■ 宗教・民族から見た同時代世界          荒木 重雄 

    ~民主化運動の陰に深まる部族・宗派の亀裂~
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 中東・北アフリカで進行する民主化運動は、チュニジア、エジプトまではひと
まず無難にすすんだ。しかし、リビア、イエメン、バーレーンに広がる過程では
大規模な暴力的鎮圧と衝突による流血が繰り返され、同時に、「民主化をめぐる
攻防」の背後に部族や宗教の対立の側面が顕になって、安定的な解決に一層の困
難が現れてきた。

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◇◇部族社会リビア、イエメン
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  深刻な内戦状態からNATO(北大西洋条約機構)軍が武力介入するリビア。
ここにはカダフィ大佐の出身部族カッダーファ部族、反カダフィのワルファッラ
部族やオベイダ部族など、大小100を超える部族が割拠する。
  部族とは、同じ祖先をもつ一族として地縁や血縁で結びつき、部族長の下、相
互扶助や復讐などの伝統に支えられた集団である。

カダフィ政権は、カダフィの出身部族を中心にこれら各部族に忠誠・支持を誓
わせ、忠誠の度合いに応じて政府の要職を与えるなど差別的な利益供与で求心力
を維持してきた。ところが民主化運動の波及で締めつけが緩むと、特定部族によ
る富と権力の独占に反発する部族や、独自の保身を図る部族などが、それぞれの
思惑で動きだしたのである。

軍幹部や閣僚らの離反で内戦が危惧されるイエメンも同様な部族社会である。
米国テロ未遂事件への関与が疑われるAQAP(アラビア半島のアルカイダ)が
潜伏する米国の「対テロ戦争」の一主要戦場とされ、その幹部が南部の出身部族
に匿われている可能性が高いとわかっていながら、米国の意をくむサレハ大統領
政権も手を出せない。イエメンの政治システムでは、それぞれ縄張りをもつ部族
にその地域の自治が委ねられていて、これを侵せば政権の命取りになるからであ
る。

リビアもイエメンもともに、政治の民主化以前に、国民統合の未完な、脆弱な
社会である。 

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◇◇バーレーンでは宗派対立
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  一方、バーレーンでは、民主化運動の背景に宗派対立がある。
ペルシャ湾岸のこの国は人口約110万人のうち約7割がシーア派だが、王家はス
ンニ派で、王家の一員であるハリファ首相はじめ閣僚の大半もスンニ派が占め、
シーア派住民には、就職や社会生活で差別待遇を受けているとの不満が強い。

 イスラム教の二大宗派といわれるスンニ派とシーア派だが、その違いは、法の
正統性を、シーア派が預言者ムハンマドの後継者の血統に求めるのに対してスン
ニ派は法そのものの解釈に求める点にあって、イスラムの基本的な教義や慣行に
さしたる相違があるわけではない。にもかかわらず、現実社会の政治的・経済的
利害や思惑が宗派意識にからんで、ときとしてイスラム世界に深刻な亀裂や対立
をもたらすのである。

 バーレーンにおいても、2月に始まったシーア派住民を主とする民主化運動
は、はじめ、シーア派住民への差別的扱いの改善やスンニ派で占める内閣の総辞
職、議院内閣制の導入などを求めるものであって、これに対して王室は、対話を
よびかけ、政治犯の釈放や国家の記念日に1千バーレーン・ディナール(約22万
円)を全世帯に配るなどの懐柔策で鎮静化を図ったが、やがて議員内閣制などの
政治要求を受け入れればスンニ派王政の基盤が危うなるとの危惧から、一転、緊
急事態令を宣言して、発砲を辞さない武力弾圧に転じた。

 衝突激化のなかで民主化運動側もしだいに「王政打倒」の意志を明確にする。
この事態はまたスンニ派住民のシーア派住民に対する憎悪を増幅させ、両派の住
民が互いに鉈や棍棒で武装する悪循環にもつながっている。

 宗派抗争というとなんとも古風な響きもあるが、しかしデモの先頭に立つシー
ア派住民は、スターバックスでコーヒーを飲みつつラップトップのキーボードを
叩くような若者世代で、黒いチャドルを身に纏いながらも群衆の前で堂々と政府
批判の演説をする若い女性も目立つ。石油収入で豊かなバーレーンらしい光景で
ある。

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◇◇国際化する宗派抗争
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  王政の強硬姿勢を後押ししたのはペルシャ湾岸6カ国が加盟するGCC(湾岸
協力会議)である。バーレーン政府の要請を受けてすでに3月半ばにはサウジア
ラビアやアラブ首長国連邦から数千人の部隊が派遣され、戦車や装甲車を主要道
路に展開して睨みをきかせている。湾岸諸国はいずれもスンニ派王族が強権的な
支配を敷いていて、バーレーン情勢の自国への飛び火を恐れての派兵である。

 この湾岸諸国の軍事介入に黙認もしくは協力しているのが米国である。米国に
とってバーレーンは米海軍第5艦隊が司令部を置く中東の戦略拠点であり、核開
発疑惑が拭えない反米国家イランの動向を睨む地点にある。基地の円滑な使用に
親米的な現王政の存在は欠かせない。それがもし、スンニ派支配が崩れてシーア
派が伸長し、シーア派国家イランの影響力が強まれば、あるいはまた、バーレー
ンのシーア派の運動が隣国サウジアラビアの少数派シーア派に波及してサウジ自
体が不安定化すれば…それらは米国にはなんとしてでも避けたいシナリオである。

 周辺諸国や米国の利害に揉まれて泥沼化するバーレーン情勢のなかで、タマネ
ギの切れ端の匂いをかぎ、紙パックの牛乳で目を洗って、機動隊が打ち込む催涙
弾をしのいで戦うデモ参加の少年の姿(朝日新聞4月8日「特派員メモ」)が心に
残る。パレスチナのインティファーダ(大衆蜂起)を想起させる、このような少
年の勇気と智慧と希望のなかに、じつはこの地域が求めるほんとうの民主主義が
あるのではないだろうか。
     
             (筆者は社会環境学会会長)
 

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