【コロナ禍、海外で見えたもの】
<宗教・民族から見た同時代世界>

「インド洋の楽園」で進行しているアイデンティティ政治

 
荒木 重雄

 ミャンマーの国軍によるクーデターと市民の抵抗の先行きがいまだ混迷状況にあるなかで、もう一つの仏教国、スリランカでは、仏教徒シンハラ人中心の政府と少数派イスラム教徒の関係が燻ぶりはじめている。
 イスラム教徒への火葬の強制を巡ってである。

 スリランカの宗教・民族構成は、多数派の仏教徒シンハラ人が約7割、ヒンドゥー教徒タミル人が2割弱、本稿の主題となるイスラム教徒はキリスト教徒とともにそれぞれ1割弱である。
 イスラム教徒の出自は、交易に携わるアラブの商人が、9世紀頃から、南インドを経て定住したと考えられ、同地方のタミル語を母語とする。一部、後にジャワやマレーから移住してきたマレー語を話す住民もいる。

 これら宗教グループのうち、ヒンドゥー教徒タミル人は仏教徒シンハラ人の政府と25年に亙って激しい内戦を繰り広げてきたが(後述)、イスラム教徒がかかわる民族・宗教対立は、1915年のシンハラ人との抗争以来、ほとんどなかった。
 ところがである・・

  ◆ イスラム教徒にとって火葬が意味すること

 ことの発端は、政府が新型コロナウイルスによる死者の土葬を禁じ、火葬を強制して、イスラム教徒の反発を招いたことである。

 イスラムでは宗教上、土葬を義務とする。死者は墓の中でも身体の形状を保って、最後の審判の日、立って神の裁きを受けるからである。イスラム教徒にとってこの審判は、生前の人生の目的や生活の規範すべてがこの一点のためにあるといって過言ではないほど、重要な意味をもつ。
 火葬はその一切を否定する。

 政府は、「土葬すると遺体からウイルスが地下水に混じり、感染拡大を惹き起こす可能性がある。火でウイルスを消滅させなければならない」と説明するが、世界保健機構(WHO)はすでに、「土葬によって感染が広がるという根拠はない。死者やその家族、宗教上の尊厳は守られなければならない」と表明していて、政府のこの説明はどうも怪しい。コロナを表向きの理由にした「イスラム教徒への嫌がらせ」と、スリランカ社会、とりわけイスラム教徒の間では受け止められている。

 スリランカ政府のこの決定に対しては、イスラム協力機構(OIC)が「火葬強制は人権の侵害に当たる」と撤回を求め、隣国モルディブ政府はスリランカのイスラム教徒の土葬を国内で受け入れると表明するなど、国際的な波紋も広がっている。

  ◆ 忘れることができない内戦の記憶

 イスラム教徒への嫌がらせと受け止められる背景には、歴代スリランカ政府の「シンハラ仏教ナショナリズム」がある。
 シンハラ人仏教徒のエリート層からなる政府は、多数派同胞の支持を得るべく、1950年代から、シンハラ語の公用語化と仏教の国教化を押しすすめ、それらを母語や自らの宗教としない少数派を社会的に追い詰めてきた。

 とりわけ強く反発したヒンドゥー教徒タミル人と対立が深まり、83年に、シンハラ人仏教徒大衆がヒンドゥー教徒タミル人を無差別攻撃した大規模な民族暴動が起きると(一説によると4千人のタミル人が殺され、10万人を超えるタミル人が家を失った)、これをきっかけに、タミル人が集住する北東部2州の分離独立を主張するヒンドゥー教徒タミル人武装組織(タミル・イーラム解放の虎 LTTE)と中央政府が本格的な内戦状態に入った。

 一旦は停戦が合意されたものの、2005年に強硬派のラジャパクサ大統領が就任すると軍事攻勢を強め、09年、ついに北東部2州を攻略した。この間の死者7万人超。とりわけ、ラジャパクサが指揮した内戦末期の殲滅作戦は凄まじく、タミル人武装組織の降伏宣言を無視して住民を含む多数を殺戮し、その残酷さは国際社会の批判を招いた。

  ◆ アイデンティティが政治の中心

 25年に及ぶ内戦の当事者は、イスラム教徒ではなくヒンドゥー教徒タミル人だったが、イスラム教徒も、タミル語を母語とする者が多く、また、タミル人との婚姻を通じて人口を増やしてきたこともあり、無縁ではない。

 そのイスラム教徒への嫌がらせは、このたびの火葬強制以前から続いている。
 2013年には、仏教至上主義者たちが、イスラム教徒の食を保証するハラル認証制度の廃止を主張して、政府がこれに同調した。
 昨年9月には政府が牛の食肉処理の禁止を打ち出した。牛の殺生を嫌う仏教原理主義派の要望に応えるものだ。牛の屠殺や処理は主にイスラム教徒のなりわいであり、職を失う。ただし仏教徒も牛肉は食べるので、輸入した牛肉の販売は認めるという。

 因みに、ハラル認証制度廃止を決めたのは、あの内戦末期にタミル人殺戮で「勇名」を馳せたマヒンダ・ラジャパクサ当時の大統領、現首相であり、牛の食肉処理禁止を決定したのは、マヒンダの実弟のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領である。

 スリランカでは19年4月に、イスラム教徒過激派による大規模な連続爆破テロ事件があった。これはおもに、同じ少数派であるキリスト教の施設を標的にしたものだったが、これをきっかけに、以前からあった仏教徒過激派によるイスラム教徒襲撃が激しくなり、イスラム教徒多住地域での礼拝所(モスク)や民家、商店への放火や破壊が相次いだ。
 僧侶を含む過激な仏教徒の少数宗教者への攻撃は、あの1983年のヒンドゥー教徒タミル人への暴動以来、注目されてきたが、最近はイスラム教徒に対するほか、キリスト教徒に及び、教会の破壊や日曜礼拝妨害が目立っている。

 だが、こうした仏教徒過激派のふるまいは無視して、もっぱら「イスラム過激派との戦い」を掲げて、19年11月、大統領選に勝利したゴダバヤ・ラジャパクサは、就任式の会場に仏教寺院を選んで、言い放っている。「私はシンハラ人仏教徒の支持だけで当選できると知っている」。
 あるインドの政治学者が評している。「多数派シンハラ人仏教徒の優位性を示すことだけが、政権の目的だ」。

 いずれも唖然とする言葉だが、いまやスリランカに限らず、ポピュリズムとアイデンティティ政治が世界に広まっている。インドのモディ政権もその典型だ。この潮流に抗する力はなにか? どこにある?

 ここまで書いたところで、つい先月(3月12日)、スリランカ政府は、イスラム教徒女性が肌を見せないよう全身を覆う「ブルカ」の着用を禁じ、また、千を超える、地域の寺小屋的なイスラム学校「マドラサ」を閉鎖させることを決定したとの情報が入った。

 (元桜美林大学教授・『オルタ広場』編集委員)
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