【視点】

「保守精神」を変質、退化させた旧統一教会との癒着の深淵

栗原 猛

 安倍晋三元首相の殺害事件で明らかになった自民党と、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との不可解な癒着とその後の対応は、自民党の理念である「保守精神」の変質、退化を物語っているように見える。

■公正、公平を大事にした

 ある長老議員は「反社会的な旧統一教会のバックアップで当選して自民党議員ですと、平然としていられるというのはどういう神経の持ち主なのですか。立党の精神が忘れられていますね」と、顔を曇らせた。

 保守政治の精神とは、多くの政治課題に時間をかけて、歩み寄りを大事にするところにある。効率が悪いと指摘されるが、自民党の長期政権が続いた背景には、公正、公平、つまりバランスを配慮した利害の調整にあった。

 経済政策では都市と地方、農村と漁村、社会的な強者と弱者など、経済の進展につれて生じたひずみにも目配りした。「所得倍増」とか「一億総中流」を掲げたこともある。国民各層から幅広く支持を得るには公正、公平、バランスが欠かせなかったのである。

 これに対して安倍晋三政権では企業が潤えば、国民が豊かになるとまず大企業に対する税制の優遇策に取り組み、「トリクルダウン現象」が看板だった。政策決定にあたっては「敵か味方か」という二分論を重視している。しかしトリクルダウンは起こらず、大企業の内部留保は450兆円もなったとされるが、雇用労働者5900万人の40%は非正規雇用だ。国内総生産(GDP)は世界の20位、最低賃金は韓国に抜かれた。高齢者就業率は英26,6%、米36,4%だが、日本は57,2%と多い。

 アベノミクスの柱、トリクルダウンは失敗策とされる。いずれも税金で取り組まれているので、岸田政権はしっかり検証し国民に説明をする責任がある。

■軸足を中道へ戻す

 政策決定の手法は、これまで官邸が総合調整機能を発揮して、各省庁が下から順に積み上げていくボトムアップ方式だった。これは各省庁で順番に調整を積み上げていくので、時間はかかるがミスは少ないとされる。ただし責任は下に押し付けられがちだった。一方安倍政権はトップダウン方式である。官邸は気心の知れた官房長官、官房副長官、秘書官などで固め、担当大臣の頭越しに指示が出ることもあった。情報管理は徹底され、担当官庁でさえ直前まで知らされない時があったという。この方式はトップが行政を熟知している場合には有効だろうが、秘密主義、閉鎖的、お仲間主義になり、霞が関全体に忖度の風潮を生んだ。森友学園への国有地払い下げをめぐる財務省の公文書改ざん、桜を見る会などの検証、責任などの究明を急ぐことが大事である。

 外交面では、日米関係の重視は変わりがないが、宏池会、経世会系は民主党、清和会は共和党や同党系のシンクタンクと関係を持った。日中関係では、経世会と宏池会は、日中国交正常化を進めたことから中国の経済発展に期待し、天安門事件後は国際社会への復帰に気を配っている。一方清和会は中国、韓国に対して「嫌中論」などイデオロギー的な発想が目についた。日本は資源や食糧を外国に依存しているので、外交でもバランス感覚は欠かせない。岸田政権には右に寄りすぎた軸を中道に戻す役割もある。

                      
■マーケットをのぞいた首相

 岸田内閣の顔ぶれには、手堅さが感じられるが、山とある課題の何から取り組んでいくのか、分かりにくい。最大派閥の安倍派への遠慮も感じる。政治は数だといわれ、宏池会の倍も勢力のある安倍派への気配りは必要かもしれないが、まず国家、国民のためにこれだけはやるという大黒柱を立てるべきだろう。                            
 保守政治は、国民の生命、生活を守ることを第一に考えた。新型コロナウイルスは第7波に入り、自宅療養で亡くなる人も出て、医療機関の崩壊は深刻だ。ただしコロナと同時に、消費者物価の幅広い高騰にも早急な対応が迫られている。少し古い話で恐縮だが、中曽根康弘、竹下登両首相が総選挙の時に担当で、地方都市の遊説に同行したことがある。遊説先では必ずマーケットや市場をのぞいた。市場に活気があるか、新鮮なものが並んでいるか、値段はどうかなどを聞いて回っている。         
 正規、非正規社員、貧富の格差に実態も深刻である。安倍氏は国会を嫌い国会開催や党首会談などを逃げまくったが、国会こそ民主政治の原点である。国会史を紐解くと田中角栄元首相は通年国会を掲げ、年中国会を開いていて必要な時にいつでも審議に応じる姿勢が大事だと主張した。この構想は実現しなかったが、岸田政権にもこうした積極姿勢が求められる。

■旧統一教会との不可解な癒着 

 自民党と統一教会の関係史は古く、60年安保の頃、双方は反共主義で関係が生まれ、まず岸信介元首相や右翼の大物といわれた笹川良一氏らがかかわったとされる。共産主義体制が崩壊すると今度は、家父長主義で自民党議員に接触、選択的な夫婦別姓などの権利を否定する立場から、安倍元首相をはじめ右派議員を中心に交流を広げる。旧統一教会は洗脳による個人の尊厳の否定、霊感商法などで財産の提出などが批判されている。   
 さらに問題なのは旧統一教会と接触した、多くの自民党議員が「全く知らなかった」「新聞で初めて知った」と、言い訳をしている。国政、外交を担う政治家としてはいささか見苦しい。しかも、安倍氏をはじめ自民党政治家が率先して旧統一教会の会合に、挨拶やメッセージを出している。これは旧統一教会側から見ると信者に信用を広げ、組織を拡大させることになるだろう。一方反社会的集団から支援を受けて議員になり、平然としていられるというのもおかしい。

 かつて自民党は本部に月に一回、儒教学者の安岡正篤氏を招いて「帝王学講座」を開いた。議員に保守の心構えを身につけてもらおうという試みだった。東洋の古典の四書五経が中心だったが、同党担当だったのでこっそり聞く機会があった。一回目は「君子は本を務む。本立ちて道生ず」だった。君子とは立派な人間になるには、まず何のために存在するのか、まず志をしっかりさせることが大事だというものだった。後に日本の資本主義の父と言われた渋沢栄一がこの言葉を生涯大事にしていたことを知った。

 岸田政権と旧統一教会との関係でいえば、自民党所属議員の半数近くの179人が旧統一教会や関連団体との接点があり、さらに8項目の点検をしたところ会合への出席、会費支出、選挙応援があったとされる。政府や政権政党の政策や方針に影響があったのかどうか、政治や行政がゆがめられていないか、2015年に文化庁が教団名称を現在の「世界平和統一家庭連合」に変更を認めた経緯も知りたいところである。また 議員が教団に便宜を図っていなかったかどうか、この発表だけで幕を引くことなく全体像を明らかにする責任があるだろう。                    
 保守政治の精神的支柱である公正と公平のバランスを取り戻し、自浄機能、責任感を蘇らせるために、岸田政権は指導力を発揮してほしいところである。

◆以上

(2022.9.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧