―公害病患者の苦しみに日本も中国もない―

公害大陸・中国                      濱田 幸生

―公害病患者の苦しみに日本も中国もない―

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■公害研究創始者、宇井純先生の「予言」

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 今から35年以上前になりますが、私は宇井純先生の「公害原論」の自主講座に
参加していたことかあります。
 今にして思えば、この後に沖縄で住民運動に関わり、有機農業へ飛び込むきっ
かけを与えていただいたのが、宇井先生でした。

 まだ40歳になったばかりの宇井先生は、当時ようやく研究の端緒についたばか
りの「公害」、今の言葉でいえば環境問題を専門とする日本で最初の研究者でし
た。

 いまでこそ環境問題は金になるようですが、当時は異端の学問でした。いや不
遇なんてものじゃなく、従来の学問に楯突く奴と見なされて「永久助手」のまま
でした。
 ことに先生は助手時代に実名で新潟水俣病を告発したために、後に国連環境計
画から「グローバル500賞」を授与されるほどの業績を上げているにもかかわら
ず、東大でやらされているのは教授の実験の手伝いだったようです。

 このあたりは、今でも助教(助手)のままで自転車で通い、電気のない家に住
む小出裕章氏によく似ています。
 ただし、小出氏のように時代の上昇気流に押し上げられることなく、74歳でお
亡くなりになるまで世間的にはほとんど知られていない存在だったかもしれませ
ん。

 先生は、日本ゼオンの技術者として勤務していた時に、塩化ビニール工場の製
造工程で使用した水銀の廃棄に疑問をもち、水俣病に関わるようになっていきま
す。
 そして一貫して公害患者の立場に身を置き、新潟水俣病では手弁当で弁護人補
佐を努めて、水俣病の解明と患者救済のために尽くしました。

 さて宇井先生が、招かれて中国を訪問した直後に私たち自主ゼミのメンバーに
言った言葉を今でも忘れられません。
 先生は重慶を中心に視察したのですが、その有り様をこうおっしゃっていまし
た。

 「君たち、中国で今後、膨大な数の水俣病が生まれるかもしれない。いや、も
う多数の患者がいるはずだ。ありとあらゆる化学廃液が野放図に川に捨てられて
いる。有機水銀、カドミウム、六価クロム、鉛・・・。
 市当局に忠告したが、まったく聞いてもらえなかった。今、中国は公害を止め
ないと大変なことになる。」

 この先生の35年前の「予言」は、先生の想像をはるかに越える形で現実のもの
になりつつあります。

 北京での都市機能が麻痺するほどのPM2.5汚染の凄まじさによって、中国の
環境汚染が行くところまで行き着いてしまっている現状が、やっと我が国にも知
られてきました。
 当然のことですが、都市部の汚染が発覚する時は、農村部は既に汚染で覆い尽
くされています。

 環境汚染は、まず農村部や沿岸部で最初に現れます。
 それは都市部の食料供給基地である農業や漁業が、工場の廃液が大量に流れ込
んだ水質汚染の最初の被害者だからです。

 我が国でも、1950年代後半から始まったチッソ水俣工場からの有機水銀(メチ
ル水銀)廃液による水俣病、60年代初頭の新潟水俣病、岐阜県三井金属工業の神
岡鉱山の鉱滓(こうさい)から出たカドミウム汚染によるイタイイタイ病など多
くの公害病は、農漁村部から始まっています。

【環境省環境白書平成18年版】
 http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/hakusyo.php3?kid=225

 熊本県水俣病の場合は、チッソ水俣工場が製造していたアセトアルデヒドの製
造工程に用いた水銀が、工場排水として自然界に流され、それが有機水銀(メチ
ル水銀)となり、生物濃縮を繰り返すなかで、魚介類の体内で高濃度に濃縮され
ました。

 これを食べた多くの人から、感覚障害、運動失調、視野狭窄、聴力障害などが
発症し、重度の場合は脳障害や、死に至るケースも多発しました。
 また母親が妊娠中に水銀汚染の魚介類を食べた場合、胎児水俣病が発症するこ
とがあり、障害をもって生まれた子供が誕生しました。

 熊本水俣病は、1956年頃が発生のピークであるといわれていますが、国が認定
したのは1968年と、遅れること8年後のことでした。
 熊本大学医学部水俣病研究班は、1959年に原因物質を究明してチッソ水俣工場
の水銀廃液であることを突き止めていましたが、この研究は直ちに生かされるこ
とはありませんでした。

 この国の認定の遅れが、次の新潟水俣病を防げなかった原因につながっていき
ます。
 新潟県昭和電工の公害廃液は、阿賀野川を汚染し、1965年頃をピークとして多
数の患者を発生させています。

 政府の認定の遅れが、既に新潟で同様の病気が出ていたにもかかわらずそれを
阻止することができず、悲劇を全国で再生産させ続けてきたのです。
 この我が国の公害病の歴史から学べるものは、公害は初期に国が責任をもって
解決しない限り蔓延し、再現なく連鎖していくものだという苦い教訓です。

 熊本水俣病の場合、河口から水俣湾沿岸部の長島、下島、御所浦、厨子島など
で患者を拡げています。
 また新潟水俣病は、阿賀野川流域から、河口部にかけて患者を拡げています。
 これは多くの工場が排水を容易にするために河川や沿岸部に工場を設置するか
らで、そのために公害病の多くは水系周辺から発生します。

 これで分かることは、公害病は、発生点の工場周辺のみならず、水系をたどっ
て、河川流域、河口、あるいは湖や沿岸まで広く展開していきます。
 したがって、工場周辺のみにとらわれていては実態がわからないので、その地
域の水系や公害物質が残留しやすい地形などを大きくエリアとして見て、その水
質分析、土壌分析、大気分析などをする必要があります。

 次に、公害はダイレクトに生体に障害を与える場合もありますが、その多くは
なにかしらの伝播する媒介をもっています。
 たとえば、水俣病の場合は魚介類でした。水中の食物連鎖により高濃度の汚染
が魚介類の体内に生じます。イタイイタイ病の原因物質はカドミウムは米でした。
 それを食物連鎖最上位の人間が食べることで、濃縮されて高濃度になった重金
属を食べてしまうことになります。

 宇井先生の「予言」から30数年後、中国を訪れた日本の農業関係者は、中国
に流れる七色の川や、どす黒い湖、白い泡で沸き立っている池、シロアリ駆除剤
を撒かれた野菜などを目撃することになります。

 彼らは、この現象の奥でなにが進行しているのか、農民の直感で感じ取ったの
です。これはおれたちが高度成長期に体験した「複合汚染」なんて生易しいもの
じゃないぞ、と。
 あるいは、中国内部から細々と報じられる環境汚染や公害報道から判断して、
中国公害病の現状は、日本の「4大公害病※」を遥かにしのぐと想像されていま
した。

※「4大公害病」 日本の高度成長期の1950年代後半から1970年代にかけて発生
した公害によって発症した公害病のうち、特に被害が甚大なものを称する。
①有機水銀による水質汚染を原因とする「水俣病・熊本」
②「新潟水俣病(第2水俣病)・新潟県」
③亜硫酸ガスによる大気汚染を原因とする「四日市ぜんそく・三重県」
④カドミウムによる水質汚染を原因とする「イタイイタイ病・富山県」
 日本の厚生省によって最初に認定された公害病は1968年5月の「イタイイタイ
病」であった。

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■農業から吹き出す公害

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 中国の国土が「狭い」と言ったら、おかしなことを言うと思われるかもしれま
せん。13億の民、万里の長城、桂林などから日本人が受けるイメージは、ひたす
ら事物博大といった感があります。

 たしかにデータ上では、中国の国土は約960万平方キロ、日本が約37万平方キ
ロですから、ざっと約26倍の面積を誇っています。
 しかし北京から少し出てみましょう。西に重慶、成都に飛び、さらに新疆ウイ
グル自治区に旅すると、中国の「事物博大」の裏側がもう少し見えてきます。

 長江付近の巨大な都市は人を溢れさせんばかりにしていますが、そこからわず
かに奥に入った農村部では傾斜のきつい山肌にへばりつくように生きているのが
分かります。
 そして、そこからさらに奥に進めば、乾燥した強アルカリの土漠がどこまでも
続きます。人はわずかのオアシスの付近で生活を営んでいるにすぎません。

 実は、このような地域が中国の大きな部分を占めています。そこでは牧畜しか
できないので、政府は砂漠化を恐れて定住政策をとっていますが、そのために人
口が集中してかえって都市周辺の砂漠化が進むという皮肉な現象すら起きていま
す。

 中国で、農業に向いている地域は、東北部(旧満州)の吉林省、そして沿岸部
の黒竜江省、江蘇省 、安徽省に集中し、後は山岳部の四川省、陜西省にわずか
に点在するだけです。
 にもかかわらず、人口が13億人(一説14億人とも。政府もわかっていないみ
たい)いますから、狭小な分母の上に、過大な人口を抱えるというのが中国の実
態です。

 これは、農家一戸あたりの平均耕作面積をみれば分かります。日本の農家の平
均は約2ヘクタールですが、中国は約0.67ヘクタールです。
 狭い狭い、だからお前らは国際競争力がないとなにかにつけて言われる日本の
3割強ていどです。ヨーロッパの平均はイタリアなどで約26ヘクタールですから
38倍ですから、較べるべくもありません。
 ちなみに、米国は中国とほぼ同じ約963万平方キロの面積がありますが、作付
け可能面積は国土の2割に当たり、中国の約2倍に達しています。

 中国は斜度25度以上という土地で作る薬草、綿花、麻類栽培などの非食料栽培
も含めて、国土の1割に満たない部分しか耕作可能ではないのです。
 斜度25度とは、日本で言えば山間地農業ですから、そこまで入れて1割となる
と、中国農業の技術的レベルから考えれば、よく喰っているなという気分になり
ます。

 ですから、国民一人当たりに換算すると、耕地面積は米国の10分の1以下とな
ります。つまり、人口は米国の3億人の4.3倍ありながら、米国の10分の1の耕地
しかなく、それで食を支えねばならないわけです。
 世界人口の22%を世界の耕作可能面積のたった7%で養っていることになりま
すが、いくら国民の6割が農民でもそりゃ無理だということで、輸入食糧は激増
の一途を辿っています。

 「今後5~10年で、中国は世界最大の農産物輸入国となる」(中国国務院発展
研究センター)

 既に中国は現在、大豆と綿花に関しては世界最大の輸入国となっていて、シカ
ゴ穀物相場を混乱させるモンスターと化しています。
 このようなアンバランスな条件で、食糧自給などがそもそも無理で、ましてや
日本への農産物輸出など、正気の沙汰とも思えません。
 それもあってか、中国は07年末からは食料輸出の抑制政策をとるようになって
います。

 ところで、私は外国に旅すると、哀しい職業病で、ついそこの国の農地を触っ
てみたくなります。手首まで土に入れてひとつかみ土を握り、手でほぐしてみれ
ばおおよそのことが分かります。
 掴んだ土がにぎり寿司のように軽く握ればまとまり、力を抜くとはらりとほぐ
れればいい土質です。そのような土は有機質や微生物を大量に含み、色も深い褐
色をしています。ほのかな芳香すら漂います

 中国の土は、粘り気がなく、乾燥してバサバサで、まるで砕いたグレイのレン
ガのようでした。芳香などは望むべくもありません。
 率直に言って、私が今まで見た耕作地の中で最悪の部類に属します。こんな土
になるまで放置しておいた農民の気が知れないということすら思いました。たぶ
んただの一度も土作りをしたことがないことだけはたしかです。

 失礼ながら、このひどい土を見て、中国産農産物がなんの味もしない無味乾燥
な理由が分かりました。土の力で作物を作っているのではなく、化学肥料の力だ
けに頼って作っているのです。
 聞けば、中国にはそもそも堆肥を作るという伝統がないそうです。この最悪の
土の上で、過剰な人口を養うことを可能にしたのが、化学肥料と化学農薬の度は
ずれた多投です。

 中国環境科学研究院のGao Jixi生態学研究所長はこう述べています。
 China's agriculture causing environmental deterioration
  http://news.xinhuanet.com/english/2006-07/05/content_4795065.htm

 「化学肥料と農薬の大量使用は厳しい土壌・水・大気汚染をもたらしてきた。
中国農民は毎年、4124万トンの化学肥料を使っており、これは農地1ha当たり
では400kgになる。これは先進国の1ha当たり225kgという安全限界をはる
かに上回る。」
 「中国で大量に使われる化学肥料である窒素肥料は、40%が有効に利用されて
いるにすぎない。ほとんど半分が作物に吸収される前に蒸発するか、流れ出し、
水・土壌・大気汚染を引き起こしている。」

 化学肥料は土を豊かにしません。単に作物に成長栄養を与えるだけです。むし
ろ過剰な窒素は、作物をひ弱にし、植物が利用しきれなかった窒素は硝酸態窒素
として、土壌に沈下し、そして水系に流れ込みます。
 1985年から2000年の間に、1億4100万トン、1年当たりにして900万トンの窒素
肥料が流出し、土壌や水系を汚染しました。

 病虫害を抑え、見てくれをよくして商品価値を高める化学肥料を過剰に使用す
れば、作物を化学汚染させていくばかりか、天敵生物を滅亡に追い込み生態系を
破壊し、畑の外にまで汚染を拡げます。
 中国の農薬使用量は年間120万トンにのぼり、年々増加する一方です。
 これは、日本も経験したことですが、害虫には農薬に対して耐性を持つように
なります。

 仮に100匹の害虫がいたとして、それに農薬散布して、仮に百回に一度農薬耐
性を持つ個体が発生した場合、以後農薬の効果は急速に衰えていき、やがてまる
で効かなくなります。
 農薬耐性を持つ害虫は繁殖力も強いからです。人間は毎年より濃度を上げた農
薬を散布するしかなくなり、その無限地獄が始まります。

 現在の中国は、農業外からの工場排水に冒される前に、内在的に大きな問題を
抱えていたのです。それは化学肥料と化学農薬の過剰投入という問題です。
 結果、中国の湖沼の75%、地下水の50%が汚染されています。その原因の一部
に農業であることは疑い得ないでしょう。

 このように中国農業は、工業排水の最初の被害者でありながら、自らもまた化
学肥料、化学農薬の多投による汚染源でもあるという加害者でもあったようです。
 「狭小」な国土に過剰な人口、そして成長至上主義の農業政策からはその副作
用として公害が吹き出てきたのです。

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■中国市場の米の10%がカドミウム米の疑い

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 ネット界やマスコミでも中国公害問題が一斉に報道されるようになってきまし
た。それはそれで結構なことなのですが、私にはなんだかなぁという気分もあり
ます。

 この中国汚染問題を、単に嫌中材料として使うのは間違っています。感情論に
なったら、中国大陸を深く覆う公害の闇の実体は分からないでしょう。
 中国にどのような構造があって、なにが、どれだけどこに発生しているのか、
全体像を冷静に押さえていかねばなりません。
 この中国公害問題は、政治ネタにするにはあまりにも大きな悲劇的問題なので
す。公害病患者の苦しみに日本も中国もないのですから。

 さて、まず公害は農業や漁業で暮らす村に現れます。そして静かに土壌や水に
蓄積され、連鎖し濃度を高めながら水系に沿って汚染を拡大していきます。
 水俣病の場合は、 最初に猫や犬が狂い、村で正体不明の病人や死人がポツリ
ポツリと出はじめます。その時には土も、水も、食べ物も一切が汚染されており、
その汚染は胎児にまで拡がっています。
 そして米や野菜、あるいは水を通じて都市住民にも黒い影を伸ばして行くよう
になります。

 やがて、地方都市が変色した川とスモッグで覆われ、首都すらも金星のような
有毒ガスの濃霧で覆われる頃には、実は全土が公害で覆い尽くされており、この
汚染連鎖の最終局面なのです。
 首都北京のPM2.5汚染は中国の公害の始まりではなく、その汚染の鎖の最終
部分にすぎません。

 さて、中国の重金属汚染データが出ました。
 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/images/2013/02/20/photo.jpg

 これは中国長江河口付近で採取された検出データですが、採取地点、日時、採
取者が明らかになっていればいっそう信憑性が高まるのですが、具体数値に乏し
い中で貴重なデータです。
 というのは中国政府は一貫してこのような土壌汚染を公表してこなかったから
で、例によってこんな数値は捏造だと言うなら、当局が公的データを出せばいい
だけの話です。むしろそうしていただきたいものです。

 長江河口と言うことですから、上海近辺の長粒米を作る産地のものだと思いま
す。長粒米は昨今の経済成長で、従来のものよりおいしいということで生産が増
えています。
 河口付近は、河から流れて来た汚染と沿岸からの汚染がクロスする場所で、高
度な汚染が出やすい場所です。

 さて、この表の右端が我が国の環境基準値(02年制定)です。我が国の基準値と
比較してみます。
・水銀 ・・・244倍
・鉛 ・・・・3500倍
・ヒ素・・・1495倍
・カドニウム・・・4.2倍
・BHC・・・・・59倍
 (※DDTと並んで国際的に検出されてはならない使用禁止農薬)
 このような地域で生活すれば、水銀を原因とする水俣病が、確実に発生してい
るはずです。
 水俣病は、感覚障害、運動失調、視野狭窄、聴力障害などが発症し、重度の場
合は脳障害や、死に至るケースが多発します。

 カドミウムを原因とするイタイイタイ病も間違いなく発生しているはずです。
この症状は、骨の強度が極度に弱くなるために、わずかに身体を動かしたりした
だけで骨折します。
 くしゃみや医師が検診のために腕を持ち上げただけて骨折する場合もあり、身
体を動かすことすら出来ず寝たきりとなります。

 イタイイタイ病は、神通川下流域の富山県婦中町(現・富山市婦中町)で1910
年から1970年にかけて多発した公害病で、患者が骨の痛みに耐えかねて「痛い、
痛い」と泣き叫んだことから命名されたものです。なんと哀しい病名でしょうか。
 この原因は、神通川上流にある岐阜県飛騨市にある三井金属鉱業神岡鉱山亜鉛
精錬所から、精錬工程で出た廃液中のカドミウムが、下流の富山県婦中町周辺の
土壌を汚染したために起きました。

 カドミウムは米に濃縮されるために、米を通して水系周辺のみならず広くカド
ミウム汚染を拡げます。
 富山県イタイイタイ病の場合、基準値を超えた米、野菜を食べ、地下水を飲ん
だ住民にカドミウム蓄積により発生しました。
 魚介と違って主食の米や野菜を媒介とするので、販路も広く有機水銀より複雑
な汚染経路を辿ります。

 規模的にも、日本の場合、水俣病はチッソ水俣工場と昭和電工鹿瀬工場、そし
てイタイイタイ病は三井金属工業神岡事業所と特定できる数の工場廃液が原因で
した。
 それに対して「中国水俣病」と「中国イタイイタイ病」の原因となる水銀やカ
ドミウムは、いまの時点では見当すらつかないほど多種多数の工場、鉱山から排
出されていると考えられます。

 それを考えると、中国の報道による09年の湖南省カドミウム汚染米事件で2名
死亡、500人余りがカドミウム中毒などはほんのわずかな露顕した事例にすぎな
いと思われます。

 中国の場合、何度も書いてきているように、公的発表がまったくと言っていい
ほどありません。
 ですから逆に市場の米におけるカドミウム米の混入率から逆算するしか方法が
ありません。どのていどの率でカドミウム米が混入しているのかを知るわずかな
手がかりがあります。

 「2007年、南京農業大学農業資源・環境研究所の潘根興教授が中国の6地区
(華東、東北、華中、西南、華南、華北)の県レベルの「市」以上の市場で販売
されていたコメのサンプルを無作為に170個以上購入して科学的に分析した結果、
その10%のコメに基準値を超えたカドミウムが含まれていたという。」
 (北村豊住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリストによる)

 「これは2002年に中国政府農業部の「コメおよびコメ製品品質監督検査試験セ
ンター」が、全国の市場で販売されているコメについてその安全性を抜き取り検
査した結果の「カドミウムの基準値超過率」10.3%と基本的に一致した 」。
 (同上)
 「また、2002年の中国農業部による市販流通米の抜き取り調査結果によれば、
米に含まれていた重金属で基準値超過が最も多かったのは鉛で28.4%を占め、こ
れに次ぐのがカドミウムの10.3%であった。」(同上)

 「2008年4月に潘根興が研究チームを引き連れて、江西省、湖南省、広東省な
どの“農貿市場(農民が生産した農産物を販売する自由市場)”で無作為に買い
入れたコメのサンプル63個を分析した結果、何とその60%以上に基準値を超える
カドミウムが含まれていた。」(同上)

 このように60%を最大値として、おおむねカドミウム米混入率は約10%である
ようです。
 すると、 中国の米の年産量は約2億トンで、そのうち基準値を超えるカドミウ
ムを含む米が10%と仮定すると、その量は2000万トンと推定されます。
 これは、日本の2007年の米生産量882万トンを2.3倍上回る膨大な量のカドミウ
ム汚染米が中国に出回っていたことになります。

 一方、カドミウムによる土壌汚染も深刻です。
 「11月10日から12日まで北京で開催された「中国環境・発展国際合作委員会」
の年次会議において、中国政府国土資源部が全国の耕地面積の10%以上は既に重
金属に汚染されており、その面積は“約1.5億畝(約1000万ヘクタール)”に及
ぶと表明した。」
 (2010年11月17日全国紙「第一財経日報」北村氏による)

 また他の重金属についても、中国科学院生態環境研究センターはこう述べてい
ます。

 「中国科学院生態環境研究センターの調査結果として、「中国の耕地のうち、
カドミウム、ヒ素、クロム、鉛などの重金属による汚染の影響を受けている面積
は約2000万ヘクタールにおよび、総耕地面積の約20%を占め、全国で重金属汚染
による食糧の減産が1000万トン以上、重金属に汚染された食糧も毎年1200万トン
以上に達している。」  (2011年1月5日「中国環境報」北村氏による)
 この環境研究センターの言う「食料1200万トン」を、米以外と考えると、合わ
せて重金属汚染食料は約3200万トンていどと予想されます。たたし、あまりにア
バウトな数字なので、あくまで目安にすぎません。

 ところで、このカドミウム汚染の可能性が高い中国米の輸入量は、2011年に2
万5千トン、2012年11月集計で4万6800トン(12月は未集計)とされており、年間
5万トンに達すると見られています。
 皮肉にも、中国米の輸入量は2011年の福島第1原発事故以来急増しており、消
費者の放射能風評被害を巧みに利用して、安値の中国米を導入してしまえという
商魂でした。

 これらの中国米は西友で5kg1200円の安値で売られていたり、某牛丼チェー
ンで国産に混入されて供されています。他にせんべいなどの加工用にも回ってい
るようです。
 輸入中国米は、検査されていると称していますが、検査項目は農薬の残留であ
り、重金属は検査対象外です。
 厚労省も、一度中国米を抜き取り検査してみてはいかがでしょうか。

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■村人1800人中1100人がカドミウム中毒の村

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 中国のカドミウム汚染実態について、我が国ではほとんど知られてきませんで
した。
 中国に「ガン村」や「水俣村」があることはかなり前から知られており、訪問
した日本人研究者もいるのですが、時間をかけての調査が中国政府によって拒否
されているために立ち寄って外から眺めた程度のものが圧倒的でした。

 その中で、中国人ジャーナリスト宮靖記者(「新世紀週刊」)による「中国イ
タイイタイ病村」の現地取材が、北村豊氏(住友商事総合研究所)によって紹介
されていますので、紹介させていただきます。

 さて、宮記者の記事には「中国米汚染の不完全分布図」が参考例として上げら
れており、以下の地域が記載されています。

[中国米汚染の不完全分布図] ①カドミウム汚染米地域:広西チワン自治区陽朔
県興坪鎮思的村、湖南省株州市
 馬家河鎮新馬村、浙江省遂昌県、四川省徳陽地区、江西省大余県タングステン
 鉱山区
②カドミウム・鉛汚染米地域:広東省韶関市の大宝山鉱区
③鉛・ヒ素汚染米地域:湖南省湘西自治州鳳凰県鉛・亜鉛鉱区
④水銀汚染米地域:貴州省銅仁市の万山特区
⑤鉛汚染米地域:遼寧省沈撫汚水灌漑区米
 宮靖記者取材した地域は、①の広西チワン族自治区陽朔県興坪鎮の「思的村」
と湖南省株州市馬家河鎮新馬村です。取材したのは2年前の2010年12月と翌年の1
月です。
 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncatego
rized/2013/02/21/photo_2.jpg  Google Earth より

 Google Earth で見ると思的村は険しい山あいの村で、流れが急な思的河が流
れています。この村の水田は思的河を水源としているが、村の上流15キロメート
ルに鉛・亜鉛工場があり、これが汚染源です。

 同工場の規模は大きなものではないのですが、1950年代に採掘を開始した頃に
はほとんど環境浄化施設がなく、カドミウムを含んだ鉱山廃水を思的河に垂れ流
しました。
 それを知らずに下流の思的村が灌漑用水としたことで、土壌にカドミウムが蓄
積されていきました。因果関係は明白です。

 この記事で、村で会った84歳の李という老人が、身体はまだ元気だがもう20年
以上にわたって歩行困難な状態で、100メートルも歩かないうちに脚や脛に耐え
難い痛みが走ると訴えています。
 地元の医者には的確な診断ができず、李老人は脚気だと考えているそうですが、
村内にはこれと似た症状の老人が十数人いるのだといいます。

 典型的なイタイイタイ病です。李老人は初期症状ですが、これが進行すると、
身動きがとれなくなって寝たきりになってしまいます。
 李老人は1982年に退職して村に戻って以来、既に28年間も地元産の米を食べて
いたそうです。

 イタイイタイ病は、米に蓄積したカドミウム中毒により発症しますが、市場で
必ずしも同じ産地の米を食べるわけでもない一般消費者と違って、農民は自家産
米を長年にわたって食べ続けるためにより危険です。

 日本でも農家から多く発生しました。我が国の7次に渡った認定裁判では、以
下の4項目がイタイイタイ病認定要件となっています。(1972年6月制定)

①イタイイタイ病農耕汚染地域に在住し、カドミウムに対する曝露暦があること。
②先天性のものではなく、成年期以降に発現したこと。
③尿細管障害が認められること。
④骨粗鬆症を伴う骨軟化症の所見が見られること。
 ※④の条件を欠く場合、将来イタイイタイ病に発展する可能性を否定できない
ので要観察者と認定される。

 この李老人たちは、診断するまでもなく、この要件を満たしています。
 中国人研究者によっても、この村の耕地の土壌は1960年代よりも早い時期から
カドミウムに汚染されていることが確認されています。
 1986年に行われた土壌調査によれば、最高値で国家基準値の26倍ものカドミウ
ムが検出されました。中国の食品安全基準値はカドニウムが0.45mg/Lですか
ら、11.7mg/Lあったということになります。

 この中国の基準値は国際標準であり、我が国の食品安全基準では玄米で「玄米
は10ppm 以上のカドミウムを含んではならない」と定められ、それを超える
ものは焼却処分されています。

 日本では、カドミウムがpHがアルカリに傾くと吸収されやすい性質をもつた
め、「カドミウムの吸収を抑制するためにはpH6.5に管理する」(島根県農業
技術センター)ように指導されています。
 http://www.pref.shimane.lg.jp/nogyogijutsu/index.data/kado.pdf
 この「思的村」の耕作地のpHは不明ですが、中国大陸はおおむねアルカリ土
壌ですので、前出(中国の農地汚染データ)の長江河口付近の土壌分析データて
いどのpH8ていどはあると思われます。
 pH8以上になると金属は腐食しにくくなり、重金属も分解が遅れます。有機
水銀や有機塩素、カドミウムなども、日本の酸性土壌と較べてはるかに土中に残
留します。

 日本だと炭酸カルシウムや苦土石灰などを使って土壌改良するのですが、中国
農業には「土作り」という概念自体が欠落している場合が多いので、そのまま放
置されているのかもしれません。
 また、乾田のほうがカドミウムを吸収しやすい傾向がありますが、大陸では我
が国と違って内陸部では水利が悪いために乾田のほうが多いと思われます。

 このように中国農業には元来、重金属汚染を溜め込みやすい体質があります。
ただし、あたりまえですが、このような土壌的条件は、カドミウムを垂れ流して
いい理由にはなりません。

 さて、もう一カ所の宮記者による記事にある湖南省株州市馬家河鎮新馬村は
Google Earthでみると、思的村と同じく河川付近にあります。
 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncatego
rized/2013/02/21/photo_3.jpg  Google Earth より

 この写真に見える新馬村から1キロメートルの距離にある湘江は、中国で重金
属汚染が最も激しい河川と言われています。

 新馬村の対岸や湘江上流には多数の工業団地があり、重金属を含む廃水を垂れ
流し続けていました。
 この新馬村でも、湘江の水を引いて灌漑していたために、新馬村の土壌はカド
ミウム汚染されました。

 南京農業大学の潘根興教授が2008年4月に行った、新馬村で生産されたコメの
分析結果では、カドミウムの含有量は米1キログラム当たり0.52~0.53mgで、
国家基準値の2.5倍でした。

 また、村内にある自動車部品のクロームメッキ加工を行っていた株州龍騰実業
有限公司が工場廃水を垂れ流したことにより、地下水汚染が引き起こされました。
 この井戸水を飲んだために、2人が死亡し、村人1800人中の1100人がカドミウ
ム中毒と判定される事件にまで発展しました。

 このような事件は巨大な氷山のわずかに見える頭頂部でしかありません。思的
村や新馬村は無数に全国に点在していると見なければなりません。
 このような公害事件が、まったく国からの保護の手を差し伸べられないままな
ぜ闇から闇に葬られてしまうのか、そのあたりは次項とします。

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■地元政府によるイタイイタイ病の隠蔽

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 中国人ジャーナリスト宮靖記者(「新世紀週刊」)による「中国イタイイタイ
病村」の現地取材が、北村豊氏(住友商事総合研究所)によって紹介されていま
すので、続きを紹介いたします。

 この記事の中で、宮記者は人民政府とその管理下にある大病院によって構造的
隠蔽工作がなされているとしています。
 そして中国政府は公的には、これだけの重金属汚染を垂れ流しながら一貫して
公式には「イタイイタイ病はない」としています。

 宮靖記者は締めくくり部分の小タイトルをこう書きだしています。
[結論を下す際に必ず地元政府の干渉を受ける]

 宮靖記者はカドミウム汚染の特集記事の結論として、「中国国内にイタイイタ
イ病は見当たらない」という皮肉めいた文章で締めくくっています。

(1)長年にわたって、中国国内には多数の鉛・亜鉛、銅、金などの鉱山がなん
らの環境保護措置が取られないまま採掘されてきた。
 この結果、中国の耕地面積の少なくとも10%が重金属によって汚染されている
が、これらの汚染された耕地に対する稲作の禁止命令は全く出されていない。
 耕地請負制で自家用食糧を自給するという現実の下で、農民たちは基本的に自
分が生産したコメを食べる。この結果として、一部の地区にはイタイイタイ病が
発生する要件が備わることになるのである。

(2)この原稿が完成するまでに、宮記者は国内に1人のイタイイタイ病患者も
見つけることができなかった。
 多くの学者たちが、広西チワン族自治区陽朔県興坪鎮の「某村」でかつてイタ
イイタイ病の初期症状を示す患者が出現したことがあったと論文や講演で述べて
いたので、私は大変な苦労をして「思的村」を探し出し、原因不明の骨痛に苦し
む農民たちを見つけ出した。
 ただし、この骨痛に対する専門的な検査は行われていないし、地元政府はその
原因が長年にわたるカドミウム汚染米の食用によるものとは言明していない。

(3)2カ月間にわたる取材を通じて、私は関係者と会うたびに「中国には、い
ったい全体、イタイイタイ病患者はいるのかいないのか」という質問を投げかけ
たが、回答は大同小異で「イタイイタイ病と診断された患者がいるという話しは
聞いたことがないが、実際はいるに違いない」というものだった。
 そして、多くの人たちが「中国の大病院は各レベルの政府が運営しており、環
境が引き起こした疾病を前にした時、医療体制は独立を保つことができず、結論
を下す際に必ず地元政府の干渉を受ける」と述べている。

 従って、中国国内には「イタイイタイ病」は存在しないのである。

[告発すれば、どんな報復を受けるか]

 『新世紀週刊』の特集記事は、中国国内で大きな反響を呼び起こした。毎日食
べる主食のコメがカドミウムに汚染され、2000万トンものカドミウム汚染米が市
場に流通しているとなれば事は重大である。
 そのようなコメを食べ続けていて、健康に影響はないのか。微量ずつでもカド
ミウムが体内に蓄積されることで子孫に影響が出ることはないのか。こうした国
民の不安に対して中国政府はどのように対応するのか。

 ある地方で公害病の存在が表沙汰になれば、その地方政府の環境保護局のみな
らず、衛生局、工商局など関係部門の役人の責任が追及されることになる。
 そんなことになったら「立身出世」に差し障りが出るばかりか、責任を追及さ
れて免職になりかねないし、下手に告発すれば、どのような報復を受けるか分か
らない。そういう事なら、触らぬ神に祟(たた)りなし」が一番の処世術であり、
公害病はますます深刻化して行くことになる。

 『論語』には「過ちは改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」とあるが、
中国政府が祟りを恐れず公害病という「死に神」の存在を公表するようになるの
はいつの日だろうか。

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■中国公害問題の始まり・毛沢東時代

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 PM2.5以降、中国の環境汚染は日本でもよく報道されるようになってきまし
た。
 するとよく言われる台詞にこんなものがあります。「ああ、日本も高度成長の
時はあんなもんだったよ」。

 これはどうやら、つい最近までよく聞いた、「中国って昔の高度成長期の日本
と一緒なんだよ」とペアになっているようです。
 つまり、高度成長の産物として公害があるということのようです。残念ですが、
これは公害という現象に対しても、そして中国の公害に対しての認識としても二
重に誤っています。

 現実には、中国では、確認されているだけでも40年以上前から水質汚染、土壌
汚染などはひんぱんに起きており、日本の専門家はかなりの所まで実態を把握し
ていました。
 ですから、勘違いしてほしくはないのは、ここにきて急速に悪化したわけでは
ありません。
 それにもかかわらず、PM2.5事件まで日本で中国の公害について真剣に考え
られたことはほとんどなかった気がします。

 今までの日本側の見方はせいぜいが、「中国はこのまま経済発展を続ければか
つての日本の高度成長期のような公害で苦労するゾ」という近未来形のものだっ
た気がします。
 これは公害についての誤った認識です。公害は決して高度成長期特有のもので
はないからです。

 たしかに4大公害病は、高度成長期に注目されましたが、4大公害病のひとつ
富山イタイイタイ病は、鉱山の亜鉛精錬の過程で出るカドミウムが原因であり、
発生地域となった神通川流域は江戸時代から鉱山開発が盛んでした。
 そして1886年には三井金属鉱業(当時三井組)が大規模な鉱山開発を始めてお
り、大正時代からイタイイタイ病から出ていたという記録があります。1972年の
イタイイタイ病判決による公害救済まで実に86年が経過していています。

 熊本水俣病も、原因工程の操業は1932年のことで、翌年から発病者が出ました。
熊本水俣病は、最初の認定が1956年のことであり、高度成長期以前のことです。
 足尾鉱毒事件も、古河が大規模な銅山開発を始めたのが1885年、翌年から鮎の
大量死か見られ、渡良瀬川流域の農民の第1次東京陳情が1897年、田中正造が住
む谷中村が遊水池として水没したのが1927年、そして政府が公害対策か不十分で
あったことを認めたのが1993年でした。実に108年の月日がたっています。

 公害は高度成長とは関係なく、恐ろしく長い時間尺で起きていることがお分か
りになると思います。
 公害はいったん発生すれば、その調査、認定、排出停止、法整備、裁判、そし
てなにより患者の健康回復、環境再生などに気が遠くなるような時間がかかるの
です。

 ですから、公害病は高度成長とは直接関係なく、経済が未発達な状況でも発生
しており、それが高度成長で大きく増幅された結果、注目されるようになったの
がこの時期なだけなのです。

 さて、中国公害にはこの国特有の歴史がありました。
 中国では、毛沢東時代(1949~76年)に極端な重工業偏重政策をとりました。
それは毛沢東の「30年以内に英国を追い抜く」という妄想からだけではなく、当
時の米ソと政治的な対立関係をもっていたからです。
 この「反帝国主義・反社会帝国主義」という二正面政策のために、中国は国家
財政のすべてを軍事的部門につぎ込みました。

 「社会帝国主義」とは聞き慣れない言葉ですが、当時の中国がソ連に浴びせた
罵倒語です。まぁ、当時の中国は半鎖国状態で、世界中を敵にまわしていたと思
って下さい。
 いつ自国の体制が壊されるかとビクビクしていて、ハリネズミのようになって
いました。当時の中国は、政府の招待でしか入国できませんでした。
 今の北朝鮮を巨大にしたようなものだと思えばいいでしょう。ちなみに北朝鮮
の「先軍政治」のオリジナルは、この時代の中国です。

 そしてとった政策が、原爆の製造であり、200万を越える膨大な軍事力であり、
そして軍事に直結する重工業偏重政策だったわけです。
 一般の国と異なるのは、これらの政策が準臨戦体制下で進められたことであり、
強固な共産主義体制下に建設されたことです。
 造る製品は市民の服や靴ではなく、戦車や銃でした。すべてを強大な軍事国家
を作ることに注いだのです。

 「すべて」というのは、お金や労働力だけではなく、環境もそうでした。
 重化学工業は、十分な公害対策を施さなければ、もっとも公害を大量に発生す
る部門です。
 そしてこの重工業に原料を供給する鉱業もまた、巨大な公害発生源なことは言
うまでもありません。
 この重化学工業偏重と活発な鉱山開発が、準臨戦体制下で国を挙げて行われた
ら一体どうなるのか、考えるまでもないでしょう。

 毛沢東時代に、公害病になったらそれは敬愛する毛沢東同志のためであり、救
済を求めて陳情などすれば「反革命分子」、「スパイ」として処刑されるか、労
働改造所送りになりました。
 世界第2位の経済大国になりながら、今でも多くの政治犯を労働改造所という
名の強制収容所で奴隷労働をさせているとアムネスティは告発しています。

 毛沢東は、沿海部が敵の上陸を受けやすいことから、工業地帯を内陸部に分散
立地させました。これが公害の全国化につながりました。
 毛沢東は大変な怖がりでした。いざ米ソから攻撃を受けても、内陸に生産拠点
があれば持久できるし、「人民の海」で溺れさせることが出来ると考えました。
 毛沢東は、仮に原爆を落とされても 、1億人くらいならなんともないと言った
そうです。

 たとえば、今でも中国自慢の第2砲兵(核ミサイル部隊)の基地と原爆製造工
場は、四川省の山奥にあり、州都の重慶は毛沢東時代から重工業地帯でした。
 宇井純先生が廃液で泡立つ黒い河を見たのはこの重慶で、1970年代の初期のこ
とです。

 この通常の経済発展では考えにくい環境汚染源の内陸部各地への点在が、中国
の公害が全国各地に広く分布してしまった歴史的背景です。
 それが、改革開放経済によって重工業や鉱業が一挙にフル稼働を開始するので
す。改革開放路線以降については別稿に譲りますが、基本的な構造にはなんの変
化もありません。中国は新たな自由主義社会に生まれ変わったわけではなく、経
済だけが資本主義になったにすぎず、上半身は毛沢東以来の旧弊な共産党支配体
制のままだったからです。

 中国の公害は一般諸国のそれと違って、この強権的構造を変えなければなりま
せん。それ故、解決至るまで極めて長い時間がかかるでしょう。

 (筆者は行方市在住・農業者)
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