【コラム】大原雄の『流儀』
★★ 韓国大統領の『犯罪』
平時なのに、尹大統領は、突然の戒厳令(非常戒厳)の宣布をした。野党議員の呼びかけで、市民たちも続々集まって来る。国軍の戒厳兵たちもソウルの国会議事堂周辺に出動した。民主主義国家の大都市に出現した兵士たちおよそ200人は、迷彩服に重装備というスタイルで国会議事堂出入り口のガラス戸を破壊し、立法の府の内部へ侵攻しようと身構えた。
韓国の大統領は、任期5年、アメリカのような再選制度にはなっていない。大統領選挙では、最多得票をした者が当選となる。有権者は、18歳以上で直接大統領候補に投票する。国民投票制だ。
韓国と北朝鮮との間は休戦(1953年7月27日発効)状態にはあるものの、いつ(再)開戦されるか判らないという不安定な政治状況にあるので、韓国の大統領は絶えず、臨戦体制で国事を進めざるを得ない、という。「休戦」とは、戦争行為と武力行使の停止)。しかし、「平和条約」(最終的な平和解決)は、成立していない。
日常的な会話の文字通りに言えば、「戦いを休む」。昼休みか、お茶会か、「一服つけたら、さあ、『戦争』やるべし」という意味のお休みなのではないのか。ならば、休みは休みだが、「始めるぞ」と声がかかったら、もう、一気呵成に開戦だろう。あるいは、黙ったまま、片方が侵攻して来たら、もう始まりになってしまうのではないか。ロシアのプーチンは、そういう戦術を好むらしい。3年前、真っ先にその戦術でウクライナとの国境を越えて攻め込んできたのではないのか。
以下、専門家でもない私がマスメディアの断片的な情報を元に、判断しながら書いているので、記述に間違いもあるかもしれなが、その際は、「訂正して、お詫びします」。
その代わり、ジャーナリストらしく、情報の受け手の皆さんに判りやすく書くということを最優先に対応して行きたいと思う。
韓国の政治権力は、大統領が殆ど独占する。国家元首であり、行政府の首班であり、司法の各種裁判官、行政の各種官僚などおよそ2万人の人事権を掌握しているなど、絶大な権力・権限を持っている。
「国会」は、一院制で、定数300。解散は無し。
議席は、小選挙区が254、比例区が46。
日本のように、小選挙区比例並立制度。
議決は、在籍議員の過半数で賛否が決まる。過半数は、151。
弾劾訴追案が国会議員全員で構成される「弾劾裁判所」で3分の2の賛成(3分の2は、200)が得られ、「弾劾」が可決されると大統領の「職務停止」となる。現在の状況が、それで、大統領の職務(権限)は、首相が代行することになるが、韓国の与野党の政治的な議席配分(力関係)から、今回は首相代行も停止されているので、その次の人が代行しているので、権限の力が弱いようだ。なかなか判断が遅いように見受けられる。そこに今回のケースの判りにくさがあると思う。大統領の代行の代行が、どこまで大統領の権限を振るうことができるのか。看板だけとは言え、代行の大統領役が、現職の大統領を裁くということではないのか。権力の二重構造が、ここにはある、と言える。
さらに、定員9人の裁判官で構成される「憲法裁判所」。
ここで尹大統領の罷免が適当かどうか審理され、6人以上の裁判官が罷免妥当となると尹氏は大統領職を失うと共に処罰されることになるだろう。万一、内乱罪の容疑で処罰されると死刑もありうる、という。
憲法裁判所の裁判官は、実は3人欠員だったのだが、事態を受けてその後、慌てて2人が補充された。従って、現在の8人の裁判官のうち、6人以上が罷免妥当と判断すれば、尹大統領は、大統領職を失うと共に処罰されることになるが、司法制度が与野党の政治事情に左右(翻弄)されているとすれば、状況が安定するまで見届ける必要があるだろう。ソウルでは、市民もデモなどに大勢が参加してくるようだ。自分事として関心が高いようだ。
今回、国会では、非常戒厳解除、大統領弾劾訴追案可決がそれぞれなされた結果、尹大統領の職務は停止となった次第。しかし、身分は、現職の大統領のまま。権限はないが、看板は使える、というのが現況である。しかも、現職大統領が罷免される前に拘束されたことはない、というから、厄介だ。
一方、憲法裁判所は、大統領の弾劾審判中。弾劾が妥当となれば、尹大統領は罷免され、新たな大統領を選ぶ選挙となる。弾劾請求が憲法裁判所で棄却されれば、尹大統領は、職務復帰し、大統領として、権限を復活することになる、という。
韓国の民主主義は、ペンライトやプラカードなどを持ち寄ったデモと音楽、若い力の参加を加えて、半歩前進・半歩後退のリズムに乗って、半歩ずつ前進しているようだが、見えない部分に、どのような宿痾が隠されているか、韓国政治は、厄介なお荷物になってしまうかもしれない。
大統領の「犯罪」は、韓国の民衆の生活を直撃する。また、それだけに、大統領制度に隙間があってはならないので、システムは、日本より複層的に見える。メディアの説明も中途半端のような気がするが、弾劾審判の権限の流れは、以上のようである。
さらに、罷免された大統領は、国家内乱の首謀者ということで犯罪者になるので、身柄を拘束され、逮捕される。この段階で、表舞台に出てくるのが、以下の組織である。
まず、大統領を拘束しようとしているのは、
警察など捜査機関側の合同捜査本部、「高位公職者犯罪捜査処」(略して「公捜処」)、
警察とは別組織の政府機関、大統領の警護担当である、「大統領警護処(略して「警護処」)が、それぞれポスト尹の大統領選挙を目指して、綱引きをしているということだろうか?
ああ、私の説明も複雑でしたよ。解りましたか?
以下、改めて、詳しく述べたいが、頭の中をリフレッシュするために、気分転換。
★ 間奏:ある新聞の訂正記事の経緯(いきさつ)
新年早々から、久しぶりの「訂正して、おわびします」という記事について筆を執る。
今回は、ケアレスミスによる「誤報」なので、匿名で記述する。
12月22日付新聞には、すごい告知記事が掲載された。
「訂正して、おわびします」のコーナー。
以下訂正記事本文。ただし、一部引用にとどめる。テーマは、最近増えている年賀状じまいだ。
★ テーマは、流行りの「年賀状じまい」
▼21日付土曜別刷り (略)の帯グラフで、「はい」と「いいえ」の割合が逆でした。
正しくは「はい74% いいえ26%」でした。
(略)アンケートの結果を取り違えていたため、この記事を取り消します」。
問題の記事は、別刷りの特集版。紙面の半分近くを年賀状を出す•出さないという問題提起の記事で構成している。さらに翌日付朝刊記事が問題の訂正記事。二段組、9行もの長い記事である。私が驚いたのは、社内で、どのような話し合いがなされたのかは、不明だが、あっさり、「この記事を取り消します」と書いて、新聞社のお宝であるはずの記事を引っ込めてしまうという判断に対してだ。
記者が、記事内容を間違えたのか。グラフ制作者がグラフづくりで間違えたのか。
いずれにせよ、訂正とお詫びは判るが、元の記事を引っ込めてしまうという判断に疑問を感じたのだ。引っ込めてしまう、というだけでなく、「取り消します」というところが、凄みがあるように思う。訂正は、ありうるが、取り消しは、職位の高い責任者の「出処進退」に関わってくるのではないか。日本を代表する第新聞社の出処進退を、同じメディアの一員として今後とも、注意深く、継続的に、見て行きたい。さて、早速、以下に続く。
推測だが、原因は、記者が本文でも間違えたのでは、ないでしょうか。グラフ制作者は、記事の間違いに気づかずに記事通りのグラフを作ってしまったのでしょう。グラフ制作者が気づいたら、その人がセーフティネットの役割を発揮して、間違いは起きなかったでしょうからね。
「訂正」の詫び状を書いたと思われる「上司」(担当デスク?)は、次のように書いている。
「本文中、年賀状を出さないと答えた人が『7割を大きく超える』とあるのも同様に誤りでした。」と、断定している。
うっかりしていれば、ミスをするが、今回のミスは、指摘されれば、自分のミスに即座に気がつく、という類いのミスだと私も思う。
間違えた原因を私も考えてみた。上司が触れていない部分で、いろいろあると思うが、私が特に気になった部分は、3つある。
ひとつは、問題の帯グラフの見出しに、「年賀状を出しますか?」とあり、「はい 26%」と「%」も含めて表記しながら、紙面では、「いいえ74」の方は%を省略しているので間違えたのかなと思ったからでした。割合の74は大きな%だが、1000とか100とかいう数字が列挙される帯グラフのデータ表記の中では、74は、小さな数字だからだ。チェックが甘かったのでしょう。
2つ目は、15年前の、09年に「この欄でも同じ質問をしており、その時は•・・」と記事本文中に記者自身が書いているように、前にも似たような紙面を作っているという油断が記者にあったのではないか、という感触です。
3つ目は、前回の記事の時は、年賀状を出さないと答えた人が9%だったのに、今回は74%もいて、「7割を大きく超える衝撃の結果になりました。」という、おもしろいデータに直面した取材者の喜びに足を引っ張られていたのかな、という疑問だ。
私は、「年賀状じまい」、つまり年賀状を出さないということが話題になり始めたのは、精々数年前からという方が実感に近いと思うから、いきなり「衝撃の結果」というのを疑い、周辺の人たちの感触を先ず聞いてみるだろう、と思ったのだ。その上で、データを再チェックするだろうな。
以上、列挙した理由で、件の記者は、ケアレスミスを犯してしまい、上司のデスクは渋い顔で、読者や関係者への詫び状書きということになったのだろうと想像している。私の違和感は、訂正・お詫びは、当然としても、フェイクな情報がなぜ出てしまったのかを説明をして陳謝すれば、良いのではないのかということである。
思ったより、長々と書いたのは、この新聞社の、噂される「組織的疲労度」が、噂される以上に深刻なのではないか、という危惧の念が私にはあるからだ。この新聞社は、老舗の新聞社としてプライドが高いからね。
社内で十分検討して対処の結論を出したのか。読者に十分に説明をせずに、兎に角、謝る、訂正する、引っ込める、などの手続きを簡単に済ませていないか。ほかの記事は大丈夫か?
神は細部に宿る、という。
最近、地球には神がいなくなり、代わりに、数人の悪魔が宿って、地球を支配しているのだろうか。
「新聞社の経営陣は、実は経営の経験がない人がやっていて、聞きかじりの経営学から最新のものを受け売りで導入したりする。そういうものをそのまま新聞社にあてはめても、うまくいかないでしょう(及川智洋「外岡秀俊という新聞記者がいた」参照、外岡の発言部分から一部引用)」。
つまり、ジャーナリストではない人がジャーナリズムを牛耳っている。経営の経験がない人が経営に口出ししている、というのと同じことか。
私が退職まで所属していた放送局でも、報道など現場の長かった人材が必ずしも経営陣に加わっているわけではない。組織内部の別のセクション、あるいは、組織以外から受信者代表として選ばれて加わってくることがある。メディアなど、この新聞社と似たようもんだ、と思う。
及川智洋さん(以下、敬称略)は、1966年、岩手県生まれ。東北大学卒業。1990年朝日新聞入社、2016年、退社。2019年、法政大学大学院博士後期課程政治学専攻修了。法政大学非常勤講師。2024年に標記の書籍を刊行している。先輩の外岡秀俊さん(以下、敬称略)という人物の新聞記者としての人生を軸に朝日新聞社論を口述筆記してまとめたものである。
外岡秀俊は、及川・前掲書の「第十四章 東日本大震災取材(略)」の最後の部分で、「ジャーナリズムのため」と自分に嘘をついていないか」というサブタイトルを掲げて、次のようなことを書いている。短いが、外岡のジャーナリスト論が窺える。
「とにかく「間違ったら即座に謝りましょう」ということで「謝ったり、訂正したり、おわびをしたりというのは何の問題もないんだ」と。そうやって初めてみんなに信頼されるんだから。それを頬かむりして隠したり、なかなか認めなかったりとなるから、マスコミ不信が出てくるのでーーということは、かなり耳を傾けてくださったかなと思う。」という件が出てきてびっくりした。
マンスリー・メールマガジン「オルタ広場」連載の私のこのコラムは、「訂正して、おわびします」という朝日新聞の不定期掲載「訂正して、おわびします」が、目につくと、転載して、ひとくさり、何か書くようになったが、その源泉のコーナーに外岡秀俊がいたとは、知らなかった。
今年の1月8日付朝日新聞23面社会・総面朝刊記事参照。「訂正して、おわびします」のコーナーから引用。以下、本文。
▼昨年12月21日付土曜別刷りbeの7面「マイ走馬灯」の記事で、「シロテナガザル」とあるのは「シロテテナガザル」の誤りでした。みうらじゅんさんの原稿を担当編集者が入力する際に打ち間違えました。」
要するにケアレスミスですよね。こういう「訂正」が、時々社会面の隅っこに掲載される。
さて、別件。
★ NHK「バリバラ」3月に終了
同じ朝日新聞、同じ日の同じ社会面の左隅に載っていた見出し。NHKのバラエティー番組で、バリアフリーに挑戦したいという意気込みが感じられる番組だった。障害者を含め、生きづらさを感じる全てのマイノリティーの「バリア」をなくすことを掲げ、放送時間を増やしてきた。制作は、NHK大阪放送局。同じNHKでも、東京制作とは、違う問題意識で番組を作っていた、と思う。
この記事は、NHK・Eテレのバリアフリー・バラエティー番組「バリバラ」(木曜午後8時)が3月に放送終了するという全国向けの告知記事。
★★ 間奏:もう一人のジャーナリストの本を読んだ。
山口道宏「老いは孤立を誘う」だが、山口さんは、日本ペンクラブで、同じ委員会に所属しているので、定期的に会うことが多い。彼の目下のテーマは、高齢者の現況を「孤立」論で見通してみる、ということらしい。高齢者論は、団塊の世代がこの世代に本格的に参入してくる、これからが本題となるだろうから、益々、侃侃諤諤の時代が目の前にきている、ということで、問題意識を先取りしたこういう本の刊行が目に付くようになるだろう、と思う。
テーマは介護などのあり方を問う際の、視点に「支援する•支援される」介護関係論である。
だが、「閑話休題」。「老いは孤立を誘う」という著書のタイトルが、判りにくはないか?
ここで、私の世代では、「孤立」といえば、次の文句が鮮烈だった。
「連帯を求めて、孤立を恐れず、
力及ばずして倒れることを辞さないが
力尽さずして挫けることを拒否する」
確か、当時、東大構内で見つかった建物の壁への落首の一種。時代の空気が、色濃い。
これを書いた人物は、詩人の谷川雁だという説もあれば、特定されていない複数の学生たちの合作ではないか、という説もあるらしい。
もうこれを書いた学生の世代では、御存命でも、亡くなっている可能性がある。
私が、高齢(老い)、孤立、貧困などを考えるならば、
連携(インターネット)の不在の独居(孤立)と貧困というテーマあたりが当面の課題かなと思われる。同じ世代の声を聞くならば、返ってくる声は、「孤立を求めて、老いを恐れず」かな。
老いは群れず、か?
21世紀の高齢者問題の標語は、
少子高齢化 → 独居高齢化
とすることを提案したい。
少子化は、すっかり定着し、若い家族ではひとりっ子育児は、当たり前。
子どもが、就職や結婚で巣立ってしまえば、そのまま、高齢者は、夫婦二人の生活が長く続くことになる。夫婦のどちらかが先立って仕舞えば、残されたひとりは、女であれ、男であれ、長い長い独り暮らしが始まる。独居高齢化。
以上、「閑話休終了。
★ 再び、本題の「戒厳令宣布」へ。
隣国韓国では、(去年)12月3日に宣布された非常戒厳という「大統領の『犯罪』」に対する捜査を進めようとしている。この国の大統領も疲れているのではないか。国内的には、少数与党の大統領。さらに、日本、アメリカ、韓国などと北朝鮮、中国、ロシアなどが絡む外交関係などに神経をすり減らさなければならない状況が日々近づいていると思われるからだ。
これで、皆が、自分の守備範囲できちんと気を付けてくれれば、まだしも、かえって、萎縮してしまい、しなくても良い間違いを犯すというのも堪らないね。
さて、韓国の尹大統領も、間違いを犯した。
本来ならしなくても良い状況で戒厳令宣布などしなかっただろうに。
この問題は、私が思うには、国会で議論すべき与野党の政党間の論争を大統領が間違って「非常戒厳」のボタンを押して問題を立法府の外へ投げ出してしまったということではないかということだ。
★★尹大統領と非常戒厳宣布
2025年、国際社会の新年は、どんな方向性の1年になるのだろうか。
まず、年末になって事実上の戒厳令である「非常戒厳」を宣布した韓国の尹大統領は、どうなっているのか。弾劾されて、罷免されただろうか。1月10日現在では、実際、大統領は、まだ、国会で弾劾はされたものの、憲法裁判所で罷免はされていない、という状況である。
それを含めて、AP通信が発信した情報の復習を兼ねながら、おさらいしておこう。
現在、メディの世界では、従来の新聞•テレビ、まだ、未知の部分があるSNSなどというように複数のメディアが、渦巻くようにさまざまな動きをし、事実を報道しているはずが、メディアの中には、フェイクな情報を意図的にファクトの渦巻に紛らわせて落とし込んで発信し続けているところもある。
メールマガジン「オルタ広場」のような月刊のデジタル情報を発信するメディアで国際社会の状況を追いかける報道記事を書くのは、メディアのタイムラグが大きいので、難しい。視点をどこに置いて、半歩「先」を推察しながら見つめるように、または、半歩「後」の情報を選り分けながら書き綴らなければならない。当たり外れは、毎回のようにあるわけだが、どれくらい、読者の許容部分に残ってくれるか、それを見極める醍醐味もあるから、やめられない、ということだろうか。
まあ、当面、マイナス要素を踏分け踏み分けしながら試行錯誤を地道に続けるしか無いだろうと思いながら、チャレンジしているつもりである。新年にあたっての「決意表明」というところ。
★ 「非常戒厳」宣布の夜
時間を遡る。2024年12月3日午後11時頃、仕事の打ち合わせを兼ねて、一献してきた日本人がソウルの国会議事堂に近いホテルに戻ってきた。ビジネスの打ち合わせを兼ねた接待で、ソウル駐在の社員と共に相手方の責任者を接待してきた帰途であった。駐在社員は上司をホテル前で下ろすとそのまま自宅までタクシーに乗って、帰って行った。
日本人は、特に異変の兆候にも気づかずにホテルのロビーから内へ入ろうとしていた。タクシーが遠ざかって行った先から視線をホテルの内部に向けると、何かが違うという違和感だけが日本人の皮膚感覚を刺激した。視線の端で何かが動いている。なんだろうと日本人は視線を凝らしてみた。何人かが口々に声を出しながら、どこか同じ方向に向かって走っているようなのである。中には走っている人たちもいる。ロビー内に入ってホテルの従業員に何があったのか聴こうかとも思ったが、心が落ち着かず、兎に角、皆が走っていく方向へ自分も行ってみようと思った。そう決断すると、それまで聞こえていなかった周りの音が一気に耳に傾れ込んで来るような音の塊が日本人の皮膚にぶつかるように痛みになっていることに気がついた。どこかに向けて走り出している群衆が向かう先にユニークな屋根を被った建物が見える。道路に溢れ出た水が丸い渦を巻きながら、下水溝に吸い込まれるように、どうも、皆はその建物の出入口にひきこまれていくように見えたのである。市民たちの数が、ものすごい勢いで増えている。これを規制しようと動員された警察官たちの姿も増えてきた、完全装備の戒厳兵たちの迷彩服も不気味な感じがする。、国の行方を心配して駆けつけてきた市
民たちも増え始めている。「なにがあったのか?」近くにいた市民に聞くと、興奮した調子で、「戒厳令だ、戒厳令だ」と言うばかり。
気が付けば、昼間のビジネスの視察、夜の接待の街並みの賑わい、午前0時を過ぎた深夜の時刻を律儀に指している腕時計の針だけは、冷静に活動しているようだ。巻き込まれたら、「ヤバイ」という気持ちが強まる中、日本人は、兎に角、身の安全を確保し、明日以降のことを考えようと思うようにしていた。以上は、韓国の44年ぶりの戒厳令宣布に出会(でくわ)した日本人に聞いた話の断片を拾い集めて記述してみた。
以下は、それを報じた翌日の日本の新聞(夕刊)誌面の様子である。
朝日新聞24年12月4日付夕刊。一面記事。
トップの横見出しは、次のようなものであった。
韓国「非常戒厳」6時間で解除
立て見出しは、2本。
国会が解除要求決議
野党「大統領辞任しないと弾劾」
リード記事:以下の通り。
早々と、意外な展開。韓国の尹錫悦大統領は4日未明、前夜に宣布した「非常戒厳」を解除した。国会の過半数が賛成した解除要求決議を受けたもので、戒厳のために投入した軍も撤収させた。野党は「内乱行為」だとし、尹氏が辞任しなければ弾劾手続きを進める構えだ。
(朝日新聞を含め、新聞各紙は、★12月4日夕刊以降、最近までの記事を参照、一部引用。NHKニュースを含め、テレビ画像を注意深く、ウオッチングした。特に、気を付けているのは、新聞を含め、情報は深読みをする、ということだ。)
韓国の尹大統領は、12月3日夜(午後10時25分)、「非常戒厳」宣布、つまり、従来の言い方なら「戒厳令」を出した。韓国の歴史で、これまでに最後に出した戒厳令は、1980年5月17日。光州事件となった。韓国では、それ以来の戒厳令ということになる。44年ぶりだ。
今回、通信社のAPが配信した画像を見ると、ソウルの国会議事堂の出入り口のドアの大きなガラスが破られている。
ドアの外にはヘルメットを被り、完全武装と思われる軍人色の迷彩服姿の兵士たちが銃を構えてドアの中に入ろうとしている。破られたドアの内側には国会議事堂の職員らしい複数の男性たちが消火器の噴霧口を兵士に向けて真剣な表情で抵抗しているのが判る。噴霧器から発射された消火剤が白い煙になって、男の職員たちの頭上に蟠って、浮いているのが判る。
軍の兵士を一歩たりとも国会内に入れさせない、そういう緊張感が伝わって来る。
いつもなら、戦車出動。多数の兵士たちが、動き回っている。上空には、軍用のヘリコプターが複数機飛びかっている。見慣れた、軍部による、いわゆるクーデターのような軍事行動とは、様子が違っている。国会内の与野党の力関係の中で、本来、言論で戦い合うべき事柄に、いきなり、軍事力という抜いてはならぬ伝家の宝刀を元検事総長出身の「検事」大統領は、大きな判断ミスを犯したまま、先の見えない暗闇へ一歩踏み出してしまったのである。それを怒っている。国会内の人たち。
なぜ、こんなことを尹氏は、しでかしたのだろうか。しかし、国会の決議に応じて、尹大統領は約6時間後に「戒厳」を解除し、国会や選挙管理委員会などに差し向けた軍の兵士たちを撤収させた。軍の兵士たちは、なぜ、従順なのだろうか。なぜ、選挙管理委員会なのか。
この辺りから、尹氏を巡る光景が変わってきたように思える。それに伴って、韓国を取り巻く空気も、流れも変わってきたのではないか。
弾劾訴追案が、与党から流れ出した票に背中を押されてそれは、次の段階に設けられた憲法裁判所の判断に委ねられる。国会でやっと良心は可決された。市民は、自分たちの民主主義の権利を戒厳軍の兵士たちに渡さなかった。兵士たちは、市民に手を出さなかった。尹氏の行動は、罷免に値するのかどうかは、やがて判断されるだろう。
★ 尹氏のいる、「ある情景」
「このニュース、続報が来ていないんじゃないか」。
まあ、尹氏の真情は、おいおい判ってくるかもしれない。
地元、韓国の新聞が描写する、前夜の尹氏の電話のやりとりの幾つか。私も想像力を高めてみる。
12月3日夜。非常戒厳宣布の約3時間前。
場所不詳。
尹氏:警察庁長官(官姓名明記、警察トップ)、ソウル警察庁長官の2人を呼び出して、直接、数分間にわたり「作戦」の内容をつたえた、という。それによると、「尹氏は、作戦の指揮書と共に、逮捕対象とする政治家10人以上の名簿を示し、国会や選挙管理委員会、最大野党•共に民主党本部などを統制下に置くよう指示した」という。
警察の部隊を国会に向かわせた後も尹氏は警察トップの警察庁長官に少なくとも6回電話をかけ、強い口調で「国会議員を逮捕しろ」と指示したという。(略)。
ソウルの記者は、上記記事を「いずれも真実と証明されたわけではないが」と言いながら、記事を掲載しているが、いずれ、裏付け情報が入ってくることがあるのだろうか。
13日の記事には、「東亜日報提供」のクレジットを付けて、一枚の写真を掲載されている。星形やハート型のペンライト、プラカードを持った人々の姿である。抗議というより、応援の雰囲気。まるで、ステージに立つアイドルと共に踊るファンのような韓国の参加型民主主義は、なかなか強かである。現場へ足を運び、声を上げて、権力者の暴走を食い止める。今の日本で、これができるだろうか。
15日の朝日新聞社会面記事参照。
韓国の若者は次々と街頭へ出た。アイドルを追いかける普通の若者たちがペンライトの先を国会議事堂に向けている。国会前の通りを埋め尽くした若者たちはKーPOP 音楽のリズムに合わせて、「尹錫悦、退陣」とうたいながら、ペンライト(応援棒)を振り上げる。まさに、コンサートの熱狂ぶりだ。この日、各地で開かれた集会には、警察の推計で20万人を超える人たちが参加した、という。韓国社会では2016年から17年に当時の朴槿恵大統領が弾劾に至った時代に「ロウソク集会」が、各地で開かれたことを思い出す。今回は、7日の集会でプラカードと並んでペンライトの波がながれだした。尹大統領の戒厳訴追案可決の大波は、政治的なプラカードを流し去り、さまざまな形、さまざまな色合いのペンライトの花畑が、国会周辺に花を咲かせた、と言えるのではないか。
★ 用語説明。
弾劾:官職にある者(つまり、国会議員全員など)を義務違反や非行などの事由で議会の訴追によって弾劾・罷免し、処罰する手続きのこと。
弾劾裁判所:弾劾裁判所は、定員300人(全員)の国会議員の★過半数で、3分の2で、弾劾の是非を判定するシステム。
憲法裁判所:定員9人の裁判官で審判を下す。3分の2に当たる6人の裁判官の賛成で大統領は罷免される、という。現状は、裁判官3人が欠員であったが、その後、2人が補充され8人になった。この8人の裁判官のうち、6人の裁判官の賛成で大統領は罷免されることになる。
非常戒厳:韓国憲法が定める、いわゆる戒厳令のこと。
今回の戒厳令は、軍人クーデターの全斗煥以来、44年ぶり、という、まさに非常事態であった。
戦時・事変など非常事態で、軍事上の必要がある場合や公共の秩序を維持するために、大統領は軍を把握し、行政・司法、国民の言論や集会の自由など基本的人権を制限することができる。
クーデター:軍や政治家が支配階級内部で公然と、暴力的に行う非合法な権力の移動。
政権を転覆させること。
内戦:内戦は領土地内で対立し、武力を持ち合って戦うこと。
内乱・反乱:暴動。今回の尹大統領は、内乱の罪で問われている。
野党6党は、戒厳令の宣布には明らかな憲法違反があったなどと主張して、4日午後には尹氏の弾劾訴追案を国会に提出した。定数300人の国会議員からなる「弾劾裁判所」の機能を持つようになる。ただし、国会の与野党の現状の議席差では、足りない。野党議員の現況議席では3分2を超えないからだ。野党議員だけでは可決に必要な数に届かない。そのため、与党から野党案に賛成する議員が出るように、多数派工作をしなければならない、という次の段階の壁があることが判る。
★★ 韓国の国会勢力
一院制国会
定数300(過半数:151、戒厳令解除は、できるが、弾劾は、200必要なので、かなり狭き門か。
与党(「国民の力」:108)
野党・無所属(「共に民主党」:170)
その他(22)
「非常戒厳」に続いて、午後11時、戒厳司令官が出した布告令は、集会やデモを含む一切の政治活動を禁じ、メディアも統制下に入るという内容だった。尹氏側の総司令官は、一体、誰だったのか。「民主主義を踏みにじった」(韓国メディア)。民主主義の「原理」に通じているような人材が、作戦を総合的に判断していたのか。現場の幹部軍人に任せ放しではなかったのか。この結果、メディアや市民の間では、「民主主義の破壊」という批判も広がった、という。さらに、国会では、4日未明(午前1時)採決に参加した与野党の190人全員の賛成で戒厳令解除要求決議案を可決した。これを受けて、尹氏は、非常戒厳の解除に追い込まれた。戒厳令は、取り敢えず、解かれた。
さらに、尹氏の弾劾訴追案は、改めて野党6党が提出した。発議には191人の野党議員が参加しており、尹氏の行為は、「内乱にもあたる」と糾弾している。午前4時28分、尹氏は非常戒厳解除方針をテレビのニュースとして表明した。
★★ 「逆走」〜非常戒厳宣布から解除まで、5時間28分。
弾劾訴追案が国会で可決され、裁判官からなる憲法裁判所が「弾劾が相当」と判断すれば、尹氏の罷免が決まるということになる。定員9人、うち、欠員3人。どういう算術で弾劾か否かを決めようか。
非常戒厳の宣布は、国政運営に行き詰まった尹氏が自らの権力を守ろうとして非常手段に訴えたが、いろいろな行き違いの結果、尹氏の求心力が下がるとともに弾劾訴追という想定漏れの事態に直面することになる。地獄のゴールへとまっしぐら。
自ら招いたと言えるのでは無いか。
★★ 韓国の「非常戒厳」の波紋
韓国憲法第77条1項によると、大統領は、戦時などの国家非常事態や公共の安寧と秩序を維持する必要がある時、戒厳を宣布することができると定めている。「今回は、国家非常事態、公共の安寧と秩序の維持のいずれにも該当しない」と専門家は指摘する。非常戒厳では、さらに言論・出版・集会・結社の自由などについて、特別な措置を取ることができるとしている。特別なとは、どういう状況を指すのか。
国会では、与党は野党に厳しい攻勢ををかけられており、この状況から脱するには「非常手段」を選ぶしか無いと尹氏は判断したものと推量される。しかし、国会審議が思い通りに進まないという程度で非常戒厳が出されれば、憲法秩序揺らぐ、という危惧の声も聞こえる。8
尹氏に対する専門家の方々の貴重な情報は、無断で参考にさせていただいた。遅ればせながら、感謝します。
★ 専門家の説明・見解などをまとめてみると、
浅羽祐樹・同志社大学教授:戒厳令は憲法違反とキッパリ。
木村幹・神戸大大学院教授:任期一任、辞任示唆だけか。辞任は、党に委ねる、他人任せ。
奥薗秀樹・静岡県立大教授:大統領の延命狙う、与党の時間稼ぎか。
真鍋祐子・社会学者(韓国民主化運動研究):非常戒厳は憲法を破壊する行為。
「非常戒厳は、違憲の可能性が高い。野党の弾劾訴追案が国会で可決されれば、憲法裁判所で審判される。憲法に照らすと、重大な違反と認められる可能性が高い」。
一方、国会が在籍議員過半数の賛成で戒厳の解除を要求した時、大統領は解除しなければならないとしている。韓国メディアによると、尹氏の責任を問う動きは市民の間にも広がっているという。ソウルの国会議事堂前など全国の主要都市では、退陣を求める集会やデモなどが相次いで連日のように開かれている、という。尹氏は、民主主義を標榜する市民たちの厚い壁に包囲されようとしている。勝敗はつくか?
★★ 未確認情報メモ:7日朝刊 政敵攻撃に利用か?
尹氏による政治家の逮捕指示情報の数々。
韓国の情報機関・国家情報院(国情院)の幹部が6日、国会の情報委員会所属の議員らに対し、尹氏から指示されたと証言。
一方で国情院長は指示を否定するなど情報が混乱している。/
与党・国民の力の(前)代表/韓東勲氏の証言。「主要な政治家らを『反国家勢力』として逮捕するよう指示していた。韓氏は、代表辞任へ。
混迷を深める韓国政界。
大統領弾劾可したが、訴追・罷免への動きは、見えにくい。
誰が、大統領を逮捕するのか
尹錫悦流の、大統領という人間像
動画のニュースでは、それほどとは思わないが、物語を書くように新聞記事を読んでいると、尹大統領は、随分、性格的に問題のある人みたいだ。アトランダムに目につき、印象に残ったものを記載しておきたい。以下、記載。
独善的:尹氏の独善的な政治手法で、今年4月の総選挙で与党が大敗した。
大統領の支持率も20%前後に低迷、改善を求める与党・国民の力の韓東勲代表の進言も聞き入れず、確執が広がった。国会の過半数以上の議席を占める野党から攻勢をかけられ、政権運営が行き詰まて行った。その挙句、頼った手段が「非常戒厳」という手段だった。
なんだか、イジメの手紙みたいな内容では無いのか。皆んな、あんたが悪いのよ。同じ与党の韓代表も、「二枚舌」みたいだし、相手によって、いうことが違いそうなリーダーなのか。韓代表も16日、保守系与党の代表辞任。尹氏の弾劾訴訟を巡り、韓氏が所属議員らに賛成を呼びかけたことから、尹氏に近い議員らが激しく反発していた、という。党内の対立は深刻で、党勢の立て直しは容易ではなさそうだ。大雑把に言えば、大統領の与党は、勢力が3つに分かれているようだ。尹大統領派。韓前代表派。そのほか。
なんか、メモをチェックしていても、陰鬱になりそうだな。
★ 市民の声の方が、まともだね。声は、幾分、短くして、掲載している。
大学生(21)は、光州事件で親戚を亡くしている。戒厳令を批判する。
「21世紀に何が戒厳なのか。民主主義の根幹を揺るがす行為だ」と批判した。
会社員•女性(26)は、尹氏を「反省する気がない」と感じたと言い、「来週も街頭で弾劾を訴える」という。
大学生(20)は、「民主主義社会で、なんで、戒厳令なんだ」。
誰だって、そう思うだろう。私も、尹氏が韓国の国会で野党に苦しめられているのは、薄々感じていたが、現職の大統領が、ここまで時代錯誤な歴史観の持ち主だとは思わなかった。
★ 大統領・非常戒厳の不評
朝日新聞12月20日付朝刊(インタビュー記事)「戒厳令とたたかう」参照、一部引用。
真鍋祐子教授(東京大学東洋文化研究所教授:韓国民主化運動研究)。
真鍋教授に代表してもらった。
「韓国の民主化(1987年)は、多くの犠牲の上にもたらされた。その民主化にあぐらをかいて、何ごともなかったかのように振る舞うのは、犠牲者の命をむだに盗む泥棒みたいだ」(と、犠牲者の遺族は言う)。
(今回のように)「軍を使って人権を侵害しようとしたこの非常戒厳は、犠牲の上に勝ち取った憲法を破壊する行為で」、泥棒そのものだと思います。」
「韓国の歴史で、非常戒厳令が最後に出されたのは80年5月17日。そして戒厳軍が民主化を求める人々を弾圧し、多くの犠牲者を出す光州事件が起きました。今回すぐ国会に向かったのは、この時代を体験した人々が多かったようです。(略)軍は撤収しました。」
一方、「違いも多い(略)。KーPOP が流れて人々がペンライトを振る中で、若い女性が目立つことです。
「80年代から朴政権を倒すまでの運動は、女性が周縁化されるなど男性中心主義的で、マッチョな面が強かった。」
今回からは明らかに変化してきているように見えます。」
(続く)
(2025.1.20)
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