≪連載≫

■A Voice from Okinawa (25) 野田政権誕生と沖縄

                      吉田 健正
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 9月2日、野田政権が誕生した。民主党党首選挙の前に野田氏が『文藝春秋』9
月号に書いた「わが政権構想」によれば、日米同盟は「日本の安全保障と外交に
とって最大の資産であり基盤をなす」。今やアメリカの多くの国際問題専門家
が、「衰えつつある」、「衰えた」、あるいは「崩壊に向かって進んでいる」と
呼ぶ国との同盟を「安全保障と外交の基盤」に据え続ける、というのである。

 アメリカの衰退については、改めて書くが、たとえばシンクタンク・新アメリ
カ財団戦略問題部長のスティーブン・クレモンス氏は、ソ連崩壊に伴い主要西側
諸国が米国の安全保障や通貨体制に「敬意」を払わなくなったこと、米国そのも
のが膨れる一方の海外戦費、サブプライム危機、グアンタナモに象徴される国際
人権法無視、長期化する中東・北アフリカ情勢の混乱に見られる世界の保安官・
米国の能力低下、米国債の格下げ、などをその徴候として挙げる。現在の米国
は、もはや西側陣営のリーダーでも、世界が羨む豊かで平等な民主主義国家でも
ない。

 9・11以降、テロに怯えて(あるいは目に見えないテロの「脅威」を喧伝し
て)、海外ではアフガニスタンやイラクで一方的な攻撃戦を続け、国内では国防
総省と国土安全保障省の膨大な予算を資金源とする軍産複合体やテロ警戒態勢網
が仕切る治安国家に成り果てた大国・アメリカは、国際社会の尊敬、信頼、指導
力を失い、世界的に孤立した軍事国家なのだ。今となっては、国民統合と西側陣
営諸国の結束を率いた冷戦時代が懐かしいだろう。


◇日米同盟は日本にとって「最大の資産」、中国は脅威


 野田氏は言う。「私たちは、日米同盟が、現実的な利益のみならず、民主主義
基本的人権の尊重、法の支配、『航行の自由・サイバー・宇宙空間の保護』とい
った基本的な価値を共有することを強く自覚しなければなりません。日本の安全
と繁栄に不可欠な役割を果たしているのみならず、アジア・太平洋地域、更には
世界の安定と反映のための『国際公共財』です。今後も日米同盟を深めることが
重要です」。

 まるで、アメリカ政府や駐日米国大使館の広報部が書いた文書から借りた内容
だ。9・11後の米国は、本当に「民主主義、基本的人権、法の支配」の国なの
か、「サイバー・宇宙空間保護」とはどういう意味か、自国の空母や潜水艦は本
国から遠く離れた東シナ海や南シナ海を自由に航行するのに中国艦船が領海をで
ると大騒ぎすることが「航行の自由」なのか。

 野田氏が、冷戦終結後も国家財政を危機に陥れるほど軍備を増強し続け、「脅
威」となる敵がなくなったにもかかわらず戦争を繰り返している米国を崇拝し、
米国との軍事同盟に依存しようとしていることが分かる。世界でも類を見ない対
米依存国家・日本には、どういう末来があるのか。

 中国や北朝鮮に対して韓国、日本本土、沖縄、太平洋、東シナ海、南シナ海、
フィリピンからオーストラリアに至る一帯に強大な空海軍事包囲網を築いている
軍事超大国・米国をあがめる一方で、野田氏は中国の「急速な軍事力の増強や活
動範囲の拡大」が日本と東アジア地域における「最大の懸念材料」となり、「域
内の国際秩序をゆるがす恐れ」があると、警告を発する。「強固な日米同盟を基
軸にして、中国、韓国、ロシアをはじめとする近隣諸国、アジア各国との協力を
求め……」というのは、明らかに矛盾している。

 冷戦が終結して20年、軍事より経済交流が重視されるようになった21世紀の今
日、経済大国・日本はなぜ一国(強者米国)依存外交から、米国を「基軸」とし
ない多国間協調外交に移行できないのだろうか。いつまでも冷戦思考を保ってい
ては、独自の憲法を維持できるどころか、アメリカ同様、戦争国家になって、東
アジアに緊張をもたらしてしまう。

 野田氏の日米同盟深化論と中国脅威論は、これら二つの超大国の軍事的はざま
で嘉手納空軍基地、普天間海兵隊航空基地、北部訓練場などを擁する沖縄にとっ
て、「戦時」を想定した事態が今後とも続くことを示唆している。

 本稿執筆の段階(9月13日)で、新政権の外交方針はまだ明らかにされていな
い。しかし、野田氏や民主党の主要な政治家は、「日米同盟の深化発展」を強調
し、普天間海兵隊航空基地の辺野古移設を約束した日米合意の遵守を支持してき
た。野田氏だけでなく、玄場新外相も就任後の記者会見で「日米同盟がわが国の
外交・安全保障の基軸」だとして、「同盟の深化・発展に努力したい」と述べて
いる。
  党を動かす大きな権限を得た前原政調会長も、米国務省高官に辺野古移設
への努力を約束したという。日本が目指すのは、相変わらず対米〔従属〕外交で
あり、国際協調外交ではない。新政権が県民大会や県議会決議で示された沖縄の
反対を無視して日米合意に従うことは、ほぼ間違いない。

 野田氏は、政権発足後に靖国参拝を否定したものの、「(靖国に合祀されてい
る)A級戦犯は戦争犯罪人ではない)」という発言があり、いずれ日中戦争や太
平洋戦争を正当化する保守的傾向が顔を出す可能性がある。そのときは、日中関
係や日韓関係に多大な影響を及ぼすだろう。


◇菅政権末期以降の沖縄


  日米同盟を「基軸」とする外交・防衛政策の下で、沖縄がどういう状況におか
れているか、改めて菅政権末期以降の出来事を列挙してみよう。

1.日米安全保障協議委員会(2プラス2)は、今年6月、普天間飛行場(海兵隊
航空基地)に代わって、名護市辺野古に埋め立て工法でV字型滑走路を建設する
ことで合意した。2014年までに完了することになっていた移設は、期限を定めな
いで先送りすることになった。

 しかし、辺野古移設は沖縄で反対が強く、在沖海兵隊のグアム移転計画につい
て米国議会で移転費や計画の中身および実現性などの観点から反対する声が挙
がっていることもあって、日米合意の行き先は不透明だ。防衛省は、米国政府の
移設推進の意向に沿って、年内に環境影響評価(アセスメント)を沖縄県に提出
し、来年春には埋め立て申請を行う方針だという。沖縄では、辺野古移設をめ
ぐって再び大波乱が起こるだろう。

2.辺野古移設が袋小路に入った中で、日米政府は辺野古移設が実現しなければ
普天間基地はそのまま「固定化」される(居残る)と脅す。普天間基地の大型輸
送ヘリが隣接する沖縄国際大学構内に墜落・炎上してから、11年8月13日で7
年。しかし、滑走路両端にはクリアゾーン(安全地帯)を設けなければならない
という米国の航空安全基準を満たさない同基地は日本政府からの異議もないまま
そのまま残り、学校や病院のある住宅地の真上では現在もヘリの低空旋回飛行訓
練が続いている。

 深夜・早朝の飛行訓練による騒音も日米間で合意された騒音防止協定の基準を
超えるが、日本政府から米国に協定遵守を迫る声はまったくない。普天間基地
(将来は辺野古)には、来年、ベトナム戦争以来使われてきたCH46中型輸送ヘリ
の後継機として垂直離着陸機オスプレイが配備されることも決まっている。『タ
イム』誌〔2007・9・26〕によれば、かつてチェイニー国防長官は開発に200億ド
ルもかけたのに、危険度が高く、優先順位も低いオスプレイ開発を「無駄」だと
して4度も廃止しようとしたものの、選挙区に開発費用が流れなくなると考えた
連邦議員たちの抵抗により、開発計画は継続された。

 1980年以来の試験飛行で、着陸時の騒音が問題になっただけでなく、水平飛行
から垂直飛行に変わる際に回転翼のオートローテーション〔自動回転〕がうまく
機能しないため事故を繰り返して30人もの乗組員を犠牲にした問題の機種であ
る。住宅地周辺でオスプレイが低空飛行訓練を行えば、騒音と事故の危険性は一
層高まるだろう。

3.政府が8月に発表した2011年度版「防衛白書」で、防衛省は台湾に近い先島に
沿岸監視部隊(自衛隊)の配置、地対艦誘導弾の配備、救難体制の強化などによ
り、「機動・輸送能力を整備して攻撃に対応する」方針を打ち出した。当時の北
沢防衛相によると、2015年末を目標に陸上自衛隊の沿岸監視部隊を台湾や尖閣諸
島に近い与那国島に配備するという。実現すれば、沖縄戦のときと同じく、沖縄
県の北端〔本島北部〕から南端まで、「敵」から日本本土(皇土)を守るための
「防波堤」にされてしまう。

4.在沖(日)米軍に関する密約は多いが、今年8月末には、1953年の交渉で日本
政府が「実質的に重要な案件を除いて〔駐留米兵のからむ〕裁判権を行使する意
図を有しない」ことを表明し、この発言を公表しないことを米側と合意した外交
文書が公表された。

 2008年に米公文書館で裁判権放棄に関する密約を発見した日米関係研究家の新
原昭治氏によると、「(駐留米兵に対する)日本の裁判権行使を極力少なくした
いという米国の強い要求に屈服し約束して交わされた、日米合意に相当する事実
上の密約」で、「公務外の米兵事件の起訴率は、非常に低く、現在も続いてい
る。密約がそういう事態を生んでいる」という。数々の事例が示すように、不公
平な日米同盟は、多くの米軍基地と海兵隊員を抱える沖縄にとって深刻な植民地
的治外法権を生む。

5.一方で、日本以上に財政赤字に苦しむ米国からは、欧州とアジア太平洋に駐
留する米兵を3分の1に削減すれば向こう10年間で700億ドルが節約できる、グ
アム移転を予定している在沖海兵隊と家族も米本土に帰還させた方が米国の利益
になる、というトム・コバーン共和党上院議員の提言もあった。

 同議員によれば、イラクやアフガニスタンにおける米軍の戦略は、(海兵隊で
はなく)空軍と海軍だけでアジア太平洋地域における「抑止力」を十分維持でき
る。実際に、東日本大震災後の「トモダチ作戦」で救援兵士・物資輸送の主役を
つとめたのは、飛行機と空母などの艦船で移動する空軍と海軍であった。残念な
がら、肝心の日本の政治家や大メディアからそういう声は聞かれなかった。

6.同じく8月には、県内の9つの米軍施設で、「枯れ葉剤(エージェント・オレ
ンジ)が除草剤として使用・貯蔵・搬送され、1969年には返還された基地跡地の
地中に枯れ葉剤を入れたドラム数十個が埋められたという複数の退役軍人の証言
が『ジャパン・タイムズ』で報じられた。枯れ葉剤は、米軍がベトナム戦争でゲ
リラが隠れた森林や畑地に散布し、多くの奇形児出産を招いたとされる猛毒のダ
イオキシン含む化学剤で、米国でもベトナム帰還兵が集団訴訟を起こし、因果関
係は立証されなかったものの、補償金支払いを受け、救済法によって先天障害を
もつ子供への補償も認められた。

 枯れ葉剤は、ベトナムでの使用に先立って、沖縄本島北部の貴重な水源地のあ
るジャングル訓練場で1960年から2年間、データ収集のために米陸軍化学兵器部
隊が試験散布したことが、元当局者の証言で明らかになっている。加えて、
『ジャパン・タイムズ』が伝えた在沖陸軍の補給部隊に勤務した退役軍人の証言
によると、枯れ葉剤は滑走路近くで序章剤として散布され、また枯れ葉剤入りの
コンテナを積んでベトナムに向かった補給船が那覇港を出航した直後に浅瀬で座
礁し、破損して回収されたドラム缶は基地内に埋められたという。

 外務省の問い合わせに対し、国防総省は「米軍が沖縄で枯れ葉剤を保管、使用
したり持ち込んだりしたことを示す資料は確認できなかった」と回答してきたと
いう。日米両政府はドラム缶が埋められという土地や枯れ葉剤が除草剤として使
われたというフェンス周辺の環境調査を早急に実施して、汚染が見つかれば緊急
に除去すべきだ。


◇「日米同盟ありき」の再検討を


  野田政権が真剣に日本の現在と将来について考えているのなら、そろそろ「日
米同盟は日本外交の基軸」という冷戦思考から抜け出して、地域間協調を追及す
る平和外交に切り替えるべきだろう。そして日米地位協定に基づく治外法権をや
めて基地の運用や環境保護に日本の法律を適用し、沖縄を米軍基地から解放すべ
きだ。そうすれば、日本は、米軍駐留という軍事的手段ではなく、交渉という平
和的手段によって平和と繁栄を確保し、世界から尊敬される国になるだろう。

 そういうビジョンがなければ、平和憲法をもつ経済大国・日本の首相でありな
がら、野田氏は、自らが招いた「脅威」を口実に軍拡を続け、衰退への道を歩み
続けるアメリカの軍事政策を代弁しているとしか聞こえない。巨額の債務や一向
に改善しない失業問題を抱える米国は、「軍事再編」を日本などにも分担させよ
うとしており、このままいけば、日本は「思いやり予算」」に加えて、自衛隊強
化、米軍・自衛隊の合同訓練強化、島しょ地域での軍備強化、そして米国と共に
崩壊への道を進むことになる。


◇沖縄で東アジア平和構築の話し合いを


  日本は、米国の言葉に沿って中国の脅威ばかり喧伝しないで、自ら中国と平和
的に向き合う道を探るべきではないか。かつて自らを「万国津梁」の地と位置づ
けた琉球を、地域平和構築の場として活用したらよい。米国と旧ソ連が、地中海
の要塞マルタ島を冷戦終結のための話し合いの場にしたように。「太平洋の(軍
事的)要石」を「東アジアの(平和的)要石」に変えるよい機会ではないか。沖
縄は、地勢的・歴史的に、地域の人的交流、文化的交流、経済的交流にも適して
いる。

 沖縄には台湾、中国、韓国、東南アジアなどからの観光客や留学生が多い。気
候や風習が似ていることもあって、日本本土より地域に溶け込みやすい。こうし
た盛んな交流は、中国と台湾、中国と韓国、中国と東南アジアの関係増進に大い
に役立つだろう。沖縄に東アジア交流センターを設立して、地域の友好・平和・
発展の礎にすることを提案したい。

       (筆者は沖縄在住・元桜美林大学教授)

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