体罰選択制論

■【横丁茶話】

体罰選択制論                      西村 徹

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●ついで書き

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 またしても翻訳のことでかわり映えしないが、気になることは気になるので、
落語のマクラよろしく、書き留めておくことにする。細かいことをいうようだけ
れど、細かいことに徹底してこだわる完ぺき主義は日本の技術者のお家芸、不良
品をひとつでも出すまいと神経を研ぎ澄ますのがものつくり日本の真骨頂である。
それが翻訳となるとケンチャナヨ、きれいさっぱり笹子トンネルではどうにも腑
に落ちないのだ。

 アーサー・ケストラー著:村上陽一郎訳:『偶然の本質』(蒼樹社)の出版年
代は古く1974年だが、私が見たのはその10刷(91年)。2012年暮れに120円で買
った。レシートが挟まれていて前の持ち主は2001年高槻のブックマーケットで
100円+消費税で買ったものと見える。古本の値段は落ちるところまで落ちると、
そのまま底値安定してしまうらしい。額面割れした株価のようで、それ以上落ち
ようがないということだろうか。

 さて、この本はESP(extra‐sensory perception)、つまりはテレパシーと
か千里眼、念力というような超常現象、神秘が物理学から排除されなくなってい
る、ますますそうなってきている、宇宙は非機械的に「むしろひとつの偉大な思
想として考えられ始めている」、そのいきさつを書いている。原文・翻訳ともに
サクサクと小気味よい文章で、私のような理科オンチにも物理学正味のところは
わからないなりに刺激的で面白い本なのである。その1章7節末尾(55ページ)に
ゲーテの引用がある。

  心が海に乗り出したとき
  新しい言葉が筏を提供する

 それには後注があって、わざわざドイツ語原文が掲げられている。

  Denn da wo die Begriffe fehlen   Stellt ein Wort zur rechten Zeit
sich ein.

 これは原書でアーサー・ケストラーが脚注しているのを、そのまま後注に移動
させたものである。1行目の die Begriffe fehlen は、これを石頭的、社会科学
者風に直訳すると「諸概念が失陥する」になるだろう。村上氏の日本語訳は趣が
違う。あまりに違うのでケストラー原文を見た。これをケストラーはこんな風に
英訳している。

  When the mind is at sea
  A new word provides a raft.

 みごとな訳である。これを村上氏は上のように邦訳されたのであるが、ドイツ
語原文を掲げながら、お読みにはならなかったらしい。お読みなら sea に冠詞
がないのを見落とされることはなかったはず。冠詞がないから at sea は単に
「海上に」ではなくて、「途方に暮れる」の意である。これで初めてドイツ語原
文と整合する。今はドイツ語原文をそのまま検索すればケストラーの記憶違いも
正されて『ファウスト』1の1995~6行であることがわかる。手許の大山定一訳で

  なぜなら、概念の欠けたところに、
  ちゃんと言葉が出てきて、うまく隙間をふさぐのだ。

 「概念の欠けたところに」の直訳が気に入らなければ、他に半ダース以上翻訳
はある。ともかくも「心が海に乗り出したとき」は避けられたであろうし、せっ
かくケストラーの名訳を生かすこともできたであろう。少なくとも「心が海に漂
えば/首尾よく新語が現れて筏の役をつとめもしよう」とでもすることができた
はず。検索すれば英訳も、まさに待ってましたと出現(sich einstellen)する。
When sense fails・・・。「海に乗り出したとき」では具合が悪かろうことがわ
かる。勇躍「乗り出す」のと、途方に暮れて「漂流する」のでは鋭くちがう。

 むろん科学書として取るに足りない瑕瑾というまでのこと。しかし蒼樹社版74
ページに該当するところで、原文なら another verbal raft for the mind at
sea(村上訳:精神が海に乗り出したときのもうひとつの言語の筏)という地の
文として、ふたたびこのゲーテの2行は現れる。つまり文学者ケストラーにとっ
ては思い入れのこもった2行のはずだから The Roots of Coincidence の文学も、
もう少し大事にして欲しかったと惜しまれる。

 英米では初版ハードカバーにこの種の間違いが発見された場合、ペーパーバッ
クになるとき必ず訂正される。どうして日本では10刷も重ねながらそれをしない
で、打っちゃっておくのだろうと思っていたら、なんと、日本でもペーパーバッ
クどころか文庫になっていたのだ。

 2006年、同じ書名で筑摩学芸文庫に入っていることを、ここまで書いたところ
で知った。なるほど旧版が120円になるわけだ。もしかして筑摩で文庫化すると
き訂正してあるかもしれない。というわけで本日2月11日大阪梅田の紀伊国屋と
丸善およびジュンク堂に赴いたが版元品切れで現物を確かめることができなかっ
た。もし訂正されていれば、ここまで書いたことはとんだお笑いということにな
る。お笑いということになってほしいと、ひたすらにそう思う。

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●体罰の語の不思議

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 近ごろ騒がれている体罰は、そもそも言葉として熟さない。罰は罪に対するも
のである。技能の未熟、知能の不足は罪ではない。罪なきものを罰するのはそれ
自体が罪である。したがって体罰は犯罪である。体罰が指導に役立つというのな
らなら罰育とか罪育あるいは犯育という言葉すら成立することになる。体罰を容
認する人は体育という語を捨てて罰育、罪育、犯育とかいうべきである。

 毎日のように溢れ出てくる体罰情報に接すると、あらずもがなの国辱という言
葉が浮かんだり、1492年に端を発する西洋独善、発展段階説のアジア的停滞など
という昔懐かしい言葉が思い出されたりする。1945年8月15日に日本の野蛮は永
久に終止符を打たれたと安心していたのが甘かった。戦後相当の時を経て小沢遼
子氏が、ご自分の息子さんがしごき野球の被害にあったことを話していたのをお
ぼえている。しごきがいまも生きているらしいので私は高校野球を好まない。

 カーリングはのんびり見るのが好きだが、スポーツ一般に私は大きな興味がな
く、特に女子柔道には個人の趣味として美を見出せないので、蓼食う虫も好き好
き、選手は進んで暴行を受忍しているのだから勝手にしろという気分でいたが、
事実はどうもそうではないらしい。

 選抜されるかどうかの切符を監督に握られていて、それで暴力に耐えているら
しい。それではまるで借金に縛られて足抜きできない廓女郎の境遇と変わりない
ではないか。女子柔道の場合は男性(監督)が女性(選手)の頬などを打つのだ
から濃厚に性暴力の臭いがする。拷問にも似た陵辱である。こんなのは先進国に
はない。やはりアジア的、というより近代前的なはなしだ。

 ところが女子サッカーはまるで打って変わって選手がのびのびとサッカーその
ものを楽しみ、佐々木則夫監督は選手を、そしてさらに女性そのものを尊敬すら
している。選手は監督をノリオと呼ぶと聞く。ラジオ版課外授業プログラム「学
問ノススメ」という放送で監督の声を聴いた(http://www.jfn.co.jp/susume/)。
お奨めする。女子バレーもTBSラジオのDigで真鍋政義監督の話を聴いた。
どうやらサッカーに近いらしい。スポーツはきわめて頭脳的でほとんど科学であ
るらしい。暴力は本来まったく無関係であることのきわめてよくわかる話しだっ
た。

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●スポーツ以外での教師暴力

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 しかし一方、教師が癇癪をおこして張り飛ばすということは古くからある。ヴ
ィトゲンシュタインは小学校の教師をしていて覚えの悪い子どもを普通の教師以
上にハードに張り飛ばしたらしい。吉田松陰の伯父玉木文之進は松蔭が蚊に刺さ
れて頬を掻いただけでぶん殴った。当時は珍しいことでもなかったらしい。

 玉木の場合もあるからか、日本の体罰文化は儒教の影響だと言う人もいるが、
およそ儒教は性善説である。仁・義・礼・智・信の五常を見ても、惻隠、廉恥、
辞譲、是非という孟子の四端を見ても、体罰が収まりそうな容れ物は見当たらな
い。むしろ殴打は不仁の極であろう。

 殴打はかならず怒りをともなう。瞋恚を三毒のひとつに数え根本煩悩として斥
ける仏教もこれを許容しない。ただ鞭撻という言葉があるから儒教と結ぶかどう
かを別として、教育手段としての暴力はアジアには存在したかもしれない。アジ
アにかぎらなかったかもしれない。

 日本にかぎると職人の徒弟が親方から殴られるのは普通だったようだ。商店の
丁稚も兄丁稚や手代に殴られた。芸術表現も絵画、彫刻、作曲は殴られても怒鳴
られてもいい作品はできないが、楽器演奏になるとクラシックでさえも教師はか
なりヒステリックになる場合もあるようだ。歌謡曲の師匠がピアノ伴奏をしつつ
歌っている女性の頭をなんども棒で叩いて歌手は泣きながら歌う場面をテレビで
見た記憶がある。美空ひばりの歌に「越後獅子」というのがあって

 今日も今日とて 親方さんに
 芸がまずいと 叱られて
 撥(バチ)でぶたれて 空見上げれば
 泣いているよな 昼の月

 とある。これは今は児童虐待になるが大人の場合は今どうなっているだろうか。
サーカスとか、この種の職能教育における暴力の許容ラインは微妙だ。

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●暴力教師の人気

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 私が中学(旧制)のころ、日体大の前身である日本体操学校出身の教師が赴任
してきた。この男は怒ると顔は紫色の、前後不覚の半狂乱になり、青あざで顔が
デコボコになるまで殴った。さいわい数年で転出したが、転出先の大阪府立富田
林中学校ではザンニンというあだ名がついた。他にも暴力教師はいたが、不思議
なのは中学生多数がこれら暴力教師をむしろ支持したことである。支持以上に阿
諛追従しさえした。

 ジョン・ル・カレ『われらが背きし者』(2012年10月;岩波書店)42ページに
もアンティグア島のテニスコートでロシアの闇富豪がイギリス人との試合中に
「アドヴァンテージ!グレート・ブリテン」のアナウンスメントを聞いて甲高く
笑ったというので、自分の双子の子どもを力いっぱい張りとばす場面が出てくる。
続きを引用する。

 《「僕が驚いたのは、子供たちはたたかれるとき、まったく顔をそむけようと
しなかったことです。二人とも座ったまま、たたかれるのを待っていました」と、
教師の息子であるペリーは言った。
 しかし、いちばん変だったのは、そんなことがあったにもかかわらず、親子が
また仲良く話し始めたことね。ゲイルはそう付け足した。》

 以上で引用終わるが、人には暴力をむしろ受け入れる因子があるらしいのであ
る。威圧と暴力に対する絶対的服従、唯々諾々、これをむしろ快として歓迎する
奴隷根性が抜きがたく潜んでいるらしいのである。でなければ戦時中、いくら軍
国少年でも、どんな目に会うか知っていながら予科練など志願するはずがない。

 そして我が中学には一方で、決して暴力を揮わず、あるとき堪りかねて右手を
上に挙げながら、ゆっくりゆっくりとその手を元通りの位置に下ろした先生がい
た。その先生はクリスチャンだと相当の後に知った。そして先生は戦後の、何度
目かのクラス会に初めて出席した私の前に来て、公民の授業で「臣民の道」とか
「国体の本義」とかを教えたことを謝罪されて私は面食らった。その先生は戦時
中さっぱり人気がなかった。温和だから生徒の多数はなめて小ばかにしていた。
クリスチャン先生とザンニン男とは皮肉にも同姓であった。

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●暴力教師選択制

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 そこで私は提案する。どうも殴られたい人もいるらしい。ブッテ姫とかいうの
があった。ブッテ男もいるのではないか。性に関する嗜好にもSとかMとかある
のだから、殴られてしびれる人間もいるのだろう。とことん痛めつけられて人格
を破壊しつくされると人は加害者を逆に慕うようにもなる。警察や検察の取り調
べ室で昼夜責め立てられると洗脳されて、真っ赤なウソの綴られた捏造調書を被
疑者自身が信じはじめるらしい。

 スターリンに粛清された人々の多くもおなじくそのようになった。オーウェル
の「1984」はその結末でそれを書いている。だから契約を結んで殴られたい奴隷
は殴るザンニン教師を選択すればよいのではないか。信仰の自由同様、非科学、
非合理、非効率、非人間、屈辱を愛する自由もあるだろう。延命治療の選択と同
様、多様であっていいのではないかと考えるがいかがであろうか。

 しかし、その契約書には、さらに一項書き加えられねばならない。「ただし、
殴打が理不尽と判断される特定の場合には、被害者は当該教師ないし監督を殴り
返すことが出来る。また同席の生徒ないしは選手が当該殴打を座視するに耐えな
いと判断しうる特定の場合には、不特定多数が集団的に当該教師ないし監督をフ
ルボコにすることが出来る」。女子柔道の体罰についてブラジルの監督は「こち
らでなら殴り合いになる」と言ったと聞く。監督と選手は役割を異にするだけで
人間関係は対等だからである。日米は対等といっただけでフルボコにされるこの
国では無理か。

 一般的には、一切暴力は禁じられねばならないが、ただし未成年者の教育の場
で、ときに教師が子どもを愛情の自然からハグすることも、危険防止などのため
に子どもの行動を身体的に制止拘束したりすることは十分ありうる。言葉ですま
ないこともある。それはむしろスキンシップとしてポジティヴに受け止めるべき
ことであろう。指一本からだに触れてはならないというのでは、教師は事なかれ
主義で萎縮することになるだろう。満員電車のなかで常に両手を上に挙げていな
ければならないような、そういう用心が教師には必要になっては困る。量産され
たチカン冤罪の悪例が教育現場にまで及ぶ心配はしておく必要があるだろう。

 同時に、もうひとつ教師に対する学生の暴力も法的に歯止めをかけておく必要
があるだろう。70年代に全国的に大流行した学生ゲバルトの先例もある。私の近
しい大阪大学の英語教師はヘルメット学生にゲバ棒で頭を割られる重傷を負った。
京都大学の英語教師は授業をしようとして阻止され、直接の暴力は免れたが身長
150数センチと小柄だったから、学生たちに襟首をつかまれ空中を滑走して教室
外に運ばれた。それに懲りず再び後ろのドアから入って「また来た」と学生は言
い、再び空中を搬出された。空中搬送であっても実力行使にはちがいない。

 また、この時代、言語においても暴力は全盛をきわめた。論争においては論理
より罵倒のレトリックが優先された。もっぱら造語と罵倒によって、次から次に
論敵をなぎ倒して、当たるところ敵なく、ついに論壇を制覇しつくした人物が先
年他界した。これはちょっと法的には防ぎようがない。罵倒を禁じる法律はない。
国会の野次同様防ぎようがない。              (2013/02/11)

         (筆者は堺市在住・大阪女子大学名誉教授)

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