■新刊紹介 

梁世勲『ある韓国外交官の戦後史』      

   -旧満州「新京」からオスロまで-
   (すずさわ書店、定価2000円)
                       初岡 昌一郎
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 9月28日、日比谷の日本プレスセンタービルで、この本の出版を記念するパーティーが行われた。これには、梁さんの古くからの友人であるジャーナリストや学者などに混じって、安東自由大学を通じて梁さんの人柄とその見識に感銘を受けた新しい友人達の姿も多くあった。
  また、既にこの本が出版されていた韓国から、梁さんの友人達多数が列席したこともこの会に日韓交流色をそえていた。同じような出版記念会は、10月に入って大阪でも行われた。
  著者の梁世勲氏は、国立ソウル大学法学部卒業後、外務部(省)に入り、外交官として36年間活躍してきた人である。その間、彼はワシントン、シンガポール、東京、神戸、ホノルル、オスロなど外地でそのほとんどを過ごしてきた。しかし、その間、本国で外交部広報課長や、ソウル・オリンピック準備委国際局長などの重職を担当しており、これを通して知った韓国政界やその要人達の姿が内側からやや辛辣かつユーモラスに描かれている。
 
 著者は私とほぼ同時代人であるが、その人生はまことにドラマチックなものである。日本支配下の朝鮮で生まれ、旧満州で育ち、大戦後は苦難の逃避行によって韓国に文字通り裸一貫でたどり着く。しかし、すぐに内戦によって釜山に追われる。こうした思い出が、小説的筆致によって活写されている。ノンフィクション作家的な著者の表現力と描写は、読者を彼の人生にぐいぐいと惹きこんで行く。物語の展開は登場人物の会話をふんだんに織り交ぜ、短い状況や情景の解説によって展開してゆく。まことに読みやすく、280ページ強のこの本を一気に読み通すことができる。
  訳文はよくこなれたもので、著者の意を十二分に伝えている。訳者の梁秀智は著者の愛娘で、韓国外国語大学大学院で日韓同時通訳を専攻した後、資生堂勤務を経て、現在は姫路獨協大学韓国語特別講師である。
  著者が東京の韓国大使館に政治担当官として勤務中の70年代後半に、共通の友人であるアメリカ大使館イマーマン参事官を通じて知り合った。梁さんと本当に親しく付き合い始めたのは、私が大学教師として姫路に往復しはじめてまもなく、彼が神戸総領事として赴任してきてからだった。
 
 神戸総領事時代、飲み屋などで配る彼の名刺は「神国、宗良次」という、人を食ったユーモラスなものであった。比較的閑職ではないかと思われていた神戸総領事時代、彼は韓国政府のキッシンジャーとして、実は韓中国交樹立の工作を隠密裡に担当していた。この件も、この物語の山場の一つである。
  韓国の政治や外交の裏面にも興味はつきないが、本書がなによりも日韓関係への提言を豊富に含んでいることに私としては注目したい。
  日本語版の発刊にあたって、著者は次のように述べている。少し長いが、そのまま引用して紹介に代える。
  「両国の間には現在とても興味深く、有意義な現象が起きている。政治的には絶えず衝突しながらも、いつにも増して両国の交流は拡大しているのだ。両国の国民は400万人が行き来し、日本には「韓流」、韓国には「日流」という風が吹いている。
  お互い似ているようで違うというところが、どれほど素敵な創作のシナジー効果となっているのかが分かる。相手国の映画や小説、そして料理に接しながら喜びや悲しみを感じ、またお互いを真似し合い代理満足する姿がそこにはある。
  お互いに異なる両国の食文化の味を代表する豆腐とキムチを合わせた、「豆腐キムチ」という料理がある。それを一つの皿に盛るときの絶妙なハーモニーを、両国民の五感が共に味わう。
 
 こんな流れに乗り、私たちが、「私たち」と言いながら「違うもの」を調和させる能力、その意志を実験し続けていくなら、両国は理想的な関係になれるだろう。
  このような過程を、妨げるものはいくらでもあるだろうが、最も怖い障害物は、他ならぬ、お互いを蔑視することであろう。優越感とプライドを掲げ、相手を認めようとしない人々が両国に存在する限り、調和のある創造と親しみを共有する両国関係は作り出せないと思う。

 アメリカが超大国でありながら、世界をまとめられず、リードできない理由はまさにそこにある。傲慢と、人種差別にあるのだ。それに接したことのある人は、決してアメリカに従わない。私は日本がアジア諸国の一員として、世界的なリーダーになることを望んでいる。しかし、もし日本がこのようなアメリカを模倣するなら、日本は多くの国から、そっぽを向かれるだろう。
  もちろん、差別される側にも責任はある。差別をたくさん経験した私は、私の国の国民を含め、アジアの人々がなぜ日本で差別されているのか、その理由も分かるような気がする。意外にも、日本人にも同じような欠点を持っている人が少なからず存在している。しかし、人種を問わず、そのような欠点を抱擁できる人が真のリーダーになれるのである。世界で最もお金を使い、いい商品を作るからといって、世界のリーダーになれるわけではないのだ。
 
 日本と韓国は過去、支配者と被支配者の関係にあった。このような歴史が作り出した問題によって、いまだにお互いが苦しんでいるが、上述した流れで問題を解いていくなら、不可能なことはないということを読者の皆様に訴えたい。お互いを理解し、尊重することが何よりも重要だという意味で、この本が少しでも役に立てるなら、それ以上の喜びはない。
  この本を通して、第二次世界大戦から20世紀が終わるまで、日本の隣国の国民が、どんな状況でどんなことに取り組みながら、どんなことで悩み、どう生きてきたかを、一人の人間の生涯を通して、知ってほしい」

                (筆者は姫路獨協大学名誉教授)

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