【コラム】やぶにらみ(1)

「ポスト平成」を前に骨太の論議を

栗原 猛


 ことしは大型国政選挙などがなく、政治日程で言えば秋の総裁選ぐらいだ。政治は経済などが比較的に安定している時にこそ、少子高齢化社会や財政再建など、少し中長期の視点から構造的な骨太改革に取り組むことが大事ではないか。

◆ 優先順位は国民の目線で

 国会論議でも安倍首相は改憲に熱心で、自民党は9条を含む4項目について、改憲案を3月の党大会ごろまでにまとめて国会に提出すると言う。ただし国民生活の重要度から考えると、憲法改正の議論は今、取り組むべき緊急の課題であるのかいささか疑問だ。まず首相が提起した「9条加憲案」に立憲民主など野党は強く反発しており、改憲案が示されると国会審議はストップして、国民生活に関係する議論はすべて吹き飛んでしまう可能性がある。この4項目について、自民党のある幹部は「必ずしも改憲しなければ対応できない緊急性があるわけではない」と言う。
 日本が急ぎ取り組まなければならないのは、改憲論議よりも少子高齢化社会を乗り切る骨太の改革ではないか。

◆ 格差を放置すると社会不安を招く

 まず政治が直視して欲しい点は、アベノミクスの恩恵を実感できない人が多くいることだ。日本の有効求人倍率は昨年10月、1.55倍と43年9か月ぶりの高水準で、民間給与所得も4年連続増え景気は雇用面にも及んでいると言われる。

 しかし景気回復が多くの人に実感できているかとなるとそうではない。給与所得が増えたが、これは一部の富者が平均を押し上げているからとされる。国税庁の民間給与実態統計調査では、民間給与所得は1997年に、467万円をピークに下がり続け、2009年には406万円になる。16年には422万円に回復したが、まだピーク時より40万円以上低い。
 20~30代の既婚者を年収で見ると、300万円以上は20~30%だが、300万円未満では10%を切る。30代の男性の既婚率は、正規社員は60%だが非正規社員は30%と低い。政府は働きながら子供を産める環境づくりを進めるが、その前の段階の結婚したくとも結婚に踏み切れない「300万円」ラインの男女への取り組みも必要だ。さまざまな形の格差を放置することは、社会不安を招きがちになる。

◆ 将来不安を見据える

 20年の東京五輪・パラリンピックには多額の税金が投入されるが、「五輪閉幕後に景気にブレーキがかかる」という懸念もある。25年には団塊の世代が全て後期高齢者となる。地方を回って商店主などに聞くと、「景気がいい」と答える人はいない。一部の業種に好況感はあっても、多くの人は1,000兆円を超える財務残高を前に、年金や社会保障、子供の教育などは大丈夫かと不安を抱いている。
 こうした生活実態を考えると、政治が比較的に安定している今こそ、国民が安心できる持続可能な社会保障制度の構築が急がれる。安倍政権はこの国会で、教育無償化や働き方改革などに取り組むとしているが、既に打ち出している1億総活躍改革などに酷似する。厚生労働省のある幹部は、「政権の要を経済産業省が握っているので、政策に偏りが出ている」と言う。

◆ 国会は予算の使い方の監視役だ

 もう1つは立法府、「国権の最高機関」である国会の在り方だ。自民党は与野党の質問時間の配分見直しに続いて、この国会では首相の国会出席日数の削減を求めている。首相や閣僚が国会に縛られすぎると言うことから、既に毎週党首討論を開くこと、閣僚に代わり答弁できる副大臣の新設―など制度改正をした。ところが自民党は党首討論に応じなくなり、2014年に「月1回」開催したが、昨年はゼロだった。政党政治は官僚が作った答弁書を読み上げるのではなく、政治家が国民に自分の言葉で語りかけるところに面目がある。

 次に国会は各省庁の予算の使い方をチェックする機能を高めることも欠かせない。1,000兆円を超える債務残高は1年で積み上がったものではない。例えば会計検査院を欧米のように立法府に移し、一段高い立場から予算の使い方に監視の目を光らせる改革も急がれる。

◆ 欧米は解散権を制限

 3つ目は政党政治―野党の再建である。英国の政治家で政治学者だったジョン・アクトンは「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対に腐敗する」と言っている。議会政治で欠かせないのは野党の存在である。そこで一強多弱政治ともかかわる「首相の解散権」がある。解散権は「首相の専権事項」などと言われるが、欧州各国はどこも厳しく制限し、米大統領には解散権はない。この解散権については政治学者の間でも「党利党略の解散、選挙になり不公正」と指摘される。政治は目前の損得に目が向きがちだが自民党も将来、野党にならないとも限らない。今のうちに解散権を制限するなど公平性を確立させることが大事ではないか。選挙制度で言えば、小選挙区で落選しても比例で救われるという仕組みもおかしい。

 外交では日米安保条約は必要だとしても、沖縄で度重なる米軍のヘリコプター事故などに対する対応は不可解だ。ドイツではNATO軍に対しては、ドイツ国内法が適用され、人口密集地や学校、病院、原子力施設の近くの訓練には、国防大臣の承認が必要とされる。日本では航空法も適用されず、独立国としていささかルーズ過ぎないか。これらの問題を国民と共にどう改革していくのか、骨太の論議を期待したい。

 (元共同通信編集委員)

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