【北から南から】北の便り

「地方自治の本旨に背き・住民の利益を蔑ろにする  --洞爺湖サミットに異議あり--」        南  忠男

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◇警備面を最重点に官邸主導で決定


 安倍総理は去る4月23日夕、明年夏(08年8月)日本で開催される予定の
サミット(主要国首脳会議)の主会場候補地として北海道の洞爺湖を決定した。
 総理は「北海道には何と言っても世界に誇るべき自然がある。環境問題が大き
なテーマになる。美しい国日本を世界に示していく上においても適当で・・・警
備によって出る影響など、総合的に判断した」(4月24日「北海道新聞」)と述
べているが、ホンネは警備面での配慮を最重点にした決定である。
 洞爺湖を決定するに至る経過に見られる官邸や北海道知事の動きは極めて不
明朗であり、地方自治の本旨に背き、住民の利益を蔑ろするもので、断固として
異議を唱えるものである。
 
 すでに昨年の早い時期から候補地として「関西サミット」(京都府・大阪府・
兵庫県)「瀬戸内サミット」(岡山県・香川県)「開港都市サミット」(横浜市
・新潟県)が名乗り上げていたのに対し、北海道の高橋知事は警備などにかかる
負担から誘致を終始拒否していた。道内では一時札幌市が誘致を模索していた
が、警備経費など地元負担が大きいことから断念した経緯がある。
 昨年暮「札幌市が断念した話を、財政難の道が持ち出すのは現実的でない」「そ
んなゆとりがあるのなら夕張支援に振り向けるべきだ」と知事自身の言葉で断言
していたのが、今年3月7日急遽「北海道・洞爺湖サミット」として立候補する
意思を表明した。
 あっと驚く豹変ぶりであり、すでに立候補を表明し、計画書まで政府に提出し
ていた、他府県から「遅出しジャンケン」と非難されたのも当然の話である。

 警備面を最重点の課題として、官邸主導で候補地を検討していた政府は北海道
の洞爺湖に白羽の矢を当てていたが、肝心の道が背を向けているので、道の立候
補を即すための水面下の動きが活発に行われ、3月7日の立候補表明となったの
である。
 しかし、当初から懸念された財政負担について見通しがついた訳ではない。地
元負担、道費の持ち出し額についても明らかにされず、ただ「道民に理解いただ
ける額の負担」と抽象論に終始している。
 5月1日、庁内に部長級をヘッドに「北海道サミット推進局」を発足させた。
また、サミット対策のため東京事務所に専任職員1名の増員・配置と、外務省と
の折衝要員として同省への2名の職員派遣を行っている。
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◇サミットは本来国の仕事


 サミット(主要国首脳会議)は1975年にフランスのジスカールデスタン大統
領(当時)の呼びかけで、パリ郊外ランブイエで第一回会議が開催されて以来、
国際的な政治・経済課題を討議する場として、年一回開催され、日本では5回目
の開催となる。このサミットは本来、国の仕事であって、オリンピックや万国博
のように立候補した都市自治体が責任をもって開催するものとは性格が全く異
なる。開催地選定に当たって、当該自治体に対し事前に受け入れの意思の有無を
打診する程度のことはあってよいが、基本的には国・政府が考えるサミットの姿
にふさわしい場所を選んで、当該自治体に協力を要請するのがスジではないだろ
うか?ましてや、経費の地元負担を前提とするのは納得できない。

 国と自治体は対等・平等の関係にあり、相互の役割分担を明確にするのが民主
的近代国家の大原則である。今回の洞爺湖サミットの決定経過に見られるように、
早々に誘致の方針を決めて先行して運動してきた、関西、瀬戸内、横浜・新潟な
どのお祭り騒ぎはともかくとして、財政上の負担能力から誘致への立候補をため
らった北海道を強引に挙手させた水面下・舞台裏の動きは地方自治の大原則・地
方自治の本旨を侵す行為である。
 しかも、経費の地元負担を前提にすること等を当然のようしているが、本来国
の責任で実施している仕事に対して地方が財政支出をし、国の馬の足になって働
くのは、国と地方の関係を、「対等・平等」の関係から「支配と従属」の関係に
置き換える中央集権への道である。
 勿論、中央と地方の協力関係は重要であるが、「対等・平等」の基本姿勢を基
礎としながら、協力関係を構築することが重要なのである。現状は対等・平等の
関係とは云えない。
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◇サミット誘致の大義はどこにあるのか


 道都札幌・小樽・函館・旭川と道内の主要都市の総てが財政危機に直面してお
り、全道に広がる「医療崩壊」で人も住めなくなる地域が拡大し、道内のいたる
ところで地域崩壊が始まっている。このようなとき、必要予算の試算も、費用対
効果の検討もされず、闇雲に既成事実の積み重ねと道民の世論操作が
続けられている。
 「道政史上初の大仕事」「北海道を世界にPRする」「北海道の子どもたちにと
って、夢と希望が未来につながるような思い出に残る有意義なサミットにした
い」「既存施設を活用し、イベントを極力おさえたコンパクトなサミットにする」
「いろいろな経済効果が期待できるので、道民の理解を得られる範囲内での負担
に抑える」
 これは、洞爺湖サミット決定後の高橋知事の語録であるが、いずれも抽象的で、
内容がなく、時代がかった大言壮語は自信のなさの端的な反映でもある。

 夏の洞爺湖は観光の最盛期であるが、サミット期間中は温泉街を含めて営業は
通常どおり継続できるかも定かでない。すでに修学旅行の予約も受付済みである
が、これらのキャンセルを含め、サミット期間中にうける地元温泉街の制約や経
済的損失額も示されず、ただ、有珠山噴火から立ち直った町民の団結力を賞賛し、
これに期待するような話では、サミットはやっぱり天災なのかと言いたくなる。
 最近の夏の洞爺湖は韓国・台湾・香港などの東アジアをはじめ海外の観光客も
増えているが、サミット期間中は過剰警備の影響は避けられず、将来のマイナス
要因になりかねないだろう。

 8年前の沖縄サミットに見られたような過剰警備による住民への人権侵害が
平和な大自然に包まれた洞爺湖で繰り返されることを想像すると恐ろしくなる。
 出入国にかかわる新千歳空港や道内の各港湾、交通の要衝となる各空港・JR
主要駅も警備の対象となり、道央道は封鎖、洞爺湖につながる国道・道道は分断
されるのは必至である。
 このような戒厳状況のなかで開かれるサミットを眼にしたとき、北海道の子ど
もたちは果たして夢と希望を将来に託すことができるのか大いに疑問である。
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◇待ったなしの北海道


 北海道は雇用・医療・福祉など住民生活の総ての面で待った無しの状況にある。
また、行政改革の名のもとに昨年職員給与の10%削減を行い(緊急避難)明年
は復元しなければならないのである。道内の14支庁の統廃合も懸案になって久
しい。道立高校の統廃合も深刻である。地元に高校がなくなれば、バスや列車で
の通学になったり、下宿を余儀なくされ、本人の不便、父母負担は大変なものが
ある。これら懸案が未解決のままでサミット優先で多くの職員がサミットのため
に動員されようとしている。さきに設置された「北海道サミット推進局」は総数
30数名を予定しているが、これは専任部局に限定した話で、期間中の応援を含
めた人的要員配置の全貌は未だ明らかにされていない。
 道の本年度(07年度)予算は前年度比3.4%減の超緊縮予算であり、保健福祉
費20.7%減、環境生活費14.7%減、教育費6.1%減(いずれも前年比)で住民生
活切捨ての、北海道民にとっては惨憺たる内容である。
 道民所得は全国31位の253万円,雇用は有効求人倍率が0.53で全国44位。
今こそ、北海道は自立的な政策としっかり取り組まなければならない、待ったな
しの状況である。

 国の政策に翻弄された結果が今の夕張の姿である。北海道は明治政府により開
拓使がおかれ、国直轄による資源収奪式の殖民政策がとられてきた。開拓使以降
も、北海道には「北海道庁長官」がおかれ、他府県の「知事」とは異なった扱い
を受けてきた。民主憲法による地方自治制度ではじめて府県並みに「知事」とな
ったが、かたや北海道開発は「北海道開発庁」による国の直接支配がつづいてき
た。
 「北海道開発庁」がなくなり、国土交通省の一部局となったが、国の直接支配
の構図が残されただけでなく、先に成立した「道州制特区法」に見られるように
官邸直々に露骨な北海道政への介入が行われている。夕張問題しかり、洞爺湖サ
ミット問題しかりである。


◇北海道の自立~新開拓時代~をめざす産業政策・観光政策


 「開拓使時代」から今日まで続いてきた北海道開拓の歴史と産業政策の推移は
林業・水産業・石炭鉱業等を中核とする収奪の時代として、日本の戦争経済を支
え、日本の戦後復興と高度成長経済を支えてきた。そして果実は道外に吸収され
て残骸だけが残された。これが夕張に象徴される旧産炭地であり、この惰性と惰
眠から目覚めない限り北海道全体の「夕張化」に歯止めはかからない。
 北海道の特性から、豊富な農・林・水産業に基盤をすえながら、高付加価値を
生みだす産業への転換を図らなければならない。観光も、通過型の観光から滞在
型の観光へ、夏型から通年型へと課題は山積されている。まさに、未踏の分野で
あり多難な課題であるが、これに挑戦し、なければ北海道の未来はない。

 洞爺湖サミットが決定して、地元は、「洞爺湖の名が全世界に広まる」「マスコ
ミを通じて毎日のように洞爺湖が露出する効果は大きい」「将来に向けておおき
な財産になる」とはしゃいでいるが、私は大変疑問に思う。「人の噂も○○日」
のことわざの如くその効果は一過性のものに過ぎない。
 先にも述べたが、韓国・台湾・香港等東アジアから北海道へ来る観光客は年々
伸びている。もちろんこれらの地方からの冬季のスキー客も増えているし、オー
ストラリア人の別荘地もニセコ付近に見られるようになった。

 中国本土からの観光客は現在のところまだ少ないが、この国の国民の生活水準
の向上と共に近い将来が期待される。サミットのまぼろしに取り付かれないで、
東アジアという「近くて・良い隣人が大勢いる」地域に眼をむけて、北海道の観
光の国際戦略を立て直すべきである。
 新千歳空港と中国本土を結ぶ航空路線は着実に増えている。瀋陽・上海・香港
(各週2便)の3路線に加えて、今春から、北京・大連(各週2便)の2路線が
新規に就航し、近々、広州線の就航も予定され、北海道と中国との距離はますま
す近くなってくる。日中友好姉妹都市も北海道~黒龍江省。札幌市~瀋陽市。夕
張市~撫順市。旭川市~ハルピン市。と多彩である。サミット効果のような雲を
つかむような話ではなく、自治体の友好姉妹都市活動等をとおして交流を深め、
その積み重ねにより相互の往来が活発になれば、冬型・滞在型観光への道も自ず
と拓ける。
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◇「ザ・ウインザー洞爺」はバブルの殿堂
~拓銀破産の引き金となった豪華ホテル


 洞爺湖サミットの主会場に予定されているリゾートホテル「ザ・ウインザー洞
爺」は国内屈指の高級ホテルと云われるが、一時は閉鎖も余儀なくされた、バブ
ルの象徴・バブルの殿堂と云う、いわく付きのシロモノである。
 北海道唯一の都市銀行・北海道拓殖銀行の関連会社・カブトデコム(建設・不
動産業)と拓銀が二人三脚で7百億円もの巨費を投じて建設をすすめてきたもの
で、バブルの崩壊とともに不良債権となり、拓銀倒産の直接的引き金となったも
のである。
 拓銀倒産から10周年になる。北海道の不況・格差に拍車をかけたのも拓銀の
破産にある。護送船団方式の機能していた当時にあって、都市銀行の破産など考
えられなかったが、これが現実のものとなり、「北海道は国からも見捨てられた」
と怒りをおぼえたものである。
 
 「バブルの殿堂」裏返しとしての「格差の象徴」が、拓銀倒産10周年という
記念すべき年に、国際会議の会場として脚光をあびることになったのは皮肉な話
ある。
 破綻した拓銀の営業引継をした北洋銀行の当時の頭取(現相談役)の武井氏に
対して、北海道新聞は5月2日の朝刊で10年を回顧しての対談を求めている。
 「高付加価値を生む産業構造にしないと、いつまでも利潤を道外に吸収されて
しまう。日本で元気がいいのはモノを作っているところだけでしょう。北海道は
景色がいいなんてうっかり云って、洞爺湖ばかり眺めとったんじゃだめだよ」
(5月2日「北海道新聞」)
 サミット誘致にうつつをぬかす北海道経済人に対する、あるいは北海道知事に
たいする警鐘と理解すべきではないだろうか?
(筆者は旭川市在住・元旭川大学非常勤講師)
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