現代社会と向き合うフランシスコ・ローマ法王のこの1年

宗教・民族から見た同時代世界
        

現代社会と向き合うフランシスコ・ローマ法王のこの1年

荒木 重雄


 カトリック教会は現代社会の諸課題にどう対応しようとするのか。積極的な姿勢が注目されるフランシスコ法王は来年3月には就任3年目を迎える。今年の活動からその方向性を探ってみよう。

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◇◇ アジア重視のローマ法王庁
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 フランシスコ法王のアジア重視の姿勢は、法王の訪問としては25年ぶりとされる、韓国訪問で明らかにされた。長年の朝鮮半島南北分断に加え、領土問題などで対立が深まる東アジアに融和を呼びかけることを目的にした、8月15日の終戦記念日(韓国で光復節)を選んでの訪問である。

 ソウル中心部の明洞聖堂で催された「平和と和解のためのミサ」でフランシスコ法王は、約千人の参列者を前に、「十字架の力は全ての対立を乗り越え、全ての傷を癒し、絆を結び直すことを可能にします」と「許し」の大切さを説き、「朝鮮半島の全ての人々は兄弟、家族です」と南北の融和も促した。

 韓国は人口の3割がキリスト教徒で、うちカトリック信者は約500万人とされる。法王は行く先々で大歓迎を受け、光化門広場で開かれた殉教者の「列福式」には80万人に及ぶ人々が詰めかけた。

 明洞聖堂でのミサでは、朴槿恵大統領ほか、北朝鮮による韓国人拉致被害者家族、脱北者、朝鮮戦争前に半島北部で洗礼を受けた人など多様な人々に加え、旧日本軍の元慰安婦の女性7人が招かれた。法王は聖堂に入場したさい、車椅子に座った元慰安婦の女性たち一人ひとりの手を握り、苦しみへの共感を示した。

 このミサには北朝鮮の使節団も招かれていた。しかしこれは、折からの米韓軍事演習を理由に北朝鮮が拒否。フランシスコ法王は、アジア各国の司教を前にしたスピーチで、「バチカンと国交のない国々が対話の促進をためらわないよう、真剣に希望する」と中国や北朝鮮に呼びかけ、この呼びかけは、翌9月、外交関係のない中国の習近平国家主席に「バチカンに招待する」との親書を非公式ルートで送ることで実現を模索している。

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◇◇ イスラム世界へも真摯な視線
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 これに先立つ5月、フランシスコ法王は、イスラエルとパレスチナを訪れ和平を訴えている。この訪問では、パレスチナでは、イスラエルが建設してパレスチナ人の生活の権利を奪っている分離壁、イスラエルでは、パレスチナのテロで死亡したとされるイスラエル人の追悼碑でそれぞれ祈りを捧げ、話題を呼んだ。

 その訪問のときの法王の提案に応えて、6月、イスラエルのペレス大統領(当時)とパレスチナ自治政府のアッバス議長がバチカンを訪れ、フランシスコ法王とともに「中東と世界の平和を祈る式典」を催した。和平交渉が暗礁に乗り上げたままのなか、政治的な実効は期待できなくとも、千数百年の反目を超えて啓典の三宗教が共にする祈りは、たんなる儀礼を超えた重みをもつとされた。

 イタリア以外の欧州で法王が初めに選んだ訪問国は、9月、イスラム教徒が6割を占めるアルバニアであった。同国のカトリック信者は国民の約1割にすぎないが、各宗派が共存する現状を法王は「世界の模範」と称えた。

 さらに10月、イタリア最南端に近い地中海で起きた難民船の火災・転覆でエリトリアやシリアからの難民約370人が死亡した事件の1周年を前に、法王は、事故の生存者や遺族らとバチカンで面会し、中東・アフリカの情勢悪化に伴って移民・難民が急増する状況に即して、「欧州の人々よ、心の扉を開けてください」と呼びかけ、難民対策の拡充を求めた。

 非欧州出身の法王の下で、バチカンが、従来の「欧州中心主義」から脱却しつつあることは確かである。

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◇◇ 足元の課題と現代社会への適合
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 だがバチカンには、その足元に、解決されなければならない「負の遺産」がある。それらへの対応はどうなっているのか。

 聖職者による児童への性的虐待と教会ぐるみの隠蔽に対しては、バチカンの刑法を改め、そのような行為を犯した者には聖職者の身分の取り消しなど厳罰化をすすめた。マフィアなど闇社会との決別については、マフィア組織のメンバーは「破門する」とする一方、極右・保守政治家やマフィアがマネーロンダリング(資金洗浄)や政治工作資金に悪用してきたバチカン銀行の口座をチェックし、管理運営の透明化をすすめている。

 そしてなにより問題は、「左翼狩り」で数万人の死者・行方不明者を生んだ1970年代のアルゼンチン軍事独裁政権との不透明な関係が疑われたフランシスコ法王自身の身の潔白である。これについては、真相が解明されたわけではないが、軍政下での行方不明者を捜す人権団体「五月広場の祖母たち」などとの面会、和解が実現している。

 さてでは、アナクロで頑迷とされる教会の価値観の、一般社会の通念への適合ではどうであろうか。

 「家族の在り方」をテーマにした世界代表司教会議が、10月に開催され、離婚や同性愛など教会がこれまでタブー視してきた問題に向き合った。変革が期待されたが、保守派と改革派の溝は深く、「同性愛は容認されるべきで、差別は避けられなければならない」とした条項や、離婚した人が教会の重要な儀式に参加するのを認めるべきなどの条項は否決され、さらなる議論に委ねられた。フランシスコ法王自身は、「結婚とは男女がしっかり結ばれること。それが家族の基盤」と従来の価値観を堅持しながら、しかし、離婚した人や同性愛者が抱える悩みや苦しみは受け止めようとする立場だといわれる。

 また、同月、法王は、科学的見解にも言及し、「創造主の手がビッグバンを必要とした」とか「神は自然の法則に従って進化するよう生物を造られた」として、天地創造説や進化論に関する科学理論を、神の教えと矛盾しないと肯定している。

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◇◇ 日本にも関心を寄せる
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 前述の韓国訪問で「アジアは多様な文化の故郷。ここでは教会は柔軟で創造的であるよう求められる。対話がアジアでの布教には欠かせない」と述べたフランシスコ法王のアジア重視の姿勢は、11月のトルコ訪問でも発揮されたが、来年1月に予定されているスリランカとフィリピンへの訪問でいっそう明らかとなろう。
 じつは法王は、日本にも大きな関心を寄せているといわれる。法王は、日本に初めて布教したフランシスコ・ザビエルと同じイエズス会の出身。広島・長崎にも強い関心をもち、若い頃には日本への派遣を望んでいた。
 日本では来年、幕末期に布教を再開した外国人宣教師が長崎で隠れキリシタンと出会った「信徒発見」の150周年。その来年こそ日本訪問の好機ともいわれている。
        (筆者は元桜美林大学教授) 


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