■ 海外論潮短評(17)

◆資本主義を救済する方法    初岡 昌一郎


◇◆資本主義を救済する方法  ◆◇


  アメリカのジャーナリズムはこぞって金融危機に端を発した経済危機を論じて
いるが、その特徴は救済策だけでなく、その原因と責任を追及していることだ。
この点が、日本での論調とかなり違う。したがって、今後の展望にも差が生まれ
るだろう。

 月刊誌『ハーパース・マガジン』11月号が、表題のタイトルによるフォーラ
ムを特集している。この雑誌は1850年にニューヨークで創刊された伝統のあ
る月刊誌で、党派性はない。文化面に特色があり、政治的には中道と見られてい
る。

 同誌は、フォーラムの冒頭で「われわれの体制が金融、保険、不動産によって
、そしてそれらの産業が生んだ複雑なデリバティブ証券によって支配されている
ので、最も傑出した金融家たち(そして、彼らの休むことのないコンピュータ)
でも経済的ショックから人々を保護できなくなった」と述べ、7人の代表的論客
に解決策の提示を求めた。そのうちから、基本的な改革が必要と見る5人の主張
を簡潔に紹介する。


◇(1)ウォール街(金融界)の権益を抑制せよ
           ジョセフ・スティグリッツ コロンビア大学経済学教授
           (2001年ノーベル経済学賞受賞者、元世銀副総裁)


 17世紀のチューリップ投機から今世紀の住宅バブルにいたるまで、経済は安
易な金もうけにふり回されやすい。抜け目のない者が規制と会計基準をくぐり抜
け、弱者と無知な人を食い物にし、ぼろい商品を売り込むことで利益をつかむ機
会を追求する。

 過去5年間に金融界が悪質な融資と危険な賭けを行い、ローンの焦げ付きと博
打の記録的な負けこみによって、国民経済に深刻な打撃を与えたことが今や明白
となった。景気下降が非常に深刻なのは、経済は政府規制に煩わされず、自律的
に活動するのがベスとだとする意見に人々が屈服してきたからである。そして、
このような意見を振りまいた人が一番抜け目なく機会を利用してきた。

 金融部門は資本を正しく配分し、リスクを調整して、リターンの見込めるとこ
ろに投資するものと想定されている。資本市場はリスクを負担する力の弱いとこ
ろから強いところへと移転させ、リスクを管理すると想定されている。

 この公的な役務を遂行する代わりに、金融市場は厚遇され、高い報酬を得てい
る。近年、この部門が企業収益の約三分の一を稼いできた。

 ところが、アメリカの金融界はこのような役割を果たさず、危機を管理するの
ではなく、危機を生み出した。彼らは何百億ドルを悪質な融資に注ぎ込み、住宅
バブルを演出した。その結果、大恐慌以来の膨大な債務不履行を招来した。

 金融界のボーナスは短期的業績に連動しているので、ギャンブルと共謀による
荒稼ぎの誘因がありすぎた。破綻した現在も、金融界の人たちはブーム中の莫大
なボーナスの返還を求められていないだけでなく、巨額な退職金を手に入れよう
としている。彼らは、投資家、住宅所有者、損失を蒙った一般市民がどうなろう
とも、自分たちは利益を確保しようとしている。

 こうしたインセンティブを改革しない限り、金融部門は新しく施行される規制
をくぐり抜けるだけだろう。それでは、次の危機までのつかの間の息抜きが生ま
れるに過ぎない。
  抵当権を細分化して販売、再販することは、元の抵当についての情報を判らな
くしてしまう。商品は投資家と規制機関が実態を把握できるものでなければなら
ない。

 金融業の多重的な利害衝突も破壊的な行動形態につながった。最悪の犯人は格
付け機関だ。彼らは格付けの対象となる企業からAAAを獲得する方法を教えるこ
とで、カネを儲けている。

 最後に、金融機関の役員が報酬を得る方式を変更させなければならない。現在
のストックオプション方式は、自社株を役員に与えることで、短期の利益で株価
を吊り上げ、売り抜けるのに関心を抱かせる。これにより他の利害関係者は損害
を蒙っている。役員給与は長期的な業績に基づくものとし、損失にも連動させる
べきだ。


◇(2)ストックオプションを廃止せよ
             バリー・リン(ニューアメリカン財団上級研究員)


 企業は所有者である株主にとって利益を生み出すために存在する、と今日では
一般的にみられてる。経済運営と退職後の生活もこの前提で設計されている。

 かつてのアメリカでは、こうした考えは不条理なものとみなされていた。建国
当初から1970年代までは、アメリカ人は企業を開発の道具としてみてきた。
企業の目的は橋を架け、鉄を造り、人を輸送することであった。民間企業はこう
した仕事を調達するための組織にすぎず、金儲けは二次的な目的だった。

 われわれの社会は多くのフィクションとともに暮らしているが、その多くは無
害だ。しかし、企業を公共財の提供者としてではなく、富を獲得するための私的
な財産と見る虚構には大きな問題がある。アメリカの法律では、事業体を資産と
みておらず、これを"所有"することはできないはずだ。問題なのは、このような
事業体からキャッシュを奪うことが、本来なら事業を拡大し、新構想を生かすべ
き時に、逆にその生産能力を弱め、場合によっては破壊することになるからだ。

 最近、1892年以来事業の中核であった消費者事業部門を売却するよう、投
資家たちがGE社長に迫った際に、この問題を考えざるをえなかった。私は株主で
はないが、125年に及ぶ電機事業の経験を他の企業に売却して若干の資金を入
手することが、自分にとって最上の利益になるのかを疑った。短期的将来の株価
を幾分下げることになっても、冷蔵庫、変圧器、電球の改良を通じてそのノウハ
ウを生かすことが最上の利益になると思う。

 ファンドマネージャーが企業を"所有"している(もしくは、所有者を代表して
いる)と主張して、企業の意思決定に介入するのを見ると、"アクティブな"株主
の破壊力について考察せざるをえない

 問題は変化にあるのではない。企業も状況に適応しなければならない。問題は
、誰が変更を決定するか、またその変更の動機にある。ますますおおくの工業的
企業において、将来必要とされる製品を開発する上で科学者、技術者、機械工が
無力になっている。力を持っているのは大口投資家の億万長者だ。彼らは、実際
の生産にはほとんどなんらの知識も持っていない。

 経営者が自分自身やファンドマネージャーの目先の利益よりも、将来の製品に
目を向けさせることのできる容易な方法がある。それは、1990年代以降、経
営者報酬の大きな部分となっている、ストック・オプションを廃止、ないし根本
的に再考することだ。この制度のために経営者は、株価を吊り上げることによっ
て、従業員や消費者の利益よりも、ファンドマネージャーの利益と自分の利益を
一体化している。これこそがまさに問題だ。


◇(3) 税制と土地
              マイケル・ハドソン、ミゾリー大学経済学教授


 産業資本主義を救済するには、古典経済学者が追及した変革を検討することか
ら始めるべきだ。アダム・スミスからジョン・スチュアート・ミルやトールスタ
イン・ヴぇブレンにいたる改革者は、封建制度から引き継いだ特権を一掃するこ
とによって、産業を合理化し、競争性を向上させようとした。特権とは、地代、
独占、金貸し業の特権などである。これらの特権は事業にコストを付加するが、
何ものをも生み出さず、技術革新を阻害する。

 古典経済学者は、工業や労働者よりも、これら働かずに稼ぐ寄生的金持ちや、
政府の法規によって不労収入を得る者に税負担を転化させるよう主張した。ミル
は、地代を地主が「眠っているうちに」獲得する「不労収入」と呼んだ。

 アメリカは、進歩的な時代にはこのような考え方で発展した。1918年当時、国
民の1%に当たる富裕層には最高77%に上る急傾斜の累進的所得税が課されてい
た。同じような政策が採られたヨーロッパと同じように、これがアメリカでも中
産階級が育つのに役立った。

 しかし、ルーズベルトが"経済的王党派"と呼んだ階級が反撃し、1980年代以降
、累進的所得税制が逆転した。個人所得の最高限度は、1944年の94%から今日で
は僅か35%に引き下げられた。利子配当等の投資所得課税は15%が最高となって
いる。さらに、新たに資産が購入された場合には土地売却が免税となるので、大
半の土地取引所得に課税されず、商業的土地取引の儲けからは徴税されていない

 州および地方レベルでは、1930年以前は70%の税収が資産税であったが、今日
ではこの税収は僅か21%に過ぎない。その差額は、主として所得税と消費税で充
当されている。

 資産とキャピタルゲインにたいする減税が、利子減税とともに、不動産を借金
で購入し、それを高値で転売する強力なインセンティブになった。ほとんどの貯
蓄は事業や技術の開発にではなく、金融機関を通じてハウジング・ローンへの融
資にまわされた。ポスト工業社会論がこうした非生産的投資の後押しをした。

 改革派エコノミストがこれまで主張してきたように、金利生活者に課税を強化
しなければならない。2006年に資産所有者は7420億ドルの不動産利子を支払った
。これは金融部門が得た総利子収入の84%にあたる。これに対する減免税がなけ
れば、財務省は2500億ドル以上の税収があったはずだ。キャピタルゲイン、利子
、不動産等に対する課税の未収額は一兆ドル以上に上ると算定される。

 わが国や各国において封建経済から近代経済への移行は不完全である。世襲の
財産や独占が依然とした巨大な特権を維持している。資産と不労所得にたいする
課税は歴史的な低水準にある。これら"非生産的"所得にたいする課税強化は、労
働者と企業にたいする負担を軽減する。この改革は、病める経済制度を治療する
長い道程の一齣である。


◇(4)計画化が必要
       ジェームス・ガルブレイス
       『略奪国家』の著者(著名な経済学者、故ガルブレイスの子息)


 問題は資本主義の救済ではなく、ニューディール以降の85年間にアメリカで形
成された混合経済を如何に救済するかにある。
  わが国の体制は大きな公共部門を有しており、これがかつては研究、防衛、金
融の安定、社会保障、ヘルスケア、教育、住宅の大部分を担っていた。今日、30
年にわたる政府に対する攻撃により、これらすべての機能が損傷し、危機に瀕し
ている。この崩壊は、保守を名乗り、"自由市場"の言辞を弄する略奪者によって
もたらされた。しかし実際には、彼らは自由市場に関心を持っていない。
  彼らの関心は、独占を築き、資源を支配し、規制を阻止し、組合を潰し、税金
をできるだけ自分のポケットに入れるために、国家を利用することにある。彼ら
は、戦争に向こう見ずな態度をとり、道義基準と透明性の遵守を怠ることによっ
て、金融制度を危機に陥れた。その結果、彼らは世界におけるわが国の信用を危
機にさらした。保守派はこのことを認識しており、それだからこそ、ブッシュと
マケインをかなり前から見捨てていた。

 "計画化"はこの何十年間、アメリカの政治では禁句であった。保守本流にとっ
て計画化は自由を破壊するもので、"隷従への道"であった。反計画派は、ソ連崩
壊を中央計画化の失敗によるとして、計画化を不毛と断じた。しかし、ロビイス
トは、大企業による計画化を代表している。彼らのために公益は失われ、公共部
門は私的権益の飼葉桶にすぎなくなった。

 今日の政府が最も必要としているのは、独立した思考能力を再獲得することだ
。政府は、ロビイストや彼らに支配された議会に支配されることなく、将来を構
想する能力が必要だ。計画化とは、考え、調整し、行動するプロセスのことであ
る。

 計画化は強制ではない。議会がプランを承認すると、そのプランを実施する公
的資本支出のための予算編成と資金配分ルールを作成する能力である。計画化プ
ロセスは予算編成プロセスと並行し、主たる領域のインフラ、技術、環境管理を
先行させる。

 エネルギーと気候変動対策は、公的な直接行動と民間部門の協力を必要とする
。挑戦は巨大だが、絶望的ではない。


(5) ローカリゼーションが鍵
          ビル・マッキベン、
          (エコロジスト(『自然の終わり』など著書多数)


 人類は化石燃料を利用することを学び、物的水準を数十年ごとに倍増してきた
。だが、化石燃料が尽きるにつれ、この時代は終わるだろう。経済再活性化に多
くの提案がされているが、それらはすべて石油、ガス、石炭に依存している。

 石油とガスはますます稀少となり、今のところ供給は高止まりしているが、需
要は増大している。これ以上石炭を使用するのは地球の気候を悪変動させるので
慎重にならざるを得ない。

 食糧生産も石油に依存してきた。農業の機械化、化学肥料、農薬、地球規模で
の輸送が食糧を油まみれにしている。経済のグローバル化と分業が安い石油に依
存していたとすれば、脱石油時代の方向は経済を再び「ローカリゼーション」(
地方化)するしかない。

 工場型の大規模農業から個人農家市場への転換が既に始まっている。ファーマ
ーズ・マーケット(農家直売)は、アメリカの食品市場で最も急速に発展してい
る部分で、毎年2ケタの成長を見せている。この10年に直売所は倍加しており、
北部の寒冷地でも通年開いている所がある。

 現在のところ、肉類などは価格的にやや高めだが、それは地方の小規模な屠殺
場の廃止によるものだ。現在大規模生産に注ぎ込まれている補助金を転換するこ
とで、多くの問題が解決される。例えば、巡回屠殺車などが安全で、新鮮な食肉
を消費者に供給するのに役立つ。いまや既に、ファーマーズ・マーケットの食品
が、スーパーなどよりも新鮮かつ味が良いと一般に評価されている。

 これまでわれわれが買う食品は、遠方の名もわからない生産者から供給された
ものであった。家族で食事をする機会がはるかに少なくなり、隣人と接触のない
社会に住んできた。何人かの社会学者の追跡調査によると、スーパーでは会話が
ないのとは対照的に、ファーマーズ・マーケットでは生き生きした話が弾んでい
た。他人の家から離れたところに大きな家も持つことを目的とした、アメリカ経
済の前提が社会的にも論理的にも間違っていた。

 世界の冷徹な経済的論理が、何らかの再地方化が必至なことを次第に明白にし
ている。化石燃料の高騰がこれを避けて通れないものにする。このような転換を
スムースにするために、小規模農家、屋上の太陽熱パネル、地域バスに補助金を
出すことができる。

 より根本的には、各種エネルギーをそのもたらす害に比例した価格に設定すべ
きだ。炭素排出に厳しい抑制策を採れば、石炭、ガス、石油の価格を系統的かつ
着実に引き上げることになる。そして、この間接税を貧困層と中間層の向上に様
々な形で用いることができる。ファーマーズ・マーケットなどの小規模経済の育
成は、経済的な理由からだけではなく、より良い仲間意識を持つ社会を追求する
ために必要だ。

 こうしたことは、第二次世界大戦後、ヨーロッパ人がまさに行なってきたこと
である。その結果、かれらの所得水準はわれわれよりも低くとも、生活の質はは
るかに高い。

 われわれはこの100年間、成長を至上の目的として追い求め、そしてこのト
ラブルに落ち込んだ。エンドレスな成長というファンタジーよりも、持続性と成
熟した経済、そしてささやかな満足を求めるべきだ。


◇◆コメント◆◇ 


  ここに紹介した議論や、オバマを大統領に押し上げた民衆の力を見ると、アメ
リカでより根本的な変化の兆しが見えてきたことに励まされる。危機はチャンス
だという言葉を噛み締めたい。

 日本では、現在の金融危機に始まる経済不況がアメリカ発だとみて、自分たち
が同じボートに乗って生きていることにたいする責任意識と原因究明の努力が欠
けている。金融経済界の指導者に反省は見られないし、政府や政治家も原因を究
明しないで、目先の対策に右往左往している。アメリカ的な新自由主義に追随し
て、規制緩和と民営化を主張し、企業活動の限りない自由を主張してきた学者・
エコノミストはその責任に頬被りで、彼らの反省の弁は聞こえてこない。

 今回の危機を招いた主たる原因の一つとしてアメリカでは批判が強く、再検討
が勧められている、経営者のストック・オプションも日本ではますます導入が進
められているようだ。また、日本の累進的所得課税が近年減税の美名で大幅に引
き下げられているが、これも見直す好機が到来しているのに、再検討の方向はむ
しろ逆を向いている。危機の原因の究明がないところに、有効な対策はない。よ
り根本的な論議が起きることを新年に期待したい。
              (筆者はソーシアル・アジア研究会代表)

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