■ 農業は死の床か。再生の時か。             濱田 幸生

~米、この奇跡の穀物・世界で最もスゴイ穀物~     

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  今生産者の側から米をみてみましょう。
  米の驚くべき特長は、連作が可能なことです。連作障害がでないのです。
  これは消費者からみればふ~んていどのことかもしれませんが、ほんとうはす
ごいミラクルなのです。だって同じ場所で、同じように作り続けられるんですよ
。別の場所に同じ規模の圃場(ほじょう・畑のこと)を用意しなくていいのです
。小麦の場合、連作障害が出ますから、三圃農業(さんぽ)といって、小麦⇒大
豆⇒牧草を回して作ってきました。つまり、同じ穀物の収量を安定して得るため
にはその3倍の農地が必要なのです。今でもアメリカ中西部の穀倉地帯はそのよ
うな回し方をしています。

 一方、わが村では50年、60年の田んぼなどザラです。江戸時代から同じ場
所で稲づくりをしてきたという田んぼもいくつか知っています。うちの相棒など
そのひとりで、自慢たらしく「わが田は江戸城献納米であったのだぞよ」ともう
30回は聞きましたかね。

 これは水耕栽培により、常に水の形で必要な栄養素やミネラルが補給されてい
て、また汚染物質が加水分解されたり、流れ去っていくからだと言われていす。
そしてこの水もタダものではない!都会の水道水とは大いに違います。

 ではここで皆さん、美味しいコメができる地形をご存じでしょうか?私は有名
な南魚沼郡に行ったことがあります。新潟の平地のように田にくるぶしが水に漬
かるていどの浅い平野ではなく、高度こそ低いのですが山また山の地形の中の深
田です。山の岩盤と、豊かな里山の腐食土を通してとても美味しい水が湧いてい
ます。水がうまくなければ、いいコメがとれません。そしていい水とコメができ
る地形がいい酒ができるところです。

 また、南魚沼でうかがった話では、山がちの地形特有の朝と夜の寒暖差がいい
とおっしゃっていました。面白いもので、コメは亜熱帯が原産ですが、ただ暑い
だけだと美味しいコメになりません。なんというかダラけてしまうのです。夜に
キュっと冷えると、コメは「子孫のためにいい蓄えを残すぞ」という引き締まっ
た気分になるようです。そして豊かなデンプン質を蓄えてくれます。日本の山が
ちの地形は、まさに美味しいコメができる最高の条件を備えていたわけです。

 米はまた、大量の肥料も必要としません。むしろ大量のチッソ系肥料は腰折れ
と言って、倒伏の原因にさえなるほどです。ですから過剰施肥→富栄養化による
水質汚濁の原因を作りにくくしています。

 そしてそれだけにとどまらず、小さなダムまるまる1個分くらいの水が、ひと
つの地域に田んぼの形で保全されているのです。豪雨の時には水を蓄えて逃がさ
ず、逆に旱魃(かんばつ)の時には水をキープします。このような水の保全、水
量調整も果たしています。そして更には、田んぼのサブシステムとして多くのた
め池があります。これらの水のコントロールシステムがなかりせば、日本は台風
や豪雨のたびに出水していることでしょう。

 そして・・・なにより、田植えの後の水を湛えた田んぼの美しさ、盛夏の青い
穂波、初秋の黄金の海・・・。私はこれほど美しい田園風景を知りません。これ
が日本人の心の原風景なのです。

 コメはこのように収量、食味、収穫後の作業工程の簡単さ、連作障害のなさ、
保管性の良さ、環境保全などあらゆる視点から見ても、世界の穀物の最上位にあ
るミラクル穀物です。

 縄文時代から稲作跡が発見されています。なんという長きに渡ってコメ作りに
情熱と愛情を傾けてきた瑞穂の民!
  さてもう少しで、世界一美味い瑞穂の国の新米が食べられるぞ!台風よ、来る
な!


◇田んぼは生命の曼陀羅


私の農場のすぐ側に典型的な谷津田(やつだ)があります。谷津田という言葉
はあまり聞き慣れないかもしれません。両側から小高い森に挟まれた谷のよう
な地形のことを言います。

 この谷津田の左奥の森の2本伸びている樹には、トビの家族が営巣しています
。この時期、まだ一人前にならない子供たちが何羽か羽根を拡げて、谷に吹く風
に乗ってソアリング(滑空)の練習をしているのが見られます。昨日はめずらしく
も夕方に黒っぽいゴイサギが人相わるくやや前のめりで田んぼをあさっていまし
た。まことにヤー公のナワバリ巡回ようです。かれらは夜行性なのでめったにお
会いできないのでラッキーでした。

 この頃は、わが村でも低毒性の除草剤を田植えの前に一回だけ散布という減農
薬の取り組みが盛んになってきています。また農薬の空中防除は15年前頃に私た
ち有機農業者が村に働きかけてやめさせたので、確かに田んぼの生きものが増え
てきています。するとそれを食べに野鳥が沢山来るようになりました。

 いちばんうれしいことは、この谷津田の数か所でヘイケボタルが出るようにな
ったことです。夜ともなると、昼間は樹や草の葉の裏に隠れていたホタルはいっ
せいに夜空から降るように空中を浮遊します。荒らされるので、あまり人には教
えたくないのですが、それは人生観が変わるような素晴らしい風景ですよ。

 つい最近まで左手の斜面には野つつじが咲き、左手にはノカンゾウのオレンジ
の花が沢山見られました。昨日行ったら、ヤマユリが満開でした。秋ともなると
、小道にはヨメナという野菊の一種が清楚な白い花を咲かせます。驚いたことに
、今朝の散歩の時に自生のホオズキをみつけてしまいました。栽培種ではないよ
うですので、図鑑で調べてみましょう。

 わずか1キロくらいの短い谷津ですが、田んぼという水系が中心にあることで、
飛躍的に生物種が多様化します。それは田んぼが単純なコンクリートの池ではな
く、水系から乾燥した淵に続く地形を持っていることにあります。

 このようなゆるやかな自然の淵である畦(あぜ)にかけてもっとも豊かな動植物
相が見られます。土地と水の間を往復して両方に生きる場所を持っているカエル
などの両生類、ミズスマシのような水面を生きる生きもの、稲の茎に網を張るク
モ類、水中に生きるメダカ、そして水系の生物連鎖のいちばん基層を作っている
植物性プランクトンや動物性のプランクトンが生きています。そしてそれらを捕
食しにくる様々な野鳥たちもこの谷津や湖、河川を中心に活動しています。

 それは、生きている曼陀羅。地球上でもっとも多様な生物種を支える空間で
す。和辻哲郎の有名な「風土」(岩波文庫)という本に、和辻さんが欧州で秋にも
かかわらずまったく虫の音を聞かなかったと言っています。そして欧州人が虫の
音を「うるさい」と感じることも書いています。私たち日本人は扇風機にも虫の
音モードをつけてしまうくらい、それを愛してきたことと対照的です。

 このような生きもの曼陀羅を愛でる心を忘れずにいる私たち日本人にとって、
「コメ」を作り続けていることのもうひとつの価値がここにもあるようです。

        (筆者は茨城県有機農業推進フオーラム代表)

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