【コラム】大原雄の『流儀』

★ロシア軍事侵攻2年目へ

大原 雄
 
 メディアのモスクワ支局勤務を経験したことがあるジャーナリストが、年末年始休みに私用でモスクワに行ってきたという。その時のお土産話。モスクワの日常生活は、普段と変わらない。店頭では品不足で大騒ぎなどという光景も見られなかった。若い人たちや家族連れの消費も旺盛。街頭に出ている市民たちの表情は、「戦争」なんて、どこでをやっているのかという感じだったなどと聞かされていたら、2月20日付朝日朝刊記事で「ロシア制裁隙だらけ」という大見出しのついた「ウクライナ侵攻1年」という企画記事が掲載された。その後、NHKも民放もテレビがこのニュースを後追いし映像化してくれたので、モスクワの世情が良く判った。
 
 ロシアは、パラレルの世界。モスクワとロシア南部と二重構造。
 例えば、「ロシアで販売を停止したはずの(略)外国ブランドもなお、ロシア(モスクワ?)で店頭に並ぶ」という(前掲同紙より引用。以下も)。
 
 その仕掛けは、「『並行輸入』品だという。「ロシア政府は侵攻後、並行輸入が可能な96品目のリストをつくるなど、法整備を進めて『以前通りの消費生活』を後押し」しているという。宝石ダイヤ、ウラン、天然ガス、日本からの中古車、カニやウニなど、「抜け道」「抜け穴」「抜け駆け」だらけ。
 
 東京大学の鈴木一人教授は、「太平洋戦争で日本は経済制裁を科されながらも、1941年から43年まではそれほど窮乏感がなかった。資源があるロシアはもっと対応力があり、1、2年の制裁では影響は出ない。制裁強化が必要」だという(前掲同紙より引用)。
 
 ★ 「ウクライナ戦争は2年目では終わらない」
 
 見出しは、小泉悠さんの「ウクライナ侵攻1年」(朝日新聞2月23日付朝刊)というインタビュー記事のものである。概要をかいつまむ。大状況:ロシア軍の「大攻勢」が始まりつつある。「これからが(ロシア軍の)攻勢のピークだろう」。ウクライナ軍は「春以降の反転攻勢」を目指している。「この戦争が2年目で終わるとは見ていない」という。
 
 「長期化」した場合、「人口も兵器保有量も圧倒的に多いロシアが有利」という結論へと繋がる。小泉解説は、「戦争」の終わりというよりも、「戦闘」の終わりを予測しているのだと思う。次号では、私なりに「戦争」の終わりを考察してみよう。
 
 ★ 中国の気球とロシアンゲーム 
 
 他国の領空を飛行していた無人の気球が、中国とアメリカの間で大きな国際的な政治問題となっている。
 政治問題化させてしまったのだから、落とし所も政治的に首脳レベルの協議で終わらせるというのが得策だろうが、外交術の発揮も予想される。例えば。
 
 ロシアンゲームと言えば、「ロシアンルーレット」が良く知られている。リボリバー(回転式拳銃)に1発だけ弾薬(実包)を装填し、適当にシリンダーを回転させてから自分のこめかみに向け引き金を引くゲームのことだ。鉄砲玉(実包)に縁がなければ、命は助かるというゲームだ。
 
 「鉄砲玉」と言えば、命の犠牲を承知で敵方に飛び込んで行く「蛮勇」のことか。中国の「気球」は、私に鉄砲玉を連想させたのだ。幸い、気球に兵器は積み込んでなかった。そう言えば、気球のニュースは、どこへ「流れ弾」?
 そりゃあ、外交術の一つ、うやむやの術か?
 
 ★ うやむやの伝説
 
 「うやむや」は、「有耶無耶」という漢字を当てる。語源は、2つあるという。1つは、現在の宮城県と山形県の県境で山越えの難所として知られる笹谷峠の「有耶無耶の関」が語源という説。
 
 この「有耶無耶の関」には、人を喰う鬼が住んでいた。峠を越える旅人を捕らえては喰っていた。ところが、この峠の山形県側には「有耶の観音」、宮城県側には「無耶の観音」が姿を変えた2羽の霊鳥がいて、鬼がいると「うや(有耶)」、いないと「むや(無耶)」と鳴き、鬼の存在を旅人に知らせたという伝説がある。
 
 2つ目は、秋田県と山形県の県境にもある「有耶無耶の関」。ここの伝説も笹谷峠の話と似通っていて(ほとんど同じ)、手長足長という人喰い鬼が、関を越える旅人を喰っていたという。こちらでは、神様が遣わせた烏が、「うや(有耶)」、「むや(無耶)」と鳴き分けて、人喰い鬼の存在を旅人に知らせていたという。
 
 ★ 中国が「通信傍受用(?)」の気球を飛ばしている(1)
 
 中国の気球(通信傍受装置)が、世界のあちこちを無断で「漫遊」しているらしい。アメリカに言わせれば、アメリカ軍によって認識されただけでも、5つの大陸で40個を超える数の気球が他国の上空(領空)を無断で飛び交い「監視活動」をしているという。今回、アメリカは2月2日に中国の気球を見つけたと発表した。その後、アメリカ本土上空で追跡・監視を続けた後、やがて4日になってアメリカの領海を出る前に気球を撃ち落とした、という。気球の残骸を拾い集め、検証する。中国も当初から中国の気球であることは否定せず、「通信傍受用」ではないが、「気象用」などという辺りまでは認めざるを得なくなったからだ。
 
 その後、中国の気球らしいものをアメリカが鬼の首を漁るように10日、11日、12日と3日続けて撃ち落としたという。ちょっと、効率が良すぎる? 人為的なものを感じる。裏に何かありそう。気球らしいものを発見しては、それぞれを撃ち落とした辺りからアメリカの雲行きもおかしくなり始めたように私には思える。
 
 中国は「気象など科学研究用」に気球を飛ばしているだけだと主張しているが、気球は、通信傍受だけでなく、軍事演習にも一役買っているという説もで始めているらしい(以下、朝日新聞2月11日付朝刊記事を参照し、他社の情報も読みながらこの問題の概要を調べて書いている)。
 
 まずは、4日に撃ち落とされた気球。大きさは円形で高さが約60メートル。半径が30メートル強ということか。気球の下にぶら下げている搭載物は、「小型ジェット機くらいの大きさ」で、搭載物の重さは約1トンだという。
 搭載物には、ソーラーパネル、複数のアンテナ、情報傍受・収集のための複数のセンサー、操縦可能(つまり、思うように気球の向きを変えられる)ように複数のプロペラが付いている、という。実際、中国の気球はアメリカ本土に侵入してからはアメリカ本土中央部の上空を東に移動し、高度6万フィート(約1万8000メートル)で、飛行し続けていた。
 
 中国は、「民間用」の気球だと言い張ったが、どこかよその国のものではないかという反論はせず、中国の気球であることについては全く否定しなかった。なぜだろう。ただし、偏西風に流されて、気球は不可抗力でアメリカの領空を侵犯してしまったと主張している。この点について専門家はそれならそれで、アメリカに知らせ、流されたと判断した時点でアメリカが感知する前に知らせるべきだろうし、「不可抗力による領空通過の許可」を得るなど国際法の大原則を守るべきであっただろうと言う。全くその通りで、今回のような黙って知らんぷりという態度はなかっただろうと私も思う。これでは「領空侵犯にあたる」(東京大学の鈴木一人教授)と言われるのは、当たり前だ。風に流された「不可抗力」なら、「中国はアメリカより先に「SOSを出すべきだ。(略)そもそも(中国の)意図がよくわからない。中国側の目的を、合理的に説明する材料が非常に乏しい」(鈴木教授)というのは、お説ご尤もだろう。別の専門家は、「気象観測用だとしても、他国に入った時に(黙って、そのままー引用者)放置してくれるという国際慣例が確立しているとはいえない」(防衛研究所の橋本靖明主任研究官)という。
 国際慣例では、むしろ、「見て見ぬ振りなどするはずがない」という方が、常識的だと私も思う。
 
 これでは、中国の分が悪い。さらに、怒ったアメリカは気球の正体を調べる。「(気球は)中国の人民解放軍に関係する企業が製造した」と見ているという。気球は、衛星より滞留時間が長く、地上に近いところを飛べるが、「低軌道衛星で(すでに)中国が得てきた情報以上のものを集めることはできていない」とアメリカ側は見ているという(前掲同紙より引用)。ならば、中国は何の目的でこういう危ない橋を渡ったのだろうか。中国は、当初不可抗力で「遺憾だ」と低姿勢だったのに、4日、アメリカが気球を撃墜するという措置をとると、アメリカ側の「明らかな過剰反応」と非難し始め、対抗措置も示唆して反発しているが、この場面は中国が「大人に振舞って」アメリカに貸しを作るような対応をしていれば、「中国の逆転勝ち」になっていたのではないのか。
 
 ★ 中国の気球は、アメリカに「泳がされて」いたのか?(2)
 
 では、別の視点で書いてみよう。以下、FNNプライムオンライン(2月16日掲載)ほか参照し、一部引用。
 「ワシントン・ポスト紙は14日、アメリカ政府関係者の話として、気球は中国空軍のもので、海南島の基地から離陸後、太平洋を東に向かう途中で、進路を北に変えた。気球については、アメリカ軍や情報機関が、打ち上げからおよそ1週間にわたり、追跡していた」としている。つまり、打ち上げから察知していて「見守り」、その後もアメリカは、気球を大気中に泳がせていたというわけだ。
 「気球は、遠隔で操縦可能で、中国は太平洋にあるアメリカ軍の施設を監視する狙いだったものの、強風に流され、意図せずにアメリカ本土に到達した可能性があるとしている」。つまり、「意図せずに」棚ぼた的に入ってきたアメリカ本土情報を中国は、知らぬふりして食いついたら、アメリカの思う壺にはまってしまったということなのか。
 さて、どちらの落とし所が、今回は外交的に見て果実をもぎ取るのか。

 ★ 中国気球は、地球を回る(3)
 
 アメリカの新聞「ワシントン・ポスト」は14日夜、「複数のアメリカ政府関係者の話として、アメリカが、中国南部の海南島で(気球が)発射されたときからアメリカ領空に入るまでの1週間、気球を追跡していた」と報じたという。先月下旬打ち上げられた気球は当初、アメリカ領グアムに向かったようだったが、その後、北に進路を変えた。「風の影響でアメリカ本土に到達した可能性もあるという」(朝日新聞2月16日付朝刊記事より引用)。ここまでは、中国は、ギリギリのところでフェイクニュースは流していないし、アメリカも中国の意図は承知しているように見える。
 
 朝日新聞と内容が重なるが、若干視点が違うので、以下、産経新聞の記事(同時期のデジタル版)も参照しよう。
 
 「『ワシントン・ポスト』によると、気球は中国空軍によるもので海南島の基地から離陸後、太平洋を東方へ飛行していたが、途中で北方に進路を変えたという。アメリカのアラスカ州のアリューシャン列島上空を通過しカナダにいったん入った後、アメリカ本土を横断し、4日に南部サウスカロライナ州沖で撃墜された。
 アメリカ当局者はワシントン・ポストに対し、気球は太平洋の米軍施設の偵察が目的で、以前もグアムやハワイ上空を飛行していたと指摘。今回アメリカ本土上空を飛行したのを中国側は意図していなかった可能性があるとしているが、西部モンタナ州の核ミサイル施設上空を飛行したのは『偶然ではなかった』と語り、アメリカ本土でも戦略拠点の偵察を続行したとみられるという。
 アメリカ政府は、中国が人工衛星による宇宙空間からの監視に加え、高高度からの偵察技術を強化しているとみて警戒を強めている」という。
 
 首脳レベルの協議では、アメリカは、「気球と3つの飛行物体を一括対応方式で、「中国のスパイ気球とは関連性がない。私企業や研究機関などの活動に関連した気球だった可能性が高い」などがポイントになるだろう。
 
 中国は、気象観測用の気球が、偏西風という不可抗力でアメリカ領空に入り込んでしまった。本来なら、領空侵犯になる前に、アメリカに知らせるべきだった。今後はこういう事故を起こさぬように気をつけたいなどがポイントか。
 こうやって書いてみると、外交術は、本当に、うやむやの術。
 
 さて、ロシアの報奨金問題は?
 
 ★ ロシアンゲーム(報奨金作戦)
 
 インベーダーゲームなどと言ったら、「宇宙人」のような人形(ひとがた)のターゲットを撃ち落とす撃破ゲームだったか。あるいは、もっと以前のアナログのゲームなら「モグラ叩き」か。
 
 何れにせよ、「戦争(ウクライナVS.ロシア)」で戦車1両を撃破すると、戦場で、「報奨金」が出るという話が聞こえてきた。命をかけたロシアンルーレットと札束で釣ろうとする新型ロシアンゲーム。
 
 新聞報道された記事を判りやすく箇条書きにすると、以下のようになる。新聞では、必ずしも全ての要素を平等に記載していないので、空欄もあるが、お許しいただきたい。要素は、製造国・型式、報奨金額の比較。︎スポンサーは、ロシアの企業(ロシア)であるが、ほとんど匿名なので、以下の情報のみを比較する。報奨金の為替レートは、新聞記事掲載当時のまま。
 
 製造国別・型式            報奨金額
 アメリカ製の戦車「エイブラムス」1両:『撃破』1000万ルーブル(約1900万円)/スポンサーは企業 
              
 ドイツ製の戦車「レオパルト2」1両:『撃破』1回目、500万ルーブル(約950万円)。2回目以降、50万ルーブル(約95万円)/スポンサーはロシアのエネルギー企業
 
 アメリカ製の戦車「エイブラムス」1両:『撃破』1回目、500万ルーブル(約950万円)。2回目以降、50万ルーブル(約95万円)/スポンサーはロシアの同じエネルギー企業
 
 注)企業によって、または、『撃破』1回目と2回目以降で、報償金額が変わる。
 
 ドイツ製の戦車「レオパルト2」1両:『接収』・300万ルーブル
 ドイツ製の戦車「レオパルト2」1両:『破壊』・100万ルーブル
 アメリカ製の戦車「エイブラムス」1両:『接収』・150万ルーブル
 アメリカ製の戦車「エイブラムス」1両:『破壊』・50万ルーブル
 /スポンサーは、極東サバイカルの地方政府の知事 
 注)ただし、報奨金は同州出身の兵士限定。
 
 ︎『接収』は、いわば生け捕りのことか。接収した後、ウクライナ相手に戦車を使う気か。また、『破壊』と『撃破』は、どう違うのか?
 戦車撃破したら、報奨金という作戦は、まるで、モグラ叩きのような(悪趣味な)趣向のゲームに見えてこないか? 
 
 贅言;頭一つ……「モグラ叩き」と「出藍の誉れ」:どちらも、頭一つ出しただけなのに。出る釘は、モグラの頭のように小槌で叩かれるし、痛いだけ。一方、「青は藍より取りて、藍よりも青く」と、師匠より頭一つ出す(上を行く)成果を出したとして逆に褒められる。良い弟子を育てたと師匠も鼻が高い。元々は中国の戦国時代の思想家・荀子の言葉。「青は……」の前に、「学はもって已(や)むべからず。青は藍より取りて、藍よりも青く、氷は水これをなして、水よりも寒(つめた)し」と続く。学問というのは止まるところのないものだから、日々、決して怠ることなかれ、というわけだ。
 
 ★ 気球、日本への影響(4)
 
 これまで日本では、外国の気球が日本の領空に侵入してきた場合には、「自衛隊法84条に基づき『正当防衛』か『緊急避難』の場合にのみ自衛隊は武器使用が許されていた。それが、今回、アメリカの対応の結果を踏まえて次のように変わった。『地上の国民の生命・財産』や『航空路を飛行する航空機の安全』などを守るために、正当防衛や緊急避難に当たらなくても(武器の)使用を認めるという(朝日新聞2月17日朝刊記事より引用)」。
  
 これまで自衛隊法で想定されていた領空侵犯は、「有人の軍用機」だったのだが、最近多くの分野でドローン(無人航空機)の使用が軍民を問わず増えてきたことから「人がいない戦場」という新たな状況への対応を迫られた形になった。「有耶」が「無耶」になったということだ。現実は、想定より先を行くというわけだ。
 
 領空侵犯する無人の気球や飛行船、ドローンは、危険なものを搭載している可能性があり、警告などに従うことなく領空を侵犯し続けるということになる。「中国の無人偵察用気球」(推定)は、まさに、この問題の最前線の実相を日本にも突きつけたことになる。そこで、岸田政権は、バタバタと対応を迫られたということになった次第である。しかし、まだ、想定漏れがあるのではないかと、私は考える。
 
 今回のアメリカの対応のように、領空侵犯した外国の気球などを撃墜した場合、戦場無人で人的被害はないが、その国との関係が悪化する恐れもあるのではないかと思うが、いかがであろうか。中国とアメリカとの外交で何か良いサジェスチョンを見出して欲しいものである。
 
 ★ ウクライナの汚職疑惑の意味(前号の続き)
 
 ウクライナのゼレンスキー大統領周辺で、汚職疑惑が相次いで報道されている。
 戦況厳しい状況なのになぜウクライナは、この時期に汚職摘発なのか。
 
 大統領府(日本の「官邸」のような機能を持つ政府機関ではないか)のティモシェンコ副長官は、外国企業が戦闘地での人命救助のため政府に贈ったオフロード車を「自分の車として使う」など報じられた。「同氏に近いとされるスーミ、ドニプロペトロウスク、ザポリージャ、ヘルソン各州の知事も相次ぎ辞任表明した」という。「国防省も副大臣の辞任を発表した」。「相場よりはるかに高い価格で軍の食料を購入している疑惑が報じられた」という。
 「シモネンコ検事総長代理も辞任を表明」。「出国禁止」の戦時体制を無視して、「休暇をスペインで過ごした」と報じられた。
 以上、朝日新聞1月25日付朝刊記事より参照、引用。
 
 汚職報道の背後に何かがある。ちょいと古い新聞を読み直そう。以下、2月4日付朝日新聞夕刊記事より引用。去年6月のEU首脳会議。ウクライナは、ここで「加盟候補国」に承認されたとある。
 
 「それ以来、ゼレンスキー政権はEUが求める汚職撲滅など国内改革への取り組みをアピールしている。候補国になってから正式加盟まで10年程度かかることも珍しくないが、『2年以内の加盟』を目標に掲げている」という。
 
 これがウクライナの汚職疑惑報道についての大きなヒントだろうと、私は思う。
 「ウクライナ保安局(SBU)は、(2月)1日、ゼレンスキー政権が去年11月に戦時体制法にもとづいて接収した戦略企業の石油採掘大手「ウクルナフタ」と石油精製大手「ウクルタトナフタ」の2社をめぐり400億フリブナ(約1400億円)に及ぶ横領、脱税事案を摘発したと発表した。国税庁、関税庁の幹部らの更迭を決めたとも伝えた。(略)「『オルガリヒ』と呼ばれる新興財閥グループの一つを率いたコロモイスキー氏の自宅がウクルナフタ社の疑惑がらみで捜索を受けた」とも伝えられている。ゼレンスキー政権は、「戦車などの武器支援の要請を強める一方、国内の汚職摘発に力を入れている」というのである。
 
 ゼレンスキー大統領がロシアと戦うのは、このように、①戦争での対外的な武器援助と同時に②国内での汚職摘発という政治課題の二本柱の存在を忘れてはならないのである。①は、ロシアと戦う民主主義国家群の代表がウクライナだと主張する。役者大統領だけに(というと、表現が強すぎるかもしれない)、場面場面での見せ場では、「ゼレンスキーの改革」のアピールを狙う、というわけだ。
 
 間違ってはいけないのは、現在問題とされているウクライナの汚職は、ゼレンスキーの汚職ではなく、ゼレンスキー政権発足前の、いわば「前政権」の腐れ縁、あるいは、前政権時代から芽が吹いていた流れの中にあった「政権初期」の汚職(旧体質、旧人脈など政治風土的な宿痾?)なのかもしれない、ということだ。例えば、アバコフ前内相などという名前が風の便りに聞こえてきた。
 
 ゼレンスキー政権の初期まで政府内で強い影響力を持ったとされるアバコフ前内相の自宅が司法当局の捜索を受けたともSNSには、伝えられた。投稿したのは、ゼレンスキー政権の与党「国民のしもべ」の議会会派代表のアラハミア氏である。ゼレンスキーはウクライナ戦争で欧米から「継続的な支援を得るためにも改革をアピールする狙いがある(だろうし)、国民が苦しい生活を強いられる中で汚職が報じられ、大統領選以来の公約である腐敗対策に取り組む姿勢を示す必要にも迫られている(朝日新聞、キーウ=喜田尚記者の記事を参照した)のだろう。
 
 ここまで読み抜けば、ウクライナ戦争と汚職疑惑報道の意味が、朧(おぼろ)げながら見えてくるというものだ。前政権の腐敗疑惑の真相追及と汚職の大掃除だ。ウクライナ戦争勃発以前から問題になっていたのだ。普段のメディアの報道では、この辺は、ほとんど見えてこなかった。戦車供与、戦闘機供与、核兵器供与という、目の前に見え始めてきたこの戦争の、一つの事象の連鎖だけを見ていたのでは、多様性、多重性という構造になってきている世界の実像は見えてこない、ということだろうと思う。
 
 ★ バイデン、ウクライナ「電撃訪問」
 
 アメリカのバイデン大統領は、2月20日、ウクライナの首都キーウ(旧キエフ)を「電撃訪問」し、ゼレンスキー大統領と首脳会談をした。
 バイデン大統領がウクライナを訪問するのは、ロシアの侵攻後では、初めて。ウクライナ入りの予定はメディアには事前に一切公表されていなかった。会談後の記者会見で、ウクライナへの軍事支援は、新たに5億ドル(約670億円)と明らかにされた。中身は砲弾、対戦車兵器などの提供で戦闘機などは含まれていないという(2月21日現在、各メディア)。
 
 ★ バイデンの「特別列車作戦」
 
 バイデン大統領のウクライナの首都(キーウ)行きでは、毎日連載(?)の「大統領動静」には、虚偽の記録を載せ、大統領は19日午前4時15分にワシントン郊外の空軍基地をいつもの専用機ではなく、小型の空軍C—32航空機で飛び立った。ドイツ西部のアメリカの空軍基地を経由して、ポーランド南東部の空港に19日の午後8時前に着いたという。そこからは車でポーランドとウクライナ国境近い駅に行く。8両編成の特別列車に乗り換え、ウクライナ国内を西から東へ、約10時間かけて、ウクライナ時間の20日午前8時頃キーウに無事到着したというわけだ。「急がば回れ」ということで、ロシアのミサイルにも狙われずに、ウクライナ安着。20日はその後も約5時間キーウに滞在し、ゼレンスキー大統領と首脳会談などの日程をこなし、再び汽車に乗って、その日の午後9時前には、ポーランドとの国境に近い町に着いたという。同行記者は、通信社と新聞社の二人だけという究極の代表取材。随行者も、政府高官、医療チーム、警護要員ら少数に絞ったという。
 
 ★ プーチンも「特別列車作戦」
  
 以前にも触れたが、去年の12月、ロシア本土にある2つの空軍基地がウクライナ軍のドローン(無人航空機)に攻撃を受けたことがあった。特に、このうちの一つは、モスクワまで約180キロと極めて近い距離にあった。国防省がこれを発表すると、ロシア国内に衝撃が広がったという。ウクライナ軍は、ウクライナ国内に侵攻したきたロシア軍との攻防はしていたが、ロシア国土への直接的なウクライナ軍の攻撃はこれが初めてだったからだ。
 
 「この後、モスクワにある国防省のビルなどには地対空ミサイルが設置された。プーチン氏が航空機の利用を避け、装甲を施した『特別列車』での移動を増やしているという情報もある」という(前掲同紙、2月24日付朝刊記事より引用)。(前掲同紙)。権力者を警護する連中の考えることは、同じらしい。岸田首相は、どうする気か。いずれの日にか、やはり、特別列車作戦か?
 
 ★ ロシアの女性ジャーナリスト、娘を連れて亡命
 
 この連載でも、何回か取り上げたことがあるロシア人の女性。
 去年の3月のことだ。ロシアの国営テレビ(「第一チャンネル」)の生番組(スタジオのレイアウトから判断すると報道番組らしい)で女性キャスターの背後をたった一人で忍び足さながらにゆっくり画面上手から下手へと横切るように姿を見せて移動した。と思ったら、キャスターの背後付近で立ち止まり、「NO WAR」と手書きのメッセージを書いた紙(プラカードくらいの大きさ)を拡げて視聴者に読めるようにゆっくり掲げたのだ。スタジオのテレビカメラの背後にいると思われる人物から、「もうちょっと右」とか「左」とか言われたようで、カメラ目線の位置を変えるように調整している。彼女が掲げたメッセージは、ウクライナ戦争反対を意味するようだ。女性はウクライナ戦争に反対する意思表示をスタジオから視聴者に向けてしたのだ。
 
 この女性は、マリーナ・オフシャニコワさん(44)で、今回久しぶりに、また、行動を起こしたのだ。
 
 今回、記者会見で明らかにしたところによると、「国際NGO『国境なき記者団』(RSF・本部パリ)の支援を受けてロシアから密出国し、フランスに亡命した」(前掲同紙、2月14日付朝刊記事より引用)というのだ。
 
 彼女は、去年「8月にはモスクワで別の抗議活動を行った際に掲げたプラカードが虚偽情報の拡散に当たるとして罪に問われて自宅に軟禁されたが、10月以降動向がわからなくなっていた」という。彼女は、「去年9月、懲役10年の刑を科される恐れのある裁判の(判決)期日が迫るなかで、協力者を通してRSFに連絡を取り、ロシアから亡命する意思を伝えたという」。「着用が義務付けられていたブレスレットをペンチで外し、娘を連れてモスクワを離れた。国境に到着するまでに車を7回乗り換えた。最後は車がぬかるみにはまって動けなくなった。星の光を頼りに徒歩で暗闇をさまよい、国境を越えるまでには数時間かかったという。(略)『ウクライナの完全な勝利で終わらなければ、ロシアには未来がない』と話したという」(朝日新聞、宋光祐記者。引用参照に当たって、表現を短くした部分がある)。
 
 ★ウクライナ戦争とトルコ・シリア大地震
 
 「ウクライナ東部ドネツク州の知事らによると、同州北部のクラマトルスクで1日夜、集合住宅がロシア軍のミサイル攻撃を受け、3人が死亡し、少なくとも8人(後に18人に訂正——引用者注)がけがをした」という。「住宅は崩壊し、がれきの下に住民が生き埋めになっていると伝えている」という。何処かで見たような光景ではないか。
 
 トルコ・シリアで続いている大地震もウクライナ戦争も、現場では、弱い立場の人々にしわ寄せが来ていることがはっきりと判る。内戦と地震による二重の破壊。激しい戦闘。厳しい災害。住民の抵抗は、死なない時間を長引かせること。独裁者は、敵の住民のインフラなど弱いところを非情に攻め立てる。
 
 「ウクライナ各地では、(2月)10日朝、ロシア軍によるミサイル攻撃があった。(略)電力施設が標的となった模様だ」。(前掲同紙、2月11日付記事参照)。気球に気を取られている間に、地上では、ロシア軍が相変わらずウクライナの非戦闘員を殺し続けている。ダニロフ国家安全保障防衛会議書記は1月31日、イギリスメディアのインタビューで「ロシア軍が最大規模の構成を準備していると指摘。侵攻1年の節目に北部、東部、南部の各方面から攻撃を仕掛ける可能性もある」と述べている。そして、ロシアの「軍事侵攻」という特別作戦が始まった2月24日を私たちはどういう形で迎えたか。ウクライナ東部は、24日も戦争継続。戦闘の日常化した社会が、同じメディアの画面から飛び込んでくる。
 
 ロシア、ウクライナなどに沿岸がある黒海(ブラックシー)は、反対側の沿岸にはトルコなどがある。この地域からは、今、毎日ビッグニュースが全世界に向けて発信されている。ウクライナ戦争、トルコ・シリアを襲った大地震。地震は、その後も相次いでいるという。ビッグニュースであっても、ニュースは、大きさ(情報の価値)で比べられる。
 
 ★ トルコ地震、296時間ぶりに救出も
 
 「トルコ南部カフラマンマラシュで、倒壊したマンションのがれきの中から138時間ぶりに3人が救出された」(前掲同紙、2月14日付朝刊記事より引用)。
 
 「トルコ南部アンタキヤの26歳の女性の救出は地震から201時間後だった」(前掲同紙、2月15日付朝刊記事より引用)。
 
 もう一つ一つ記録しないが、さらにトルコでは、地震から約260時間後に救出された42歳の女性がいる。その後、さらにトルコでは、278時間の生存者も救出されたというし、296時間後の夫婦2人救出も伝えられた。人類の生命力の強さとともに助け出された人の幸運を喜びたい。何人が救出されたかは、不詳。
 
 一方、地震で亡くなった人は、これまでに(3月10日現在)トルコとシリアを合わせて約52000という。地震国トルコにとっても、過去最大の被災死亡者数だという。こちらの尊い命の犠牲も忘れまい。また、政権を巡って内部対立しているトルコ、シリア。トルコ在住のクルド人(国を持たない世界最大の民族と言われる。震源地のトルコ南部ほか4000万人から4500万人が居住している)たちの被災も実態が日本では判りにくい。特に、こうした国情からして政治的に「不安定な」シリアの被災の実情も一部しか伝わってこないので、被災死亡者の数は、限定的なものだということも忘れまい。政治的なシリアの被災地は、政府側(アサド政権の地域)と反政府側(アサド政権と対立する地域)がほぼ半数だというから、いろいろ大変だろう。
 
 また、建物の建築基準上の問題点もあり、発端は地震ながら、被害拡大は「人災」だという説明も出てきている。
 
 トルコ、シリアの被災者の数。ウクライナ戦争のロシア軍の傭兵の死亡者数も、発表されている数より多いのだろう。数字は、「生命」という実感がないから独り歩きしてしまう。それが怖い。
 
 ★ ウクライナ戦争について世論調査
 
 世界の首脳や閣僚らが外交・安全保障の課題を話し合う「ミュンヘン安全保障会議」の事務局は、13日、ウクライナ国内で去年11月に実施した世論調査の結果を明らかにした」(朝日新聞2月14日付夕刊記事より引用)。
 
 「回答者の93%が『クリミア半島奪還まで戦うべきだ』と答えたという。(略)
 停戦を受け入れる条件として『クリミア半島を含めたウクライナ全土からロシア軍が撤退するまで』と答えた人が、(同じく)93%に達したという。(略)
 『ウクライナの戦場や都市で核兵器が使われても戦い続ける』と答えたのは、89%にのぼった」。数字は、雄弁だ。
 
 ★ 人さらい! 子どもがさらわれている
 
 アメリカ国務省が設立した「紛争監視団」という組織がある。
 「(2月)14日、ロシアがこの1年で少なくとも6000人の子どもをウクライナからロシアや占領地の再教育施設へ組織的に移転させていた、とする報告書を出した。家族のもとに帰れないケースもあり、アメリカは国際法に違反し戦争犯罪にあたるとしている。アメリカ国務省のプライス報道官はこの日の記者会見で『サマーキャンプを無償で提供すると称してウクライナの子どもたちを一時的に避難させ、その後、子どもたちを帰さず、家族との連絡を絶つケースが多い。ロシアによるウクライナの子どもたちの強制移住、再教育、養子縁組は、ウクライナのアイデンティティーや歴史、文化を拒絶し抑圧するロシアの試みの重要な要素だ』と述べた」という。これに対して、ロシアは否定せず、
 「未成年を家族のもとに置き、両親・親族の不在・死亡時には孤児を後見人のもとに送るよう最善を尽くしている」などと主張した」という。ひどいことをするものだ。監視団によると、「43カ所の施設が特定され、大半は表向きは休暇用の娯楽キャンプを装い、(略)施設では、ロシア中心の学問や愛国心に関わる教育が行われ、軍事訓練を施す施設もあるという」。ロシアだけの問題ではないかもしれない。国家組織とは、本当にひどいことをするものだ。「収容されている子どもの年齢は4ヶ月〜17歳」だという。これでは『人権』蹂躙どころか、『人生』蹂躙ではないのか。ウクライナ戦争は、ウクライナだけでなく、人間の尊厳を最優先の価値とする人間なら、誰にとっても、絶対にロシアに勝たせてはいけない戦争だ。
 
 ★ 「台湾有事」を避ける良策は、「台湾無事」論
 
 岸田政権は、ウクライナ戦争を横目で見ながら、日本国民の間に戦争の危機感を煽っている。「そこのけ、そこのけ」と、疎開道路を拡げている。防衛費倍増という軍事費拡大、反撃能力(敵基地攻撃能力)という戦力を保持しようとしている。
 月刊・メールマガジン「オルタ広場」には、台湾、香港、東南アジア問題に通じた論客が何人もいるのだから、私などがしゃしゃり出る場面はないのだが、世間にはウクライナ戦争を悪用して日本の大軍事化を目論む輩もいるので、私も熟議の材料を「広場」に運び込む役回り程度ならできそうな気がするので「台湾有事」について損害論の視点から書いておきたい。
 
 まず、想定されるのは、2026年、中国が台湾に侵攻したという設定である。中国軍の砲撃により、台湾軍の戦闘機・艦艇が壊滅し、中国海軍の艦艇が台湾を囲み、台湾への航空機や船舶の出入りを阻止する。米軍が台湾支援で介入する。在日米軍基地から米軍も戦闘に参加する。日米同盟で日本の自衛隊も米軍を支援する。これに対して、中国軍は、日本本土の航空基地に攻撃を仕掛ける。その結果、自衛隊も米中の戦闘に参加する。参戦後、自衛隊は日本の領域外でも米軍と共同で中国に攻撃的な作戦を実行する。今回の防衛力の増大は、こうした想定と裏表の関係にあるという。
 この際、アメリカが負ければ、第2次大戦後、長い年月をかけてアメリカが世界各地に築いてきた軍事的な地位を失うことになるだろう。アメリカが勝っても、日本は、戦闘参加に伴う甚大な損害を背負わされることになるだろう。憲法9条違反は、どう対処するのか。アメリカも打ち負かしたはずの中国よりもダメージが大きいかもしれない(ピュロスの勝利:「戦に勝って、実質的には戦争に負ける」など)。
 
 一方、中国は、台湾の「占領」に失敗すれば、中国共産党による支配が揺らぐ可能性があるかもしれない。「かつての部下で周囲を固めた習氏の『一強』体制こそが、中国経済の最大のリスクである。内部で忖度が増し、誤った情報が届けば、判断が合理性を欠くものになりかねない」(前掲同紙「記者解説 中国経済へのジレンマ」・吉岡桂子編集委員記事より引用)という。本当にそうだ。熟議こそ、民主主義なのに。一人ぽっちの独善的な一強体制、独裁者の見本がプーチンなのではないのか。
 
 このような戦争では、アメリカの台湾支援が成功したとしても最終的なアメリカの「勝利」に繋がらないかもしれない。先ほどの「ピュロスの勝利」(代償の大きさから得るものが少ない)という陥穽である。
 
 ならば、どうすれば良いか。
 日本としては、中国が武力で台湾侵攻を試みるような「台湾有事」を起こさせない戦略を先行的に構築するしかないのではないか。中国から遠いアメリカでさえ、こうした損害論を加えた視点で台湾有事ならぬ「台湾無事」の戦略論を検討しているという。損害論でいえば、目と鼻の先に台湾が見える沖縄県を含む日本としては、アメリカ以上に「台湾無事」の戦略論をこそ、構築すべきではないのか。「台湾有事」の戦略論では、「中国に近接する日本の損害はアメリカの比ではない」(朝日新聞2月6日付夕刊記事「アナザーノート・佐藤武嗣編集委員」より引用)という。損害を想定した戦略論は、熟議されていないのか。
 
 「台湾有事」では、「(各国の)国益が完全に一致するわけではない」のだから、「中国の(具体的な)対応、アメリカの意図(本音)のいずれをも適切に読み取り、日本の国益、国民の生命・財産をどう守るのか」という課題に対して、「複雑で戦略的な想像力、思考力が(略)我々ジャーナリストにも求められている」(前掲同紙、「佐藤編集委員」記事より引用)のである。防衛力の倍増・増税論議ばかりでなく、こういう思潮をこそ広めてゆく責任がジャーナリズムにも求められている。
 
 ★ ICBM、北朝鮮が発射
 
 「2月18日午後5時21分ころ。北朝鮮は、平壌近郊からICBMとみられるミサイルを1発東に向けて発射した。(略)北朝鮮の弾道ミサイル発射は今年1月1日以来で、ICBM級は、去年11月以来となる(以上、NHKニュース、朝日新聞記事ほかメディアより参照)。
 
 今回の飛翔軌道に基づいて計算すると、弾道重量などによっては、14000キロを超える射程となる。その場合、アメリカ全土が射程に含まれると想定されるという。
 
 北朝鮮の弾道ミサイルの発射は、その後も続いた。
 
 ★ 「政治的公平性」の問題(1)
 
 SNSが拡がろうと、AI(人工知能)社会が進展しようと、メディアが、熟議民主主義の根幹を支える重要なメディアたり続けるとしたら、「大黒柱」となるのは、権力からの報道の自由であるとジャーナリズムの現場では教えられた。私たち記者は、そういう場で国民の知る権利を維持するために、働いてきた。特に、テレビは、プロパガンダ性が強いメディアだから、新聞などほかのメディア以上に権力との緊張関係、権力との距離感が常に問われる。特に政治家たちが敏感な「政治的公平性」の維持がことさら大事である。
 
 ところが、メールマガジン「オルタ広場」の原稿締め切り間際の3月2日、立憲民主党は、「安倍政権下で首相官邸側と総務省側が「放送法の政治的公平性」に疑義を生じさせかねない「新解釈」をめぐるやり取りをしているという「文書」を公表した。立憲民主党は、3日に開かれた参議院予算委員会でこの問題を取り上げ、政府側の見解を質した(朝日新聞3月3日、4日の朝刊記事参照)。国会では、まだ、文書がフェイクか、「捏造か」(物議を醸し出したのが高市発言、当時の総務大臣)など自民党は入口論の段階。「捏造発言」では、開き直っている印象すらある。立憲民主党は「時の権力者によって放送法の解釈がゆがめられた懸念」があると質す。政治的公平性と強引な新解釈による法的な瑕疵性などが整理され、論点が洗い出されたら、今回の「放送法の政治的公平性」問題、就中(なかんずく)テレビ局の在り方論まで当然議論されることになるだろう。
 
 朝日新聞3月7日付朝刊で続報記事が掲載された。内容は、問題の文書が総務省の職員によって作成された「行政文書だと大筋で認める」というもの。
 
 さらに、7日のNHK昼のニュースでは、「(略)文書について、松本総務大臣は、総務省が作成した行政文書であることを認めました。一方、文書の中身については、正確かどうか確認できない部分もあるとして、精査を続ける考えを示しました」と伝えた。
 
 「大筋で認める」という表現がここでは削除されていた。ただし、まだまだ、攻めが足りない。門前払いは免れたが、玄関の三和土(たたき)に入れてもらった程度。まだ、勢い込んで来たのに立たされているような段階か。奥の間に入らねば。
 
 引き続き「精査する」という腰の引けたもの言いを自民党は維持している。まだ、本腰が入っていない印象だ。文書の内容こそが、番組への「介入」が疑われるわけだから、国民の知る権利に答える意味で踏み込んだ熟議を期待したい。私たちも引き続き検証しなければならない。今後の情報を積み上げる必要がある。
 
 松本総務大臣は、(当時の政治家と総務省のやり取りは、)「本来の業務の一環として適切に対応した。放送行政に変更があったとは認識していない」と述べ、「『法解釈は変更していない』と重ねて説明した」(NHK昼のニュースより引用)というが、国会の論戦を含めて、真偽の判定はこれからだろう。
 
 詳しくは、次号で取り扱うとして、ここまでの主なポイントは、以下の通り。
 
 当時(2015年)の高市総務大臣の主な発言:
 
 ① 政治的公平性は、一つの番組だけを見て「判断」する場合がある。
 
 *誰が判断するのか?/政権か? 視聴者(国民)か?
 
 ② 違反を繰り返すテレビ局については、「電波を止める」こともある。
 
 *誰が止めるのか?/実質的に、政権か? 総務省か? 
 
 何れにせよ、「解釈の変更」であれ、「説明の追加」であれ、権力者による政治介入的な判断が、水面下では、うごめいているように思える。政治的な効力(介入の成果)の点では、あまり違いがないのではないか? 要するに、この問題は、事実上、政治介入となる誰かの判断を優先させようとしているかが重要なのだと思う。番組の制作現場を「萎縮」させ、政権の思い通りの番組を作らせたい権力者の思惑。「政治的公平」を標榜しながら、平気で強引に、真逆の「政治介入」してくる政治家たちの体質とも言える鈍感さ。
 
 「法解釈の変更」と「補充的説明の追加」の違いは、ほとんどない。解釈の変更であれ、補充的な説明であれ、やっていることの強引さとバランス感覚のなさは、どちらも同じだろう。 
 
 補充的な説明を追加しただけで、「法解釈は変更していない」というが、「補充的な追加」の結果、当時の「官邸」(安倍政権)は何を求めていたのかが判るのではないのか。「認識していない」というのは、鈍感なだけではないのか。国会審議を含めて、この問題は、次号でさらに検証してみなければいけない。
 (この項目は、続く)
 
 ★ プーチン対ワグネル(謎のカフェ)
 
 プーチンの狂気は、彼の目を見れば判るのではないか。最近私の耳元で誰かが囁いている人物がいる。彼については、この連載でも何回か、断片的ながら書いている。彼は、プーチン政権の中で最近存在感を高めている人物である。その男が存在感を高めてくると、誰かがその人物の名前を囁いてくるので、私は嫌な思いが募りだす。プーチンよりも悪い政権の誕生という可能性もあるかもしれない。
 
 ★ その男、危険につき……
 
 以下の部分は「テレ朝ニュース」22年11月23日デジタル版を参照した。
 
 その男とは、「プーチンの料理人」と呼ばれる男のことである。
 エフゲニー・プリゴジンである。ロシアの刑務所を廻り服役中の受刑者から「兵士を求人する」という方式で民間軍事会社(ロシアでも非合法のはずなのに)を創設し、運営してきた。これまでプーチンの影のような存在だった男が、去年から始まったウクライナ戦争、来年実施されるはずのロシアの大統領選挙というロシアを揺るがせる歴史的な舞台に満を侍して登場する運びになりそうだという。 
 
 プリゴジンは、プーチンと同じロシア第2の都サンクトペテルブルクの出身である。プリゴジンは、若い頃から犯罪者であった。プーチンは、情報機関、つまりスパイ育ちであった。プリゴジンは、1961年、当時のレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)で生まれた。ソビエト連邦時代に強盗や売春斡旋など悪事(わる)の味を覚え、通算9年間服役している。出所後、ホットドック屋から飲食業を始め、その後、洋上レストラン「ニューアイランド」経営に商売を拡げた。なぜか、このレストランがプーチン大統領のお気に入りとなり、各国の首脳との会食の場に使われたという。
 2001年、フランスのシラク大統領、2002年、アメリカのジョージ・ブッシュ大統領、2003年、プーチンは自分の誕生会のパーティーをここで開いた。だから、プリゴジンは、プーチンの料理人というあだ名をつけられた。プーチンの料理人は、権力者と手を繋ぎ、ロシアの行政や軍との関係を構築し、学校給食や兵士たちへの配給なども請け負うようになり、富を蓄積していった。そして、2014年、プリゴジンは、傭兵を集めた
 民間軍事会社「ワグネル」(ワグナー・グループ。英語読みでは、「ワグナー」である。作曲家のリヒャルト・ワグナーに因む)を創設したと、言われる。9年前、2014年は、クリミア戦争の年だ。プリゴジンは、レストラン経営の後は、戦争を商売にしてきた。ワグネルはアフリカやシリアで残虐行為に手を出しているとして、西側諸国はワグネルを危険視し、批判してきた。それをどこ吹く風と受け流し、プリゴジンは、プーチンの権益のおこぼれを拾い集めて、ワグネルを大きくしてきた。
 
 贅言;モーツアルト・グループ:ワグナー・グループの向うを張ってモーツアルト・グループを取り上げておこう。ロシアのウクライナ侵攻に抗うために2022年3月にアンドリュー・ミルバーンによって創設・運営されている。ウクライナを中心に活動する民間軍事会社。軍人経験のある欧米のボランティアで組織されている。ウクライナ軍を支援しながら、軍事訓練の実施、民間人の避難や救助、人道支援物資の配布などの活動をしている。グループの創設者アンドリュー・ミルバーンは、アメリカ海兵隊の元大佐だという。ミルバーンは自分が参加したソマリア、イラク、アフガニスタンでの軍務よりも、ウクライナでは戦いの大義が明確で、生命の危険を冒す価値を感じると言っているという。
 
 グループの名前は、クラシック音楽の作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトに因んでいるが、ロシア側の民間軍事会社ワグナー・グループと対比される
 のは、皆さんの推察の通りである。グループはアメリカ合衆国国民の外国の軍事組織への参加とアメリカと戦争状態にない国に対する戦闘行為を禁じた「中立法」に基づき、直接的な戦闘行為には参加していない。
 
 サンクトペテルブルクを流れるネバ川。プーチンとプリゴジンは、同郷の悪友なのだろう。かつて洋上レストラン「ニューアイランド」があった辺りにカフェがあるという。地元メディアによると、このカフェはプリゴジンの名義だという。サンクトペテルブルクには、プリゴジンは、今も故郷に経済活動の拠点をいくつか持っているらしい。市の中心地にある伝統的な高級食材店「エリセエフスキー」もその一つ。2016年に取得したという。1903年に建てられたアールヌーボー様式の建物。華やかなステンドグラスの窓やブロンズの内装が建物の歴史的な価値を主張する。
 
 プリゴジンは、2022年2月24日に始まったウクライナ戦争でも、「ワグネル」を利用して、自らが直接刑務所に出向き、服役中の受刑者たちを給料と恩赦という餌で釣り上げロシア軍の傭兵として雇い上げ、戦場に送っている。2022年11月。プリゴジンは、サンクトペテルブルク市内にワグネルの活動拠点として、総ガラス張りの高層ビルに「民間軍事企業   ワグネル・センター」を開所した。
 
 ロシアでは、2024年、大統領選挙が予定されている。
 
 ★ プーチン対ワグネル(その未来とは…)
 
 以下の部分は、ロイター編集2023年2月13日版・ロンドン発を参照した。
 
 「この人物が率いる傭兵集団は、ウクライナの戦場でロシアに勝利をもたらそうと奮闘している。だが、どうやらプーチン政権は彼の行き過ぎた政治的影響力を弱める方向に動いているという証拠が増えつつあるという。
 
 スキンヘッドと乱暴な物言いで知られるプリゴジン氏は、(略)ロシア軍上層部を公然と非難し、戦場での成功を利用してプーチン政権の厚遇を得ようと試み、受刑者数万人を傭兵集団に徴募した。(略)プリゴジン氏があまりにも存在感を高めているため、仕事仲間やアナリストらの間では、同氏が公職への就任や政界でのキャリアを求めているのではないかという憶測が生まれている。だがこのところ、プーチン政権がそうした憶測の芽を早めに摘み取っていく方向で動いているという証拠が増えている。プリゴジン氏本人に国防省に対するあからさまな批判を控えるように命じ、国営メディアには同氏やワグネルの名を出した報道を行わないよう勧告している。
 
 (プーチン政権研究者の)スタノバヤ氏は、「プリゴジン氏の失脚が迫っているようには見えないが、プーチン政権との繋がりには亀裂が生じつつあると指摘した」。「国内政治の有力者らは、プリゴジン氏の扇動的な政治発言や公的機関への攻撃、さらには、政権内の誰にとっても頭痛の種となる政党結成をちらつかせてプーチン氏の側近を挑発する試みなどを好んでいない」とスタノバヤ氏は書いている。「彼は単に有名人になったというだけでない。独自の視点を持つ本格的な政治家へと明らかに変貌しつつある」。
 
 「(プーチン政権からプリゴジン氏へのメッセージは)軍事的なリソースは提供するが、当面は政治には首をつっこむなということだ」とマルコフ元大統領顧問は言う。
 
 「政府から国営メディアに向けられた指示文書のリークと思われるものが公開された。この文書は受け取った側に対し、プリゴジン氏やワグネルについて実名での言及をやめるように勧告し、ワグネルの部隊に言及するときは一般的な呼称を用いることを示唆している」。
 
 プーチン筋の意向は、プリゴジンやワグネルについて、称揚するなということらしい。
 「彼らは、『禁止するというわけではないが、止めておいた方がよい』と強調していたとマルコフ氏は語る」とある。まさに、典型的な脅し文句のパターンではないか。
 
 「ロシア出身で、アメリカのシンクタンク『シルベラード・ポリシー・アクセラレーター』会長のドミトリー・アルペロビッチ氏は『プリゴジン氏の命運に陰りが出ている。軍部その他のエリートに対する批判が行き過ぎだった』とツイッターに投稿した。『今や、彼の羽はむしられつつある』という。
 
 以下の部分は、ロシア大統領府の関連コメント。
 ロイター編集2023年2月17日版を参照した。
 
 「ロイターのコメント要請に対し、ロシア大統領府は『メディアへの提言はなかった。プリゴジン氏とワグネルの周辺には、多くの神話やフェイクニュースが出回っている』と回答した」という。
 
 軌道修正とか火消しとか、いう。マスメディア対策の典型例。
 
 贅言;ワグネルは、ロシアの総合警備会社「モラン・セキュリティ・グループ」が母体。2013年に戦時下のシリアで活動するために設立された民間軍事会社「スラブ軍団」(本社は香港)がある。
 当時、ロシアはシリアのアサド独裁政権を支援してはいたが、まだ直接の軍事介入をしていなかった。2014年、クリミア併合の年。シリアで活動するため本格的な傭兵会社として、「スラブ軍団」を拡大するかたちで、「ワグナー・グループ」(ワグネル)が創設された。
 軍事的な指揮官は、元GRU特殊部隊の中佐だったドミトリー・ウトキンだった。彼はプーチン側近の政商エフゲニー・プリゴジンに近い立場だった。傭兵会社の設立・運営資金はプリゴジンが出資。
 つまりワグネルのオーナーは、プーチン側近のプリゴジンというわけだ。
 
 ドミトリー・ウトキンは、2016年12月9日、クレムリンで行われたモスクワ祖国英雄の日の祝賀パーティーに出席し、プーチン大統領と一緒に写真撮影をした。ぺスコフ大統領報道官は、勇敢勲章の保持者としてクレムリンに招かれたと説明したという。ウトキンは、それ以来、公の場から姿を消しているという。
 
 贅言;ウトキンが所属していたGRUは、ロシア連邦軍参謀本部情報総局という情報機関であった。組織上は、他国と同様に参謀本部の一部署に過ぎないが、参謀系統を通した情報の収集のほか、スパイ活動、偵察衛星、特殊部隊(スペツナズ)の運用も管轄しており、旧KGBや現在のSVRなど)と並ぶ強力な情報機関である。
 
 贅言;スペツナズとは、ロシア語の「特殊任務部隊」の略語。
 
 ヒトラーが愛した音楽家をウトキンも好んだという。作曲家の名前は、ワグナーであった。そのため、ウトキンは自分のコールサインをワグネルにしたという。(了)
 
 ジャーナリスト(元NHK社会部記者)

(2023.3.20)
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