【北から南から】ミャンマー通信(29)

NLDの総選挙ボイコットは回避
—憲法改正はならず、DASK大統領への道断たれたが—

中嶋 滋


●NLD総選挙参加に至る経過

 日本のマスコミも一斉に報じたようですが、NLDが11月8日投票の総選挙に参加することを正式決定し記者会見で発表しました。先週の土曜日(7月11日)のことです。こちらミャンマーでも各紙が大きく取り上げました。NLD支持者が多い私の周辺では「ホッとした」空気が流れたように感じます。

 少し振り返ってみますと、この1年間の経緯は、おおよそ次のようになります。
 まず、昨年春から夏にかけてNLDを中心に憲法改正(非選挙軍人議席と大統領資格要件が中心課題)を求める署名運動が展開され、500万を超える署名が集められ国会に提出されました。国会内では極少数野党に過ぎないNLD(下院:37/440、上院:4/224)が、この重要課題を達成していくためには、国会外から国民の声を届け、圧倒的な多数を占める軍人議席と与党USDPの連合勢力に圧力をかける以外に、とるべき手段がなかったのです。
 しかし、トラシュエマン下院議長が「国会審議に一切影響をあたえるものではない」と言い切ったように、署名に込められた国民の思いは完全に無視され、年末までの国会での憲法改正に関する委員会審議では、改正要求はことごとく少数否決されてしまいました。

 この状況の中で年明け早々に「アウンサンスーチー氏、大統領就任断念、下院議長で満足?!」という報道が流されました。氏の側近の実名が出され、彼の談話が引用されての報道でしたから、かなり衝撃的なものでした。NLDの重鎮が、「総選挙に参加するかどうかも決めていないのに、選挙後の役割について決める訳がない」と報道内容を否定する発言をし、記者からの側近談話についての質問に対して「個人的な考えを述べたのだろう」と応え、「総選挙に臨む態度は6月に決定する」とし、ボイコットもあり得るという姿勢をとり続けてきました。

 6月に入り、選挙委員会が国民に選挙人名簿の確認を求めるポスターを街のあちこちに貼り出し、総選挙実施に向けた具体的な行動をとり始めました。これと機を一にするかのように、アウンサンスーチー氏が教員の集まりで教育改革の必要性を強調し、その実現のために総選挙でのNLDへの支持を訴えるという一幕があったことが伝えられました。これによってボイコット回避の観測が高まりました。
 そして6月下旬の国会でNLDをはじめとする野党の主張のみならず与党USDP提案の憲法改正案(非選挙軍人議席と大統領資格要件には触れていなかったが憲法改正議決を4分の3超から70%超に引き下げる提案が含まれていた)も否決されるという事態が起りました。
 この時点で、非選挙軍人議席の撤廃、大統領資格の改善、憲法改正に必要な賛成投票数の改善の望みが絶たれました。これによってアウンサンスーチー氏の大統領への途は閉ざされてしまいました。6月25日のことです。この事態を受けてNLDがいかなる対応をするかが注目されました。

 しかし、アウンサンスーチー氏と彼女が率いるNLDは、総選挙参加を決定したのです。記者会見の中で、アウンサンスーチー氏は、概要次のように語ったと報じられています。(1)人々が私に大統領になることを望んでいることが重要なのではない、(2)重要なことは、NLDが勝利することだ、(3)それとともに重要なことは、人々に依拠する政府をつくることだ、(4)だから、人々が私に大統領になることを望むということは、人々が望む政府を代表することであるのだ、というものです。

●総選挙をめぐる動向

 こうして、ミャンマーの民主主義の行方を左右するといわれる総選挙が、全政党が参加する形で事実上スタートすることになりました。2010年の前回総選挙は、アウンサンスーチー氏が自宅軟禁された状況下でNLDがボイコットしたことを受けて、軍政による全面的な支持を受けたUSDPが上下院とも選挙で選ばれる議席の約80%を占める結果となりました。
 ミャンマーの国政選挙は、上下院とも小選挙区(下院が330選挙区、上院が168選挙区)で、争われます。有力な少数民族政党が存在する選挙区以外の多くの選挙区で、NLDとUSDPとの「一騎打ち」が展開されます。前回選挙では、これらの選挙区で多くの議席を得た結果がUSDP圧勝を生み出した訳ですから、今秋の総選挙で大きく様変わりすることは確実と思われています。

 そうしたことからNLD優勢との観測が流れていますが、それがどの程度のものかが問題です。上下院とも過半数確保もありうるという予測もめずらしくはありません。しかし、何しろ国軍最高司令官指名による軍人議席によって上下院とも1/4がはじめから占められているのですから、政権を握るかもしくは圧倒的な影響力をもつためには、過半数に止まらない圧倒的な勝利が必要とされます。選挙で選ばれる議席(上下院合わせて498議席)のうちNLD単独で333議席(上下院合わせた議席総数664の過半数、勝率67%)を確保すれば、大統領の席も勝ち取れることになります(アウンサンスーチー氏以外の人を候補者に立てねばなりませんが)。
 しかし、70%近い議席を確保することは不可能とはいえないでしょうが、極めて難しいことです。少数民族諸政党の存在と影響力は、かなり大きいものがあります。2012年4月の補欠選挙(アウンサンスーチー氏を含めたNLD候補者が圧勝した)でも、シャン州では少数民族党に破れています。政党の組織力において、USDPに比してNLDが大きく劣っていると認めざるを得ない地方が多くあり心配だ、と指摘する支持者も多くいます。決して楽観することができない状況にあるといえます。

 一方、政権与党内での亀裂が深まっているとの噂が広まっています。総選挙後の大統領選挙を視野に入れた主導権争いが激しくなっているというのです。テインセイン大統領派とトラシュエマン下院議長派との争いです。2人は、元々国軍将軍でタンシュエ上級将軍が率いた軍政のナンバー4と3でした。2011年、民政移行の際に、タンシュエ上級将軍は、ナンバー4のテインセイン氏を大統領に指名しました。ナンバー2だった人は病弱で引退が決まっていましたから序列からすればトラシュエマン氏が指名されたのでしょうが、そうはならなかったのです。
 それについては、いくつかの憶測が流されています。その第1は、トラシュエマン氏は利権に聡く軍政時代に自らを含め親族や取り巻きの蓄財に権力を利用したとしてダーティーなイメージがつきまとうのに反し、テインセイン氏は軍政時代から利権に組みせず「ミスター・クリーン」の異名をとっていて民政移行に相応しいと判断された、というものです。第2は、タンシュエ上級将軍が、失脚した後のネウィン将軍一族が被った一切を剥奪された処遇を恐れそれを避けるために、有能でやり手のトラシュエマンでなく「イエスマン」のテインセインを据えた、というものです。
 双方とも憶測ですから、どちらが真相に近いか詮索しても致し方ありません。しかし、私の周辺の人々は人柄的には間違いなくテインセイン氏だと言っていますが・・・。国軍との関係では、大統領の方が最高司令官のミンアウンライン将軍と厚い信頼関係にあるといわれています。アウンサンスーチー氏とはトラシュエマン氏が近く、総選挙後の勢力地図によっては、両者が提携してトラシュエマン大統領・アウンサンスーチー下院議長もあり得るとの噂もあります。他にも、与党USDPの分裂、テインセイン大統領派の新党結成、ミンアウンライン国軍最高司令官の政界進出、トラシュエマン派との提携下でアウンサンスーチー氏外相就任などの噂が流れています。

●大統領が公正選挙実施を訴える

 テインセイン大統領は、選挙委員会が11月8日投票を発表した翌日、国民向けのラジオ放送(毎月1回定期的に実施)の中で、民政政府になって初めての総選挙であるからクリーンで自由で公正なものでなければならない、そうなることを約束すると語りました。外国メディアの取材も国際選挙監視団を受け入れるとも表明しています。多くの国民が、それらが実現され公正な選挙によって民意を正確に反映した結果が出ることを望んでいます。
 ミャンマーの歴史的な転換がどのようになされるか、あるいは不幸にしてなされないか、目の当りにして見る機会を与えられたことに感謝しつつ、腰を据えて見届けたいと思っています。

 (筆者はヤンゴン駐在・ITUCミャンマー事務所長)


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