はこの問題にあまり明確な発言をしていない。マクロン現大統領は現実主義なので、今後、原子力発電推進派に乗り換える可能性はかなり強い。

 この環境問題以上に、今回の選挙の大きな焦点は治安と移民の問題である。言うまでもなく、保守および極右へと支持が流れているのは、国民の間に安全に対する不安が強いことの表れである。とくに、極右の候補は、イスラム系の移民が増加し、治安が脅かされている(ルペン候補)やイスラム系の人口増加でフランス伝統の文化が失われている(ゼンムール候補)として、移民の制限や警察や司法の強化を訴える。

 ただし、実際には、フランスの治安問題には、少なくとも二つの難しい問題が微妙に重なりあっている。
 一つは居住地域に関連する治安や安全の問題である。パリをはじめ大都市の一部や郊外には、麻薬売買が昼間から行われ、警察が入り込めない箇所がある。麻薬売買の縄張り争いで、マルセイユの北地域などでは銃での暗殺事件が今年だけで数十件記録され、ニュースになっている。
 この麻薬が横行している地域はイミグレが集中し、失業者が多い。そこへイスラム原理主義が入り込んでいるので、女性は全面的にベールを被ることが強制される。それをマスコミや政治家が取り上げるので、一般人の不安が高まり、極右の支持が増す構図となる。その意味では、大都市の治安問題は貧困地域の問題でもあるが、これは歴代政府が抜本的な対策が見いだせない難しい問題である。

 二つ目の問題は、イスラムテロに関する漠然とした不安である。2015年のシャルリー紙襲撃事件以来、何回となくイスラムテロを経験し、最近では高校教師サミュエル・パティ氏の殺害テロが人々の記憶に深く残っている。
 フランスはヨーロッパ最大のイスラム系人口を持ち、その数5、6百万人と言われている。そのほとんどがマグレブ出身者と中東からの移民となる。当然ながら、テロや非行に走るのはそのごく一部ながら、極右や保守の政治家は、イスラム社会はフランス社会との共存を拒んでいるとみなす。このような極右が勢力を伸ばしたことは、テロ事件でフランス人が見るイスラム系社会のイメージがいかに悪化したかを示している。

 以前ならば、このような保守や極右に対抗し、人権を守る観点から、イミグレや難民を擁護してきた左翼陣営の声がほとんど聞こえないのはどうしたことだろうか? わずかにメランション候補が移民や難民擁護の論陣を張っているのみで、イダルゴ候補やジャド候補からの積極的な発言はないと言ってよい。
 それにしても、ここ40年、左翼陣営を引っ張り、オランド政権を支えた社会党の凋落には愕然とする。もともと、フランスの社会党は極左から中道右派を含み、格差是正、社会的平等などを共通目標として、保守と一線を画していた。それが内部爆発し、オランド政権の頃から、どのような社会・経済の建設を目指すのかが分からなくなった。理論武装ができないまま現在に至っているので、このままでは、近い将来、社会党はエコロジー党の中に吸収される可能性が強いように思われる。

(2021年12月14日、パリ郊外にて)

 (早稲田大学名誉教授、パリ在住)

⋆編集部注:マグリブ、(Maghrib, Maghreb) - リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコなど北西アフリカ諸国の総称。(wikipediaより)

(2021.11.20)
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