TPPが破壊する日本の食  

第3回「急増する遺伝子組み換えの商品化と基準の緩和」

                      白井 和宏


 日本政府が「TPP交渉に参加する」と発表した時から、インターネット上では「遺伝子組み換え作物が大量に輸入される」「食品表示が廃止されてしまう」といった不安の声にあふれた。実際には、TPPに参加する以前から、日本には大量の遺伝子組み換え作物が輸入されているし、食品表示は抜け穴だらけだ。ところが今、凄まじい勢いでバイテク企業による進撃が始まっている。「遺伝子組み換え米」や「遺伝子組み換えサケ」の販売が近づき、国内でも「医薬品用遺伝子組み換え作物」の商品化が進んでいる。すでにTPP参加後の日本が始まりつつあり、消費者が気づかぬうちに毎日、多量に遺伝子組み換え商品を摂取する新たな時代が到来しようとしているのだ。

■1,商品化される遺伝子組み換えイネ「ゴールデンライス」

 世界人口の半分近い約30億人が主食とする米は、バイテク企業にとっては大儲けの「タネ」である。1990年代後半から、「途上国におけるビタミンA欠乏症による失明を防ぐ」ことを大義にかかげて、遺伝子組み換えイネ「ゴールデンライス」の開発が進められてきた。とくに積極的に旗振り役を務めてきたのが、米マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長が創立した世界最大の慈善団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」だが、実はビル・ゲイツ自身がモンサント社の大株主と言われる。
 ちなみに、ゴールデンライスそのものにビタミンAが含有されているわけではなく、ゴールデンライス中のβカロチンが体内でビタミンAに転換される仕組みである。ところが必要量のビタミンAを摂取するためには、毎日、多量のゴールデンライスを食べなければならない。ビタミンAが豊富な葉物野菜を食べるか、1粒0.05ドルの錠剤を子どもたちに与えた方が、よほど効果的で安上がりの解決策であるとNGOから批判されてきた。ゴールデンライス計画の創始者の一人である「ロックフェラー財団」の理事長でさえ後になって、「宣伝は行き過ぎだった。私たちはゴールデンライスが解決策とは考えていない」と語ったほどだ。
 ところが今年11月、フィリピンに本部を置く「国際稲研究所(IRRI)」と「フィリピン農業省」は、「すでに試験栽培を完了しており、今後2、3年以内に承認される見通し」と発表した。
 遺伝子組み換えイネの開発は中国でも着実に進んでいる。数年前には中国から欧米や日本に輸出された米から未承認の遺伝子組み換え米が確認された。そして今年になって、中国各地で遺伝子組み換え米の試食キャンペーンが始まったのだ。中国各地の都市で試食イベントが開かれ、1000人以上が参加したという。まだ公式発表はないが、商品化は目前に迫っていると考えられる。

■2,年内にも「遺伝子組み換えサケ」が発売か

「米食品医薬品局(FDA)」は以前から、「遺伝子組み換えサケ」は「食べても安全で、環境への影響もない」と主張してきたが、強い反対にあって商品化が遅れてきた。ところが、つい先頃、年内にもアメリカで発売される予定と報じられた。
 この「遺伝子組み換えサケ」は、「アトランティックサーモン」に「キングサーモン」の遺伝子を導入したことで、従来の半分の時間で成長する。消費者からは「フランケンフィッシュ」と命名されたが、表示されずに流通が始まると予測される。

■3,国内では「遺伝子組み換え蚕」による「ヒト型コラーゲン」を発売

 かつては日本企業も「遺伝子組み換え作物」の開発に積極的だった。しかし作物分野で海外大手のアグリビジネスと競っても勝ち目がないのは明白で、次々と撤退した。残っているのが独立行政法人と連携した企業である。たとえば「独立行政法人・農業生物資源研究所(茨城県)」や「群馬県蚕糸技術センター」は、「遺伝子組み換え蚕」が作るシルクの商品化を進め、「蛍光色に光るウェディングドレス」も試作した。しかしこれでは商売にならないと判断したのだろうか。今年7月には、これら法人と連携して開発を進めていた「(株)免疫生物研究所」が、「遺伝子組み換え蚕」による化粧品「ヒト型コラーゲン(商品名:ネオシルク)」の販売を発表した。
 日本初の本格的な遺伝子組み換え動物を利用した商品だが、同社が遺伝子組み換え蚕をどのような形で生産し、どのような拡散防止策をとるのか大きな問題である。

■4,世界初の「遺伝子組み換え医薬品用作物」が日本で商品化

 さらに驚くのは、世界で初めて遺伝子組み換え作物自体を原料とする医薬品が、日本で商品化されたことである。「独立行政法人・産業技術総合研究所北海道センター」(札幌市豊平区)と農薬メーカー「ホクサン」(北広島市)が、「遺伝子組み換えイチゴ」を原料とした犬向けの医薬品(歯肉炎軽減薬)を開発し、10月には農林水産省から製造販売の承認を得た。
 遺伝子組み換え技術を使った「バイオ医薬品」は1980年代から開発されており、世界の新薬の3割がバイオ医薬品で占められている。がんやC型肝炎の治療薬として知られる「インターフェロン」も、遺伝子操作によって大量生産されている。ただし、遺伝子組み換え技術を使って医薬品を作る場合は一般的に、大腸菌や動物の細胞を培養して、たんぱく質を抽出する。ところが今回は、「植物工場」で栽培した「遺伝子組み換えイチゴ」を凍結乾燥し、その粉末を薬として利用するのだ。「ホクサン」では、年明けから全国の動物病院向けに、年間約3万頭分の出荷を見込んでいる。
 「産業技術総合研究所北海道センター」は、「さらに研究を進めて、ヒト向けの医薬品開発につなげたい」と語る。しかし人間にミスは付きものであり、「完全密閉型の植物工場」で栽培するといっても、「完璧」はありえないことは何度も経験してきた。実は、すでにアメリカでも医薬品用遺伝子組み換え作物の開発は進んでいるが、消費者だけでなく農家からも強い反対があって中断している。万一、医薬品用作物が外界に流出して一般の作物に混入したら、何が起こるか予測すらできない。医薬品である以上、疾病に対して効果もあれば副作用も伴う。知らずに食べたら大きな健康被害をもたらしかねない。消費者はイチゴを敬遠して農家は廃業する。誰がその被害を償うことになるのだろうか。

(写真)産業技術総合研究所北海道センターの植物工場
 http://www.alter-magazine.jp/backno/image/122_06-01.jpg

■5,遺伝子組み換え作物の承認申請が大幅に省略される

 こうしてTPP参加が目前に迫った今、様々な遺伝子組み換え作物、動物、化粧品、医薬品が、次々と商品化される一方で、厚労省の「薬事・食品衛生審議会新開発食品調査部会」は、11月11日に「遺伝子組み換え食品」と「組み換え微生物を利用した添加物」に関する承認規制を大幅に省略すると発表した。厚労省はその理由を、遺伝子組み換え作物同士の「掛け合わせ品種」が急増したためと主張する。事実、日本で承認された遺伝子組み換え作物の7割が事実、除草剤耐性、害虫抵抗性、ウイルス抵抗性など複数の形質を合わせもつ「掛け合わせ品種」である。そこで「親品種(原種)が承認されており、組み換えられる作物の代謝に影響を及ぼさない、掛け合わせ品種」については申請を不要にするというのだ。すでに米国では、こうした承認方法をとっているため、要は「米国並み」に変更するというわけである。
 しかし政府が承認したからといって、そもそも遺伝子組み換え作物は安全なのか。今、この本質的問題が世界的に問われているのだ。現在は、厚労省からの諮問を受けた食品安全委員会の遺伝子組み換え食品等専門調査会が、食品としての安全性を「審査」している。しかしその実態は、モンサント社などのバイテク企業と長年、一緒に遺伝子組み換え開発に関わって来た研究者たちがお墨付きを与える手続きにすぎない。
 たとえば遺伝子組み換え食品等専門調査会の委員である鎌田博氏は、「毎日新聞(2013年11月14日)」で、次のように自信たっぷりに語っている。「組み換え食品の安全性は、国際機関で世界標準となる評価手順が決められています。アレルギー誘発性や毒性など多くの項目について評価し、必要に応じて動物に食べさせたりする実験をします。『やり過ぎ』と言われるくらい徹底的に調べ上げ、『組み換えでない食品よりリスクは高くない』と認められた食品しか市場に流通できません」(ちなみに鎌田氏は1995年から、筑波大遺伝子実験センター長を務めている。ところが2002年11月には無認可で遺伝子組み換えトウモロコシ栽培していた事実が発覚した。筑波大学は、当時、文科省の「組み換えDNA技術等専門委員会」の委員でもあった鎌田博氏が「すでに認可ずみと勘違いしていたため」と釈明した)
 しかし鎌田氏が言う「世界標準」とはもともと「米国基準」でしかない。「必要に応じて動物に食べさせたり」というのもわずか3カ月。映画『世界が食べられなくなる日』でも紹介されたフランス・カーン大学のセラリーニ教授による2年間にわたる動物実験の結果については、「ネズミの数が少ないなど科学的な実験としては適切でない」と無視する。「やり過ぎと言われるくらい徹底的に調べ上げ」るというのは、モンサント社などの開発企業が提出したデータを確認するだけのことだ。企業が提出するデータがこれまで何度もねつ造されていたことは、すでに内部文書によって暴露されている。
 さらに鎌田氏は驚くべき発言をする。「徹底的に安全性を確認しても多くの消費者が不安に思うのはなぜだと(思うか)」という記者の質問に対して、「原因の一つは表示ではないでしょうか。食品に『組み換えでない』とあることで、消費者が『組み換えは危険なんだ』と思わされている。組み換え食品は安全だが、消費者の「知る権利」に応えるために表示しよう、と始まった表示が、いつの間にか誤解を生むようになった」と答えているのだ。「余計なことを消費者に知らせるべきではなかった」と受け取れる発言であり、今、米国各地で起きている、遺伝子組み換え食品の表示を義務化させようとする市民運動を、バイテク企業と大手食品製造企業が阻止する動きにも通じる。
 「TPPに参加したら」遺伝子組み換え作物が大量に輸入され、食品表示ができなくなる、としきりに語られてきた。しかしTPP後の世界はすでに始まっているのだ。

 (筆者は(株)生活クラブ・スピリッツ代表取締役専務)


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