【コラム】あなたの近くの外国人(裏話)(74)
IT家族の教育
坪野 和子
インターネットで信用できない情報が溢れて久しい。また個人発信も書籍も間に人を入れずとも外に出せて編集者などの目や手が入っていないほうが多くなっている。そして知識がなくてもAIに手伝わせば、安易に発表できたり発案したりすることができる。そうなると、やはりアナログのほうが信用できる。人力でやったほうがいいものと、機械に任せたほうがいいもののその使い分けがインドはうまいと思う。人口が多く、若いので、人手不足の日本とは事情が異なるとはいえ、日本でコールセンターに電話しようとしてAIチャットだったり、電話が繋がらなかったりということは少ない。
もともとインドのコールセンターはアメリカの裏側で夜間対応でき、英語ができることから始まった。2000年代前後くらいからなので、すでに25年くらい経っている。とても手慣れている。アメリカ相手だけではなく、国内でも丁寧な対応だし、世界を相手にするような場合、多言語で対応できるスタッフもいる。そして時差を活かしたITへ繋がった。もちろん、これは教育の高さが背景にあってのことだ。特に大学や高専。ガンジーによって、低カースト層や少数民族の入学優先枠を作った。逆差別だと富裕層・中間層は怒っていたが、国外英語圏に進学するなどの方策を取った。その結果が現在に至り、猛烈な受験競争を経て大学に入学し、卒業後、世界の名だたるITおよび大企業で働いている。
…とここまでは私よりも、詳しいかたも多いと思うので、ここからは、私の大人学習者とそのお子さん、子どもクラスの様子からインド(ネパール)のITエンジニアの教育事情を述べよう。
1.大人たちの教育経緯
彼ら彼女ら、大抵は私立一貫校で、英語ベースですべての授業が行われていた。公立学校は母語ベースである。ここですでに教育格差がうまれている。また私立は机・椅子、公立は地べたに座って授業を行っている。私立では英語ベースと母語授業、プラスで公用語ヒンディ語(非母語)も学習するが週に数回だけで、タミル語など母語に誇りがある地域ではヒンディ語をあまり重視していない。「ヒンディ語、全然できません、Senseiのほうができますよ」と笑って答える。難しいコンピュータ言語ができるのに。わざと真面目に勉強しなかったのかもしれない。またヒンディ語母語だと古文としてサンスクリット語を学習している。南だと母語に近い言葉が多いためか、サンスクリット語は必死に暗記するほどではなさそうだ。インド教育、暗記を放棄していない。
数か月前、IT weekの展示会で来日したヒンディ語話者とサンスクリット語のRaj(王)の活用変化を一緒にお経みたいに唱えた。これはかけ算九九みたいなものだ。そうだ!日本では「インド人はかけ算九九を20の段まで覚えている」というのがステレオタイプに流れている。実態はと言えば、ITでなく文系は大抵12の段、14の段、17の段でギブアップしている。ITでも17の段でギブアップもいれば、20の段どころか、24の段…27の段が私のクラスの大人の普通だ。しかも暗記の仕方は歌のように唱えるのではないと言いつつ、マントラのように無心になって覚えているのだ。つまり、宗教で何かを唱えるように、邪念を払っているのと同じ状態で学習している。脳をリラックスさせて暗記をする習慣がついているのだ。暗記をベースに、「質問する」「自分の考えを主張する」「考察を前面にだす」といった、日本では指導でなんとかしようとしていることを学習者自ら発信しているのだ。ディスカッションも自然に始まる。私を置いてきぼりにして「これは『は』でしょうか」「いや『が』だ」など日本語だけではなく、英語やヒンディ語も混ぜて自由に話す。学習者のディスカッションが終わるまで待つ。実は両方が不正解だということも。
インドは先生、恐い。ある企業研修で私は優しすぎるとクライアントさんに言われたことがある。もっと厳しくしてほしいと。日本の学校教育でモンスターペアレントの時代に教員を経験したら、厳しいって無理。さらにその前の「荒れる学校」時代で中学教員を経験したので無理。私は年齢関係なく「優しい先生」しかできない
そうしたら、何と!仲介してくださった人材派遣会社の社長が「成功」「勝利」と日本語上達に対する目的意識を言い出した。ひとりは怒って出て行った。
しかし、だんだんペースが出来てきて、学習者の希望もわかってきたら、どうなってきたのかというと、まず覚えることは覚えて、使うシーンを想定し、どう話すか考える、すると私を置いてきぼりにして討論を始める。そして、ひとしきり話し合が終わると教授者(私)が結論と評価を出す。これは、インドだけでなく、欧米諸国の大学・大学院の授業そのもの、以前ハーバード大学の授業がテレビ番組として放映されていた時期があったが、それととてもよく似ている。教授者が学習課題となる知識を提示し、トレーニングをさせる。そして討論、結論と評価を話す。
さて、こういった教育を受けてきた彼ら彼女らは文武両道・芸術肌だ。テストの成績がよくメダルを貰ったことがある。スポーツもよくできて、男性はクリケット、女性はバドミントンを楽しんでいたり、就職した後スポーツ・ジムに通ったり、ジョギングをしたりと、日本時間始業でインド時間終業の人たちは普通に時差で3時間半残業しているのと同じことだが、ジムは週2回、ジョギングは日課にしている。ただし、サーバー復旧作業などやコード組みなおしといった緊急の仕事で徹夜の後だと寝ていますよと言われる。そういう日は可能であれば予約時間より後でクラスを始めている。趣味の多くは絵を描くことだ。芸術鑑賞も好きだ。インドではお祭りでいつでも音楽・踊りに触れられる(最近イベントが多い日本もそうなってきたが)
大学受験はどうなっているのかというと、かなり個人差・家庭差・地域差があるように感じる。ほとんど日本と変わらない。違いは一貫校で幼稚園から上がるのだが、いわゆる特訓塾でダブルスクール10年生終了後、2年の予備校的な高校へ行く、家族家庭教師をつける(母親や親類)田舎なので塾に行けないので学校内で特訓を受ける、(優秀なので)自分で勉強できたなど。
では、日本語はどうやって覚えたかというとこれもまた様々だ。大学の副専攻で日本語を取っていた、大学の外国語コースで日本語を選択した、現地企業研修でN4(初級後半)までのレベルを始業前に授業を受けていた、日本に転勤が決まったので塾に行った。他にYOUTUBEを利用し、テキストを知り合いから貰って独学で日本語能力試験N3(初中級)に合格した等が現地学習だ。
しかし、日本語まったくゼロで日本に来てから勉強したという人もいる。会社の公用語が英語だと日本語の能力は問われないで転勤してくるからだ。ところが、日本に興味を持ったり日本の会社に転職を考えたり、出向や出張で不便を感じたりといった理由で勉強したいと思うようだ。意外にも地域のボランティア教室には行かない。仕事で時間が合わない、素人に習いたくない(実は有資格者も多いのだが)会場費・教材費など完全無償ではないので普通のクラスがいいなどが理由である。私のゼロスタート生徒さんは東京ベイインターナショナルスクールでインターネット広告を出していただき、それを見て個人レッスンでスタートした。英語しか話せなかったが(母語タミル)その後日本語能力試験N4合格したら会社から報奨金が出たのだ。外資でも教育給付金制度があるのだろうか。
また夫の転勤で呼ばれた奥さんたちは買い物や生活のために勉強を始め、夫の日本語力を追い越すということもよくある。奥さんたちも工学部出身だったりするので勉強は得意だし楽しいようだ。或いは下の子どもが学校に入ったのでパートに出たいので履歴書に日本語能力試験N5合格と書きたいので勉強を始める人もいる。最初は日本語学校の在留者向けコースであることが多い。
では、お子さんたちの教育はどうなっているのだろうか?
2.→この親にしてこの子あり The apple doesn't fall far from the tree.
今まで私のオンライン授業は日本語能力試験対策ばかりだった。現在はビジネス日本語と子どもクラスがメインになった。大人のクラスが順調に試験合格した結果ともうひとつの理由によるものだ。日本在留の子どもたちはインターナショナルスクールに通っている。インド現地の場合もインターナショナルスクールである。英語教育を最重視した結果である。
◆大人学習者の子ども教育
「Sensei、今週のクラス休みます。子どもが試験なので」専業主婦の学習者から時々こういう連絡がくる。試験勉強をみているのだ。家事のひとつでもあるようだ。「さしすせそ」を裁縫・躾け・炊事・洗濯・掃除と中級レベルには教えて、どれが大切かとか一日にどの順番でやるかなど語彙と会話の練習をすることがある。「子どもの教育が全てに大事」「優先しているのですね」という感じだ。彼女たちは「まず子どものことです」と言う。またある男性学習者が大阪に転勤してインターナショナルスクールから日本の幼稚園に入れたら日本語がうまくなったし、日本の子どもとも仲良くなった、アンパンマンも好きになった。ところが英語を忘れてしまった。彼は慌てて東京の転勤を部長に申し出た。インターナショナルスクールに戻って英語の勉強をさせなければと。運のいいことに東京で彼の技術が必要なプロジェクトが出てきた。教育のための転勤・転居だ。孟母三遷の教え、いや孟父二遷。引っ越し先は前に住んでいた団地ではなくインターナショナルスクール幼稚園の近くの団地にしたそうだ。下のお子さんが赤ちゃんなので奥さまの送り迎えを考えてのことだろうとわかる。とにかく教育熱心だ。子どもたちは、優秀な両親を持ち、祖父母はその親たちを育てたのだから常に尊敬の念を持っている。これは私のクラスの子どもたちも同じである。
◆KIDSクラス
私は現在、7人の小学生年齢の生徒を持っている。こどもたちは全員インターナショナルスクールに通っている。さらに水泳、スポーツ、武道など習い事にも行っている。時間帯でクラス分けせざるを得ない。A組は第二外国語で日本語を取っている。夏休み前の試験でA+だったとよろこんで見せてくれた。この子たちはすでに漢字を150教えていて、学校のカタカナのレベルより学習がすすんでいるから当然だが。褒めてあげた。タミル語話者だが同級生にヒンディ語話者が多いらしく、時々ヒンディ語も少しだけ出て来る。B組は日本の幼稚園に行っているのでいくつか言葉を覚えている。C組は呼び寄せられて来日3ヵ月の時ゼロスタートだ。テキストが終わったら10-15分ポケモンが大好きなので英語と日本語の名前を対照してカタカナも覚えさせている。D組は双子ちゃんだ。じゃんけんさせると「あいこ」ばかりなので同時に読ませたり答えを言わせたりしている。オンライン授業は2人一緒のパソコンではなく、父親の部屋・母親の部屋で別々にしてくださっている。これは私が申し出たことではなく、両親の判断だ。公文で日本語の勉強をさせていたそうで、女の子ふたりは発達が早いため中等教育留学生向けの教材を使っている。ソックタッチなどおねえさんグッズに興味津々だ。E組はもっとも消極的であまり意思を持たない。インド人ではないからなのか?ただ覚えは早く教えたことは覚えている。教え込み授業は得意ではないが教え込んだことは忘れない。
この子どもたちがどう成長するのか楽しみだ。大人のクラスでは実施していない簡単な通訳練習も実施している。
では、なぜこのように私が子どもクラスを持つことになったのか?それは冒頭に述べたコミュニケーションのありかたに関連する。以前教えていた研究医の学習者(女性)が震源地である。ある日インターナショナルスクールの送り迎えでいつものように井戸端会議していた。お母さまたちの1人が「ウチの子、日本語能力試験を受けさせたい」と彼女に言った。「あ、それならオンライン授業で日本人のSensei知っているわ。私も前に習ったことがあるんだけど仕事が忙しくてやめたの」そして突然「Sさんの紹介があって電話をした」とパパから日本語で。「妻が子どもに日本語のいいSenseiがいると聞いて電話しました」と。数日後、トライアル授業をしたら子どもたちは楽しく勉強できたと言った。授業が始まることになった。その数か月後、古い言葉が「友達の輪」だ。「〇〇ちゃんのお母さんから聞きました」と伝言ゲームのようにレッスンの申し込みがきて一気に生徒が増えた。リアルに対面でのクチコミが最も信憑性が高いということなのか。もちろん、対面でのクチコミには信頼関係があっての上だ。さらに私との子ども・保護者の信頼関係が構築できていなければならない。在留インド人たちは家族ぐるみの付き合いも多く、家族のだれかの誕生日パーティーに呼び合ったり、数家族一緒に旅行に行ったり、子どもたち同士で遊ばせるだけではないのだ。昭和の日本は子どものお誕生日会を家で開いて子どもたちだけ呼んでいたが、インド人は大人も子どもも一緒になって時間を過ごしている。一時帰国したら祖父母、曾祖父母の家に行き、広い年代を知る。家庭教育で自然と社会性を学んでいる。
(2024.7.20)
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