失速し始めた新興経済諸国(BRICs)

海外論潮短評(65)                  初岡 昌一郎

失速し始めた新興経済諸国(BRICs)―グローバルな経済統合は神話―

    
────────────────────────────────────

 21世紀に入ってから世界経済を牽引してきたBRICs諸国、すなわち、中国、
インド、ブラジル、ロシアの経済にこのところ変調が顕著になり、その高度成長
の失速が始まった。これは、国際問題専門誌として定評のある『フォーリン・ア
フェアーズ』2012年11/12月号の表紙に取り上げられた主論文の論調である。

 「バラバラになったBRICs」という表題のこの論文の筆者、ラヒール・シ
ャルマはモルガン・スタンレー投資運用会社のインド人経済分析専門家である。
以下はその要旨。アメリカきっての投資顧問会社専門家の目を通してみる世界経
済の展望は興味深い。
 

******************************************************

◇バラバラとなった新興経済諸国 ― なぜ成長が止まったか

******************************************************

 この数年間、グローバル経済のトレンドについて最もよく言われたことは、先
進国以外の諸国が勃興して、多くの開発途上国の経済が先進国経済と急速に統合
されていることであった。この現象の背後にある主力エンジンがBRICsとし
て知られる、ブラジル、ロシア、インド、中国という、主要な新興市場経済諸国
であった。この見解によれば、世界で歴史的なシフトが生じており、発展途上世
界の主要なプレイヤーが先進世界に追いつき、それを追い越すとみられていた。

 このような予測はこの10年間の成長率を直線的に将来に延長して、アメリカや
他の先進国の低成長と対比して論ずる典型的なパターンであった。この論理は、
世界最大の経済大国としての中国がアメリカにほどなく追いつくことを証明する
ものとみられた。これをまともに受け止めたのがアメリカ人であった。最近のギ
ャロップ調査で、50%以上のアメリカ人は中国が世界の指導的経済大国に既にな
っていると考えている。事実は、アメリカ経済が依然として中国の2倍以上の規
模にあり、一人当たりGDPでは7倍以上高い。

 このような直線的予測は、1980年代に日本が間もなく世界一の経済大国になる
と予言していた。こうした行き過ぎた予測に、その後の現実が冷や水を浴びせた。

 世界経済が2009年以後に最悪の方向に進むにつれ、中国の成長率は急速に低下
し、二桁から7%以下に失速している。そして、他のBRICs諸国も躓いてい
る。2008年以後、ブラジルの年間成長率は4.5%から2%に落ちた。ロシアは7%
から3.5%に、インドは9%から6%に下がった。

 10年以上にわたって高度成長を維持するのは困難なので、これは驚くべきこと
ではない。これまでの10年間の異常な状況が楽観論を生んだのである。危機が連
続した1990年代から抜け出し、グローバルな金融緩和でカネ余りとなり、事実上
あらゆる国の経済が好転した。2007年には、わずか3ヵ国のみがマイナス成長に
悩み、不況は国際場裏から姿を消した。

 しかし現在、途上国経済への外資流入は大幅に先細りつつある。多くの国が落
伍し、わずかな勝者が予想されなかったところで登場するという、通常の変動状
態にグローバル経済の軌道は戻りつつある。このシフトの意味するところは目覚
ましいもので、新しくスターとなる国に対する資本のフローがグローバルなパワ
ーバランスを再形成してゆく。

******************************************************

◇永久に開発途上として止まる諸国 ― BRICs論の破綻

******************************************************

 先進国と開発途上国が幅広く融合するという考え方は神話である。IMFが追
跡調査している世界の約180ヵ国のうち、僅35ヵ国が先進国とみなされている。
残りの国が発展途上であり、そのほとんどがここ数十年発展してきたが、将来も
長年にわたって途上国から抜け出ることはないだろう。

 途上国市場全体のパフォーマンスは先進国経済の水準に収斂するものではなか
った。事実、1950年から2000年までの50年間、先進国と開発途上国の一人当たり
所得のギャップは拡大した。

 例外的に少数の国が西欧にキャッチアップしたが、それらは石油を産出する湾
岸諸国、第二次大戦以後の南欧諸国、東アジアの経済的“タイガー”諸国に限ら
れている。開発途上の市場経済全体がキャッチアップを開始しだしたのは2000年
以降のことである。それにもかかわらず、2011年現在、富裕国と開発途上国の間
の所得格差は、1950年代のレベルに戻ったにすぎない。

 多数の途上国は持続的な成長に弾みを付けるのに失敗したし、中所得国に達し
たのちに行き詰まった国もある。過剰債務と過大評価された通貨が1997-98年の
アジア金融危機を招来するまでは、マレーシアとタイは先進国への途上にあると
思われた。それ以後のこれらの国の実績には失望させられる。1960年代後半には、
ビルマ、フィリピン、スリランカが次のタイガーとして期待されていたが、中所
得国になる前にひどく落ち込んでしまった。

 持続的な成長を維持できないことが、一般的な減速のルールである。その法則
が向こう10年間にもまた繰り返し姿を現しそうだ。

 21世紀の最初の10年間、新興国市場がグローバル経済の主柱として持て囃され
たので、新興市場とは金融分野でいかに新しい概念であるかが安易に忘れ去られ
た。ウオール・ストリートが1980年代半ばに新興国株式を上場し始めた時、当初
は“エキゾティック”とみなされたものだ。すぐに海外投資家のラッシュが始ま
り、1987年から95年の間に、新興国株式はブームにより価格が600%も上昇した。
この間に新興市場に投資された資本は、グローバルな株式総額の1%からほぼ8%
に増大した。

 この局面は、1994年から2002年にメキシコからトルコを襲った経済危機によっ
て終わった。開発途上国の株式市場はその価値の約半分を失い、グローバルな総
額の4%に落ち込んだ。1987年から2002年の間に、グローバルなGDPに占める
途上国のシェアは23%から20%に低下した。例外は中国で、そのシェアを倍増さ
せ、4.5%に上がった。ホットな新興市場という物語は、実際のところこの一ヵ
国にのみに当てはまる。

********************************************************

◇グローバルな経済ブームの終焉 ― 無責任な楽観的長期予測

********************************************************

 
 次の局面は2003年のグローバル・ブームによって始まった。新興市場が初めて
グループとしてテイクオフを開始した。グローバルGDPにおけるそのシェアは
急上昇し、20%から今日の34%に達した(これにはその通貨価値の上昇も部分的
に寄与している)。株式の価値もグローバル市場の4%から10%以上へと上がっ
た。2008年のグローバルな金融クラッシュによる暴落は、2009年にはほぼ回復し
たが、それ以後は停滞気味である。

 第三局面は開発途上世界の緩やかな成長、ブームと破綻のサイクルの再登場、
開発登場諸国の集団的行動様式の崩壊によって規定されるであろう。過去10年の
投資を煽ってきた容易な資本調達と青天井の楽観主義が失われて、途上国の株式
市場は壁に突き当たり、大規模途上経済の収益性の向上と通貨価値の上昇が制約
されるだろう。

 BRICs待望論ほどグローバル経済についての理解を混乱させたものはなか
った。それらの国はそれぞれの地域において最大の経済規模を持つこと以外に共
通点はあまりない。それらの国の成長を押し上げた要因は異なるし、競合さえし
ていることが多い。

 例えば、ブラジルとロシアはエネルギー産出国で、燃料価格高騰から利益を得
るのに対し、エネルギーの高消費国であるインドはそれによる被害を蒙る。過去
10年間のような極めて異常な状況を除き、これらの国が統一的に成長することは
ありそうにない。中国を除くと、それらの国の相互間の貿易は限られたもので、
政治的ないし外交上の共通利害もほとんどない。一括して物事を思考することの
問題点は、それが一旦膾炙すると、すぐに時代遅れとなる世界観に分析が閉じ込
められることである。

 近年のロシア経済と株式市場は新興市場中で最弱体な国の一つであり、石油成
金の億万長者たちによって支配されている。彼らの資産はGDPの20%にのぼり、
スーパーリッチ層がこれほどまでのシェアを保有している主要国は他にない。

 経済論議における現在の流行は長期的予測を行うことであるが、それに対する
説明責任をだれも負わないのが特徴だ。このアプローチは、17世紀を回顧して、
当時中国とインドがグローバルGDPの50%以上を占めていたことから、“アジ
アの世紀”が再度到来していると主張する。実際の分析では、グローバルな経済
循環に一定のパターンを明確に見つけうるのはせいぜい10年単位である。ほとん
どのCEOや投資家は戦略的見通しを3年か5年に限定し、その成果をこの時間枠
で評価している。

********************************

◇新経済秩序の頭打ちと根強い旧秩序

********************************

 向こう10年間、アメリカ、ヨーロパ、日本は低成長を続けると思われる。グロ
ーバル経済にとって問題なのは、これら先進国の不振よりも、既に始まっている
中国経済のスローダウンの深化である。いずれの国も成熟に従い成長は鈍化する
が、中国の場合、これまでのように急成長を継続するには人口があまりにも巨大
であり、高齢化が急速に進行しすぎている。人口の50%以上が都市に住むように
なり、農村からの余剰労働力がだいたい尽きてきている。これは過去20年間の労
働力移動と、一人っ子政策の結果である。先進国と中国の成長が鈍化するにつれ、
これらの国からこれまでほどの購買力が失われ、ブラジル、マレーシア、メキシ
コ、ロシアなどの輸出主導型中進国は否定的影響を受ける。

 新興経済国の貿易収支は、過去のブーム中の10年間にGDPのシェアの中で6
%へと3倍に急増した。しかし、2008年以降は2%と旧来の水準に戻っている。新
興経済諸国は輸出以外に市場を拡大しなければならないが、ほとんどの国が内需
拡大に失敗すると投資家たちは見ている。

 成長軌道が分裂、希薄化するにつれ、これまで成長モデルは失われるか、新し
いモデルに取って代わられる。以前にはアジア諸国は日本を、バルト海諸国はE
Uを、そしてすべての国が多かれ少なかれアメリカをパラダイム(模範)として
みていた。しかし、2008年の金融危機がすべてのロールモデルを否定した。

 日本の最近の無気力は韓国をより魅力的に見せているし、チェコ、ポーランド、
トルコなどの周辺国はユーロ圏への魅力を削がれており、アメリカの債務財政危
機が途上国経済への自由化圧力に関するワシントン・コンセンサスを失墜させて
いる。

 低い出発点から急成長するのは容易なので、レベルの異なる諸国の成長率を比
較することに意味はない。最近の10年間はグローバルな成長の規模とペースから
見て異常であり、このような幸福な時代が間もなく再び回帰すると予想するもの
は失望を味わうだろう。

 所得底辺国の中から急成長を見せる国が出現することは期待できるけれども、
多くの予測が見ているよりも、トップや中位の諸国は旧経済秩序にどっぷりとつ
かったままであろう。その他の諸国は発展を続けるとしても、先進世界の所得レ
ベルに追い付く国はほとんどないように見える。

******************

◆◆ コメント ◆◆

******************

 この10年間に流行語の一つになっていたBRICsという言葉が死語になりか
けている。それはこの論文が指摘しているように、これらの新興経済諸国の経済
成長が失速気味で、かつての輝きを失ったからである。BRICsとはいえ、ブ
ラジル、ロシア、インドに比較して、中国の経済規模と世界経済における牽引力
が圧倒的に大きいので、中国の動向はBRICs論を越えて今後も注目を集める
だろう。

 本論が指摘するように、この新興経済4ヵ国には共通性が乏しい。したがって、
単一的なグループとしての構成要件を欠いている。だが、これらの国が先進国に
追い付こうとするならば、改革・改善を図らなければならない共通の重大要件を
抱えていることは、本論の筆者を含め、エコノミストがあまり触れていない。

 その第一は、BRICs4ヵ国とも、経済成長が所得の配分を一層不公平にし、
格差を拡大したことである。ほとんどの先進国が曲りなりにも持っている公正税
制と社会保障による所得再配分機能がそれらの国ではきわめて弱い。それが政治
と社会の不安定を招いている。第二は、それらの国ではいずれもパブリック・サ
ービスが未発達である。このために、成長の成果が国民生活の質的改善に結びつ
いていない。

 BRICsの次は、VIP(ベトナム、インドネシア、フィリピン)が成長率の
高い新興経済だと囃子立てるエコノミストがいる。しかし、これらの国が発展す
るのは好ましいものの、その規模と力量はBRICsにはるかに及ばない。また、
これらの国が所得再配分とパブリック・サービスの水準は先行新興経済諸国に比
較しても見劣りする。

 開発途上国はこの60年間に見るべき発展を遂げてきたが、先進国との格差は
 1950年代と比較して、縮小していないとみられている。国際経済秩序と国際社
会が安定に向うためには、国内的国際的景気浮揚よりも、国内的国際的な格差是
正が不可欠なのだが、その道筋は不透明である。

 (筆者は姫路獨協大学名誉教授・ソシアルアジア研究会代表)

==============================================================================
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップ>バックナンバー執筆者一覧