■農業は死の床か。再生の時か。

~日本農業が自由化されれば価格は下がるのか?~   濱田 幸生

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◇日本農業が自由化されれば価格は下がるのか?
     日本の農産品が高いというのはデマです


悲しいことに、頭から日本の農産物が高い!と断罪する人達は後を絶ちません。
日本国民が不当に高い価格の食料を買わされていて、多大な出費を強いられてい
るという人すらいます。そのような論者の中の過激な人は、非合理的な日本農業
はなくなったほうがましだとさえ唱えています。ほんとうにそうなのでしょうか

そこでデーターを調べてみることにしました。
では、具体的な数字を出して比較してみましょう。まず、2003年に総務省統計局
が出した「世界の統計2003年版」に家計消費支出の食料支出の占める割合のデー
ターが出ています。日本は25%弱です。この数字はカナダ、ドイツ、イタリア、
イギリスとまったく一緒です。特に日本の食卓が不利益をしているという証拠は
ありません。先進国としてはいたって妥当な水準です。

次に、ドイツと比べた野菜の価格を調べてみました。ゲッチンゲン市の青空市で
の価格調査のデーターがあります。青空市で生産者自身が売っていますから、流
通コスト(卸と小売)が省かれているので、実際のスーパーではこの2割増しとお
考えになればいいと思います。こちらの道の駅と比較するのが適当だとは思いま
すが、まぁいちおうの目安にはなります。

ドイツ・ゲッチンゲン市では、ピーマンが300グラムひと袋で156円。卵が1個36円。
平飼卵は42円。トマトは300グラムで95円。ブロッコリーが1個で246円。カリフラワ
ーが1個150円。この価格をご覧になって、ドイツって農産物が安いと思われる方
があれば、ハイ、手をお挙げ下さい。
ものにもよりけりですが、ほとんど同じ価格水準か、品物によってはもう日本農
家は、ドイツに移住したいと思いましたもん。平飼卵が42円ですぜ、俺なんか平
均29円だぞウルウル、泣くな、泣いてはいけないハマタヌ(笑)!

たしかに農地一戸あたりの広さはドイツは20分の1ですが、だからと言って20倍
安いなんてことはまったくないのは、今のゲッチゲン市の調査でお分かりになり
ましたね。もしそうならば、日本ではピーマンひと袋を3千円強で売っているこ
とになります(笑)。

話を戻しましょう。さて、国産「高級」ということの筆頭によく上げられている
コメですが、スーパーで流通するコメの最も安い相場が2000円/5キロで、1合換
算にすると60円、1合で茶碗3杯分ですから、一杯で20円となりますね。魚沼コシ
ヒカリはこの約倍ですから茶碗一杯あたりで40円。これが高いですかねぇ。日本
最高、つまりは世界最高級のお米が、お茶碗3杯で120円、缶コーヒー1本120円と
同じ価格です。

高いと思うのはコメ一回の購買支出が5kg単位だからで、5kgあれば小家族でそう
とうに持つでしょう。それはコメが保存がきく特性があるからで、パンを一時に
5kg買えば同じことです。同じ国産「高級」といってもホンマグロの大トロの「
高級」とは同次元の問題ではないのです。
ここで注意しなければならないのは、輸入農産物を日本円に換算する場合、そ
の時々の為替レートに左右されることです。
極端に言えば、かつて80円台までもっとも円安が進んだ時と、かつてのような固
定相場制の時のように360円台とは比較にもならないでしょう。輸入農産物が「
安い」と言う方は、この為替相場が生きものであることをどこかで忘れているよ
うな気がします。

大手商社が海外駐在員に、コメの現地価格の統計を出してもらったデーター(「
データーブック世界の米」)があります。北米での価格差が面白いのです。1986
年に1217円/5kgだったものが、99年には3200円にと倍になっています。同じ北
米コメの価格がどうして円換算するとこれまで違うのでしょう。
答は為替相場の上下です。輸入に頼ると上下し続ける為替相場により食料価格が
上下してしまいます。まったく品質と関係がないところで国民生活が左右されて
しまうのです。もし、またもや円高にふれて170円にでもなったらどうするんで
しょうか。

あるいは、中国が元高になった場合(たぶん遠からずなりますが)、今の価格が
3割、5割値上がりということもありえます。特に現代はデリバティブマネーが為
替相場を左右する傾向がありますから、今がたまたま円安だからと言って、こん
な水モノの為替相場に国民の命の糧を預けていいとは思えません。
さて皆さん、ここであらためてお聞きします。果たして日本の農産物は果たして
「高い」のでしょうか?と。


◇日本農業が自由化されれば価格が下がるのか?
  EUと日本は単純に比較できない 


日本の農産品は「高い」と・・・。しかしそうかなとも思いました。私の経験を
少しお話しましょうね。
1993年だったですかね、イギリスに行った時には1£(ポンド)180円でした。です
から、ヨーロッパは物価が猛烈に高いや、というのが印象です。今もけっこうこ
れに近いレートでしょう。いったんドボンしてしまえばそれなりに感覚が馴れる
んですが、初めはキツイよね。特にアジアや中東からヨーロッパに入ると、いき
なり生活費が数倍になりますもんね。

一方、95年にアメリカに行った時には、その正反対です。1$(ドル)なんと80円
ですぜ!そこのけ、そこのけ「円」が通るって気分です。輸出企業にとっては深
刻なショックでしょうが、申し訳ないことには、私たち外国にいる日本人は嘘の
ような物価安を享受できましたよね。
しょせん海外での物価感覚なんてそんなもんなんですよ。絶対化はできない。為
替レート次第です。あるいは、高いと言う方のなかには多分長期ステイか、留学
をなさった方もいることでしょう。となると、交換レートには疎くなるでしょう
。手持ちの円はすべてポンドに換えてしまってポンド世界にどっぷり漬かります
からね。

しかし、現実の国家間貿易は、為替レートが基本です。為替レートがある以上、
ある国とある国の農産物市場価格を比べるのはけっこう大変なのです。その人が
「安い」と思ったのは、在英邦人に対してなのか、あるいはイギリスのサラリー
マン庶民の所得に対してなのか、そのあたりもお考えください。
そしてもうひとつ、これはとても重要なことですが、EUは日本のモデルにならな
いのです。なぜでしょうか?
それはEU域内でのような、無関税,、統一生産物基準、統一生産規格、それによ
る域内流通があってこそのEUの物価があることです。
このEU域内流通の自由化のために気の遠くなるようなルール作りを欧州諸国は
やってきました。

マーマレード・ソーセージ論争という話があります。交渉の席でイギリスは「オ
レンジの皮だけで作るのが正しい」と言い、フランスは「とんでもない。果汁と
スライスも入れないマーマレードなどありえない」と反論します。あるいは、フ
ランスはソーセージについて「肉と香辛料のみで作るのが正しく、イギリスのよ
うなパン粉など入れたのはソーセージの枠内に入れるのは言語道断」と言うわけ
です。イギリスはとうぜん反発して、「それはわが国の文化だ。ほっておいてほ
しい」。

パン粉入りのイギリスソーセージ、モソモソして相当にすごい味です。B&Bでず
いぶん食べさせられました。しかし、これをソーセージの農産物枠内に入れられ
ないと英国内では大変なことになるわけです。域内輸出に「ソーセージ」として
出荷ができないからです。ま、あんなもんはイギリス人しか食べませんがね(苦
笑)。

決着はどのようについたかはわかりませんが、これは欧州各国が皆、農業国で、
その上食文化はお国柄ということをよく物語っています。こんなことを膨大な時
間をかけてすり合わせたのですから、まぁ欧州人はタフというか、気が長いとい
うかですよね。
こんな例を出したのは、いくら宗教や民主主義を共有し、生活レベルが同じ西
欧諸国でさえもが、域内自由化がいかに難しいかということです。
たとえば、ジャガイモのEU域内での残留農薬数値、そうですね、硝酸態チッソの
数値は2000mg、保管したものは2500mgと決まっていて、それを超えると域内流通
ができません。とうぜん、ジャガイモだけではなく、すべての農産物にビシっと
子細なEU域内基準体系が存在します。これに違反すると域内流通ができなくなり
ます。

また、単に生産物基準だけポンとあるわけではなく、これに対応した検査・認証
システムであるユーレルGAP(欧州小売店適正農業規範)があって明確に規定して
います。このGAPなど、EUにとどまらず、今や世界各国の規範に発展してい
るほどです。ちなみに、日本にもJGAPがあります。
そして次に欧州は、地続きですから(英仏もトンネルで繋がっています)から、大
量安価輸送ができます。いちいち飛行機か船舶を使うしかないないわが国とは大
きな違いです。

このような統一EU基準があって、それを裏付けるGAPがあり、域内無関税流通
があり、そして陸上輸送が可能であるという諸条件があって、初めてEU諸国の
農産物価格が存在するというわけです。ね、なかなかすごいでしょう。これがほ
んとうの「農産物市場の開放」という意味なのです。
「農産物市場の開放」と言えばひとことですが、都会の皆さんはやや簡単に考え
すぎておられます。ただ関税障壁をなくせばいいわけではないのですよ。入って
くる国と、受け取る側の国で先ほどでのEUのような相互の「地ならし」が必要な
のです。それをしないで商魂だけで突っ走ると、この間の中国産農産物と加工品
のような深刻な被害を出して、やがて消費者から総スカンを食って自滅してしま
うことになりかねせん。

そしてあえてもう一点付け加えれば、EU域内では自由化しながらも、EU地域
全体として、外国、特に米国に対してはきちんとブロックする姿勢を崩していな
いことです。域内は自由化し、外の地域にはあの手この手でブロックするという
ダブルスタンダード(二重規範)を百も承知でしているのもEUです。やってくれ
るなというか、見上げたものだといったらいいのでしょうか。
これらEUに存在する農産物自由化のすべての条件がないわが国で、「農産物市
場の自由化」をするということが、そうそう簡単なことではないことをご理解頂
きたいと思います。
次々回で中国に触れますが、EUとは天地の差が存在します。
          (筆者は茨城県有機農業推進フオーラム代表)

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