「先生の日」から思うこと

【コラム】槿と桜(10)

「先生の日」から思うこと

延 恩株


 5月下旬のある日、韓国の留学生から「스승의 날(ススンエナル)ですので、これをどうぞ」とハンカチをプレゼントされました。
 日本での生活習慣に慣れてしまっている私ですので、「ススンエナル」と言われて、「あっ、そうだった」とようやく気づく始末でした。
 「ススン」とは漢字表記では「師匠」であり、韓国では5月15日は教師に感謝する「先生の日」だったというわけです。
 日本には教師に感謝する日として、国の規定はありませんが、ユネスコは1994年に10月5日を「世界教師の日」と定めています。そして現在、世界では60カ国近い国に「教師の日」があるようです。もっとも日にちはユネスコの「世界教師の日」に合わせているわけではなく、かなりばらつきがあります。

 韓国での「先生の日」は、1958年に大韓赤十字社が世界赤十字の日である5月8日を記念して、いくつかの学校に青少年赤十字が結団され、そこで先生への感謝、慰労の行事を開いたことに始まるようです。広く定着するようになるのは1965年に世宗(セジョン)大王の生まれた5月15日を「先生の日」としたことからです。朝鮮時代第4代国王である世宗大王はハングルの創始者として韓国では大変尊敬されていますから、この人物の誕生日を「先生の日」と定めたのも頷けます。
 「先生の日」は、国が定めた法定記念日ですから、政府の該当する部署が国としての行事を行うことになっています。

 「先生の日」になると小学生が、おそらく母親が用意した花やプレゼント持って、登校する姿をよく見かけます。花はカーネーションが多いようです。カーネーションの花言葉には「深い愛」「敬愛」といった意味があるからだと言われています。また韓国では5月8日が「両親の日」(日本のように「母の日」「父の日」と分かれていません)で、やはりカーネーションを送るのが一般的です。そこで「自分の両親への思いと同じです」という気持ちを表すためカーネーションを贈るのだとも言われています。
 ただ花や小さなプレゼントでしたら先生への感謝という意味で、ほほえましいのですが、親がこの日にかこつけて、高価な贈り物をする傾向が強まってきています。少しでもわが子への関心を高めてもらおうと考える親心なのでしょうが、こうした悪弊は子どもの教育によいはずはありません。

 かつて政府はこうした悪弊を断ち切ろうと、全国の小、中、高のおよそ7割で休校措置をとったこともありました。でも教師への贈り物がますます高額化してきていて、多くの学校が教師へのプレゼントを受け取らないようになってきています。日本的に言うと「お気持ちだけいただいておきます」ということでしょうか。
 こうした高額のプレゼントがエスカレートするのは、親たちがお互いに疑心暗鬼になっていて、自分だけプレゼントをしていないのでは、と考えるからだと思います。私が小学生の頃、「先生の日」にクラスメートの母親が担任の先生に厚みのある封筒を渡すのを偶然目にしてしまい、帰宅後、そのことを母親に話すと、「わが家も現金を差し上げないといけないのかしら」とつぶやいたのを記憶しています。私は子ども心に先生に高価な品物や現金などを贈るのがたまらなく嫌でしたから、母親に「絶対に学校に来ないで」と言ってしまいました。ですから学校として教師へのプレゼントは受け取らない方針を明確に打ち出せば、いずれ悪弊は断ち切れるのではないでしょうか。

 親たちも好き好んで高額のプレゼントを教師に贈っているとは思えません。心のどこかではこうした高額プレゼントをする習慣はやめたいと考えているに違いないのです。
 また教師からすれば、プレゼントや、その多寡で子どもへの関心度が左右されるということはないでしょう。少なくとも私は教師とはそうあって欲しいと思っています。よく「親の顔を見てみたい」と言います。これは褒め言葉ではなく、家庭でどのような教育、育て方をしているのか、呆れたりしたときに使われます。教師への高額プレゼントをするより、家庭で子どもをしっかり教育すれば、教室でもそれがおのずと窺えます。そうなれば教師はごく自然にその子どもや保護者への関心を抱くはずです。
 ただ私は子どもや親が日ごろお世話になっている先生に感謝の気持ちを伝えるのは、大変良いことだと思っています。日本の方は先生へのプレゼントなどは、あまりしないようですが、心から尊敬し、感謝できる先生には「ありがとう」を形にするのはむしろよいのではないでしょぅか。もっとも本当に尊敬できる先生がどれほどいらっしゃるかはわかりませんが。

 今年3月に発表された韓国職業能力開発院が小・中・高生を対象(約18万人)にした進路希望調査によりますと、一番人気の高かった職業は「先生」でした。およそ韓国の5人に1人の生徒が職業として先生を希望していることになるそうです。日本では先生になりたいと考えている生徒、学生がそう多くないと聞きます。また私自身、小・中・高生時代、先生になりたいなどと考えたことがありませんでしたので、ちょっと意外です。
 それに私が韓国にいた頃は、先生の給与水準は民間企業より悪かったと記憶しています。現在、韓国の教員給与水準はほぼ日本と同じで、世界でも上位にあります。しかも終身雇用ですので、女生徒たちには人気職種となっています。

 ところが、ちょっとショッキングな数字があります。
 実際に教師になった人の20%が「後悔している」というのです。これはOECD加盟国中、最多で、加盟国平均の2倍になっているそうです。
 さらにショッキングなのは、先生を尊敬していると回答した生徒たちはわずか11%しかいないというのです。

 韓国は日本以上の学歴社会です。しかも何を学んだではなく、出身大学こそが問われます。それだけに生まれたときから一流の大学、一流の企業への就職という重圧が子どもにのしかかってきます。子ども心に私もこの重苦しい空気がとても嫌で、結局、韓国を飛び出してしまったのですが。
 また親は子どもの教育のために必要な資金は借金してでも調達するのは当然と考えています。韓国では満2歳前後で早くも子どもを塾などに通わせ始め、小学校入学時でのスタートダッシュを図ろうとします。
 凄まじい重圧、激しい競争、余裕のない学習スタイルなどからストレスが増幅して、学校で問題を起こす生徒も少なくありません。さらにイジメや暴力事件、そして自殺願望率の増加など大きな社会問題となっています。

 一方、教師には保護者たちの異常なほどの教育熱心さが「いい結果を出さなければならない」という重圧となって、襲いかかってきます。それは学校間での競争にもなり、常に保護者たちからは厳しい目が注がれることになります。
 生徒たちが塾に通うのは当たり前で、クラスの授業速度とその内容の調整に教師は労力を使うことになります。そうでないと保護者から批判されてしまうからです。また塾での教え方にも神経を使わなければなりません。学校での教え方と異なっていることがよくあるからです。
 こうみると教師となったことに20%の人が「後悔」を感じるのも無理ないのかもしれません。とにかく教師も生徒も、ゆとりや遊びがまったくないのが韓国の教育界です。

 また先生が尊敬されない理由には上記のような教師の姿も関係していると思われますが、ただ勉強だけを強いる教育環境も大きく影響しているように思います。
 生徒たちの学業ストレス、いじめ、校内暴力、インターネット中毒などがはびこる環境に対して教師たちの無力さが、生徒たちの無言の不満となって横たわっているからではないでしょうか。
 生徒から尊敬され、感謝されている先生もたくさんいらっしゃるはずです。そうした先生はただ上からの目線で教育を行っているのではなく、生徒たち一人ひとりに向き合って教えてくださっている先生たちだと思います。少なくとも私はこのような先生には自然と尊敬の念が湧いてきます。

 今回の先生をめぐる数字は、私にはいささか衝撃的でした。それだけに形だけの「先生の日」ではない、心のこもった純粋に先生に感謝する「先生の日」が韓国に来ることを祈るばかりです。

 (筆者は大妻女子大学准教授)


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