【社会運動】

TPPが破壊する農と食
─貿易の自由化に向けたエンドレスゲーム

内田 聖子

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 「大筋合意」されたTPP(環太平洋経済連携協定)の重大な問題とは、
 TPPの批准が「自由化に向けてのエンドレスゲーム」の始まりであることだ。
 例えば、TPP発効から7年後には、農産品の関税撤廃に向けた
 「協定見直し協議」に応じることが義務付けられているのである。
 しかもスタート時の関税撤廃率を見れば、
 これが「農業つぶし」協定であることは一目瞭然だ。
 TPPは食の安全性も揺さぶる。各国が独自に安全基準を作る際には、
 海外の事業者や他の国が意見を出すことが可能な仕組みになってしまうのだ。
 このことによって、これまで国内では認めていなかった危険な食品も
 輸入されることになるだろう。
 しかも、食品表示の方法さえも自国だけでは決められなくなってしまう。
 私たちの生活に直接かかわるTPP、その様々な問題点を報告する。
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◆◆ 今後も「進化する」協定の中身

 2015年10月に「TPP(環太平洋経済連携協定)」が、参加12カ国[注1]で「大筋合意」されたことによって協定発効までの道筋がつけられた。ただし、政府はすべての関連文書の和訳を公開していないため、まだTPPの全体像をつかむことは難しい。

[注1]米国、日本、マレーシア、ベトナム、シンガポール、ブルネイ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、メキシコ、チリ、ペルーの12カ国。

 2016年4月からの国会審議では、交渉文書がすべて黒塗りされていた一方、衆院TPP特別委員会の西川公也委員長(自民)が、TPP交渉についての「暴露本」を出版予定ということが分かって野党から追及された結果、審議不能の状態になり、結果的にTPP協定批准は秋の臨時国会へと先送りされた。
 しかし批准できなかったのは当然のことである。そもそも協定文への署名からわずか2カ月しかたたないうちに批准しようなどという計画自体が、無謀かつ愚かしいものだったからだ。2カ月間で膨大な協定文を読み込み、その影響を吟味した国会議員が、与野党含めて果たして何人いただろうか。

 私たちはTPPに強い懸念を持つ市民団体・農業団体・労働組合などで「TPPテキスト分析チーム」を立ち上げて、協定文を原文で読み、日本や他国の市民にとっての危機を指摘することにした。膨大な英文との格闘は生易しいものではなく、また協定文そのものに「大企業のためのTPPである」と明確に書かれているわけではないので、一つひとつの細かい文言や行間を読み解いている。現時点で何が読みとれたのか、ここで述べてみようと思う[注2]。

[注2]TPPテキスト分析チームは、2016年3月16日、第3次レポートを公表した。無料でダウンロードできる。 http://www.parc-jp.org/teigen/2016/TPPtextanalysis_ver.3.pdf
[編集部・注]2016年4月3日、第4次レポートを公表。今後も随時改訂予定。 http://www.parc-jp.org/teigen/2016/TPPtextanalysis_ver.4.pdf

 TPPは、5年以上にわたって秘密裏に交渉が続けられてきたが、公開された協定文は、これまで米国が様々な貿易協定交渉で使用してきた文言の焼き直しにすぎない。これには二つの意味がある。一つは、米国が90年代以降、一貫してめざしてきた自由貿易拡大の方針は変化しておらず、TPPはその延長線上にあるということ。もう一つは、TPPの「大筋合意」は頓挫寸前のタイムリミットぎりぎりでまとめられたため、米国が本当にめざしていた合意水準からは後退しているということだ。本来TPPがめざすべき高水準の自由化が実現できていたら、協定文はもっとわかりやすくて強烈な(私たちにとっては恐るべき)内容となっていたはずだ。だが、ある種の「妥協」の結果、TPP協定文は過去の合意内容と大きく変わらない水準にとどまっているのである。
 それでもTPP協定文を見る限り、重大な問題をいくつも見出すことができる。それを一言でいえば、政府やマスメディアが多用する「進化する協定」「生きた協定」という言葉に尽きる。私はそれを「自由化に向けてのエンドレスゲーム」と名付けた。なぜなら、TPP協定それ自体が「発効後3年以内に見直される」ことになっており、国有企業や政府調達、農産品関税など、「再交渉・再協議」があらかじめ決められている分野さえあるからだ。「進化」の方向は、「関税ゼロ、非関税障壁の撤廃」であり、後戻り(規制の強化や新たな関税創設、関税引き上げ)は許されないのである。

◆◆ 至上最悪の「農業つぶし」協定

 TPP「大筋合意」直後の会見で、安倍首相は農産品の関税交渉について、「国益にかなう最善の結果である」と語った。すべての農産品のうち、たった19%が関税撤廃を免れたことをもって「勝利だ」と述べたのだ。
 しかし、この交渉結果は明白な国会決議違反である。国会では、米、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖を「重要5品目」と位置付け、「除外または再協議する」と決議した。ところが、結果として関税は、牛肉73%、豚肉67%、米26%も削減された。「関税撤廃はしなかった」と言うのは、ごまかしも通り越した「大嘘」である(表1)。

(表1)重要5品目の主な合意内容と関税撤廃品目
画像の説明  

 4月の国会で、民進党の玉木雄一郎議員から「重要5品目で、無傷だったものはあるか」と問われると、石原伸晃TPP担当大臣も森山裕農水大臣も答えに窮し、数時間審議がストップするという異例の事態となった。審議が再開された後、森山大臣はようやく「無傷なものはありません」と明言した。政府自らが国会決議に違反したことを証明したこの答弁に、一時、場内は騒然とした。
 重要5品目以外については、98%もの関税撤廃率となった。TPPの発効から7年後には、5品目を含め例外なしに関税撤廃に向けた「協定見直し協議」に応じることが義務付けられている。

 まず、米については、米国と豪州向けの輸入枠をつくり、7.8万トンを輸入することになった。しかし、「国産米を8万トン備蓄するから影響はない」という、ほとんど子どもだましに近い主張を政府は行っている。TPPの輸入枠は「主食用」が前提だ。国産米の流通価格が下がらないように国が買い取って「備蓄米」として「お蔵入り」させる一方、米国・豪州から輸入する8万トンの米を国内で流通させるというわけである。
 牛肉についてはどうだろうか。安倍首相は「新たにセーフガードを設けるから大丈夫」と大見得を切った。「セーフガード」とは、特定品目の輸入が急増して、国内産業に大きな障害を与えている時、それを回避するために、関税をかけ輸入制限を行うことである。
 ところがTPP合意において、牛肉のセーフガードを発動するための基準輸入量は、2014年の輸入量の1.4倍、約74万トンに設定された。国内における牛肉の全消費量は約87万トンだから、これを前提に試算すると、牛肉の自給率が現在の42%から15%以下に落ち込んで、初めてセーフガードが発動されるわけである。言い換えれば、国内における牛肉生産が崩壊寸前になって初めて発動されるのだ。
 しかも品目別のセーフガードは、一定期間が過ぎればすべて撤廃される(表2)。牛肉は16年目以降、4年間連続でセーフガードが発動されなければ廃止される。豚肉のセーフガードは12年で撤廃される。しかも見直し協議の対象事項には、セーフガードも含まれるため、前倒しして改悪される恐れもある。

(表2)農産物品目別セーフガードの廃止期限
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 牛肉             16年目以降4年間連続で発動されなければ廃止
 牛ほほ肉など         16年目以降4年間連続で発動されなければ廃止
 豚肉             12年目に廃止
 加工豚肉           12年目に廃止
 ホエイのタンパク質濃縮物   21年目以降3年連続で発動されなければ廃止
 ホエイ粉           16年目以降2年連続で発動されなければ廃止
 オレンジ           8年目で廃止
 (12/1〜3/31に輸入されるもの)
 競走馬            16年目で廃止
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 (TPP第二章 日本国の関税率表:付録B-1 農産品セーフガード措置から作成)

◆◆ 米国に日本の市場を完全に売り渡すTPP

 今後、関税ゼロに向かってさらに自由化が進んでいったら、結果的に日本の農業はどうなるのか。2013年3月に政府が出した「TPPの影響試算」によれば、関税が完全に撤廃され、しかも何の対策もとられない場合には、食料自給率が現在の40%から27%に落ちるという。国内農産物の生産額は2.7兆円も減少する。主な品目では、米が32%減、小麦、砂糖はほぼ全滅となる。
 ところが政府は、2015年12月に新たな試算を出した。そこには「農産物への影響はゼロ%」と衝撃的な数字が書かれている。「農産物への影響はあるが、対策を行うので生産量は減らない」と言うのである。これほど曖昧かつ、倒錯した話が許されていいのだろうか。
 他方で、米国側は比較的、冷徹な評価をしている。「米国通商代表部(USTR)」(アメリカ大統領府にある通商交渉のための機関)の下にある「貿易のための農業政策諮問委員会」の文書には、TPP合意では「どの物品も除外されなかった」「TPPの適用範囲を称賛する」と書かれている。同様に、米国通商代表部は「アジア太平洋地域ほど大きいチャンスは他に存在しない。この地域には、2030年までに32億人の中間層の消費者が住み、主要穀物、生鮮果実・野菜、乳製品、肉などの世界最大の購買者となる。米国農産物の一大マーケットが生まれた」とうたっている。

◆◆ TPPが引き起こす「地域経済の崩壊」と「雇用の喪失」

 農業への打撃は、地域経済全体へと影響する。全国で、「TPP合意を機に、農業をやめる決心をした」という声をたくさん聞く。こうした人たち、つまり「TPPの結果として、経営が成り立たなくなり廃業する」のではなく、「TPP発効以前に政府に絶望し、静かにやめてゆく」農家の数は、どの試算にもカウントされていない。
 農家の廃業は、食料自給率低下に拍車をかけるだけでなく、その打撃は地域経済全般に及ぶ。食品の原料を生産し、運び、加工し、販売する、といった地域社会の小さな流通網は、農産物の生産が減少することで壊れてしまう。地域には失業者が増えるだろう。米国ではTPP反対の最大の理由として「雇用の喪失」があげられているが、それは日本にも当てはまる。「米国タフツ大学研究チーム」の試算によれば、「TPP発効後、10年間で日本の雇用は7万4,000人減少する」という。農業や中小企業が空洞化した地域社会に、果たして何が残るだろうか。政府は「日本にも海外から投資がたくさんやって来る」と言うが、仮に投資が増えたとしてもそれは都市部に集中し、大都市と地方の格差はますます広がる。

 TPP協定の中で地域経済・中小企業に影響するのは「農業」だけではない。「投資」と「政府調達」の分野も大きく影響する。TPP協定によれば、他の地域から企業が進出する際に、できるだけ地元から雇用や物品、サービスを調達し、地元中小企業の育成を求めることが「禁止」されているのだ。
 日本各地の自治体は、中小企業を支援するために大企業が果たすべき役割を規定した「中小企業振興基本条例」や、調達契約において労働者への最低賃金の支払いや地域貢献を求める「公契約条例」を制定している。そのような条例を制定する自治体は増加傾向にあるが、TPP発効後は、これらの条例が外国投資家によって訴えられる可能性もある。地方自治体による地域経済振興政策が大きく制約されるかもしれないのだ。

 さらに、地元の中小企業振興に影響するのが「政府調達」の分野である。現在、「WTO(世界貿易機関)」のルールによれば、都道府県や政令指定都市が、20億2,000万円以上の建設工事、2,700万円以上の物品・サービスを調達する際には、国際入札が義務付けられている。
 政府は、「TPPの合意は、WTOの水準のままであり、心配いらない」と説明しているが、協定には3年以内に再交渉すると明記されている。その際、国際入札の基準額がさらに引き下げられれば、新たに参入する外国企業との価格競争が激しくなり、地元企業は太刀打ちできなくなる。
 日本には約386万社の企業があるが、そのうち大企業はわずか0.3%の1.1万社である。残りの99.7%は中小企業だ。日本政府は、「地方の中小企業の地場産品等を輸出促進して地域を活性化する(地域の稼ぐ力の強化)」「中小企業も含め、海外における日本企業の自由な投資活動の促進が期待される」等、「TPPで中小企業が海外に進出できる」と積極的にアピールしている。しかし、「TPPで中小企業が得られるメリット」を、どれだけの企業がビジネスチャンスとして享受できるというのだろう。そもそも、海外への投資や工場進出、提携などに資金をつぎ込むだけの体力のある中小企業はどれだけあるのだろうか。アベノミクスが、地方や中小企業にとってメリットがなかったのと同様に、TPPで中小企業は決して元気にならない。

◆◆ 遺伝子組み換え生物の貿易を特別に重視

 TPPには、遺伝子組み換え(GM)生物の貿易に関する条項が盛り込まれている。しかも過去の通商協定でここまで遺伝子組み換え生物の貿易を重視しているものはなかった。
 ここには、二つの注意すべき点がある。
 まず第一には、この条項が、食の安心・安全と直接的にかかわる「衛生植物検疫(SPS)」の分野ではなく、「農産物の市場アクセス」、すなわち「関税の問題」として位置付けられている点に注目すべきである。つまり、遺伝子組み換え生物の貿易が、「安全性」や「環境」への影響の問題ではなく、単なる「モノの貿易」として扱われているのである。
 第二の問題は、この条項が、モンサント社などバイオメジャー企業の要求をほぼ丸のみした内容になっている点だ。

 そもそも遺伝子組み換え技術には、二重の危うさがある。一つは安全性をめぐる危うさであり、もう一つは種子の独占を通じて巨大なアグリビジネス企業が、食料をコントロールする危うさである。だからこそ、世界の多くの国や地域が遺伝子組み換え作物の作付けや輸入を規制しているのだ。
 日本とEU諸国は、消費者の要求に基づいて遺伝子組み換え生物を使った食品に表示義務を課している。モンサント社などのバイオメジャー企業は、これらを敵視し、TPPを使って、(1)各国が独自に行う規制をやめさせ、自分たちが認める最低限の国際基準にすること、(2)TPP締約国で共通のルールを確立し、「生物の多様性に関する条約」の締約国会議を含め、遺伝子組み換え生物の規制に関する多国間会合では共同歩調をとること、(3)遺伝子組み換え生物の貿易を中断する時には、実際の措置を講じる前に米国政府に相談すること、を求めてきた[注3]。

[注3]モンサント社を含むバイオメジャー企業や研究機関など1,200以上からなるバイオテクノロジー産業機構(BIO)のUSTRにあてた書簡から(2009年3月11日付)。

 TPPでは、「農業貿易に関する小委員会」の下に「バイオテクノロジーに関する作業部会」を設置することが盛り込まれているが、モンサント社などの要求に基づくルール作りを進め、遺伝子組み換え生物の規制強化を妨害する可能性が高い。
 米国の穀物メジャーであるカーギル社は、遺伝子組み換え生物の貿易に関する条項がTPPに盛り込まれ、「作業部会」が設置されることになったことを、次のように称賛している。
 「我々は、農業バイオテクノロジーの条項が盛り込まれたことと、作業部会が設置されることに勇気づけられている。TPPのこれらの条項は(遺伝子組み換え生物の)微量な混入の発生に関連する問題について、締約国による情報共有を可能にする仕組みを、貿易協定において初めて示している。…TPPで示されたこの問題での協力は、より幅広い対話に向けた最初の決定的に重要な一歩となるだろう」[注4]

[注4]米国・国際貿易委員会(16年1月14日)の公聴会の準備書面から。

◆◆ 食品表示方法も自国だけでは決められなくなる

 TPPの「衛生植物検疫(SPS)」の分野は、「貿易に対して不当な障害にならないようにする」ことを最大の狙いとしている。そのため、「透明性を確保する」という言葉を使うことで、各国が独自に安全基準を作る際には、利害関係者、つまり海外の事業者や他国が意見を出すことが可能な仕組みになっている。新たに設置される「衛生植物検疫委員会」に大きな権限が与えられれば、各国が独自に安全性に関する規制を定めることを牽制する可能性があるのだ。具体的には、輸入国が規制を行う場合には、厳密な科学的証拠がなければ「紛争解決ルール」に基づいて訴えられ、敗訴する可能性が高い。日本が予防原則に基づき、安全性を確保しようとしても「根拠がない」として否定されることになるのだ。

 また「貿易の技術的障害(TBT)」の分野は、各国が定めている、工業製品や食品添加物、食品表示の基準やルールが貿易の障害にならないようにすることを目的としている。そのため、「透明性の確保」「貿易の円滑化」を重視する。つまりは、事業者の活動を制限するルールを作る際には、他国の利害関係者も検討に参加させなければならないというのである。
 例えば、日本が遺伝子組み換え食品の厳格な表示を実施しようとしても、米国の事業者の反対で阻止される恐れもある。また、ルールの設定や見直しを行うことになっている「貿易の技術的障害委員会」やその作業グループには、業界代表など利害関係者も関与できる可能性が高い。特に米国やグローバル企業が関与することが大幅に可能となり、各国が独自に規制を強化することが難しくなると懸念される。
 相手国の政策変更や規制強化によって、投資家や企業が「当初見通していた利益を得られなかった」と主張した場合には、相手国政府を訴え、勝訴すれば多額の賠償金を得られる「ISDS条項」(投資家対国家の紛争解決)という仕組みも用意されている。

◆◆ そもそも問題の多い日本の制度

 日本政府は、TPP協定の妥結直後から、「TPPで食の安心・安全が壊れることは決してありません」「遺伝子組み換え表示義務制度は変わりません」などといったアピールを必死に行い、多くの人が抱く懸念を払しょくしようとしている。しかし仮に政府の主張が本当だとしても、そもそも現行の制度が維持されさえすれば、それでいいのだろうか。今、私たちは改めて日本の現状を問い直す必要があるはずだ。

 第一に、日本は、国際的に生産量も消費量も減っている遺伝子組み換え作物・食品を「積極的に」選択している奇妙な国になっている。今のところ、表示義務制度が全くない米国と違い、確かに日本には表示義務がある。しかしそれは全く不完全である。表示義務のある食品はわずか33品目であり、その他の食品には義務付けられていない。
 具体的には、遺伝子組み換え飼料を利用した畜産品、油、油から派生する食品(ショートニング、マーガリン、マヨネーズ、ホイップクリーム等)、醤油、果糖ぶどう糖液糖などの糖類、水あめ、みりん風調味料、コーンフレーク、デキストリン、たんぱく加水分解物、醸造酢、醸造用アルコール等には表示義務がない。EUでは、畜産品を除くすべての食品に表示義務があることと比較すれば、いかにその範囲が狭いかがわかる。
 また日本では、主な原材料(原材料の重量順で上位3番目以内、かつ全体に占める重量の5%以上)にしか表示義務はない。したがって、原材料の4番目に「でんぷん」と記載されている場合には、遺伝子組み換えトウモロコシから作られたコーンスターチである可能性が高い。
 さらに、5%以下の「意図せぬ混入」なら、表示義務はない(EUでは「意図せぬ混入の許容率」は0.9%未満)。意図せぬ混入とは、例えば大豆やトウモロコシなどを運ぶ場合、コンテナの隅に前に運んだ作物が若干残っていて混入するような場合だ。また、遺伝子組み換え添加物には表示義務さえないという問題もある。

 他にも食品の輸入については、次のような問題がある。
 第一には、検疫検査システムが不十分な点である。輸入食品の検疫検査率は8.8%(2014年度輸入食品監視統計)しかない。これは2002年度以来、最低の検査率であり、2008年度の12.7%から6年間で3.9%も低下している。検査体制が輸入食品の急増に追いつかないためである。
 第二は、輸入畜産物に使用されている成長促進剤の問題だ。米国産の牛肉・豚肉に使用される成長促進ホルモン剤「ラクトパミン(塩酸ラクトパミン)」は、成長促進剤としての作用があり、米国では牛や豚の肥育期の最終段階(出荷前の45〜90日間)に、餌に混ぜて使用される。EU、ロシア、中国では使用が禁止され、使用された肉の輸入すら認めていない。
 しかし、米国やカナダでは、ラクトパミンが飼料添加物として牛や豚に与えられている。日本では国内での使用は禁止されているものの、輸入肉の使用・残留は認められている。
 成長促進ホルモン剤は、乳がんや膣がんの多発、乳幼児の乳腺が膨らむ、女児の成熟が異常に早まった、アレルギーを引き起こしたなどといった、人体への影響が世界各地で報告されている。

 消費者には自分の食べるものが何なのかを「知る権利」がある。「消費者基本法」には、消費者の権利として「必要な情報が提供される権利」が明記されているのだ。しかし現行の表示システムは、その権利を保障しているとは到底いえないのである。もしTPPが発効すれば、米国などからの農産物や加工品の輸入量は圧倒的に増える。決して食の安心・安全を守っているとは言い難い現行の表示システムのままでは、私たちの食は今以上に危険にさらされる。日本において必要なことは、遺伝子組み換え食品表示義務制度を「強化する」ことなのだ。政府がいう「変わらないから安心」という、うたい文句に決してだまされてはならない。このようにTPP以前の問題点についても、私たちは注意すべきだろう。

 TPPについては、これ以外にも様々な問題があるが、今後、二つの動きが重要である。一つは国会におけるTPPの批准を阻止すること。二つ目は、TPP批准を前提として進められる、言い替えれば、TPPとは無関係を装いながら確実に連動している国内の法律・制度の改悪を止めていくことだ。医療や雇用の分野ではすでに生じていることであり、著作権の分野でも関連する法律が改正される危険性がある。
 「国内法なら元に戻すこともできる」といった楽観論もあるが、過去の法改悪の歴史を振り返れば、一度、規制緩和された制度を後から修正することは、相当に困難である。
 TPPは複雑な制度である上、相手は強大だ。だからこそ、私たち、市民運動の側も広い視野を持って新たな動きを作っていかなければならない。未来を多国籍企業の手に委ねることはできないのだ。

 (NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)理事・事務局長)

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<筆者プロフィール>
内田 聖子  Shoko UCHIDA
TPPをはじめとする自由貿易・投資協定のウォッチと調査、政府や国際機関への提言活動、市民キャンペーンなどを行う。
共著に『徹底解剖 国家戦略特区 私たちの暮らしはどうなる?』(コモンズ、2014年)。
・ツイッター:@uchidashoko
・ブログ:http://uchidashoko.blogspot.jp/

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※この記事は季刊『社会運動』423号(2016.7)から著者および発行者の許諾を頂いて転載したものです。


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