【書評】

『安保法案 テレビニュースはどう伝えたか』
—検証・政治権力とテレビメディア」—

放送を語る会/著  鎌田 慧/解説  600円+税
かもがわブックレットNo.201  2016年2月1日/第1刷発行

大原 雄


 2015年の夏から秋にかけて日本を揺り動かした「安保法制化」、いわゆる「戦争法案」は、戦後70年の歴史を見れば、大きな分岐点となる問題を含んでいる。この大事な分岐点について、マスメディアは、きちんと伝えたのか、伝えなかったのか、という問題については、私もメールマガジン「オルタ」誌上、142号(2015.10.20)と144号(2015.12.20)でそれぞれ伝えた。その際、私は、視聴者団体「放送を語る会」の5ヶ月に亘るテレビニュース・モニター報告をベースにして報告した。142号は、モニター報告の「中間報告」であったし、144号は、モニター報告の「本報告」であった。
 その時のタイトルは、「NHKテレビは、いわゆる『戦争法案』をいかに伝えたか」とし、「放送を語る会」のテレビニュース・モニター報告のうち、NHKニュースモニターの部分を重点に報告した。民放の放送ぶりも若干触れては居たが、NHKニュースの論評を軸にした。それは、私の古巣がNHKニュースであり、退職したとはいえ、NHK記者として働いてきたために報道現場の様子が判ることやオルタの誌面の都合(紙数)上のこともあったからである。

 「放送を語る会」のテレビニュース・モニター報告の原文は、中間報告も本報告も「放送を語る会」のホームページで誰でも自由に読むことが出来るが、このほど、刊行されたブクレット「放送を語る会/著 鎌田慧/解説『安保法案 テレビニュースはどう伝えたか』 検証・政治権力とテレビメディア」(かもがわ出版/刊)は、「視聴者は受け身であってはいけない」、「テレビ批判を『印象批評』にとどめるのではなく、根拠を持った(証拠を持った)ものにする必要がある」という志のもと、市民によるモニター活動報告をまとめたという。
 このブックレットを読むと、残念ながらNHKのニュースを見ているだけでは、戦争法案の持つ問題性や市民の反応などが良く判らない、ということが良く判る。この問題について、民放も独自報道も含めて丁寧に報道したテレビ局もあれば、よく判らない報道の仕方に終始したテレビ局もある、ことが判る。このモニター報告のベースには、市民にとって大事なメディアであるテレビを市民の手に取り戻さないと、この後の日本は大変なことになる、という危機感が滲み出ている。

 この書評では、「オルタ」142号と144号との重複を避ける(関心のある方は、「オルタ」のバックナンバーで読んでいただければ、と思う)ために、市民によるテレビ報道評価表というべきこの本の特性を伝えることに努めてみたいと思う。まず、モニター報告の視点が見えてくるので、目次をきちんと紹介しておこう。

★ 目 次

安保法案国会審議・テレビニュースはどう伝えたか
                ——2015年5月11日〜9月27日

1、国会審議期間中の対象ニュース番組全体の傾向
2、ニュース番組は法案の問題点や政府・与党の動きにどう向き合ったか
3、法案に関連する重要事項について、独自の取材による調査報道はあったか
4、市民の反対運動が、その規模に応じて適切に紹介されていたか。また、識者の法案に対する言論などがきちんと伝えられていたか
5、今後、「安保法制化」のニュースに望むこと

付表1 NHK「ニュースウオッチ9」が報道しなかった事項
付表2 安保法案に反対する市民の主要な行動と報道の有無
資料1 モニター記録用紙と記入内容の例
資料2 放送を語る会、モニター活動一覧(17例)

 このうち、ここでは、NHKと民放各社の報道ぶりを比較するモニター報告の実例として、「2、ニュース番組は法案の問題点や政府・与党の動きにどう向き合ったか」のうちの、シンボリックな場面のニュースの伝え方をウオッチングするために、「衆院特別委での強行採決をどう報じたか」と「参院特別委での強行採決をどう報じたか」を紹介しよう、と思う。

 まず、7月の「衆院特別委での強行採決をどう報じたか」。

 「ニュース7」(NHK)では、「『強行採決』という表現は最後まで聞かれなかった」という。

 「ニュースウォッチ9」(NHK)のナレーションでは、「『騒然とした雰囲気に包まれる中、自民・公明の賛成多数で可決』というもので、「『強行採決』という表現は使っていない」という。また、「5分半近いスタジオでの記者解説は『60日ルール』の説明や、国会内の議会運営手法、各党の駆け引きの状況の解説にとどまり、法案自体についての視聴者の関心に応えるものとは言えなかった」という。

 「みんなのニュース」(フジテレビ)では、「ニュース枠をおよそ30分に拡大、強行採決の動き、(略)3部構成になっていたのは納得できるものだった。しかし、強行採決の異常なあり方に対するメディアとしての鋭い批判は感じられなかった」という。

 「報道ステーション」(テレビ朝日)では、「強行採決という政局の動きだけでなく、ナレーションで『採決強行前の最後の質疑でも、法案への懸念は払しょくされなかった』などとして「強行採決の問題を浮かびあがらせた」という。

 「NEWS23」(TBS)では、「29分10秒という時間量で強行採決をめぐる動きを伝えた。(略)この日の放送は強行採決を立憲主義、憲法の平和主義を破壊する暴挙として糾弾するトーンが強かった」と、まとめている。ニュース番組のモニター報告の表現としては「糾弾」というより「批判」という文言の方が適切ではないかと思うが、それはさておき、番組では識者のコメントなども伝えられたという。

 次に、9月の「参院特別委での強行採決をどう報じたか」。

 「ニュース7」(NHK)では、「自民党議員が議長(原文ママ)席に殺到して議長をガードし、そこで質疑打ち切りの動議が出されたのが事実の流れだったが、ナレーションでは、『一気に議員たちが議長席に押し寄せた』としていた、という。「驚くべきことは政治記者の解説で、委員会採決の混乱について、原因は野党の強硬な反対にあるととれるコメントがあった。混乱の責任は野党にあるとのニュアンスは問題だった」と、締めくくっている。

 「ニュースウォッチ9」(NHK)は、「25分弱の時間を割き法案採決をめぐる動きを詳しく伝えたが『強行採決』の表現はなかった。国会前の抗議集会は、(略)比較的丁寧に伝えた。記者の解説は珍しく野党の対応を中心に扱い、いつもの政府与党の思惑や方針の解説とは一味違って人々の関心にも添っていた。しかし、大きく広がる抗議の声を一顧だにせず強行採決に走る与党への批判、違憲法案への疑問には全く触れず、メディアとして立憲主義、民主主義への危機感が弱いことはいつもどおりだった」という。戦後史の分岐点になる法案の強行採決ということへのニュース判断の認識不足を報告者は憤っているのだろう、と思われる。

 「みんなのニュース」(フジテレビ)では、「およそ3時間というニュースの枠を存分に使い、時間を追って詳しく伝えた。ただ、特別委で採決が行われたと伝えた部分で、キャスターが『野党議員が委員長席に殺到』と何回も伝えたのは問題だった。(略)委員長の一連の発言や法案可決宣言は中継画面でも全く聞こえなかったが、16時32分には速報テロップで『安保法案 可決』と伝え、キャスターも同様にコメントした。(略)情報の出所が分からない不確実な情報をそのままストレートに伝えた」のは、おかしいと強調している。

 「報道ステーション」(テレビ朝日)では、「CMを除いても43分の時間量で安保法案関連の動きを伝えた。「『採決』に至る委員会室の混乱を、そのままナレーションなしで、視聴者の判断材料に提起したこと、国会外の集会参加者の声を丁寧に取り上げていたこと」などは「評価できる編集」だったと、いう。この報告者は、NHKとテレビ朝日の報道姿勢と比較して、「問題の重視の姿勢で、どちらが公共放送かわからない」と法案報道の根底にあるテレビ局のありようにまで、厳しい視線を向けている。

 「NEWS23」(TBS)では、「強行採決関連の報道は31分41秒の長さ。国会内の混乱した状況のレポートの間に、全国各地の安保法案反対の集会、デモ、集会参加者のインタビューを紹介している」ほか、スタジオゲストの言論なども含めて、複数の識者の意見も伝えた、という。この日の日本列島の全体像が窺える編集だったのだろう、と思わせる報告だ。

 このブックレットの特徴は、何と言っても、各テレビ局の放送ぶりを一覧表にした付表だろう、と思う。

 付表1(NHK「ニュースウオッチ9」が報道しなかった事項)という一覧表を見ると、「報道ステーション」(テレビ朝日)と「NEWS23」(TBS)がほぼ揃って報道している事項を「ニュースウオッチ9」は、ほとんど報道していない(翌日の別のニュース枠で放送していたりする)、という状況が改めて浮き彫りにされている。この一覧表は、これらの3つの番組だけで事項をチェックしている。

 付表2(安保法案に反対する市民の主要な行動と報道の有無)では、6つの報道番組が一覧表になっている。表は、2ページに亘る。例えば、6月3日の憲法学者法案廃案を求める声明を取り上げたのは、「報道ステーション」(テレビ朝日。ただし、放送日は6月5日)、「NEWS23」(TBS。ただし、放送日は6月8日)。「ニュース7」、「ニュースウオッチ9」(いずれもNHK)、「NEWS ZERO」(日本テレビ)、「みんなのニュース」(フジテレビ)は、いずれもネグレクトという状況だったことが判る。
 8月30日の国会前・全国各地の法案に反対する大集会は、「NEWS ZERO」(日本テレビ)以外の5つの番組が取り上げている。ただし、当日報道したのは「ニュース7」(NHK)と「みんなのニュース」(フジテレビ)だけで、「ニュースウオッチ9」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「NEWS23」(TBS)は、一日遅れの8月31日の放送だったことが判る、というわけだ。市民モニター報告の面目躍如たるところは、この一覧表づくりにあると、私は思う。「放送を語る会」では、10人ほどが手分けをして、それぞれの報道番組を録画するとともに、統一書式の用紙に映像・音声などの記録をし、モニター担当者のコメントを記入した、という。

 この戦争法案報道に対するマスメディアの対応は、お粗末としか言いようがない。特に、NHKの報道ぶりは、目を覆いたくなる。その上、NHKには、報道機関の長として不適切な言動で知られ、目下、顔を見るだけでも、目を覆いたくなる籾井会長という人物まで居座っている。居座りは、いつの間にか、2年を越える。従って、あちこちで、今のNHKダメという声を良く聴くようになった。

 しかし、ここは大事なことだが、NHKはダメと言っているだけで済ませていてはダメなのである。それが安倍政権という権力がNHKを「支配する(国民にとって役立たずのダメなNHKにする)」狙い、そのものだからだ。マスメディアは情緒的でもともと危ういものである。

 私が現役のNHK記者だった時代に、本をきちんと読む記者が少なかった。ある先輩記者は、「本は古い情報。取材は新しい情報」という信仰心を持っていた。もちろん、多忙なのに、いつ本を読んでいるのか、と感心する先輩記者もいた。取材すべき対象に食い込んで取材することは、もちろん、いまも昔も記者道の基本だが、情緒的に動いている情報をきちんとパースペクティブに見通すためには、動いているものを静止させてみる視点を培うことも必要なのだ。視点を持つ。それに基づいた問題意識を持続的に常備する。そういうことをすることを私は、ジャーナリズム精神と言うことにしている。

 ジャーナリズム精神でマスメディアをきちんと機能させることがなにより大事。ジャーナリズムのないマスメディアは、戦時中の翼賛・報国の報道と同じである。このブックレットを読むと、もう、目の前にそういうマスメディアが奇怪な姿をして控えていることが判る。この本は、戦争法案をめぐる国会内外の動きという定点観測から、日本のジャーナリズムの危機の現況を具体的に報告したものだと言える。

 評論家の鎌田慧さんが、このブックレットの巻末の解説で、こう書いている。「いうまでもなく、ジャーナリズムの最大機能は、権力の監視にある。しかし、日本の『マスコミ』の権力への弱さが、巨大な放送網と巨額の予算をもつNHKに象徴的にあらわれている。それが日本の民主主義の進展にとっての最大の壁となっている。すでに新聞に対しては、朝日新聞の福島原発事故報道、従軍慰安婦報道への攻撃、沖縄の新聞への『潰せ』という極端な暴論などがはじまっている」。

 以前に日本は、NHK(当時の社団法人日本放送協会)も新聞も、権力側のメディア(手段、道具)にしてしまったことがある。そして、メディアを利用して、一方的な判断を国民に押し付ける大本営放送(ラジオ)を聴かされ、大政翼賛の新聞を読まされたではないか。大本営放送は、1941(昭和16)年12月8日午前6時から第1回が始まり、敗戦まで、846回放送された、という。わずか、70年ほど昔でしかない。

 新聞を救い、NHKを市民の手に取り戻し、立憲主義、三権分立を守り、民主主義を維持しなければならない。立憲主義は、先の国会審議で既に破壊された。「緊急事態条項」では、行政府に実質的な立法権を持たせる危険性があり、三権分立も風前の灯火にさせられようとしている。軍靴の音が聴こえ出した。戦後を70年で終わらせないためにも、今年は、デモや集会に、選挙にと、市民の力の真価を見せつける頑張りどころである。メディアを権力の手に渡してはならない。権力のおもちゃにさせてはならない。そのための具体的な処方箋が、このブックレットには、載っている。

 (評者は、ジャーナリスト、日本ペンクラブ理事。元NHK社会部記者)


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