韓国の教育事情と大学生

【コラム】槿と桜(7)

韓国の教育事情と大学生

延 恩株


 日本の大学生にとって3月は春休み期間です。そして桜が咲く時期がおおむね学校への入学シーズンと日本の方は誰もが思っています。

 でも韓国ではすでに新学年が始まっていて、日本より学年暦がほぼ1カ月早いと言えます。ですから韓国の大学はたいてい6月下旬で1学期の授業が終わり、夏休みに入ります。 ところで韓国では4年制の「大学」のことを「大学」とは呼びません。「大学校」(テハッキョ、대학교)と言います。「大学」(テハク、대학)という言い方もありますが、意味が違って、学部、あるいは2年制の大学、つまり日本的に言うと短期大学を指すことになります。

 したがって「○○大学校経営大学」とは、日本的に解釈すると「○○大学経営学部」になります。ですから例えば名刺などに「学長」とあれば、その方は「学部長」ということになります。それでは日本で言う「学長」は? 一般的には「総長」と呼ばれます。

 韓国の大学生は無論ですが、小学生から高校生までもよく勉強すると言われています。その大きな理由の一つは、あまりにも激しい競争社会になっているからだと思います。実は私自身、日本へ来た理由の一つに、この激しい競争社会が嫌になったということもあったと思っています。  

 なぜ激しい競争社会になるのでしょうか。
 それは日本では考えられないほどの学歴社会になってしまっているからです(日本も学歴社会と言われていますが)。多くの韓国人には競争を勝ち抜いて、然るべき社会的地位を勝ち取った少数の選ばれた韓国人になりたい、ならなければならないという異常に強い切迫した思いがあるように思われます。そのため他人に負けまいとする競争意識が強くなるのだろうと私は見ています。

 ですから最近ではこうした詰め込み授業(かつて日本でもよく言われていた言葉ですが)の弊害を危惧し、もっとのびのびと学生生活を送らせたいと自分の子どもを海外へ留学させる親も増えてきています。

 困ったことにこうした社会のあり方が韓国社会の隅々にまで行き渡っていて、子どもは生まれたときから、この学歴社会、競争社会の荒波に投げ込まれてしまうわけです。
 一般的に大学受験を目指す高校生は、授業が終わってからもさらに学校で夜の9時頃まで自習し、さらに塾にまで通う生徒が珍しくありません。

 受験生の間では「SKY」とか「イン・ソウル」という言葉がささやかれます。「SKY」とはソウル大学、高麗大学、延世大学を指していて、韓国でのトップクラスの大学です。また「イン・ソウル」とはソウル市内にある大学を意味しています。

 その理由は、一般的に国立、私立に関係なく、大学ランクではソウルを中心とする首都圏の大学が上位と見られ、地方大学は軽視されがちだからです。首都圏の有名大学がトップで、次いで首都圏の中堅大学、そして地方の有名大学、地方の新興大学の順になっています。
 ソウル周辺の大学に入学を果たさなければ、競争社会での勝者になる可能性が大きく後退してしまいます。ですから韓国の高校生は寝る間も惜しんで勉強し、勉強ストレスにも耐えて、学校へ、塾へ、そして家庭教師について勉強することになります。

 韓国では成績評価は相対評価が一般的で、日本のように多くが絶対評価を採用するということはありません。したがっておのずと競争意識が高まってしまうわけで、よく「学校の休暇入りが塾の開講日」と言われるのも現実で、受験生たちは学校は試験を受けに行く所、塾は勉強する所と思っているのです。

 こうしてやっとの思いで目指す大学に入学したのだから、あとは楽勝かというと、そうはいかないのが現在の韓国の大学生たちです。大学に入学するや授業科目選択で早くも受講許可を巡っての競争が始まります。インターネットからの申し込みが可能になっている大学が多く、人気授業は受付からすぐに定員に達してしまうからです。

 もう一つ、日本の大学生と大きく異なるのは、先ほども書きましたように成績が相対評価のため、目指す一流の会社に就職するためには大学の授業をおろそかにできなくなります。つまり日本の学生の多くが大学入学後は何らかのアルバイトをするのとは違って、アルバイトより学生の本分といえる勉強に取り組み、他の学生より少しでも成績を上位にしなければならないのです。放課後、図書館が学生でいっぱいになるのはごく日常的光景で、これも日本の大学生とは違います。

 また親たちも子どもがアルバイトをするのを好みません。何よりも勉強第一と考え、十分に教育を受けさせるのが親の役目と考えているからです。親がこうした出方をすると、子どもは親がそうは思っていなくても、おのずと親の期待を裏切ってはならないと考えるようになりがちです。

 そのため、かりにアルバイトをする場合、親には知られないようにする学生が多く、唯一、それでも親に内緒にしないでできるアルバイトは家庭教師ぐらいでしょうか。

 5、6年前の話になりますが、私の甥がソウル大学在学中に家庭教師のアルバイトをしていたことがあります。担当した教科は英語でしたが、週1回で1か月の家庭教師代が50万ウオン(日本円で5万円ほど)でした。当時の大手会社の新入社員の月収が200〜250万ウオン(日本円で20〜25万円ほど)でしたから、かなり高額の講師料と言えます。もっともこの家庭教師代も在籍している大学によって講師料に差があり、甥の講師料は高額だったようです。ちなみに飲食店などのアルバイトでは時給はせいぜい日本円で400円程度です。

 たとえ借金をしてでも子どもへの教育費を工面しようとする親心が、かえってあだとなる場合もあるようで、10〜24歳の自殺率では韓国は2000年に10万人で6.4人、2011年では9.4人に増えていて、10年前に比べて上昇率が47パーセントに上昇しています(経済協力開発機構OECD統計資料による)。 自殺の原因がすべて教育環境だとは言い切れませんが、10代の子どもたちにとって成績、進学、家庭問題、競争的な教育によるストレスなどが大きく関わっているのは間違いないでしょう。

 このように見てくると、韓国の学生はやっとの思いで大学への入学を果たしても、超学歴社会、就職難などが重くのしかかってきていて、日本の大学生に比べて将来への展望という点ではずっと厳しいと言えます。さらに日本と違うのは18歳以上の男性には約2年間の兵役義務があるということです。

 こうして学生生活を終えても、社会人として独り立ちするのがまた容易ではありません。
 韓国は大学教育を受ける履修率はOECD加盟34カ国中でいちばん高いようです。でも大卒者の就職率は最下位となっています。韓国の一流企業では、英語のほかに日本語か中国語の習得を求めるのが一般的です。サムスンなどでは、英語ではTOEIC800点以上でないと相手にされないとも言われています。だからこそ必死に勉強しなければならないわけで、日本の学生にはちょっと考えられないのではないでしょうか。

 韓国での就活は日本のように解禁日が定められているわけではなく、早い人は2年生あたりから始める学生もいれば、大学4年生の後期から始める人もいます。たいていは4年生の9月頃に履歴書による審査を受けてから面接となりますが、1回で就職が決まることなどめったになく、就活が何年も続く場合も珍しくありません。

 運よく就職できても正社員として採用される人は限られていて、わずか2割程度に過ぎないと言われています。日本以上に非正規社員が多いということになります。激しい学歴社会と雇用状況の改善がないかぎり、韓国の教育界での異常なまでの競争指向をなくすことはできないと思います。学校での詰め込み教育は子どもたちに学校は試験の成績を上げるための場所と認識され、友だちより何がなんでも上位の成績を取ることを良しとする教育は明らかにゆがんでいると言えるでしょう。

 どこかでこうした韓国社会の不正常な連鎖を解かない限り、生徒や学生たちに苦痛を強いて、ストレスを蓄積させるだけで、楽しく学ぶという環境は生まれないと思います。
 日本に20年以上暮らす韓国人として、母国のこうした教育環境を強く憂えます。そこで大変、突飛な提案を韓国政府にしたいと思います。
 「SKY」は、今後10年間、学生募集を停止。「イン・ソウル」の大学は同じく10年間、順番に数校ずつ学生募集を停止。
 ゆがんだ学歴社会を打ち壊す一つのアイデアとしていかがなものでしょうか。

 (筆者は大妻女子大学准教授)


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