【コラム】大原雄の『流儀』

★★ 停戦なき越年

大原 雄

  イスラエルのネタニヤフ首相は、(12月)30日夜の記者会見で、『戦争はあと何ヵ月も続く』との見通しを示した」(朝日新聞2024年1月1日付朝刊記事ほかなど参照、一部引用)。
 
 パレスチナ自治区ガザ地区では、避難民190万人が、イスラエル軍の攻撃に怯えながら、越年した。隣に寝ている家族が目を覚ましたとき、自分は爆撃で死んでいるかもしれないという悪夢を見ながら、夜明けを迎える。この地区だけで既に2万人を超える人々が、殺されている。ガザ地区の保健省によると被害に遭っているのは、およそ7割が女性と子どもであるという。女性や子どもは、非戦闘員。戦争もしていないのに、なぜ死ななければならないのか。ガザ地区では、イスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘に巻き込まれている。
 
 続報:「ハマスの拠点があるパレスチナ自治区ガザ地区では、死者が2万2千人を超えた」という(前掲同紙1月7日付朝刊国際面記事参照、一部引用)。
 
 一方、イスラエルの北隣り、レバノンでは、イスラム教シーア派組織ヒズボラがイスラエルへのミサイル攻撃を続けている。
 
 おっと、ウクライナも忘れてはならぬ。ロシア軍が(12月)29日、ウクライナの複数の主要都市を襲った大規模な攻撃で、30日昼までに、少なくとも39人の死亡が確認されたという。「去年2月にロシアの全面侵攻が始まって以来、最大規模の空からの攻撃だった」とメディアは伝えるが、朝日新聞紙面でのニュースとしての扱いは小さい(前掲同紙12月31日朝刊記事参照、一部引用)。

★★ 二人プーチン
 
 歌舞伎舞踊の演目に「二人椀久」というのがあるが、クローンのプーチンの登場は、いわば、二人プーチンか。踊りの方は、所作の趣向だが、二人プーチンは、権力者が使う戦争や外交の戦略・戦術だから、なんとも陰惨である。
 
 「プーチンのクローン?」(朝日新聞12月15日付朝刊参照、一部引用)という見出しの記事が載っていた。
 
 「ロシアのプーチン大統領にクローンが質問かー。プーチン氏が(12月)14日に開いた大型記者会見と国民との『直接対話』の合同イベント(大プロパガンダだろうーー引用者)で、ロシアの学生が人工知能(AI)を使って作ったとみられるプーチン氏の姿と声を使って質問する場面があった。影武者のうわさが絶えないプーチン氏はどう答えたのか(略)」。
 
 「画面に映る姿はプーチン氏にそっくりで、まるで2人のプーチン氏が話しているようだ」(略)。本物のプーチン氏は下を向き、わざと少し渋い表情をつくって答えた。(略)」。
 
 「やりとりは話題づくりのためで、事前に政権が承知していたとみられる」という。
 
 紙面では、プーチンとクローン氏のオンライン動画画像を並べて映し出していた。確かに2人は顔付き、体格、頭髪の具合など良く似ているが、目付きだけ似ていないように感じた。プーチンの眼がきついのである。前歴の情報官僚時代の刻印が、この目付きなのだろうということが良く判った。クローンも、真似できない、あの目付き。
 
★ 困ったもんだ! プーチンが「元気」
 
 「ロシアのプーチン大統領が12月14日、ウクライナ侵攻後初めて、国内外に持論を発信する恒例イベントを開いた。侵攻2年が迫る中、根拠のない主張を続けるプーチン氏にとって、ガザ情勢なども利用して侵攻を正当化し、来年3月の大統領選での『圧勝』を演出するのが狙いだ」(朝日新聞12月15日付朝刊記事など参照、一部引用)。
 プーチンの「持論」とは、例えば、こういうものである。
 
 「ロシア人とウクライナ人は一つの民族だ。」(だから、侵攻は、)「『内戦』に似ている」などと平気で言い、人も殺す。内戦=自国民=民族は、一つの世界という認識なのだろう。
 
 来年3月の大統領選への立候補を(12月8日に)表明しているので、イベントは、国民向けの『正式な立候補表明』の場となった、というわけだ。というか、事前運動が始まっている(終わっている?)ということなのだろうか。全ては、プーチンの都合の良いように進む。選挙の焦点は、「プーチンがどう圧勝するかだ。予想得票率は、「80%」が取りざたされている。実質的な得票率は、「30%」程度らしいのに、困ったもんだ! プーチンが『元気』。
 
 中東では、アメリカがイスラエルと連携して権力操作を狙っている。「ロシアもまた、ガザ情勢を利用し、非米欧諸国との結束を強める狙いがあるとみられている」という。権威主義のロシアもアメリカも、地域の民族問題、宗教問題を利用して、世界の権力図を塗り替えようと企むばかりだ。国連では、アメリカも拒否権を使って、大国の権勢風を吹かす。アメリカのバイデン大統領は、言うことを聞かなくなってきたイスラエルに手を焼いているようだという。イスラエル軍は、精度の低い無誘導弾を使って、パレスチナを攻める。非戦闘員の女性や子どもが犠牲になる。ウイルスよりタチが悪い。
 困ったもんだ! ネタニヤフが『元気』。バイデンの影が薄い。
 
★ アメリカもロシアも、ダブル・スタンダード
 
 ウクライナとロシアの戦争に続いて、中東ではイスラエルがアメリカを後ろ楯にしてパレスチナを侵略している。中でも、イスラエル軍は、パレスチナ・ガザ地区の市民生活にまさに土足で入り込み、市民生活そのものを戦場化している。市民生活の場へ、大砲を持ち込み、無差別に、人殺しをしているのである。女性を殺し、子どもを殺す。戦争犯罪そのものだ。
 
 アメリカのバイデン大統領は、ウクライナの戦争では、ロシアを非難しているが、中東では、イスラエルを支えるアメリカが非難されている。第二次大戦後の国際秩序や国際法の支配が揺らぎ、崩れ、世界の各地で衝突が相次いでいる。アメリカ追従の岸田政権は、アメリカの動向に巻き込まれているのではないか。第三次世界大戦がすぐに起きるとは思えないが、ロシアはアメリカのダブル・スタンダード(二重基準)を批判する。同じような軍事行動をおたがいに一方では非難し、一方は認めている。国際的な大国が、お互いにダブル・スタンダードか? これでは、地球は、ほかの惑星から信用されないわけだ。
 
★ 朝日新聞も、ダブル・スタンダード?
 
 朝日新聞12月18日付朝刊では、オピニオンページの「記者解説」の記事のリードでは、「日本は防衛力の強化を急げ」と書いてある。ええっ、「いつから、朝日新聞は、防衛強化論になったのか?」日本も岸田政権で「ダブル・スタンダード(二枚舌)」になったのか?
 と危惧していたら、前掲同紙12月24日付朝刊記事「日曜に想う」では、新登場の編集委員(記名)が去年策定された国家安全保障戦略を取り上げ、防衛力のほか「総合的な国力」に触れて、見出し以降、記事では次のようなことを書いている。
 
 見出しは「防衛力拡大と不都合な『国力』」とある。この見出しの意味するところは、判りにくくないだろうか。逆転していないか?
 
 「防衛も国力の一環で、悪化する安全保障環境への対応は不可欠だと私(編集委員)は思う。ただ、政治の使命は『総合的国力』の構築にあるはずだ」と編集委員は強調する。
 
 防衛力と国力の同一視。いつから防衛力の強化は、朝日新聞の「社論」になってしまったのか。
 
 今、求められているのは、経済まで安全保障の視点で対策を立てようとする防衛力拡大論ではなく、むしろ逆でなければならないのではないかと思う。経済による緊張緩和を進め、分断や対立の回避・解決をこそ進めるべきではないのか。
 
 国際政治専攻・千葉大学の藤原帰一特任教授は、「時事小言」(前掲同紙12月20日付夕刊記事参照)で、次のように主張する。
 
 「経済までも安全保障の領域とするなら、東西の分断は加速し緊張の激化も避けられない」という。私も同意見である。必要なのは、分断より、連携。私は、目下、藤原帰一説の方が結果的に、現実的になると思っているが、いかがだろうか。
 
★ エリオットの「荒地」と山頭火
 
 エリオットの「荒地(あれち)」は、発表当時、「第一次大戦後のヨーロッパの荒廃を意味するものとして受けとられた」(岩波文庫、岩崎宗治訳)という。しかし、翻訳者は、次のように解説する。
 
 「この詩はそうした時事的関心を超えて、人類史の中の死と再生についても深い洞察を含んだ詩である」と強調する。
 
 戦争は、第一次大戦であれ、その後のさまざまな戦争であれ、現在のウクライナ戦争であれ、中東の戦争であれ、戦争というものは皆、戦後というものの「荒廃」を含むという意味があるのではないのか。私たちは戦争には戦後という荒廃がついて回ることを忘れてはならない。
 
 プーチンであれ、バイデンであれ、大国の権威主義の独裁的な指導者よ。
 衝突多発をこそ防ぎ、「崩れる戦後秩序」を促進するような「ダブル・スタンダード」をやめて欲しい。平和、人権など憲法原理になっている各国共通の普遍的なスタンダードこそ、人類存立の、唯一の基準だろう。大国に遠慮せず、日本は憲法原理の、この道を真っ直ぐ行くべきではないのか。憲法原理の道、つまり原子爆弾を落とされ多数の非戦闘員が殺された被爆国だけに、国家として、その体験を多くの各国の国民に伝え歩くべきではないのか。私たちは、「まつすぐな道」を行く。それこそ、日本の行く道である。
 
 ーー「まつすぐな道でさみしい」    種田山頭火
 
★「記者が誤認しました。記者が説明を聞き間違えました。」
 
 こう立て続けに自社のデスクに、記者が、記者がと書き叩かれると朝日新聞の昔の競争相手の懐かしい顔を思い出して、困惑するのは、私だけではないだろう。誤りや間違いのレベルが「低く過ぎる」のも気になる。メールマガジン「オルタ広場」で前号で取り上げたような問題状況が続いていて、記者が萎縮しているのではと、気にかかる。自民党の裏金システムのトクダネ報道など、朝日新聞には頑張って欲しいのに残念だ。
 
 (12月)23日付経済総合面「経団連企業 女性役員14・1%」の記事で、(略)とあるのは「調査の10月時点で39社だった」の誤りでした。一部企業に限った集計を記者が誤認しました。」として、「訂正して、おわびします」というコーナーに記事(12月26日付朝刊参照、一部引用)が載っている。
 
 また、別に、(12月)29日付経済総合面「高島屋 「『原因特定は不可能』(略) の記事で、(略)『零下25度』などとあるのは『零下20度』など」の誤りでした。記者が説明を聞き間違えました。」として、「訂正して、おわびします」としている。
 
 誤認、聞き違えの理由は、なんだったのか。
 新聞に限らず、NHKを含めテレビでも訂正とお詫びという科白が増えていないのだろうか。2023年、朝日新聞の「訂正・おわび」のコーナーに記載されたミス記事は何本あったのだろうか。
 
 報道界では、「マスメディアの沈默」が、23年の言葉になってしまったようで、OBの一人として読者におわびするが、記者たちの筆力、デスクワークの劣化、マスメディア人のプライドの低下などが原因になっているのではないかと思わざるを得ない。こちらの問題状況は、「メディアの饒舌」とでも、タイトルをつけて、まとめてみるか?
 
 
 
★メディア断章/(前掲同紙1月5日付社会総合面に、「訂正して、おわびします」コーナー記事参照、以下、一部引用して、追加。
 
 (1月)4日付総合2、3面の羽田空港での航空機事故に関する記事と表で、(略)「国の運輸安全委員会」とあるのは「国土交通省」の誤りでした。
 
 どうして、こういう簡単なミスが朝日新聞の校閲者たちにはチェックできないのか?
 
★メディア断章/「コロナ感染者 5週連続増加」の二段記事。コロナ感染は、人類とウイルスの攻防が続いている。短い記事だが、見逃さずに、以下、抄録。
 
 「厚生労働省は(1月)4日、(略)前週の約1・10で、5週連続で増加した。(略)」
 ほとんど横ばいに近い「増加」だが、ウイルス相手に油断は禁物。
 
 毎週律儀に掲載されている記事だ。書き継ぐ担当記者に感謝を込めて、私たち読者もウォッチングを忘れまい。
 

(了)

ジャーナリスト

(2024.1.20)
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