【視点】

BRICS+グローバルサウスが新しい世界を創る

―岐路に立つ日本の対米、対中関係―

久保 孝雄 
                                          
 はじめに―ウクライナ、パレスチナは深く関連している
 ウクライナ紛争が始まってから1年9ヶ月が過ぎた。いぜん出口が見えず長期化の様相が強まっている。そのさなか突如としてパレスチナ、イスラエルの激突が勃発し、世界は騒然とした雰囲気に包まれている。イスラエルにより鉄柵で囲まれ「天井なき牢獄」とされているガザ地区の武装抵抗勢力ハマスのロケット攻撃(10月7日)、報復としてのハマス壊滅を目指すイスラエルのガザ地区への無差別空爆、完全包囲、ライフラインや通信の遮断など、人道無視の無慈悲な攻撃が続き、多数の子供を含むガザ市民の犠牲が急拡大している。苛烈な攻撃を続けるイスラエルの強硬策に、アラブ諸国のみならず世界中にパレスチナへの連帯、イスラエルへの抗議行動が広がっている。「イスラエルは米欧の支持をうけ傲慢になり過ぎている・・多数の子供達を虐殺し、病院や学校を空爆するなど狂気の沙汰だ。現代における野蛮の極みだ」(イブラヒム・マレーシア首相BBC 11.9 )。
 
 10月27日、国連総会はヨルダン提案の「人道休戦」決議を121:14(棄権44)の圧倒的多数で可決した。ハマス非難を明記したカナダ案支持は、主要国では米国のみで少数に止まった。EUは賛成のフランス、スペイン、スイス、ベルギー、ポルトガル、ノルウエーなどと、棄権のイギリス、ドイツ、イタリア、スウエーデン、ギリシャなどに割れ、結束が乱れた(日本は棄権)が、米・イスラエルの国際的孤立が鮮明になった。だがイスラエルは国連決議に示された国際世論を無視してガザへの地上侵攻に踏み切り、市街戦に突入、市民の犠牲はさらに拡大(10812人、うち子供4412人、11月9日現在)アラブ諸国はじめ世界中からの強い反発を引き起こしている。特にグローバルサウスの反発は強く、ボリビアは国交断絶、チリ、コロンビア、トルコは大使を召還した。エルドアン・トルコ大統領は「イスラエルは戦争犯罪者だと世界に宣言する」と述べた(日経10.30)。イスラエル国内でもネタニヤフ政権への支持率は過去20年で最低の20% に低下し、地上侵攻にも49%が消極的だった(11月10日国際世論に押され、ようやく1日4時間の戦闘休止を認めた。日経11.3)
 
 この2つの紛争は一見無関係に見えるが、現在の世界構造を揺るがしている点で深く関連している。バイデン大統領も「2つの紛争は同種の脅威だ」(朝日10.8)と述べて関連を認めている。2つとも米国の世界覇権を揺るがす恐れがあることに危機感を募らせているのだ。しかし本稿ではすでに世界構造に地殻変動を引き起こしているウクライナ紛争を切り口に現代世界の構造変動をフォローしてみたい。
 
 1.ウクライナ紛争が炙り出した世界構造
 
 (1) 米国一極支配は終わっていた
 ウクライナ紛争はキッシンジャー元国務長官ら米外交界の長老たちの批判や反対を押し切って、NATOのウクライナへの拡大によりロシア弱体化を目指すバイデンの対ロシア戦略に誘発されて起こったものだ(ミアシャイマー・シカゴ大教授、エマニュエル・トッド、仏人口学者らは「紛争の原因と責任は全て米国にある」と主張している)が、プーチンの誤算もあり紛争は長期化している。プーチンは、当初ウクライナのネオナチ勢力による東部ドンバス地方のロシア人への弾圧、虐殺を止めるため、独立を宣言して支援を要請してきたこの地域(ドネツク州、ルガンスク州)を守るため、期間限定の特殊軍事作戦を発動したが、米国NATOがウクライナ支援に全力を挙げ始め、事実上、ウクライナを舞台に米国NATO対ロシアの代理戦争に発展したため、直ちに戦略を修正し、長期抗戦に転換したと考えられる。
 
 しかし、その結果、ウクライナ紛争は期せずして現代の世界構造をあぶり出し、この構造変化を加速する大きな要因になりつつある。それは国連におけるロシア非難決議や対ロシア制裁への世界各国の対応に表れている。22年3月のロシア非難の国連決議は 141:5:47 の圧倒的多数で可決されたが、人口比で見ると、反対、棄権国の人口が58% で賛成国の42% を上回っていた。経済制裁でも米国の強い圧力にもかかわらず、参加国は国連加盟国193の2割(35ヵ国)程度にとどまっている。
 
 1991年の冷戦終結後、米国が「唯一の超大国」を謳歌していた時代、世界の8割以上の国々が米国の意向に従っていた。当時国防次官補だったアリソンは「全世界が事実上のアメリカ圏になった。米国は自分の意志を他国に押し付けた。世界の国々は米国の規則に従って行動することを強いられ、さもなければ壊滅的制裁から政権交代まで莫大な代償に直面することになった」と書いている(孫崎享ブログ10.15)。
 
 だが、今では米国に従う国はNATO+ 日韓豪NZなど、いわゆる「西側」の国々、世界の2割ほどにまで落ちている。人口比で言えば米国に従うのは79億の地球人口のうち12億(15%)、従わない国の人口は67億(85%)となっている。人口で見ると15:85で米国に従わない国が圧倒的に多くなっている。これが「国際社会」の現実だ。戦後80年、特に冷戦終結後30年続いてきた米国の1極支配、世界覇権は事実上消滅していることが明らかになった(ミアシャイマー・シカゴ大教授は「米国主導の一極体制は2010年代半ばに終わった」が、その後も「米国は自国以外に覇権国が出現することを認めなかった」と述べている。読売11.5。ちなみに2014年にPPPベースGDPで中国が米国を上回った)。
 
 ウクライナ紛争後、シンガポールのチャン・ヘンシーは「アジア、中南米、アフリカの大半の国々は対露制裁に同調していない。この状況がウクライナ後の世界の新たな秩序を表している。世界の大半の国は米欧、中露のいずれの陣営にも与しない第3の空間に属することを望んでいる」(日経22.6.9)と書いているが、かつて米欧に追随していた南の国々が大挙して米欧に距離を置き始めたことを指摘し、グローバルサウスの存在感を示したものとして注目された。
  
 (2) 米欧日(西側)は世界の少数派になった
 米国は、政治的、外交的にも往年のような影響力はなく、NATO、EU、日韓豪NZなど、いわゆる「西側」の狭い範囲に限定されつつある。軍事的にもかつては世界軍事費総額の60%を占め、圧倒的な軍事力で世界を威圧してきたが、最近では40%まで縮小し、世界に800以上展開していた軍事基地も600近くに縮小し、その維持にも困難をきたし、地元政府に負担を強要したりしている(日本の負担額が突出している)。
 
 米国は今も軍事超大国であるが、アフガン撤退やウクライナ紛争で世界最強の神話が崩れつつある。米国が盛んに煽っている台湾有事による米中軍事衝突が起きた場合のシミュレーションにもそれが示されている。米国の軍事専門シンクタンク、ランドコーポレーションによると、台湾をめぐる米中の軍事衝突が起きた場合、18のケース全てで米軍が負けるという結果が出ていると言う(孫崎享)。また、東アジアにおける米中軍事力比較では、2000年までは米国の圧倒的優位、2010年頃には米中均衡、2020年以降は中国が優位との分析結果も公表されている。
 
 このため米国が最近力を入れているのが「多国間連携戦略」である。米国だけでは中国に対抗できないので日韓豪比越などを巻き込み、中国を意識した合同演習を繰り返している。米国はもはや単独覇権を維持できなくなったことを認めたとも言える。米中衝突となれば在日米軍基地の活用が不可欠になるが、これには日米安保の事前協議制で日本政府の同意が必要だ。日本政府が同意すれば沖縄、岩国、横須賀、横田などの米軍基地は中国からのミサイル攻撃の対象になる。麻生副総裁は「戦う覚悟を」などと妄言を吐いているが、軍事衝突に参加すれば日本は再び戦場になり、壊滅的被害をうける。政府自民党にその覚悟があるのか。米国は盛んに台湾有事を煽っているが、実際には踏み切れないのが実情だ(最近退任したミリー統合参謀本部議長は「台湾に差し迫った危険はない」と議会で証言していた)。
 
 米国は12の空母打撃群(1つの打撃群に60〜80機の戦闘機、爆撃機を搭載する空母一隻、ミサイル装備の巡洋艦2〜3、駆逐艦3〜4、攻撃型原子力潜水艦2、補給艦2)を持つ世界最大の海軍国で、世界の海を我が物顔で支配しており(横須賀は第7艦隊の基地で、原子力空母ロナルド・レーガンの母港)、長い間中露は手も足も出なかったが、最近、少し雲行が変わってきた。昨年9月に中露の軍艦7隻が初めてアラスカ沖の米国領海近くを航行し、米国を驚かしたが、今年8月には11隻の中露連合艦隊が同じコースを航行し、米国へのデモンストレーションを行っている(田中宇)。海の米国覇権も綻びが出てきた。
 
 かつては米国の独壇場だった科学技術や宇宙開発でも中国の躍進が続いている。自然科学の重要論文数、大学や研究機関の研究力、国際特許申請件数等でもトップはすべて中国に占められており、宇宙開発でも急速に追いつかれている。最近のオーストラリアのシンクタンクASPIの発表によると、防衛や宇宙、バイオテクなど重要な先端技術44分野のうち8割を占める37分野で中国が米欧を「圧倒的にリード」しており、米国がトップを占めたのは量子コンピューター、小型衛星、ワクチンの3分野だけだった(スプートニク)。
 
 国際社会における米国の退潮により「西側」の比重は低下している。G7は1986年の発足当時は世界GDPの70%を占め、世界経済を左右する力を持っていたが、最近ではPPP(購買力平価)ベースの世界GDPの30%近くまで縮小し、新興国グループBRICSを下回っている(52兆ドル対50兆ドル。表1参照)。
 
 (3) 米国世界覇権の崩壊と共に西洋の世界支配も終わる
 以上で見たような米国一極支配の崩壊、先進国G7の弱体化、総じて「西側」の衰退は大きな意味を持つ。英国元首相ブレアは「欧米による世界支配の時代は終わりつつあることを認めなければならない」(スプートニク、22.7.18 )と言い、スイスの有力紙「新チューリッヒ新聞」(NZZ)も「西側諸国は欧州中心主義の歴史観から離れる必要がある。21世紀の世界は政治的経済的だけでなく、文化的にも多様化していくことを認めるべきだ」(中国網4.16)と書いている。
 
 いずれも世界が今大きな構造転換期にあることを示しているが、もう一つの表れが米国衰退に伴いグローバルサウスの米国離れが始まっていることだ。先に見たように、シンガポールのチャン・ヘンシーは「南の国々は米欧にも中露にも与しない第3の領域に属することを望んでいる」と言ったが、国連におけるロシア非難決議に棄権した多くの国々、また米国主導の対ロシア制裁に参加しない国々の大半を占めたのはグローバルサウスの国々であり、棄権、不参加は米国主導の対露糾弾に従わなかったことで、客観的にはロシア寄りの立場を取ったことになる。
 
 南アフリカの政治学者ウイリアム・グメデは言う。「アフリカの国々は西側によって植民地支配された。そのため、西側がある国と対立していれば、その相手方の方が被害者であるとみなして支援しなければならないと考える。西側の相手側であるロシアを支持しなければならないと考えている」(「ウクライナ侵攻とグローバル・サウス 」別府正一郎 集英社新書169ページ)
 
 昨年エリザベス女王が危篤状態にあったとき、米国有名大学の黒人の女性準教授は「強盗、強姦、大量虐殺帝国の君主が今死にかけている。彼女の痛みが耐え難いものになりますように」とツイートし、大反響を呼び、結局削除されたが、植民地にルーツを持つ人々の思いを代弁したものと共感を呼んだ。それほど英国や西洋列強の植民地支配は苛烈なものだったのだ(スプートニク22.9.11)
 
 アフリカ民族会議(ANC)青年同盟議長グレガニ・スコサナも言う。「フランス、ポルトガル、イギリスなどアフリカを植民地化した国々は、それについて謝罪すらしていない。そのような国に指図される覚えは無い。今でもアフリカに来て天然資源を好きなように持っていくが、アフリカからの移民は拒否している。それならアフリカ大陸から出て行ってもらいたい」 (前掲書165ページ) 。
 
 グローバルサウスの貴重な声を綴った本の著者、別府正一郎は著書の最終章で「我々は今、歴史の転換点の大きなうねりにいるのかもしれない。500年に及んだ西洋による支配が終わりを告げつつあり、目の前には多極化する新しい世界が出現している」(前掲書、207ページ)と書いているが同感だ。
 
 2.BRICS台頭、拡大の歴史的意義は大きい
 
 (1)世界的構造変化を起動し、駆動している中国
 以上で見たように、今世界は米国一極支配の崩壊、西洋中心の世界の行き詰まり、グローバルサウスの台頭など、いくつもの世界史的変動が重なり合って進行しているが、これらの巨大な変動を起動し、駆動しているのは200年ぶりの中国の復活である。
 
 100年余りの植民地支配の軛を断ち切り、世界最貧国の1つだった中国が中華人民共和国を建国して以来74年、今や米国と並ぶ世界の大国の一つになっている。この中国の驚異的躍進がアジアを変え、世界を変え、国際関係を変えつつある。今世界の大きな注目を集めているBRICSの中核も中国である。ゴールドマン・サックスのジム・オニールが2001年の投資家向けレポートで成長著しいブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字をとってBRICと名付けたのがこの言葉の始まりだが、2009年に初めての首脳会議が開かれ、正式に発足、翌年、南アフリカが参加して、今のBRICSになった。
 
 BRICSは年々国際社会における存在感を高めているが、最大の要因は、政治、経済、外交面における中国の国際的役割、影響力の拡大である。西側は中印の対立、不和を大仰に言うが、中国、インド、ブラジル、南アフリカとも欧米による植民地支配や内政干渉を受けており、その過酷で屈辱的体験を共有しているだけに、連携は簡単に断ち切れるものではない。
 
 9月16日、100カ国以上の参加を得てキューバで開かれた国連の「G77+中国」の首脳会議は、共同声明で「新興国にとって不公平な国際経済秩序がもたらす課題」に共同で取り組むことを明らかにし、中国との接近が注目された。中国は習近平主席に代わる特別代表として李希政治局常務委員を派遣したが、李希はこの会合で「中国はグローバルサウスの一員としてG77の国々と連携し、南南協力の新たな章を開く」とアピールし、グローバルサウスとの連携を強調した。この会議は年々参加者を増やし、現在は途上国の8割以上を占める130カ国が参加している。グローバルサウスの集まりとして次第に重みを増してきた。
 
 (2) 拡大BRICSがG7を超え世界の多数派になった
 表1で見るようにBRICSはすでに人口で33億人、世界人口の41.5%、面積の27.5%、GDP(為替レート)で29.4%を占めている。PPP(購買力平価ベース)では52兆ドル(世界の31.8%)で、G7の49兆ドル(同29.9%)を上回っている。ちなみにG7は人口で7.8億人(9.8%)、面積で14.5%である。去る8月の首脳会議で習近平中国主席の提案で新たにアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)の正式参加が決まったので、BRICSはさらに一回り大きくなる(BRICSプラス)が、加盟申請中が20カ国、加盟希望国が20カ国近くあるので、さらに大きく拡大する可能性があり、グローバルサウスの大きな結集軸になりつつある。(今度の6カ国のGDPは7.8兆ドル、人口は3億2000万、面積は1000万平方キロであり、G7との差はいっそう大きくなる(PPPベースのGDPは60兆ドル対49兆ドルになり、世界の35%を超える)。プーチンが首脳会議のオンライン演説で述べたように「BRICSは世界で多数派になり、国際舞台で確固たる地位を確立した」ことは間違いない。
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 (3) BRICSの台頭がグローバルサウスの台頭を促した 
 では、なぜBRICSが新興国、途上国=グローバルサウスにこれほど人気があるのか。名付け親のジム・オニールはBRICSには共通理念もなくバラバラで、何の成果も出してないとけなしているが、そんな事はない。長い間米欧の植民地支配を受け、戦後もドル支配で苦しめられてきたグローバルサウスは、米国やドルに頼らないで済むBRICS の出現は大歓迎だ。すでに1000億ドルの資金をプールして新開発銀行を創設し、インフラ整備などに320億ドルを融資し、貿易額も5年で4220億ドルに達している。また、注目すべきは米国世界覇権の土台である世界経済のドル支配を崩し始めたことだ。BRICSはそれぞれの自国通貨で貿易決済を拡大させることで、すでに脱ドル化を進めているが、他方、米国主導のSWIFT(国際銀行間通信協会)からの脱却に踏み出しており、ドル以外での貿易額が年々増え、世界の準備通貨に占めるドルの割合は20年以降55%から47%に急落している。
 
 すでにロシア、中国、インド間の貿易決済は70%から80%がルーブル、ルピー、人民元が使われている(ラブロフ外相)。サウジ、ロシア、UAE、イランをはじめBRICS加盟国にはメジャーの産油国が多いので石油取引がドル離れを起こすと、これまたドル支配を大きく揺さぶることになる。ブラジルのルーラ大統領はCELAC(ラテンアメリカ、カリブ海諸国共同体)に対して、自国通貨による取引を提唱している。またグローバルサウスから要望の強いBRICS共通通貨の創設についても検討を始めている。
 
 去る9月、インドで開かれたG20の会議でもグローバルサウスが大きな存在感を示した。モディ首相の提案で次回からアフリカ連合(AU)が正式参加することになったが「これでG20は強くなり、グローバルサウスの声も強くなる」と述べた(朝日9.12)。米欧からの自立を強めるBRICS の台頭がグローバルサウスの台頭を促し、励ましている。
 
 3.BRICSが目指す新しい世界秩序
 
 (1) 大国は残るが一強はなくなる
 8月末、南アフリカのヨハネスブルグで開かれたBRICSの首脳会議を、第2次世界大戦末期に戦後処理を話し合った連合国のヤルタ会議に例える意見がある(田中宇)。確かに今は世界史の大きな境目にある。米国一極 支配の崩壊、米中対決における米国の劣勢、ウクライナ紛争における米国NATO側の劣勢、BRICS 台頭に対するG7の劣勢―総じて西側に対する東・南側(中露+BRICS+グローバルサウス)の優勢が確かになりつつある。
 
 ヤルタ会談は、ドイツ、日本のファシズムや軍国主義に対する連合国側の勝利がほぼ確定した1945年2月、ヤルタにルーズベルト、チャーチル、スターリン(蒋介石は欠席)が集まり、戦後処理を話し合い、国連の創設、ドイツの分割占領、ソ連の対日参戦などを決めた。BRICS首脳会議も、米国の世界覇権崩壊後の世界、特にドル体制崩壊後の世界経済などを話し合った可能性はあるが、詳細はわからない。ただこれまで様々な機会にリーダーたちが述べてきたことを見ると BRICSが目指している新しい世界秩序の輪郭が見えてくる。いずれにせよ、今後の世界を考える上で拡大BRICSの動向が極めて重要である事は間違いない。
 
 最近ハンガリーのオルバン首相が次のように述べた。「覇権国の座が米国から中国に移ろうとしている。数十年に一度の壮大な覇権移動が始まっている。西欧諸国は、対露敵視の間違った政策のせいで弱体化し、経済大国の座から脱落しつつある…米国は欧州を(ウクライナ紛争に巻き込んで)自滅の道に追い込んでいる」(田中宇、国際ニュース解説7.24)。
 
 オルバン首相の言うように、米国の世界覇権が崩壊し、西欧が弱体化している事は間違いないが、中国が米国に替わって覇権国になることはない。これまで反中国派の中国批判の重点は中国崩壊論だったが、中国がいつまでも崩壊しないので、最近は「人権も民主主義もない独裁国の中国が覇権国になるような世界はまっぴらだ」と言う中国嫌悪論が多くなってきた。しかし、米国の世界覇権を批判し、対抗してきた中国が新たな覇権国になることはない。中国は習近平国家主席始め、繰り返し「強国必覇」を否定しているし、日中平和友好条約を見てもいかなる国の覇権も認めないと明記している。
 
 覇権喪失後も米国は大国の1つとして残る。他に中国、インド、ロシアも大国として残るが、いずれも覇権国、一強にはならないし、なれない。覇権国を許すような世界ではなくなっていく。また、大国並みの力と影響力を持つ地域組織― 欧州連合(EU)、アフリカ連合(AU)、アラブ連盟(LAS)、ラテンアメリカ、カリブ海諸国共同体(CELAC)、東南アジア諸国連合(ASEAN)、上海協力機構(SCO)などが重要な組織になる。それぞれの地域組織の中で、イギリス、フランス、ドイツ、サウジアラビア、イラン、エジプト、トルコ、ブラジル、インドネシア、カザフスタンなどが準大国の力を持つようになる。世界は文字通り多極型になる。
 
 (2)世界の運営は改革された国連が担う 
 中国は米国主導の今の国際秩序を壊そうとしていると言われているが、中国は蒋介石の中華民国も入っていた連合国が作った国連システムを尊重しており、これを壊す考えはない。中国は今の国際秩序の中で台頭できたので恩恵を感じている。ただし、1945年創立以来80年近く経ち、米国が際立って強大だった時代は終わり、新興国、途上国が台頭しているので、新しい情勢に対応して様々な改革が必要だと主張している。中国の言うグローバルガバナンスの改革である。
 
 改革の最大の目標は、米欧先進国に偏っている国連運営の主導権を公平、公正なものに改め、台頭している新興国、途上国=グローバルサウスの発言権、決定権を拡大、強化することである。正に多極共存の世界の実現である。国連システムは馴染みのあるIMF、WHO、ILO、UNESCO、UNICEFなどだけでなく、複雑、膨大な組織、機関で構成されており、これらの改革は一朝一夕で出来るものではないが、必ずやり遂げなければグローバルサウスの不満は消えない。また国連システムの中核である安保理、その常任理事国の在り方も改革が必要だ。多極共存型世界を代表する安保理にするためには、新興国、途上国の参加が不可欠になり、拡大強化が必要になる。また、拒否権制度も見直され、案件の性質によって採決要件が見直されるだろう。国連総会の重要性が一層高まるだろう。
 
 (3)新たな世界連帯の目標は「人類運命共同体」
 日本がJapan as No.1と騒がれていた頃、インド系米国人ザカリアはこう言っていた。「日本は経済大国だが、世界に対するビジョンや構想が無い。こんな国が世界のリーダーにはなれない」と言い、中国も世界ビジョンがないから覇権国にはなれないと批判していた(「中国は21世紀の覇者になるか」早川書房 2011)。私もこの点は同じ考えで、中国の台頭が世界に不安を与えているので、中国は世界をどうしようとしてるのか、ビジョンを示すべきだと考えていた。それから間もなく2013年に習近平主席が一帯一路とか、人類運命共同体といった考え方を提唱したとき、私は「これだ」と思って感銘を受けた記憶がある。
 
 人類運命共同体構想は、2013年モスクワの国際関係大学の講演で習近平主席が「世界は人類運命共同体の建設に向けて進むべきだ」と提案したことに始まっているが、その後もスイスの国連欧州本部やダボスの世界経済フォーラムでもこの構想を繰り返し提唱し、多くの反響と賛同を広めてきた。
 
 構想の提唱以来10年目の今年、中国国務院は「手を携えて人類運命共同体を構築しよう」と題する白書を公表し、次のように述べている。「過去10年間で、人類運命共同体構築と言う理念は絶えず豊かになり、発展し、実践は着実に進み、その理念は日増しに人々の心に深く浸透している・・これは人類の発展方向に対する中国の見解を反映しており、各国の団結と協力を促進し、人類の素晴らしい未来を創造する上で重要な意義を持っているとの認識で一致している」。
 
 2017年の国連欧州本部での講演の後、グテーレス国連事務総長はこれを高く評価し、今後の国連活動に取り入れていきたいと評価したが、BRICSやグローバルサウスの台頭で大きく改革されるであろう国連の新しい活動目標に、この人類運命共同体構想が大きく生かされているいくことは間違いないだろう。
 
 今年10周年を迎え、第3回国際会議(北京、4000人参加)が開かれた「一帯一路」についても高い評価がある。「600年に亘る植民地主義、奴隷貿易、Gサウスへの搾取、抑圧は戦後の独立後も続いてきたが、今や終わりを迎えようとしている。(一帯一路により)Gサウスは初めて貧困と後進性を克服するチャンスを得た」(独シラー研究所ラルーシュ所長、スプートニク10.18)。
 
 4.岐路に立つ日本の対米、対中政策
 
 (1) 日米世界の少数派だ
 以上で見たように世界は今大きく変わりつつある。しかし、このような見方は日本ではごく少数だ。大多数はこれと反対で、今でも超大国米国が世界を動かしており、米国の傘に入っていれば万事安泰だと思い、米国の安全を脅かす中国、ロシア、北朝鮮は悪い国で、米国と一緒に対抗していくべきだし、軍備の増強もやむを得ないと考えている。
 
 しかし、こんな考え方が通用するのは、15対85の15の世界、いわゆる「西側」だけだ。日本の近隣諸国を見ても日本と同じ考えの国はせいぜい韓国だけ。しかし韓国は中国との関係に神経を使っており、日本と同じではない。最近中国杭州で開かれたアジア競技大会の開会式にも首相を派遣し、習近平主席と会談しているのに、日本は政府代表を送っていない。中国、ロシア、北朝鮮はもとよりASEANの大半の国も日本のように米国一辺倒ではない。
 
 日本を取り巻く世界情勢、身近なアジア情勢を見ても、ひと昔前と比べ全く様変わりしている。一橋大学の野口教授が言うように、日本と中国の経済力は今でも1対5位だが、20年後には1対10以上に開く。中国脅威論で防衛費をGDP 2%にすると政府は言っているが、ナンセンスだと言う(「2040年の日本」幻冬舎)。にもかかわらず、日本は政治も外交も経済も全て米国一辺倒で昔と変わらない。これでは日本の未来は衰退、没落しかない。
 
 (2) 日本は外交不在
 特に世界の構造変動の主役で、BRICSのリーダーでもある中国との関係をどうするかが決定的に重要だ。米国は米中対決の真只中なのに国務長官、財務長官、商務長官ら閣僚級、10月初めにはシューマー民主党院内総務を団長とする議員団が訪中して習近平主席と会見している。さらにテスラのイーロン・マスク、ゴールドマン・サックスCEOなど財界首脳も相次いで中国を訪問し、多様なレベルで対話を続けている。9月には王毅外相兼政治局員とサリバン大統領安全保障担当補佐官が地中海のマルタ島で2日間で12時間も話し合っているし、ブリンケンと韓正中国副首相もG20総会の場で6時間も話し合っている。10月28日には訪米した王毅外相とバイデン大統領が会談し、米国が強く希望している米中首脳会談について最終調整をした模様だ(11月15日に確定した)。これが外交だ。
 
 これに対して日本はどうか。米中の頻繁、濃密な交流に押されて、ようやく安全保障局長が王毅外相と会談したが米国の後追いで立ち遅れがひどい。それどころか、敵基地攻撃論、防衛費倍増、南西諸島の要塞化、福島汚染水の海洋放出など中国が嫌がることばかりやっている。汚染水の問題では中国が言うように周辺国と事前に話し合い、岸田首相が習近平と会談する必要があった。米国にはすぐ飛んでいくのに、中国に対しては聞く耳を持たない態度だ。中国は汚染水を外交カードにしているとか非科学的だと悪口ばかり言っていては中国が怒るのも無理はない。日本は対中外交不在の状態だ。
 
 (3) 梯子を外されるか、自ら降りて中国と向き合うか
 1番大切な中国に1番失礼なことをやっている。これら全てが米国の覚えをめでたくしたいからだ。岸田は今回の人事でも親中派で米国から嫌われていた林外相を外し、米国との連絡役として気に入られていたスキャンダル渦中の木原誠二を引き続き要職につけたり、反中強硬派の木原稔を防衛相に据えたのも中国を刺激している。
 
 いまASEANのなかでアメリカとの関係が一番緊密なフィリピンはどうか。マルコス大統領は「フィリピンにある米軍基地は勝手に使わせない。フィリピンの国防に関係あるときにのみ使用を認める」と明言しているし、ルソン島最北部のカガヤン州知事は「われわれは福建省と友好関係にあり、毎年30万の観光客が来てくれる。これからも中国との友好関係は続けていく」と断言している。同じ親米国でも、万事米国言いなりの日本とは大きな違いだ。 
 
 最近のブリンケン国務長官の発言を見ると、BRICSの台頭などを受けて米国の単独覇権が失われたことを認めたようにも見える(田中宇、世界ニュース解説9.16)。BRICSやグローバルサウスの予想外の台頭もあり、中国との関係修復に乗り出す可能性もある。そうなると対中強硬の米国が突如いなくなり、対中敵視一本槍の日本が梯子を外される可能性がある。梯子を外されて転落するか、梯子から自ら降りてしっかりと中国と向き合うか、今大きな決断を迫られている。
 
 今後の日中関係については2つの可能性がある。1つは米国の圧力に抵抗して日本と中国の関係は米中とは違う、一衣帯水の隣国で2000年来の交流の歴史があり、日本文化のルーツも中国であり、経済的にも切っても切れない関係なので、中国との関係は日本に任せてほしいと米国に認めさせることだ。米国は簡単には認めないだろうが、国の将来を決する課題なので、国民が結束して政府の努力を支え、圧力をかけ続ける、つまり民を以て官を促し続けてていくことだ。
 
 もう一つは、米国一極支配が崩れ、中国と争うより協調、共存して行く以外にないと多極共存の世界を容認するなど米国が世界認識を変え、中国と和解することであり、日本は梯子を外されるが、結果として日中関係も改善されることだ。
 
 民を以て官(政府)を促す(動かす)場合、地方自治体の果たす役割は大きい。昔は長洲知事時代の神奈川県の民際外交が有名だったが、今は沖縄県の地域外交が注目されている。玉城知事は国連人権委員会に出席して米軍基地の人権侵害を訴えたり、台湾の対岸福建省との友好関係を深めることで台湾有事の煽動に対抗し、沖縄を東アジアの平和のハブにする活動を強めており、今後の動向が注目されている。

 (10月19日神奈川県日中友好協会経済文化交流部会での講演に加筆。11月12日)
                   アジアサインスパーク協会名誉会長

(2023.11.20)
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