TPPが破壊する日本の食  

第2回「危険な米国産牛肉・・・国産ならば安全か?」

                      白井 和宏


1,食中毒の死者数3000人、だから「放射線照射」で殺菌

日本における食中毒の死者数は、1980年代後半から10人前後であり、2009年、2010年はゼロだった。ところが米国では「疾病管理予防センター(CDC)」の報告書(2010年12月)によれば、推定で毎年約4800万人(国民の6人に1人)が食中毒にかかり、2万8000人が入院、死者は何と3000人にのぼるという。そのため米国で販売されている精肉には、温度管理や、手洗い、加熱方法などの注意が細かく書かれている。
日本でも1990年代に O-157(病原性大腸菌)による食中毒が社会的事件になったが、その基本的な対策は衛生管理の徹底にあった。ところが大量生産を優先する米国では、処理工程の改善よりも、放射線照射による殺菌処理を導入することにしたのである。すでに1986年には香辛料に対する放射線照射を認めていたが、1990年に鶏肉、1997年に牛豚の赤身肉、2002年からは青果物への照射も認めた。しかし、放射線照射で殺菌すれば、食品の成分を変えることになる。そのため、毒性をもった未知の物質を生んだり、発ガン性物質が増える可能性があると指摘されている。
画像の説明
 米国農務省のポスター「放射線照射は有害な細菌を殺菌し、あなたの食品を安全にします」

2,「肥育ホルモン剤」で牛を成長させ、人間のがんを誘発する
米国では、「肉用牛」を短期間で肥育させるための成長促進剤として、ホルモン剤が投与されている。北海道大学・半田康研究員の調査によれば、国産牛肉と比較して米国産の牛肉には、エストロゲンが約600倍も残留していた。エストロゲンは女性に必要なホルモンだが、外部から摂取した場合には発がん性があると考えられている。日本における牛肉消費量(すなわち米国産牛肉の輸入量)が増加するにつれて、「ホルモン依存性がん」(乳がん、卵巣がん、子宮体がん、前立腺がんなど)の患者数が急増していることから、米国産牛肉ががんの原因ではないかと半田氏は指摘する。
すでに欧州では、1988年に成長促進を目的とするホルモン剤の使用を禁止。1989年にはホルモン剤を投与した米国産の牛肉の輸入を禁止した。そこで米国は「世界貿易機構(WTO)」にEUを提訴。1999年にはWTOの裁定を受けて、経済制裁を発動し、EUに対して1680万ドルの制裁金を課したが、それでもEUは米国産牛肉の輸入を再開せず、米国と牛肉紛争を続けている。
 ちなみに「肥育ホルモン剤」は、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、韓国でも使用が認められている。
さらに米国では、「乳用牛」にもモンサント社が開発した「遺伝子組み換え牛成長ホルモン(rBST)」を使用している。このホルモン剤を乳牛に注射すると、乳量が約20%も増加する。ところがこの乳牛から絞った牛乳の中には、別のホルモン(IGF-1)が増加し、乳がんや前立腺がんの発生を促すことが指摘されている。

3、食肉中に「抗生物質に耐性を持つ菌」が増加し、2万3000人が死亡
米国では、成長促進や過密で不衛生な飼育環境を補うといった治療以外の目的で、家畜に大量の抗生物質を使用している。「米国食品医薬品局(FDA)」が2010年に公表したデータによれば、全米で販売された抗生物質の70%が畜産業に使用されているのだ。
その結果、米国の食肉は「抗生物質に耐性を持つ菌」に汚染された。FDAの「全米薬剤耐性菌監視システム(NARMS)」が2013年4月にまとめた年次報告書によると、豚の骨付きロース肉の69%、牛ひき肉の55%、鶏肉の39%から抗生物質に耐性を持つ細菌が検出された。NPO「ピュー・チャリタブル・トラスト」によれば、食肉生産のために米国で販売された抗生物質は2011年だけで1万3000トンを超え、人間用の約3500トンを大幅に上回る。
こうした菌を含む食肉を食べれば、人間が病気になった時に、抗生物質を投与しても効果がなくなる危険性がある。事実、「疾病管理予防センター(CDC)」の2013年報告書によれば、抗生物質に耐性を持つ病原菌に少なくとも毎年、200万人が感性し、その結果、2万3000人が死亡してているとのことである。

4、TPP後の世界・・・国産ならば安全か?
そして問題はここからだ。今までなら、「米国産牛肉は危険で不安。安全で生産者の顔の見える国産牛肉を食べよう」と締めくくれば良かった。ところが今後はそれでは解決しないのがTPP後の世界だ。「世界の最低基準に合わせる」のがTPPのルールであり、日本も「世界の最低辺を目ざす競争」で勝ち残るためには、このルールに従う必要がある。これまでは米国の方針や要求に追従しながらも、国境の存在によって日本独自の基準や規制が細々と維持されてきた。しかしTPP後、それが撤廃されれば、もはや米国産と国産の品質に違いはなくなる。別の視点で見れば、米国産と日本産に違いをなくすために、米国基準が意図的に導入されるようになる。日本の抵抗を打ち砕く、米国企業の武器がISD条項(投資家対国家の紛争解決条項)だ。日本が輸入規制を行うためには、その食品が有害であることを日本側が立証する責任を負わされる。証明できなければ、「非関税障壁によって損害を受けた」と主張する米国企業から賠償金を請求されるのだ。
もっとも、最初から米国にたてつくつもりのない日本側は、今後、自ら進んで積極的に様々な基準や規制を撤廃していくだろう。日本の政財界も、経済成長を促すためには自由化と規制緩和が不可欠と信じているからだ。
<肥育ホルモン剤は禁止されてない>
たとえば米国と違って、現在の日本で「肥育ホルモン剤」は使用されていない。それでは「日本で使用できないのか」と問えば、「法的に禁止はしてない」というのが厚労省の見解だ。「過去には2品目の天然型ホルモンが、肥育ホルモンとして承認されていた。ところが1999年に取得者が承認を返上した。したがって、法的には禁止しているわけではないが、現在、日本で承認された肥育ホルモンは存在しないため、国内での使用はできない」と言うのが厚労省の説明である。言い換えれば、「今のところ申請がないから使用できないだけで、法的には禁止してない。したがって米国産牛肉が肥育ホルモン剤を使用していても輸入は認める」というのが日本の立場である。「欧州域内においては、肥育ホルモン剤の使用も、使用した牛肉を輸入することも禁止する」というEUの明確な方針とはまったく異なるのだ。さらに勘ぐれば、「日本国内で米国企業から申請があれば、厚労省として承認する」とも聞こえる。
ちなみにモンサント社が開発した「遺伝子組み換え・牛成長ホルモン」も日本では乳牛への使用を認めていないが、これを使用した米国産の乳製品の輸入は認めている。すでにモンサント社はこの事業を他社に売却したが、現在も米国では販売・使用されている。やがて、日本でも使用を申請すれば、承認される可能性もありそうだ。
<抗生物質は日本でも使われている>
日本でも、家畜の成長促進のために抗生物質を飼料に添加することは、広く行われている。日本で、家畜に使用される抗生物質は約900トンと、人間の医薬品として使用される約500トンを上回るのであり、米国と同様の構造にある。米国と比較すれば、総使用量は桁違いに少ないが、そもそも日本の家畜の飼養頭数は米国よりも圧倒的に少ない。家畜1頭(匹)あたりの使用量を比較すれば大差ないのだ。
 以前から「世界保健機関(WHO)」は、抗生物質では疾病に対抗できなくなる「ポスト抗生剤時代」が来ると警鐘を鳴らしている。EUでは2006年から、成長促進を目的とした常時投与を全面禁止した。生活クラブと同様に、日本全体でも成長促進目的の使用を禁止すべきはずだが、米国の飼育基準が徹底されるTPP後は、ますます規制が困難になる可能性がある。
<遺伝子組み換え飼料で育った家畜の畜産物しか食べられない日>
日本はトウモロコシや大豆粕など濃厚飼料のほとんどを輸入に依存している。しかもその大半が遺伝子組み換え作物だ。今までは、遺伝子組み換え飼料が家畜に与える影響に関する研究はほとんど実施されてこなかったが、豪米の共同研究チームが「ジャーナル・オブ・オーガニック・システムズ」(2013年6月号)に発表した論文によれば、「遺伝子組み換え飼料を与えられたブタは、胃炎を発症する確率が大幅に高く、雌のブタは、通常の飼料を与えられたブタに比べて、子宮の重さが25%重かった」という。遺伝子組み換え作物のどのような作用によって、ブタの健康に影響が出たのかその原因は解明できていない。
作物に残留した農薬の危険性も気になる。米国で遺伝子組み換え作物の商業栽培が始まったのは1996年だがその3年後には、日本でモンサント社の除草剤「ラウンドアップ」の主成分「グリホサート」の残留基準をそれまでの6ppmから米国並の20ppmに引き上げた。米国では「ラウンドアップ」の散布量を3倍にまで増加させた結果、この除草剤に枯れないスーパー雑草が出現したため、農家はさらに除草剤の量を増やしている。
そこで「米国環境保護庁(EPA)」は今年、残留基準をさらに大幅に引き上げようとしている(飼料用は100ppm、油糧用は40ppm)。同一歩調をとる日本も、まもなく同一基準に引き上げるだろう。その結果、日本でも家畜への影響が現れる可能性があるが、もはや国内で家畜に非遺伝子組み換え飼料を与えているのは、生活クラブ提携生産者の他に、わずかしかいない。
<放射線照射も始まる?>
実は日本でも「ジャガイモの発芽を抑止する」という名目で、1972年に厚生省が放射線照射を認可し、1975年から「士幌町農業協同組合」が実施している。それでもこれまでの使用目的は「ジャガイモの芽止め」だけに限定されていた。ところが2005年には「日本スパイス協会」が、香辛料への照射を認めるよう、厚生労働省に申し入れている。その背景には、日本政府の「原子力委員会・食品照射専門部会」が「照射線の有効利用」という名目で照射食品を推進しようとしたことがある。2011年には、焼肉屋のユッケによる食中毒事件が起き、翌年7月からは生食用の牛のレバー提供が禁止されたが、それを契機に、厚生労働省は研究班を設置し、放射線照射による殺菌効果を確認する研究に乗り出している。
社団法人JC総研の調査によると、精肉を購入する際、「国産のみ」を選ぶ人の割合は、この間、下がり続けていたが、2012年の調査では、牛肉が35%、豚肉が46.7%、鶏肉が54.7%と、すべて4年前の水準まで急激に回復したという。「国産の安心感が高まったからではないか」と分析しているが、TPP加盟によって工業製品のように生産する米国産と国産の安全性に違いがなくなった時、はたして国産牛肉を購入する消費者は何%いるだろうか。
(筆者は生活クラブ・スピリッツ(株)代表取締役)
  *)この原稿は「市民セクター政策機構」発行「月刊・社会運動403号」(2013年10月)に掲載されたものを同機構の承諾を得て転載したものです。


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