【コラム】大原雄の『流儀』

「非道回廊」ミサイルは「プーチン式」ロシアンルーレットか

大原 雄

 朝日新聞7月24日付朝刊記事によると、「22日に食料輸出の合意をしたオデーサ港にロシア軍が23日午前、ミサイル攻撃をし、一部の施設を爆発させたという。同港は22日に国連、トルコがロシア、ウクライナとそれぞれ署名した食料輸出再開の合意文書で積み出し港に定められて」いる。以上、記事の概要をコンパクトにまとめ直し、引用した。

「人道回廊」ならぬ「非道回廊」をプーチン・ロシアは、猛スピードで走り廻る。「合意」の翌日、難癖をつけてミサイル攻撃をする、なんて、誰でもできる芸当ではない。盤上の状況を隅々まで読んで敵方の「手」筋を全て予想し、「今、ここで」を見極めることができなければ、この芸当はできないのではないか。などと、書くと私自身が碁や将棋が大好きで、その上、天才的な名人でもあるかのように間違って受け止める人もいるかもしれない。いや、文章の書き方を始め、碁や将棋のことも、勝負事のことも、全く知らない「ど素人」の手技だと見抜かれてしまうかもしれない。まあ、それはさておき、「非道回廊」独り奔走するプーチン・ロシアの「思想と行動」は、私には全く判らない。だから、この連載「大原雄の『流儀』」でも、素人の強み(大原流は、「浅学無知」)だけを手に携えて、流儀は無手勝流ということで私は行く。「老人は、荒野を行く」という独断専行の姿勢で人影の少なくなった漂泊の旅路を私は行く。

さて、本論に軌道を戻す。

{ロシア・ウクライナ合意文書関連のポイント}
7月22日:食料輸出再開(オデーサ港)合意文書署名
7月23日:オデーサ港の一部施設をロシア軍ミサイル攻撃

以下も、同紙より引き続き引用。
「同国農業省はオデーサ港に数日内の輸出再開に向けた穀物がすでに用意されていたとしている。(略)同じ区域内の穀物倉庫は無事だったと伝えた」

 それにしても、合意した積み出し港(オデーサ)の輸出区域の施設をミサイルで攻撃するとは、どういう「回路」でプーチンは状況判断をしているのだろうか。輸出関係とは違う軍用施設を攻撃しただけだと、涼しいお顔。なんだろうと彼の般若のような骨格の顔を思い浮かべる。

 この問題の「想定」は、実行者が「確信犯」(知っているのにやっている)でなければ、着想しそうもない凄まじくリアルな、それでいて狂的な発想力だと私は思う。

贅言;「ロシアンルーレット」とは、ゲームの名称。通説では、スイス出身のアメリカの冒険小説作家ジョルジュ・サーデスによる創作だと言われる。6発入りのリボルバー(回転式拳銃)に1発だけ弾薬(だんやく)を装填し、適当にシリンダーを回転させてから自分のこめかみに向けて引き金を引く、いわば確率論の自殺ゲーム。シリンダーの回転を1回に限るなど単純なやり方でやれば、6人に1人は、必ず死ぬだろう。ロシアンルーレットは非常に危険なゲームだが、実行に移そうとする人々は今も後をたたない、らしい。なお、弾薬とは、銃などの火器を撃つときに必要な弾丸と火薬を組み合わせた物。近代の銃では一体化され、「実包」と呼ばれる。技術は、いつも違った顔をして、進化してくる。

「『プーチン式』ロシアンルーレット」と私が名付けた戦術論は、弾薬の代わりにミサイルを使う。ウクライナの非戦闘員をターゲットに無差別殺傷をする兵器。「核」も載せるぜよ、とプーチン・ロシアは敵方を脅す。戦争はルーレットより、過酷なゲームだろう。核兵器問題は、絶滅させることでしか、解決できない。

 ウクライナの小麦などを載せた貨物船は、オデーサの港を出て、今のところ目的地に向かっているようだ。

 オデーサ(当時は、ロシア語読みでオデッサ)といえば、私たちの世代は、映画「戦艦ポチョムキン」の「オデッサの階段」のシーンを思い出す。映画は、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品で、1925年に制作・公開された。97年前の映画か! ソビエト連邦のサイレント映画。1905年に起きた戦艦ポチョムキンの叛乱を描いた。「オデッサの階段」というシーンは、オデッサの市民を虐殺する場面で、映画史上有名なシーン(映像はおよそ6分間)として、後世に残された。

 特に、私は、混乱のなか長い階段を降りようとする若い母親が撃たれた後、彼女の手から離されてしまった乳母車(ベビーカー)が、赤ん坊を乗せたまま、階段を下ってゆく場面が、今もありありと記憶されていることに気づく。人手を離れて階段を下へ、次第にスピードを上げながら、転げ落ちるように下ってゆく乳母車。中ですやすや眠っている赤ん坊。倒れて動けない母親。当時のソビエト連邦の映画人が提唱していた「モンタージュ理論」を確立した作品として知られる。今も映画史上に輝く重要な作品。日本では、1967年に一般公開された。私も、この時期に観ている。

★ ウクライナ兵の捕虜収容所が攻撃され、多数死亡
 ウクライナのゼレンスキー大統領は(7月)29日夜、親ロシア派に支配されているウクライナ東部ドネツク州オレニウカで、ロシア側の収容所への攻撃で50人以上のウクライナ兵の捕虜が死亡したと、SNSに投稿した、という。この攻撃をめぐってはロシア国防省が同日、すでに「ウクライナ軍の攻撃を受けた」と発表している。夜になって、ウクライナの大統領が、「いや、それはロシアの仕業だ」と主張しても、遅いか? 両者の主張が食い違うなか、国際社会からは捕虜収容所への攻撃に対するロシアへの非難の声が出ている。
 以上、朝日新聞7月30日付夕刊記事よりリード部分のみ引用。新聞の見出しが、判りにくいので、私の文責で見出しの一部を修正して、ここでは大原流を使ってみた。

 やはり、情報戦は、ゼレンスキー大統領が役者は一枚上手か。そりゃそうだ。彼は、本物の役者であり、本物の大統領だから。

本記記事によると、経緯は、以下の通り。

*ウクライナ軍参謀本部は、ロシアがウクライナ兵の捕虜への拷問や銃殺の証拠を隠蔽しようとして攻撃したと主張。ゼレンスキー大統領は(略)SNSへの投稿で「ロシアによるウクライナ兵捕虜の意図的な大量殺害だ」と非難した。→ ロシアがロシアのウクライナ兵捕虜収容所を攻撃した。

*ロシア国防省は、29日昼に、ウクライナ軍が(略)攻撃し、ウクライナの捕虜40人が死亡、75人が負傷したと発表した。

 要するに、29日昼にロシア国防省が発表した捕虜収容所攻撃事案と29日夜にウクライナのゼレンスキー大統領がSNSに投稿した捕虜収容所攻撃事案の下手人を相手の仕業だと双方で責任をなすりつけあっているということらしい。

 そこで、いわば、「調整役」(?)を買って出たと思われる、ウクライナ国防省情報総局(高官)は、「ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の傭兵がロシア国防省と調整せずに攻撃を行ったとの見方を示している」という視点で記事に落とし所を明示した、と思われる。以上、引用終わり。

 ロシア国防省は、組織内で情報が正しく伝わっていないということか? 「わけのわからん奴が、わけのわからんことをやりおって」と怒っているのだろうか。どちらがキツネで、どちらがタヌキか。こういうときに、例えの代表選手として例示される狐と狸もたまったものではないだろう。

 この記事関連では、朝日新聞7月31日付朝刊記事が、続報を伝えてくれた。見出しは、「捕虜収容所攻撃 非難の応酬」であった。本記記事では、「収容所には、ロシア軍に包囲された南東部マリウポリで製鉄所に立てこもり、投降したウクライナ兵らが収容されていたとされる」とあった。いろいろ、曰く因縁のある話。収容されていたウクライナ兵は、皆、ツワモノどもであったろうから、例えば、「争いも激しく」ロシア軍の指揮官も手こずっていたか。ならば、「全員殺せ」と、単純な結論を指揮官は選んだかもしれない。ロシア軍では人を殺した数が、勲章の数になるとしたなら、それもありうるかもしれない。真実は、どうなのか?

 ロシアとウクライナの情報戦は、両国の戦況や外交交渉とは、別にフェイクニュースの度合いをますます強め、お互いの食い違いが増えてきているように見受けられる。どちらがウソをついているのか? 当人らは当然よく知っている。ウクライナ兵捕虜がロシア側の捕虜収容所に収容された状態のまま、何ら法的な対応・処置(捕虜の処遇など)を受けることなく攻撃・殺害されたという事実もあるようだ。ロシア、ウクライナのどちらが仕掛けたのか? 続報を注意して見て行きたい。どちらが殺したにしても、攻撃は、ウクライナなら空爆か。空爆なら、爆撃機は、ロシア仕様か。いや、どちらにしても、遠距離から狙うミサイル弾かもしれない。

★ ロシア国営テレビで「反戦」訴えた女性番組編集者、その後も健在               

 ロシア国営テレビの生放送中に反戦を訴えて辞職したジャーナリストが、別の裁判でロシア軍の名誉を傷つけたとして、モスクワの裁判所は(7月)28日、5万ルーブル(約11万円)の罰金を(女性・ジャーナリストに)科した。AFP通信などが伝えた。同通信などによると、ジャーナリストのマリーナ・オフシャニコワさん(44)は、今月、反体制派の政治家を審理する裁判に姿を現し、ロシア軍によるウクライナ侵攻について「恐ろしい犯罪だ」と述べたという。

 オフシャニコワさんはロシア国営テレビ「第一チャンネル」の番組編集者だったらしいが、3月、生放送中のテレビ(報道)番組で「NO WAR(英語表記で、「戦争反対」)」などと書かれた手書きの(大きな)紙を(両手に)掲げて(テレビに映り込んだことから)、3万ルーブル(当時約3万3千円)」の罰金を科せられていた。(この件で)国営テレビを退職し、ドイツメディア「ヴェルト(ウェルト)」の特派員として働くために国外に出たが、7月初旬にロシアに帰国していたという。

贅言;以前の外電では「ウェルト紙のフリーの特派員になる」という話だった。ウェルトは、アクセル・シュプリンガー社により発行されているドイツの一般的な日刊新聞だという。「ヴェルト」は、ドイツ語で「世界」を意味する。1946年ハンブルグでイギリス占領軍により創刊された。政治的には、中道右派と書いてあったが、新聞社自身は、「リベラル・世界市民的」としているという。

 以上、見出し、本記記事とも、朝日新聞7月29日付夕刊記事より引用。ただし、見出しの一部を私の文責で調整して、ここでは掲載した。

 私は、先にロシア国営テレビ「第一チャンネル」の放送を見ていて、この場面をリアルタイムで視聴したので、その後の続報などを見落とさないように注意していたが、短い記事ながら3段見出しのついた記事を見落とさず気づき読むことができてよかったと思う。ロシア国営テレビの番組編集者の、いわば内部告発の批判なので、モスクワのプーチンサイドに邪魔されて、モスクワ発の情報の続報ではこちら側には出てこないのかなと懸念していたが、その後の情報が伝えられてきたので、よかったと思う。それにロシア人のなかにも彼女のような勇気ある国営テレビの女性編集者が居て、2日間の「完徹(夜)」取り調べで「疲労困憊」と言いながら、今も意気軒昂そうなのが伝わってきてなによりも励みになる。

贅言;当初は、「ロシア軍の活動に関する報道や情報発信のうち、ロシア当局が「フェイクニュース(虚偽情報)と見なした場合に、記者らに対して最大15年の禁固刑を科すことができる」という情報だったからだ。

★ ★ 問題の「想定」(1) 〜テロ事件か?

 2022年7月8日、奈良市の私鉄駅の駅前街頭で参議院議員選挙の応援演説に参加した自民党の安倍元首相が、衆人環視のなか41歳の容疑者自作の変造銃で至近距離から銃撃され、殺害されるというショッキングな事件が起きた。白昼の殺人事件発生だ。選挙活動で自民党候補の応援遊説中の元首相が、白昼、背後8メートルと5メートルの、まさに至近距離から2回にわたって男に銃で撃たれるという事件は、テレビを含め、複数のマスメディアが選挙活動の取材している目の前で起きたこと、安倍元首相には、警視庁の警護員(SP)のほかに奈良県警察本部の複数の警護員たちが警護しているなかで、2回の発砲(1回あたり、6発が発射されるシステムの変造銃。パイプを素材とした小型の大砲のような無骨な形だった、という素直な目撃談があったが、具体的なイメージを容易に浮かばせてくれる証言と言えた)があり、2回目に発射された弾薬が安倍元首相の身体を貫き、同日、午後5時過ぎ、死亡した。67歳であった。その後の警察庁の調査では、安倍元首相の殺害には、警察の警護体制に問題があった、という線で進んでいるらしい。

 「プーチン式」ロシアンルーレット?で弾薬爆発という言葉が、この瞬間、なぜか、私の脳裏に浮かんできた。

 安倍元首相の事件は、ここでは、いわゆる「奈良事件」とでも、仮に名付けておこうか。ここでの私の問題の「想定」は、奈良事件が今後の日本の政治の方向に影響を及ぼすのでは無いか、と思うからだ。岸田政権による「安倍離れの始まり」を感じさせる内閣改造や党役員人事(8月10日)を巡って自民党内部では生臭い動きがあった。その分析を含めて私なりの考察の軌跡を記録しておきたいと思う。安倍元首相殺害事件は21世紀の、今の世の動きを変更させるような事件では無かったのか。

 さらに、その後、容疑者は犯行の動機を母親が入信していた「旧・統一教会」という宗教団体とのトラブルということが判明して以降は、安倍元首相を含め、自民党の複数の政治家たち(特に現在の「安倍派」議員が多い)と旧・統一教会という宗教団体との「適切ではない交流関係」という黒い霧のようなものへ焦点が移り始めてきたことが、私には事件としてとても気に掛かる。日本の政治史上記録的な長期政権を保持した安倍政権の原点を探るということになるのではないか。

 朝日新聞は、8月7日付朝刊記事で、今回初めての「旧・統一教会特集」のような紙面を作った。

 まず、一面トップでは、縦二本大見出し「教団票『10万票は切らない』(5段)、「旧統一教会が支えた安倍派候補」(黒ベタ、白抜き。4段)」を始め、
二面全ページ、大見出し「自民と旧統一教会共鳴の半世紀」ほか、
「『右派思想が相性良かった』岸元首相の教団人脈は清和会へ」(黒ベタ、白抜き)(横見出し)
「『政治保護求め、教団は晋三氏に近づいた』(黒ベタ、白抜き)(横見出し)。
ほかに写真多数(例えば、旧統一教会の創始者、文鮮明氏と握手する岸信介氏、「『国際勝共連合』の機関誌『世界思想』、などのキャプションがついている」を紙面に散りばめ、旧・統一教会との、岸信介、福田赳夫、安倍晋太郎、安倍晋三に繋がる半世紀を超える「癒着ぶり」の「連鎖」を解き明かしている。自民党の派閥としては、(岸信介、笹川良一)→福田赳夫(派閥・「清和会」創設)→安倍晋太郎→安倍晋三の派閥「清和会」(現在の安倍派)に流れ込んでいる、という。このほか、この日の朝日新聞では、三面に岸田政権の「内閣改造・党人事」が、10日に行われると報じた。また、二十六面(社会)では、
二本見出し
「旧統一教会返金放棄の「合意書」(黒ベタ。白抜き。4段)、
「信者の献金問題見えづらく」も、併載している。

 旧・統一教会(朝鮮戦争が休戦した翌年の1954年、韓国ソウルで文鮮明(ムンソンミョン)により設立され、4年後に日本でも布教が始まった、という。次いで、原理研究会(1964年)、国際勝共連合(1968年)が創設された。いずれも、旧・統一教会系統の団体。マスメディアなどでは、予想通りの展開が始まったようである。

 1965年に大学入学した私も、あちこちの大学のキャンパスで学生たちのサークル活動勧誘を装って、新入生たちをしつこく誘っていた光景を思い出す。私は、「統一原理」についての、胡散臭い説明ぶりに呆れて、きっぱり否定・拒否したことを思い出す。

 一方、岸田政権は、首相就任後、「聞く力」などと言いながら、いろいろな問題を聞くばかりで「棚上げ」して、対策を先送りしていた。いわば、「棚上げ首相」を中心に据えて、周りから囲ってきた岸田政権。衆参議院議員選挙などを乗り越え、国会や党内の荒波も器用に乗り越えて、「村(派閥)」の力を高めてきた元「宏池会」系という、自民党らしからぬスマートさ(?)を売り物にしてきた岸田政権の根っこにあるはずの「政治的なるもの」が掘り出されてくるかも知れないと思うと、これもまた、今後取材対象として興味深い展開になりそうだと思える。岸田政権が、「安倍離れ」をし始めたのではないのか? ならば、今年の大ニュースの一つになるだろう。

 朝日新聞8月9日付朝刊記事では、「安倍氏銃撃事件1カ月」特集がでた。一面、三面、二十六面、二十八面、二十九面に関連記事が続く。

 一面では、「教団恨む投稿 以前にも」(3段)。三面では、横見出し、「旧・統一教会との関係 首相が点検指示したが 閣僚 相次ぐあいまい説明」。

 二十六面では、広告なしの全面ページで、「安倍元首相銃撃 山上容疑者の41年」(黒ベタ、白抜き。4段)。いずれも横見出しで、「苦難の人生 恨み募らせ」「家庭崩壊、孤独…「全ての原因は」「スマホで知った奈良での演説 見えてきた足取り」。ほかに年表「山上容疑者の生い立ち」、いずれも年表形式で、「時代背景」、「安倍晋三氏」。さらに「事件までの6日間」という、事件前の足取り。

 二十八面では、「『申請不受理の違法性』指摘 名称変更巡り旧統一教会側」(3段)。「教団との関係 自民党幹事長、点検通知へ」。(3段)。

 二十九面では、大見出し「家庭崩壊、渇望した母の愛」。(5段)。「困窮の影 送り続けたエール」(黒ベタ、白抜き。4段)。合わせて容疑者の高校3年生時代の応援団員姿の写真掲載。写真には、「阪神甲子園球場のスタンドでエールを送った」というキャプション付き。3回連載予定。

 私は、今わざと、歯に衣(きぬ)をつけたような、判りにくい物言いをしているが、これは、まだ明かせぬ私の「推理」があるためで、いずれくる、そのときまでご辛抱、ご海容を願いたい。

 私がこれまでのところ、マスメディアの受け手として「謎」だと思っている課題は、思いつくまま書き留めると、次の通り。メモは順不同。

*ウクライナとロシアの戦争は、日本に何を投げかけてきたのか。祖国への愛郷心か。戦争への不安感か。日本も辺境の地。ロシア、北朝鮮、中国などと海を挟んだ「国境線」で直に接しているというリアルさが、私たちにも押しかけてきた。

*安倍元首相襲撃事件の「謎」。
*容疑者の犯行動機は、供述のように、「私怨私恨」なのか。
*私怨私恨としても背景にあるのは、旧・統一教会で間違い無いのか。

*旧・統一教会とは何か。どういう組織か。
*日本の「宗教右派」(日本会議など)のなかの旧・統一教会とは?

*容疑者の狙いは、安倍「殺害」もさることながら、旧・統一教会へ私怨私恨の個人的な「問題」提起をマスメディアが受け止めざるを得ないような状況のなかで提示し、事件をセンセーショナルにしたかったのでは無いのか。己の命をかけた直訴状を公共の場に上申したかったのではないかと推察する。これまでの朝日新聞の姿勢は、まさに私の予想を裏付けるように安倍元首相殺害事件よりも容疑者の苦境への道筋を詳細に記録する方針に変わっているように見える。

*背景に見え隠れしてきた、旧・統一教会と与野党を含む政界との繋がり方とは、どういうものなのか。特に、岸信介以来のいわゆる「安倍派」と旧・統一教会との関係は?

*「聞く力」がキャッチフレーズだったはずの岸田政権は、向こう「黄金の3年」を迎え、事件をきっかけに政権の正体を見せ初めてきたのか。
「聞く力」から「訴える力」、あるいは「押し付ける力」への転換?

*参議院議員選挙と小政党の当選の意味。

★ 2022年は、日本政治のターニングポイントか?
「2022年:ウクライナ戦争勃発年」がもたらしたもの。ウクライナ戦争に触発されて。私なりに整理をすると、以下のようになるか。

→ 日米軍事同盟強化の目論見、日米で表明。
→ 日本政府の予算案:従来の防衛費(軍事費)倍増というアメリカへのタブーの破壊の始まり。
→ 電力の確保の重要性。→ 不足分は原発再稼働へ、国民意識の切り替え模索。

*安倍元首相、55年ぶりの「国葬」強行? 岸田政権政策転換の意味。
「国葬」は、聞く力から訴える力へのターニングポイントの儀式? 
祖父・岸信介→安倍晋太郎→安倍晋三にて「大団円」となる「安倍一族」のフィナーレを「国葬」儀式などで、国民は、目くらましされてはいけない。安倍派政治の終焉か、継続か? 岸田政権の内閣改造でその端緒が見えてくるか。

*「国葬」の背景:旧・統一教会と安倍派政治の癒着維持・崩落の始まり。「国葬」は、日本政治のターニングポイント?

★ 安倍元首相の「殺害事件」は、参議院議員選挙に影響したか?

 7月8日、安倍元首相が容疑者に銃撃され、殺されたという事件は、10日に投票が行われた参議院議員選挙の結果に直接影響したのか、しなかったのか。

 奈良の事件は、いわゆる「旧・統一教会」に入信した容疑者の母親が1億円もの献金(寄付)を教会に「した」(あるいは、「させられた」)結果、以前にあった容疑者の父親の自殺(容疑者の幼い時期に自殺している)、夫の跡を継ぎ、会社経営の傍ら母子家庭で子ども3人を育てながら、そのストレスに押しつぶされそうになった母親の入信、難病だった兄の自殺などを経て、容疑者の人生も変わってしまった。崩壊し始めていた容疑者の家族が、教会への多額の寄付で全面的に崩壊したという経緯がある。このことを恨んで、「統一教会」に関係が「ある」(あるいは、「あると思い込まされた」)容疑者が安倍元首相を殺害しようと容疑者自作の変造銃で犯行を強行したことは、非難されるばかりで同情の余地はない。犯行の動機は、個人的な恨みによるものという色合いが濃く、政治的な事案での、いわゆる「テロ事件」とは様相を異にすると思われるので、「テロ事件」という用語はこの事件については、私も使わないが、単なる殺人容疑事件という風に括ってしまうのも、なんとも解(げ)しにくい。難しい事案だが、そういう間合いで事件の流れを焦らずに追いかけることの方が、当面ベクトルが指し示す方向に相応しいのではないだろうか。そういう思いを込めて前へ、前へ、進んでみようか、と思う。

ならば、いわゆる「テロ事件」とは何か。

贅言;「テロ事件」と「一般的な事件」の違い。
 複数の専門家たちは、テロリズムを以下のように定義する。「テロとは政治的な目的を持って行われる違法な暴力行使、または脅し。テロは、パブリックな場で実行される。テロの本質は、「犯行が連続するであろう」と同時代を生きる人々に思わせることである。犯行の実行者が捕まってしまっても犯行は誰かに代わってでも、それを実行する人は必ずいる。それは犯行が次の人にバトンタッチされるだけのことで、犯行は引き継がれ、継続するのではないかと社会全体に思わせ、誰にでも恐怖感を伝播させることができるというのが「テロ事件」の重要なポイントとなる。だから、テロ事件は、人々に『見せる』形(つまり、劇場型)で行われる必要がある。

 これに対して、「一般的な犯罪」は、「私利私欲や私怨私恨が主な動機となる。したがって、プライベートな場で犯罪は密やかに、人知れず行われることが多い。その代わり、犯行は家族関係や日頃から親しい人間関係を営んできた人々の間で発生することが多い。テロとは逆に、ほかの人々から『隠す』形での犯行になるが、人間関係がらみの犯行なので容疑者が特定されるのは、それほど難しくないという場合が多い。

 「見せる犯行」関連。「犯行を見た」という言葉の意味は、普通は「現場で見た」ということだろうが、最近は、現場にいたという場合よりも、当然ながらテレビなどの画面やインターネットの画像を通じて「見た」という人も多く含まれるかもしれない。見せる犯行も、映像的には、いろいろバリエーションがある。テレビの画面も、事件発生直後の画像とその後の時間が経過した画像では、異なっている。奈良事件も、事件当日、昼前からNHKのテレビで放送し始めたニュース報道初期段階の画像では、2回の銃撃の発射音などの音源がリアルに伝えられているなかで、現場では始まったばかりの安倍遊説演説の画像から突然安倍元首相だけが姿を消し。か、と思うと、画面は突然上下左右に大きく乱れて行った。映像取材は取材が中断した後、スイッチが入ったままのカメラが無機質に揺れ動くだけで何を写そうという意識の感じられない映像もあったようだが、かえって臨場感のある画面であった。ニュースで使用された画面は映像編集者の臨場感を煽るように、事件を巡る取材記者(女性・実名の「ダブり」入り)と放送局内で取材指揮をするデスクとのやりとりなども同録スタイルで伝えられていたように思う。街頭演説で踏み台に乗り演説を始めた安倍元首相のバストサイズの映像にカメラのレンズを向けていたはずの取材者から見れば、レンズの「的」(ターゲット)となっていて、暫くは移動するはずのない人(映像)が消えてしまったということで「気が抜けた」ような(落ち着いた)声でデスクに「どうしたら良いのか」と指示を仰ぐようなことを聞いてきた臨場感のあるやりとりも私の記憶には残っていた。しかし、当日ニュースとは言え、報道局幹部らの「判断」も加わるタイミングの時間帯以降の放送では、事件発生直後とは違って衝撃的だった音声は抑制され、映像も差し障りの少ないカットの繰り返し使用方式に切り替えられ、臨場感のある映像も抑制されてしまったように見受けられた。「容疑者身柄確保」となり、容疑者の全てを確保した権力の余裕は、生々しい映像を必要としなくなったのか。その後の定時ニュースの映像は、生々しさは不要として使われなくなったようだった。

 テレビなどで衝撃的な犯行場面や災害などの被災現場の画像を繰り返し見たりした場合、視聴者の精神状態にトラウマを残す危険性があるからだろう。毎日新聞(7月29日付記事=デジタル版)によると、(安倍元首相殺害事件の現場で応急処置活動をした奈良市消防局の救急隊員ら)「計24人のうち6人が事件後、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」が疑われる症状を訴えている、という。

贅言;Post Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)は、死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態。

 朝日新聞7月9日付夕刊記事によると、専門家の話として、トラウマ反応では、「恐怖や不安といった感情にのまれ、突然当時の場面を思い出したり、銃声に似た音に過敏に反応したり、不眠になったりして生活に影響が出ることが考えられる」という。

 午後の定時ニュースを含む全国向けNHKニュース放送の段階では、事件発生の数時間後とあって、警察の捜査情報も細かな部分で進んでいるわけではないだろうから、ニュースの生放送(中継画面)を持続する画像も捜査情報も現場情報もまだまだ不十分な、手薄の状況では、限られた同じ画像・音声(発射音など)が繰り返されながらも、テレビの画面から「静かに」伝えられることになった。

 生々しいやり方の画像や音声を繰り返し「見せ」られると、視聴者のなかには、メンタルな影響が残る人もいると言われている。しかし、報道現場では、速報ニュース、さらに自社の独自映像あり、ということで、この時点では、メンタルな問題を踏まえたような、そういう配慮は感じられない「イケイケ」の演出であったように、私は感じた。とにかく、現場の映像や音声という自社のみの特ダネ映像とばかりのメッセージが色濃く出たニュースであった。その後、画像や音声は、発射音は使われ無くなり、事件後の画面の乱れも、強調しすぎないように最小限度に抑制されていたから、それまでの間、視聴者から「画像がショッキング過ぎる」「元首相の事件への配慮が足りない」などの苦情でも寄せられたのではないだろうか。あるいは、苦情が寄せられるまでもなく、経験豊かな現場デスクなら、すでに「気づき」の段階を超えているだろう。ニュース編集のコモンセンスの共有という段階だろう。したがって、視聴者の印象もテレビの画面を見た放送時間の違い、つまり、NHKで言えば、昼のニュース、午後のニュース、夜の7時のニュース、9時のニュースのどれを見たかで、事件に対する視聴者の印象もかなり異なっていると思われる。

贅言;今回、NHKニュースの場合、第一報オンエアは、テレビのニュースよりラジオのニュースの方が早かったように思う。緊急時のラジオニュースは、アナウンサーと技術職スタッフがいれば第一報オンエアは強い。
ついでながら、翌日(9日)のテレビ報道では、各社とも安倍元首相の首相時代のドキュメント情報を紹介していた。捜査情報では、「政治信条に基づく犯行ではない」と容疑者本人が言っているという重要な供述を早々と捜査側に伝えられ、さらに警察からマスメディア側にリーク(漏えい)されていたが、ならば、何が動機なのかという重大な情報の掘り下げが、この段階ではまだ不十分であったように思う。ドキュメント情報では、例えば、安倍政治の晩年期に明るみに出た、いわゆる「安倍疑惑」(「森友学園」「加計学園」「桜を見る会」を巡る疑惑関連など)は、ほとんど伝えられなかったのではないか。特に、NHKは、当初、全く触れなかったのではないか。安倍元首相の非業の死ということで、在任期間が歴代首相経験者のなかで、いちばん長かったなどという「功績」を強調するばかりで、「功罪」、つまり安倍疑惑については、今回の事件発生の結果、本人が銃撃禍にお気の毒にも巻き込まれてしまい、国会の場などで国民向けに本人自ら直接説明をする機会が永遠に無くなってしまった、というマスメディアにとって、今後の取材上の「大欠陥(真相究明の妨げとなる)」というポイントを指摘することもなく当日のニュースは送出されていたように思う。その後、岸田首相の最終的な判断で、9月27日に、戦後の宰相経験者としてはふたり目の「国葬」として、55年ぶりに葬儀が行われると発表されたが、同じような「功績吹聴路線」のままで、執り行われるようなことがあれば、国会論争の大きな争点になるであろうと思われる。容疑者の母親が、旧・統一教会へ多額の献金をしたという話が、引き金になって、安倍政権を含む自民党の政治家たちと旧・統一教会の黒い交流が本筋の話として浮き彫りにされてくるとすれば、今年いちばんの政治スキャンダルとして、マスメディア、国会審議などで議論沸騰となる可能性がある、と思われるので、注意深く見守って行きたい。実際、「自民党にとどまらず、与野党の政治家たちと旧・統一教会」の関係解明は、今年度後半の政界の大きな政治課題になるのではないか。なかでも。安倍政治と旧・統一教会の野望とは?

★ 戦後2回目の「国葬」の意味

 安倍元首相の葬儀は、国民の声を「聞く首相」という「国民横並び」的な政治姿勢を優先してきた岸田首相としては、あれよ、あれよという間も無く、「国葬」路線をグイグイ押し出してきたようで、誰かの判断が岸田首相を後押ししているのかな、という思いを私の脳裏に残した。「国葬」の強行、安倍元首相の「遺志」という旗の下に「防衛費(軍事費)倍増」、「原発再稼働」推進など、今までと違う風が吹いてくるのでは無いか。

「国葬」賛成者たちの意向を私流に忖度すると、
1)国の儀式としてのみ行う。安倍元首相の「功績を讃える」国内外の賓客の哀悼・追悼に応えるための場をきちんと設ける必要がある。
2)葬儀予算は、国費、つまり税金(1億から2億円か?)だけで賄う。
3)学校の休校や職場の休業の有無(まあ、ないだろう)、さらに、サイレンなどで国民に服喪を強制するような儀式にはしない(だろう)。つまり、サイレンを鳴らさない。その音を全国一斉に電波などで流したりしない、というのが概要のように思える。

「国葬」反対者たちの意向も、私流に忖度すると、
1)国葬令は、1926(大正15)年10月21日の制定(勅令第324号)から1947年の失効まで大日本帝国時代の国家儀式として21年余の歴史に時空が限定されて行われた特殊なものである。
2)現行の日本国憲法施行に伴い、新しい憲法にそぐわないと1947年12月31日限りで失効、廃止された。したがって、現在は法的根拠が無くなっているので、国の儀式として執行することは問題があり認められない。税金全額が葬儀費用として支出すべきではない。
3)従来どおり、内閣と自民党などで「合同葬」などとする。費用は折半。

 国葬の是非の前に、まず、安倍元首相は、国民を統合するような政治家だったのか。戦後の宰相・吉田茂に並ぶランクの実績を残した政治家だったのか。国民の認識は、どうであろうか。私の実感としては、安倍元首相は右翼的、右傾的な政治家であり、国民を統合するような存在ではなく、政治的な主張や行動を思い返すと、むしろ国民を「分断」させ、「対立」させるような存在だったのではないのか。

 国民を統合するような政治家だったというなら、国民投票でも実施して、その結果を公表し、国民葬実施という幟を掲げてみたら良いのではないか、と思う。

 国民投票の実施という声は、聞こえてこない。ならば、マスメディア各社の世論調査は、いかに? 世論調査好きのマスメディアのことだから、競って調査を実施していると思いきや、見当たらない。

 そこは、NHK。こちらは、7月16日から18日まで、3日間の世論調査を実施していた。調査は、全国の18歳以上を対象に2344人にコンピュータによる電話調査で意向を聞いた。1216人から回答を得た、という。

 例えば、安倍元首相が演説中に銃で撃たれて亡くなる事件が投票に何らかの影響を与えたか尋ねたところ、「影響を与えた」が12%、「影響はなかった」が58%、「事件前に投票していた(期日前投票)」が25%だった。

 政府が9月27日に実施する安倍元首相の葬儀を「国葬」として取り扱う方針だが、「賛成か、反対か」を尋ねたところ、と書きかけたが、NHKは何を忖度したのか、この問の表現を以下のように「評価する」「評価しない」に替えて尋ねている。

以下、NHKの世論調査から、引用。

 政府は、安倍元首相の葬儀を、国の儀式の「国葬」として今年秋に行う方針で、閣議決定しました。

 この方針への「評価」を聞いたところ、「評価する」=「賛成」が49%、「評価しない」=「反対」が38%だったという。なぜ、このような設問になったのか。これは、「賛否」という表現できちんと聞くべきだったのではないか、と個人的には思う。

 世論調査は、統計学的に妥当な継続したデータの積み重ねの傾向を読み、傾向の違いから国民の意向の実像(全体像)を読み解くというものである。
 今回の場合、49%と38%を11%の違いで賛成派が多いと読むか。
 49%を半数に届かないがほとんど半数と読むか、38%の方も、49%には及ばないが、半数に近いと読むかで、ニュアンスが変わってくるように思う。
 もう一回調査をするか、ほかのメディアでもわかりやすく設問を変えて世論調査をやるか。そうすることで、読み筋が、もっとくっきりと見えてくるのでは無いかと思う。

★「奈良事件」は、参議院議員選挙結果に影響を及ぼしたか?

 奈良事件は、8日正午前に発生した。参議院議員選挙の選挙活動期間は、事件発生の翌日、9日一日だけを残すばかりであったから、各陣営の選挙活動にどのような、あるいはどの程度の影響を及ぼしたと見れば良いのだろうか。
 私がこうした問題意識を抱えているなかで、NHKの日曜日、朝の生番組「日曜討論」(午前9時から10時放送)では、若手・中堅の学者やジャーナリスト、プラットホーマーなどが参加して、安倍元首相の、いわゆる奈良事件と参議院議員選挙への影響などについても、意見交換が行われていたが、私の問題意識にズバリと答えてくれるようなやりとりはなかったように思う。番組のキャッチフレーズは、「参院選を徹底分析! 銃撃事件・政治の行方へ」であったのだが…。この番組でも、NHKは、安倍元首相の功績「吹聴」路線というほかのメディアと同じような「横並び」演出が色濃く出ている想定の番組構成であったと思う。

贅言;今回の安倍元首相殺害のニュースばかりではないが、テレビ放送は画像と音声の使い方、つまり「演出」次第で印象変わるものであることを忘れてはならない。今回の事件は、有権者の投票行動にファナティックな影響(例えば、投票行動が異様に増えるなど)を与えたりしてはいなかったか?

 近代デモクラシー社会の根幹の一つは、限定された有権者・国民が選挙人(選挙権者)になり、あるいは被選挙人(候補者)になりなどして、当選すれば、国会議員として国会で論戦し、国の法律などを「立法」する資格を取得する国会議員選挙に参加するシステムがある。したがって選挙の自由は、国民の言論表現の自由を保障する最も重要なものの一つである。

 安倍元首相は、参議院議員選挙の投開票日(7月10日)直前の8日(2日前)、公職選挙法に定められたルールに則り奈良市の街頭で遊説していた。その最中、安倍元首相は銃のようなもので撃たれ、病院で治療・手術を受けたものの同日夕方、亡くなってしまったのである。民主主義社会において選挙は、国家社会形成手続きの基本の基である。ここでは、思想信条の自由、言論表現の自由、投票の自由などが、公平に、厳格に守られなければならない。今回の事件は、容疑者が暴力(変造銃)で選挙を破壊した。つまり、民主主義を否定したのである。絶対に許されない行為である。

★ 安倍元首相撃たれ死亡

 上記の見出しは、これまで引用してきた同紙7月9日朝刊一面記事の大見出しである(版が違えば、見出しも記事も違うのが普通だが…)。白抜き黒ベタの横見出しである。よく見ると、各紙とも全く同じ見出しが大きく躍っていた。

 林香里東京大学大学院教授によると、9日の朝刊一面記事の見出しは「5紙とも、一字一句同じだった」という。5紙とは「朝日」「読売」「毎日」「産経」「日経」(以上東京版)である。また、マスメディアは、7月11日に宗教法人「世界平和統一家庭連合」(旧・統一教会)が、記者会見をするまで、容疑者と「特定の宗教団体」との関係において、具体的な団体名を明かさず、「特定の宗教団体」という表記しか使わなかった。これは、マスメディアが独自の判断で使わなかったのか、記者クラブ内の話し合いで、横並びでそういう判断をしようと決めたのか、あるいは、捜査情報を発表する警察側が明らかにしなかったのか、いろいろ経緯がありそうだが、その点をただした情報や記事に未だ接していないように思うが、いかがであろうか。

 林教授は、「ネット時代には、こうした態度こそ、陰謀論や誤情報を呼び込むことになりかねない」と批判する。いわゆる、マスメディアの「横並び」現象批判である。宗教法人は、マスメディアへの批判・抗議が盛んな「業種」らしい。臭いものに蓋ならぬ、うるさい所に耳栓、ということになっていては、マスメディアの機能を果たしたことには、ならないだろう。

 テレビの画像とともに、新聞の大見出しに刺激されて、有権者は、自分の考えとは別に、ファナティックな、あるいは、ファッショ的な感情に押し出されたりしなかったのか。そういう感性上の「変化」が、有権者の投票行動に跡を残さないか。私の関心は、この時点では、この一点であった。

 例えば、NHKの世論調査では、どうだったであろうか。すでに一度引用しているが、再度見てみよう。

 安倍元首相が演説中に銃で撃たれて亡くなる事件が投票に何らかの影響を与えたか尋ねたところ、「影響を与えた」が12%、「影響はなかった」が58%、「事件前に投票していた(期日前投票)」が25%だった。

 表現の不自由とデモクラシーは、反比例する。表現の自由は、ファクト(事実)に基づくコミュニケーションに限って保障されるべきものである。そういう前提条件が守られている場合、表現の自由に基づき、情報が公平に伝達され、その情報をもとに、有権者が物事を判断し、政治や経済を含む社会活動が前進するようシステムを補修し改善する。そのようにして人類社会は、時間をかけて歴史を刻み、発展してきた。時折、情報にフェイクが混じったりして調整が必要になることもあった。その極端な状態が、ウクライナ戦争のような戦争状態の出現となってくる。戦争状態になると、ウクライナ戦争がそうであるようにデモクラシーのルールを無視した軍事行動が幅を利かしてしゃしゃり出てくることがある。戦争になると、当事者の国家や社会は調整機能が失われ無秩序になり、「力こそ正義」とばかりにフェイクが闊歩するようになるからである。それが、いま、ウクライナで展開している戦争状態である。

★ プーチンの胸の内?
 ウクライナ戦争はこう着状態のまま、戦争終結のあり方に焦点が移動し始めたように思える。戦闘行為の中止(制圧・奪還)、外交交渉の開始・戦果検討=占領・撤退)などの段階が交錯しているようで、外部からは判りにくい。「戦争終結」は、戦闘行為の中止(停戦、終戦、勝ち・負け(敗戦)調印)、敗戦処理・戦果配分(外交交渉の開始、占領・撤退、統治政治への移行)などと幾つもの断層がある。

 戦争状態のため、表現の自由は破壊され、不自由が大きな顔で表に出てくる。デモクラシーも破壊される。権力者は「力こそ正義」の幟旗を掲げて戦場を駆け回り、住民の命を蹂躙し、そこに住む国民の領土をも蹂躙する。一旦、蹂躙された領土は、簡単には戻らない。分断された領土は、何十年もの間蹂躙され続け、本来の国家から切り離されたままにされることも少なく無い。

 そのためには、ウソ(フェイク)も利用するようになる。国際世論を概観すると、ウクライナ戦争については、ロシアの大統領プーチンがフェイクの塊のように伝えられているのではないか。その度合いは、批判の対象として適切な距離感の範囲に収まっているか?

 ウクライナ大統領のゼレンスキーは、国民に祖国への愛郷心を全面に押し出させ、ロシアへの憎悪に火をつけウクライナ勝利(合わせて、国際社会のデモクラシーの勝利)を目指して、同じ立場に立つ欧米各国へ兵器調達や兵器購入の予算支援を求めてファナティックな調子で訴える傾向がないわけではないが、プーチンのようにフェイクの塊とは見られていまい。プーチンよりゼレンスキーの言動の方がフェイク情報の混入は少ないように見受けられるからだろう。しかし、ゼレンスキーだって、「売られた戦争」と雖も、侵略された領土と国民の未来を含めて守らなければならないから戦争を「買わざるを得ない」。戦争だから、ゼレンスキーは、ウクライナの大統領として、ロシア軍の兵士たちを殺さなければならないだろう。戦争を終結できるのは、ロシアのプーチンに「負けた」と認識させることができるかどうかにかかっている。ウクライナのゼレンスキーが「止めた」と言っても、戦争は終わらない。ウクライナは徹底的に撃ち込まれ破壊されるだけだろう。

★ アメリカの元駐ロシア大使が描くプーチン像
 朝日新聞7月20日朝刊記事「オピニオン&フォーラム」の「対ロシア 米の選択肢」(「交論」)より引用。

 インタビューの相手は、アメリカの元駐ロシア大使であったマイケル・マクフォールさん。当該新聞記事の中からプーチンの人物像の証言部分のみを箇条書き的に引用し、記録しておきたい。

*「優しく話しかければプーチン氏は行動を変えてくれるという考えは、信じられないほど甘い。軍事的行動では国益を得られなくなると考えるまで、彼は戦い続けるでしょう。(略)彼が気にするのは中国の習近平国家主席の言葉ぐらいでしょう」。「戦争終結のための外交は、必要になります。交渉相手はプーチン氏しかいません。ロシアではプーチン氏のほかに、誰も責任ある発言をする権限がないためです」。
*「彼はロシアを欧州の一部だとは思っていない。西側の大敗したリベラルな価値観とは相いれない別の国であり、別の文明や価値観をロシアは持っていると固く信じています。強い文化的な伝統があり、国家と国民の間に父権的な関係があるというのが、彼のロシア観です。単なるプロパガンダではなく、本当に信じているのです」。

 元大使の描くプーチン像がふさわしいのなら、18世紀のロシア皇帝と21世紀のヨーロッパの政治家との交渉、あるいは、日本で例えるなら、まるで、江戸幕府の時代の人々と交渉せねばならぬ。プーチンは、その時代の大統領ならぬ将軍。プーチン将軍は……というと、どこへ行ったか。ああ、いたいた。

 その時代の髪型を結った将軍が、御簾内の御座に座り、現代の私たちの社会の上に君臨しているようなものだろう。将軍は私たちの生活の隅々まで、あれこれ口出ししているように見える。従わなければ、私たちは江戸・小伝馬町の牢獄に押し込められるか、鈴ヶ森の処刑場で貼り付けで公開処刑されてしまうかもしれない。というような時代離れした光景が私の脳裏にも浮かんでくる。

 世の中の情報通に話を聞くと、誰もがプーチンは、ウソつき(嘘吐き)である、という。それも、プーチンは、誰にも咎められないから、平気でウソをつくような、いわば「筋金入り」のウソつきである、という。本当にそうだ。ウソだと丸わかりのようなことでも、顔色を変えずに平気でウソを言う。ロシアの現職大統領であるから、記者会見などを見ていると、海外のメディアの記者たちも、一応は大統領の記者会見の内容や自分たちで取材した情報をもとに質問しているが、平気な顔で否定されると、二の矢が継げない、というところがある。専制権力を持ったたった一人の独裁者・プーチンは、ロシアでは、権力の化身であるからこそ、プーチンは、記者相手にも平気でウソをつく。抗う記者もいない。抗ったら逮捕されたり、国外追放されたりしかねない。記者は、二の矢を継がないから、ニュースの画像では、「平気でウソをつく」プーチンの発言内容と姿のみが報じられることになる。こういう画像のみを見せられていると、フェイクがファクトに化けて、独り歩きしかねない。結果的にプーチンのフェイクを支えることになってしまう。これなら、「聞かなきゃ良かった」ということになる。そこで、今回は、具体的な戦術論から見て、彼のウソつきぶりを改めて整理し、記録することにしたい。

★★ プーチンを真似たりしないよ!「戦術論」
 プーチンの言動を報じるメディアの情報をチェックすると、プーチンは、大事な情報はまず本当のことを言っていない。ウソをつくことで、相手側の持っている情報量を推測しているように見える。

 例えば、プーチンの「戦術論」の数々について、改めて具体的に検証してみたい。戦術論からは、品格の有無が見えてくる。そう、プーチンの人間性がうかがえる。

★ 真似すると火傷をする「戦術論」の数々
 プーチンは、戦争の初期の頃からウクライナが提案する「人道回廊」策に賛成の意思表示をしながら、実際には、平気で対応せず、ウクライナの非戦闘員である避難民(高齢者、障害者、幼児などを含む)を巻き込み、「回廊」周辺でも、弱者を殺したりしているのである。

1)「戦術論」:例えば、「人道回廊」篇。

 「人道回廊」というのは、戦場において、戦う両国が合意して定めたルールの一つ。例えば、「人道回廊」とは、戦場に残されてしまった民間人は非戦闘員なので、対峙する戦闘員と区別して、戦場以外の地へ、時間限定で避難させるという戦場のルールである。「紳士的に守ってこそ」のルールと言える。

 ところが、プーチン率いるロシア軍は、ウクライナとロシアの間で合意した「人道回廊」のルールを無視して回廊から避難する民間人を攻撃し続けた。民間人は、高齢者、障害者、家族連れなど一般市民の非戦闘員であり、特に母親に連れられた子どもたちの姿も大勢混じっていた。

以下、朝日新聞6月17日付朝刊記事より引用。

ロシア軍が完全制圧を狙う東部ルハンスク州の要衝セベロドネツク市では、ロシア国防省が15日に呼びかけた「人道回廊」は、機能しなかった模様だ。以上、引用終わり。

 問題は、プーチンが一般市民の避難路(「人道回廊」。ロシア・ウクライナの外交の結果、双方で安全な利用を保障すると「合意」したはずの避難保証ルート)を平気で無視していることである。それが、いつまでもずうっと続いていることが問題なのだ。ロシア軍が「人道」を尊重せず無差別に攻撃を仕掛け、非戦闘員たる高齢者、障害者、乳幼児・子どもを含む民間人を殺戮し続けているという点は、何度も言うが許しがたい。要するに、卑怯な騙し討ちだからである。これは、国際法違反、明らかに「戦争犯罪」である。この点は、繰り返しになるだろうし、ほかの人々も声を上げているが、やはり、指摘しておきたい。ウクライナへの、ロシアの軍事侵攻は、戦争犯罪である。それが、一般市民を騙(だま)す形で「避難路は安全」とばかりに誘導しながら、その回廊で一般市民を「騙し討ち」にして殺している、という卑劣さも極まれり、というプーチンらの戦法(いな、体質か)である。朝日新聞4月21日付朝刊記事によると「ウクライナのベレシュチュク副首相は20日、(人道回廊は)「計画通りにいかなかった。(略)ロシア側が自軍を制御できず、適切な停戦が実施されなかったことが原因だと訴えた」というが、本当だろうか。自軍を制御できない軍隊の指揮官など、指揮官失格なだけだろう。もっとも、今のロシアは、プーチンが自身を制御できていないきらいがある。いや、制御などする気はないのであろう。

 ウクライナの副首相は、また、「(4月)22日は安全が確保できないため人道回廊そのものを設けられなかった。ロシア側は(略)意図的に民間人の解放を妨害し、ウクライナ軍に対して圧力をかけようとしている」と憤った、という。

 ウクライナもロシアも、政府機関も軍隊も、それぞれの幹部は、フェイスブックやツイッターなどのSNSを使って、以上のようなことを発信しているが、それぞれの真偽は如何(いかが)なものか。戦場で、国家、政府、軍隊などがそれぞれの立場に都合の良いフェイクニュースを流す。また、それをチェックできずに、そのまま垂れ流しにするマスメディアやSNS。
 情報化社会は、一面、情報操作社会、情報統制社会、フェイクニュースの海である。メディアや読者、視聴者など受け手側のリテラシー能力が問われこそすれ、騙されたら笑われるだけだろう。
 ここで記録した後も、そういう状況は変わっていないようであるが、もう、いちいちは、書き留めない。

2)戦術論:例えば、「ジェノサイド」・「戦争犯罪人」篇。
 「戦争犯罪人」という呼称については、アメリカのバイデン大統領は、早い時期からプーチンを「戦争犯罪人」と呼んでいたし、さらに4月12日のアメリカ・アイオワ州での演説(エネルギー価格の高騰についての演説)では、ロシアのウクライナ侵攻について、「ジェノサイド(集団虐殺・集団殺害)」という呼称まで使うようになった。

 アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のユージーン・フィンケル准教授は、ジェノサイド条約の定義に拠れば、「ジェノサイド」とは、集団を破壊する「意図」と殺戮などの「行為」が必要だという(朝日新聞4月20日付朝刊記事より引用)。ロシア国営ノーボスチ通信の記事によるとロシアは「非ウクライナ化」という言葉を使い、ウクライナを集団的に破壊する「意図」を明確にした、という。これにより今回のロシア軍の侵攻は、ロシアによる「ジェノサイド」であると断言できるという説明を披露している。

 無差別な殺戮も続いている。幼稚園、学校、ショッピングモールなどに、なんとミサイルを撃ち込んでいるのである。最近目につくのは、特に、幼い子どもたちを見せしめのように殺害し続けていることである。国によっては、「国父」として国民に畏敬されるべき大統領職のポストにいる人物が、こういう狂気の行動を続けているということは、ロシアにとって取り返しのつかない不幸であろう。

3)戦術論:例えば、「傭兵」篇〜戦場の「殺し屋」(ワグナー・グループ)
 情報機関は、敵の情報機関を探査する。己の敵を知る。大事なことだ。ドイツの情報機関である連邦情報局(BND)は、ロシア軍を探査した、というわけだ。探査の対象は、ウクライナの首都キーウ(旧・キエフ)近郊のブチャでロシア兵がウクライナの民間人(一般市民)を殺害したことを語る無線通信を傍受していた(朝日新聞4月9日付朝刊より引用。ただし、この記事は、ドイツ誌「シュピーゲル」が7日付で報じた記事だという)。それによると、「兵士らの会話が、多数の民間人が殺されたキーウ北西部ブチャでの残虐行為を裏づける可能性があるとしている。同誌によると、BNDが傍受した会話では、ある兵士がほかの兵士に「自転車に乗った人を撃ったところだ」と話しているという。ブチャでは、自転車に乗った体勢のまま倒れた遺体の映像が報じられた。傍受された通信は分析が続いている。(略)民間人への残虐行為は、人々に恐怖を植えつけるとともに、抵抗の意思を失わせるためだとみられる。(略)ロシアの民間軍事会社「ワグネル(ワグナー)・グループ」の雇い兵部隊が、ウクライナでも民間人殺害で中心的な役割を果たしたとBNDは見ているようだ。ロシア政府は、(略)民間人の殺害に関与したことを否定している」という。

 「ワグネル(ワグナー)・グループ」、いわば「戦場の殺し屋たち」は、ロシアやシリアでも殺し屋の雇い兵部隊として暗躍したという。ワグネル(ワグナー)・グループは、ロシア連邦政府の対外政策に沿う形で傭兵として派遣され、親ロシア系統の武装勢力や外国軍とともに戦うことが多い準軍事組織とされている。2014年クリミア危機、シリア内戦、リビア内戦での活動で知られている。

 組織名は、ヒトラーが好んだ作曲家ワグナーを意味し、これを創設者がコールサインとして使っていた。5000人以上いる社員のうち2000人ほどが戦闘要員と言われている。人数は、推定らしい。軍事会社の経営者はプーチンと懇意な資産家エブゲニー・プリゴジンだとされている。

 中央アフリカ共和国の内戦でワグナー・グループを取材しようとしたジャーナリストが死亡しているが、彼らが暗殺に関与した疑いがあるとされている。以上、ウィキペディアを概略参照し、一部を引用した。

4)戦術論:例えば、「英雄篇」。
 軍人は、冷血、残虐であるべし。ウクライナの首都キーウ(旧キエフ)近郊のブチャで多数の市民の遺体が見つかっている。イギリスが「虐殺に関わった指揮官」として経済制裁の対象に加えたロシア軍の中佐が、ロシア軍で評価され、大佐に昇進したという。ロシア国防省が(4月)22日、SNSで明らかにしたという」。

以下、引用。

アザトベク・オムルベコフ大佐。昇進した大佐の名前だ。
この大佐は、ブチャを一時占領していた部隊の指揮官。ウクライナの無線傍受で、兵士からの問いかけに、「皆殺しにしろ」「全員殺せ」というシンプルな命令を発した人物と、私には思われる。ロシア国防省はこの人物を「防衛線を確保するためにした」と称賛した、という。(さらに)プーチンは18日、「祖国防衛での英雄的な行為」などに報いるとして、大佐の部隊に「親衛隊」の名誉称号を授ける大統領令も出したという。

 以上、朝日新聞4月25日付朝刊記事より引用。傭兵も正規兵も、ロシアの軍人たちは、狂っている、としか言いようがない。

 殺し屋集団を「親衛隊」(プーチンの親衛隊という意味だろうな)だと愛でるプーチンの自己中心主義ぶりには、敢えて人権だ、国家主権だ、領土侵犯だ、戦争犯罪だと改めて説教を垂れても、聞く耳を持たないということなのだろうと、私は、痛感した。

「戦争犯罪」といえば、
「日本も国際刑事裁判所に付託」という短い記事が、夕刊のダイジェスト欄に掲載された。朝日新聞3月10日付夕刊記事より以下、引用。

ロシアによるウクライナ侵攻について、イギリスなどが戦争犯罪などを捜査するよう国際刑事裁判所(ICC)に付託したことに関し、日本の外務省は、(3月)9日、日本も付託したと発表した。同省によると、付託した加盟国の数は日本が加わり計41カ国になるという。外務省の発表では、(略)「力による一方的な現状変更の試みであり、国際秩序の根幹を揺るがす行為」と指摘した。

 国際社会は、外交的な配慮や高みの見物のようなスタンスを捨てて、ウクライナにおける「プーチンの犯罪(戦争犯罪)」をきちんと記録し裁くべきである。まず、国連理事会の常任理事国制度と常任理事国だけが持つ特権の拒否権を廃止するか、別の形の制度に変革・改善するか、などを検討し、理事会や総会で、加盟国のすべてにとって、公平に運用できる制度に改めるような国際社会のルールを確立すべきである。

5)戦術論:例えば、「原発=核兵器+軍事基地代用」篇。
 核兵器保持・使用を構える、プーチン極め付けの戦術論も、本質的には「人道回廊」篇と変わらない、と思う。プーチン流戦術論の極みがここにあるので、最後に紹介しよう。

以下、NHKニュース(デジタル版)6・1、午前6時30分より概要引用。

★ ザポリージャ原発に爆発物
「核の大惨事のおそれ」公社危機感 2022年6月1日 6時30分
 ロシア軍は、2月24日にウクライナに侵攻してきて、即日占拠したものの一つが、1986年の原発事故以来廃炉を目指して調整中のチェルノブイリ原子力発電所であった。次いで、ヨーロッパ最大規模のザポリージャ原子力発電所を3月上旬に掌握。上の見出しは、NHKの見出し。以下、ニュース原稿の本記を引用。

「ウクライナの原子力発電公社が5月31日、首都キーウで記者会見し、ロシア軍による掌握が続く南東部のザポリージャ原子力発電所に爆発物などが置かれているとして「核の大惨事につながるおそれがある」と危機感を示しました。
ウクライナでは4か所で原子力発電所が稼働していますが、このうち南東部にあるヨーロッパ最大規模のザポリージャ原子力発電所はロシア軍の攻撃を受け、3月上旬から掌握されています。

&deco(blue,,){ザポリージャ原発について、ウクライナの原子力発電公社エネルゴアトム社のペトロ・コティン総裁代理は、5月31日、キーウ市内で開いた記者会見で、敷地内に500人以上のロシア軍兵士や軍用車両が配置され、作業員が銃撃される事態も起きていると指摘し「危険な状況となっている」と非難しました。
};
また、ロシア軍は敷地内に爆発物や兵器を置いているとして「爆発物が誤って爆発する可能性もあり、多くの核物質があるため非常に危険だ。ロシア軍は管理棟なども銃撃し破壊した。このような行動は核の大惨事につながるおそれがある」と、危機感を示しました。

そのうえでコティン総裁代理は「ウクライナと世界の安全を確保するため、ザポリージャ原発をロシアの侵略者から解放する必要がある」と訴えました」。以上、引用終わり。

 核のことを熟知しないロシア軍は、その後も原発を「占拠した軍事基地」として利用しているようである。原発にはウクライナ軍は、攻撃しない。ウクライナ軍からの攻撃を避けさせる「狡知な作戦として」ロシア軍は原発を軍事基地として利用することを思いついたのであろう。欧米では、これを「核の盾」と呼び、ロシアを非難している。

 この事実を朝日新聞が、NHKニュース放送から1ヶ月半後の7月21日の紙面に載せた。以下、引用。

★ 朝日新聞版「原発に兵器搬入」という記事
 ウクライナでのロシア軍侵攻は、大規模な戦略は抑制されているようであるが、「幼稚園をミサイルで攻撃する」というような奇抜な戦略は続いている。ウクライナの戦場には、長期化の様相が色濃くなってきている。

朝日新聞記事は、社会・総合面に掲載された。
まず、見出し。 2段記事だが、二本見出し。 

原発に兵器搬入/「ロシア軍が要求」 

活字の号数(大きさ)を落として、以下、副見出し。

ウクライナ企業 SNSで明かす

抜かれ記事だが、朝日新聞は一応、独自ネタ出稿の構えのようである。本記記事を冒頭から引用する。

「ウクライナの原子力企業エネルゴアトムは20日、ロシア軍が欧州最大級ザボリージャ原子力発電所の施設内に兵器を運び入れることを要求してきた、とSNSで明らかにした。同原発は3月上旬からロシア軍に支配されている。
 ロシア軍は、原発への攻撃ができないことを利用し、同原発を軍事基地のように使っていると見られている。これまでも同原発の敷地からウクライナ側に攻撃を加えてきたとされる。
 エネルゴアトムによると、ロシア軍はウクライナ側からの反撃を恐れ、原発敷地内の軍用車両や武器、爆発物などを、発電を担う機関室に運び込むと主張しているという。
 同社は、こうした兵器を施設内に入れた場合、万が一の火災発生時に消防車両が近づくことが難しくなり「消火が極めて難しくなる」と指摘。「原子力や放射線の安全に関するすべての規範と要件に違反している。ウクライナだけでなく全世界の安全がかかっている」とロシア軍を非難した(以下、略)」。引用終わり。

 ウクライナの原子力企業エネルゴアトムの経営陣が、施設の安全管理の視点から状況を見ているのに対して、ロシア軍の幹部は、戦況を有利にしようという視点だけでこの事態を引き起こしている。原発側の経営陣は、なんと核施設である原発に異常が出ないまま、停戦なり、終戦なりという状況に至って欲しいと、毎日、祈っているのではないか。

 プーチンは、「人道回廊」では、非戦闘員の一般国民をいわば、人質に取りウクライナを脅し、ウソを実行して、戦局を少しでも有利に展開させようとしてきたが、原発では、原発事故をウクライナ側の攻撃で引き起こさせ、戦局を有利に展開させる企みを準備しているようである。

 朝日新聞は、広島が被爆した「記念日」(8月6日)の前日、8月5日の朝刊記事でも、一面、三面、七面でチェルノブイリ原発を取り上げた。
見出しは、「占拠36日耐えたチェルノブイリ」(4段)で、36年前、大爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発に、まず、黒い制服を着たロシア軍の特殊部隊の侵攻から、あの日、2月24日以降の36日間を再現し記録した。

以下、今回の掲載記事の概要を引用。

 原発がロシア軍によって占拠された。トラックや戦車に箱詰めの兵器を積み、数百人のロシア兵が乗り込んできたという。前代未聞。「災害時のマニュアルはあっても侵攻への備えなんてなかったですから」と、原発側の職員の話。三面。大見出し『爆発する』電源喪失の危機、瞬時のうそ」(黒ベタ白抜き、5段)。ロシア軍の「『将校クラスは原発の危険を理解してくれた。問題は若い兵士たちだった』」という。酔っ払って、「『職員から入構パスを奪って危険エリアに入ろうとした』」兵士がいた。「ある夜、(略)1台の戦車が敷地内で、20発以上の砲弾を発射していたという」。「『彼らはここがどこなのか本当に理解していなかった』」。「兵士たちは相当量の放射線を浴びたとみられる」。「3月31日、ロシア軍がキーウ周辺から撤退し、チェルノブイリ原発も完全に解放された」などなど、占拠されたウクライナの原発職員は証言した。ヨーロッパ最大級のウクライナのザポリージャ原発の状況(3月4日にロシア軍に占拠される)は、「はるかに危険になっている」という。原発は、使い方次第で核兵器そのものになることを私たちも忘れてはならない。ウクライナが「反撃できないことを利用して」同原発を『核の盾』に使っていると非難した」
七面。2本の大見出し。
「ロシア原発を軍事基地化」(3段)、「欧米、『核の盾』と非難」(3段)。ザポリージャ原発には、「兵士や大砲を置いて軍事基地化」している、という。原発職員の証言では、ザポリージャ原発は、現在、「完全に制御不能な状態にある」という。

朝日新聞8月8日夕刊記事より、以下、引用。
見出し。「ザポリージャ原発にまた攻撃」(2段)
「ロシア軍の支配下にあるウクライナ中南部のザポリージャ原発で6日から7日にかけてミサイルが着弾した。同原発には5日にも攻撃があった。ウクライナ側、ロシア側の双方が相手の攻撃だと非難している。(略)一方、ロシア国営タス通信によると、(略)着弾地点は原子炉のある区域から400メートルも離れていなかったとした。以上、引用終わり。

プーチンによる核兵器の使用もさることながら、原発の暴発も、怖い。ロシア軍の支配下では、現実味がありすぎる。

★問題の「想定」(2)  〜期日前投票者1961万人

★「奈良事件」は、参議院議員選挙(期日前投票、期日直前・駆け込み投票)に影響を及ぼしたか?

 朝日新聞7月11日付夕刊記事より以下、引用。11日午前までに全議席が確定した。各党派別の当選者数。「参院選議席確定」。黒ベタ、白抜きの横見出し。大見出しは、以下の通り。朝日新聞では、一部党派の議席数は、見出しでの表示は、維新までで以下省略。

自民63、立憲17、公明13、維新12、/共産4、国民5、れいわ3、N党1、社民1、諸派1、無所属5。(計125)。

 この結果、自民は改選議席より8議席増。立憲は6議席減、公明は1議席減、維新は6議席増、共産は2議席減、れいわは3議席増、N党は1議席増、社民は1議席で変わらず、諸派は1議席増、無所属は3議席減。

 期日前投票は、確かに増えたが、安倍元首相の「巻き込まれ?」とも言える「事件」には、大きくは影響されなかったものと見える。選挙期日直前の駆け込み投票も、同じではなかったか。以下、日経新聞7月10日付記事より引用。

★「期日前投票」と期日直前「駆け込み投票」の影響

参議院議員選挙の期日前投票者数
日経新聞「デジタル版」(7・10)より。
総務省は10日、参院選の「期日前投票者数」が全国で1961万人だったと発表した。選挙期間が1日短かった前回2019年の1706万人を約255万人上回り、参院選として過去最高を更新した。期日前に投票した人が有権者全体に占める割合は18・6%と前回より2・5ポイント高まった。
期日前投票は投開票当日に仕事や旅行などのために投票できない人が利用できる制度。今回は公示翌日の6月23日から投開票前日の7月9日まで17日間が対象だった。前回19年に比べて1日長かったが、それにしても、255万人増えていて、この人たちの投票行動には、安部元首相の急死は、ほとんど反映されていないわけだが、反映されていれば、やはり、保守票は、もっと増えていたのかもしれないが、今回は大したことはなかったか。
「最後の一日(投票日前日)」の推定投票率もアップしたが、投票者数の増加は、前回比:約3ポイント増であった。日本経済新聞の推計によると、10日投開票の参院選の投票率は52・16%前後だった。前回2019年の参院選より3ポイントあまり増えたが、それでも過去4番目に低い水準になる見通しだ、という。なかなか、判定が難しい。

首都圏に住む大学生は、期日前投票をした後、安倍元首相が殺害される事件があったので、「もう少し考えて投票すればよかった」と後悔したという。首都圏の別の大学生は、「安倍元首相の事件には驚いたが、それで選挙の結果が変わるのもおかしいと思ったので、事件とは切り離して、投票した」という。

朝日新聞のヨーロッパ総局長の国末憲人記者は、7月24日(日)掲載の記事で、けじめなきプーチンの軍事指揮について次のように書いている。以下、概要引用。

&deco(blue,,){「(略)病院や学校を標的に、ミサイルを撃ち込む。街を根こそぎ破壊する。無抵抗の市民を拷問にかけ、処刑する」。
「ロシア軍の占領下、戦闘が一旦収まった空間で、恣意的に殺害されたのである。(略)暴力や誘拐、人権侵害が相次ぎ、次の惨劇への懸念が消えない。(略)平和を手にする唯一の方法は、(略)ロシア軍を撤退させることなのだ。」};以上、引用終わり。

ロシア軍は、信用できない。勝ち負けでは、状況を終わらせることができない。「出て行け!」で、ロシア兵の姿がウクライナ領土から消えない限り、勝ち負けが決まらない、ということだ。私も、国末記者の主張に賛成だ。その記事が、三面の「日曜に想う」というエッセイ風のタイトルがついた囲み記事のコーナーに載っていることで、読者は、皆、このコーナーを読んでいるのか。逆に、読み飛ばしてしまっているのか。実は、この記事は、一面から七面へと続く、ロシアのウクライナ侵攻「5カ月特集」のためにヨーロッパ総局あげて書いた関連記事なのである。

「侵攻5カ月」の本記記事(喜田尚記者)には、ウクライナ東部のロシア軍の「制圧宣言」(制圧「希望」宣言か?)その後の「足踏み状態」(完全制圧していないから?)、ウクライナ軍の「南部の奪還へ動き」(制圧したはずなのに、容易に奪還されてしまう?)「停戦の兆しも見えていない」(これでは、停戦どころではない?)という戦場の混沌状況(というか、混乱状況)が書き出されているのである。以上、引用に当たって、私の責任で言葉を補足してみた。少しは、文意がすっきりしただろうか?

贅言;軍事用語の「制圧」、「掌握」、「占拠」、「占領」など=勝ち組が使う。
「撤退」、「避難」など=負け組が使う。使ったからといって、現実がその通りになっているとは限らない。

あえて、ウクライナとロシアの火中に栗を投げ込んだのは、誰だろう?
国際社会のリーダーの誰、彼か。

私の直感的推測だから、当たっていないだろうが、国際社会に栗を投げ込んだのは、
*アメリカのバイデン大統領とネオコンの連中か。軍隊を出さずに、兵器や金を出す。口も出す。

*バイデン・アメリカに代わって、舞台で主役の大統領役を演じたのは、役者出身のゼレンスキー・ウクライナか。

*栗投げで、対抗するのは中国の習近平国家主席か。腹のなかが読みにくい。厄介な人?

*そして、栗は、もちろん、プーチン。

いずれも、今のところ、私の見た「真夏の夜の夢(悪夢)」だろうか。

★ 政治学者の分析 参院選挙結果と「安倍元首相殺害事件」

政治学者は、この状況をどう見ているのか。例えば、宇野重規教授の解説を元に、考えてみた。

今回の事件の意味/政治学者の宇野重規・東京大学教授(政治思想史)の分析。朝日新聞7月18日朝刊記事より、以下、引用。

{宇野分析メモ→大原備忘録作成}
犯行の動機:私怨。テロ行為ではない。
実母が献金活動に溺れ、容疑者の家庭を経済的に破綻させた宗教団体(旧・統一協会)への私怨。安倍元首相の政治信条に対する「異議(恨み)申し立てではない」と容疑者は供述している、という。

犯行現場:選挙期間中の街頭演説という民主主義における選挙活動の本番中の本番、「ハレの場」での犯行決した意味は何か?
「(現代)民主主義のプロセスで、政治家と有権者が最も近づく「選挙」というタイミングが狙われた」意味は、重く大きい。「意思表明の手段として暴力が使われたこと」を宇野教授は重く見ていると言う。

権力は、時として自国民に対して、警察力を行使したり、軍事力を行使したりする。だから、権力は、暴力と融和性を持ち続ける。権力は、紳士淑女ではなく、悪人悪女なのだろう。

政治(選挙)と暴力:「政治は危ないものだと認識され、政治離れが進むと、個人の不満を吸い上げる回路が一層機能しなくなり、暴発するケースが増えてしまうことを危惧します」

 教授の言葉の「個人の不満を吸い上げる回路」というのは、ファナティックな装置のことか。この装置こそ、ファシズムではないか。

(人類は)「暴力を排除しない限りは議論に加わる資格はないという仕組みを作りました」。以上、引用終わり。

 自民党の政治家たちの、旧・統一教会や日本会議周辺でチョロチョロする様が、今回も、相次いで現れてきているが、暴力は、依然として排除されていない、ということか。これが、デモクラシーの敵対物ということか?

★安倍元首相殺害事件の容疑者像?

 ジャーナリスト江川紹子の証言:「犯行は全く正当化できないが、旧・統一教会との関係に限って言えば、容疑者は被害者でもある。親の多額の献金で一家は経済的な被害を受けた。被害者意識がどんどん膨らんでゆがみ、事件につながった可能性があります」(朝日新聞7月21日付朝刊記事より引用)。

★ 懸念! 「小政党群誕生」という選挙結果の意味は?

 今回の参議院議員選挙の結果、何が変わったか。与党の議席が過半数を超えた。これは、選挙結果が出ないうちから予想できたことだ。自公の議席増は、野党の(自滅的な)敗北が原因。「小政党群」が新たな政治の動向なら、野党共闘のヒントにならないか。「野党統一候補」は、まだ、国政に関する各種選挙においてプラスのキーワードだと、私は思っている。

 その理由は、今回の参議院議員選挙の敗因が野党統一の失敗ではなく「野党分散落選→右傾小政党群の誕生(当選)」、個別に特化して、分散票の受け皿になった結果だとすれば、野党は、次の選挙でその部分の改善を図るべきだろう。野党発の若い有権者行きのメッセージが正確に相手に届いていないなら、届かせる工夫の方こそ必要だろう。衆議院議員選挙と違って、候補者個人よりも政党を選ぶのが参議院議員選挙。今回の野党の議席減少が、保守陣営に行かずに、「細分化」されたことは、どの野党も、若い有権者にとって意味を持つ塊(かたまり)に化学変化するまでの力がなく、つまり、「単品販売商法」のような、「一点突破、全面展開」程度の「専門店」式小政党群の誕生で一つでも、二つでも議席が取れたという結果が示していると思う。ここでいう小政党群とは、参議院1議席確保「連携」群のことである。

★ 野党小政党の細分化(比例区選出)

N党(1)、社民(1)、諸派1(参政)が、比例区で当選者を出した。

このほか、無所属(5、選挙区選出)。

以下、参議院議員選挙(比例区)で当選者を出した政党を紹介したい。

*NHK党:N党とは、NHK党のこと。NHK受信料専科政党か。

*社民党:この政党は、かつての2大(あるいは、1・5)政党時代から生き抜いてきたツワモノ政党である。社共「革新統一候補」方式は、社会党と共産党が軸になって東京都知事選挙で最初に使われたように記憶している。その知事選で美濃部亮吉知事が誕生した。当時の私は、二十歳の大学生で、初めての選挙権行使であった。社会党は、社民党に名称ほかが変わったけれど、女性党首の細腕にすがって、それでも健気に「社共」の存在感を残している、と言うべきか。

*参政党:この政党は、今回初陣なるも、1議席確保した。参政党代表(神谷宗弊・党事務局長)ら構成メンバーは、名前を列記しても知名度がないだろうから書かないが、「極右政党なのか?」単なる右傾的保守派の集まりか。今の若い人の保守意識に馴染む程度の「右傾色」なのか?国会では、どう言う形で有権者に存在感を示すことができるだろうか。
アメリカのように、いわゆる「宗教右派」の動きか。
野党分断化の中で、左派から流れ出た保守系有権者の受け皿となり、保守票の議席を増やす効果はありそう。

以下、参政党のホームページの「Q&A」から、回答はそのまま転載。以下、列記引用。

Q参政党のバックには宗教団体や日本会議などの政治団体がいるというのは本当ですか。
&deco(blue,,){A党員にも多くのメンバーがいますから、宗教団体や日本会議に所属している方(していた方)はいると思います。
};しかし、政党としてそういった団体の支援を受けているということは一切ありません。

Q党の綱領に「天皇を中心に一つにまとまる平和な国」と掲げているのは軍国主義の国にしたいからですか?

&deco(blue,,){A日本は長い歴史の中で、天皇という「権威」と為政者の「権力」を分け、「権力」の暴走を抑止してきた国です。
};「権威」と「権力」が一つになった国では、国民の自由や権利が侵され「奴隷」などが存在してきました。
日本の国民は、古来天皇の「大御宝(おおみたから)」とされ、権力者の所有物にされることはなかったのです。
参政党はその歴史を鑑み、「権威」たる天皇を中心にまとまって、権力の暴走を抑止していこうと考えています。

以下、それぞれのホームページを活用、参照。一部のみ紹介。

落選した「ごぼうの党」(参考)/若者を狙うネット派か。
ごぼうの党が掲げる政策の柱は、若者のための政治だ、と言う。高齢者のために負担を増やすのではなく、奨学金制度の充実や、文化芸能への支援を行い、若者が幸せになる社会を目指すとしている。
ごぼうの党は、YouTubeでも代表とTakaの対談を載せるなどネット発信に力を入れ、既存の政党と差別化を図る戦略を描く、という。若い有権者が、今後どういう反応を見せるか。

ほかに、今回立候補者を立てた小政党では幸福実現党、新党くにもり、日本第一党などがある。地方政党で、今後国政に挑戦する小政党は、ほかにもあるかもしれない。それぞれ、独自の主張もしているが、多くの小政党は、自公の与党政権に対する不満をキャッチすべく、与党よりは、より保守的、あるいは右傾的、右派的な感じをキャッチフレーズにしているが、真の目的は何か。そこが知りたい。これらの小政党群の隙間からフランスのように極右政党が飛び出してきたりしないだろうか。ファシズムの萌芽につながらないか。

ウクライナ戦争の影響が、日本でも出るか?

1)愛国心→軍事費増額。これは、日本国憲法9条の否定ではないのか。国会では、具体的で、緻密な議論を期待したい。

2)電力不足→原発再稼働へのハードルを下げそう。不十分な対応策のまま、ハードルを下げるのでは、事故の教訓を生かしたことにならない。

★これに対抗する秘策は、熟議デモクラシーへの道

*権力は、問題があると国民が思った時には、「権力の構成や構造を変え
て少しでもより責任ある権力に作り変えるしかない」(政治学者・佐々木毅)

*国のかたちを変えるような改正は、国民の変革意識の高まりを受けて
行われるものです。(朝日新聞5月3日付朝刊記事より、「国民主権論」:江藤翔平・一橋大学准教授)

権力は、交換パーツで部分的な故障を凌ぐものではなく、絶えず、全体の構成・構造を変えて調整しながら、作り変えてゆくものなのだろう。

熟議を経ずに突っ走る、これが憲法論議に持ち込まれるのは危うい。
熟議と少数意見の尊重、みんなが合意する(あるいは、合意に近づける)形で考えよう。立憲主義の要諦。             

★ 「奈良事件」=「安倍元首相殺害事件」の謎?

贅言付言;旧・統一教会とは現・「世界平和統一家庭連合」のことであるという。自民党は、各種の業界団体と連携をして、選挙運動やボランティア活動を得意とし、長年の浸透運動で盤石な保守支持層を築き、国会運営に安定感をもたらしてきた。「日本医師連盟」「神道政治連盟」などさまざまな組織から支援された選挙活動は、フル回転する。

 旧・統一教会の友好団体とは、議員懇談会の形で自民党の国会議員らが名を連ねる。自民党の幹部たちは、議員懇談会は、議員個人で連携を深める組織だが、自民党と旧・統一教会は組織的な関係はないと主張する。選挙でボランティア活動をしてくれるに過ぎないと嘯く。選挙運動を手伝ってくれるだけの、支援団体だと胸を張る。まあ、いずれ真相が判ってくるだろうから、待っていよう。朝日新聞8月2日付朝刊記事によると、7月30日、31日に共同通信が行なった「電話世論調査では、教団と政界関わりについて実態解明の「必要がある」は80・6%、「必要はない」は16・8%だった、というから、有権者は皆、自民党の今後の対応を見守っていることだろう。自民党内では、なお「友好団体は旧統一教会とは関係ないと思っている。これからも付き合う」という声もあるという。「一方、立憲内でも関与を認める議員がおり」、ということから、立憲でも調査しているという。

 「奈良事件」では、安倍元首相が旧・統一教会と関わりがあったと「思い込」んだ容疑者が教会への恨み辛みを安倍元首相に集中させて犯行に及んだという見方が流布しているようだが、事件発生後の展開を見ていると、容疑者は、意外と、彼の家族を崩壊させた状況や経緯を「正確に理解していた」ような気がするが、いかがであろうか。

贅言付言;「思う」と「思い込み」は、違うのか?

 社会学者・宮台真司東京都立大学教授:「安倍氏は旧統一教会の友好団体の集会にメッセージを寄せるなど、両者が密接な関係にあると受け取る人がいても不自然ではないからです。それどころか、独特の世界観とかどな資金集めを特徴とする宗教団体が、長い時間時間をかけて自民党などの政界に浸透しているように映ります。現代日本政治のタブーが図らずも浮かび上がった形になりました」。と、腰が引けて見えるほど腰を引いた表現・書き方で宮台教授は、「思い込み」というさらに忖度した表現よりは、腰の据わっている立ち位置で容疑者の「思い込み」を「思う」という文法的に素直な、自然な言い回しで、翻訳してくれているように見受ける。

 安倍元首相を銃で襲撃し、死亡させた容疑者は、家族破壊された身として安倍元首相と旧・統一教会の密接な関係を「正しく」見抜いていたと思われる。その点は、ジャーナリストの江川紹子さんの容疑者理解が、私の感覚と近い。だから、彼はつまり両者の密接度を正しく(認識)「思う」していたはずだ。それにも関わらず、旧・統一教会から釘を刺されたか、容疑者が勝手に両者の密接度を間違って「思い込み」事件を起こしたと捜査当局に言わせているのだろうか。安倍晋三殺しの実行犯は、容疑者だとしても、容疑者を裏で躍らせた「本当の下手人」は、別な人物ではなかったのか?
 安倍元首相を殺した結果、誰が、何で、得をするのか? 損をするのか?

 7月8日の「奈良事件」、つまり「安倍晋三殺し」は、いつ、正しい真相を私たちの前にもたらしてくれるのか?

★ 私の「国葬」論

「国の儀式としての『国葬』」、つまり私の「国葬」観を書いてみた。

 国葬は、戦前の1926年に制定された勅令に基づき始まり、敗戦後の1947年、日本国憲法施行に伴い、新しい憲法にそぐわないとして失効となり、廃止された制度である。以降、国の儀式として国葬を行う法的根拠はなくなった。

 現在も対象者の選定基準などの法整備がなされないまま放置されており、国民の間でも十分な議論がなされていない。つまり、国民の合意形成が、不十分なままである。このような儀式の経費を国費から支出することは法的根拠がない以上、「国葬」は認められない。

というところか。

(今月号は、参議院議員選挙の投票日直前(7月8日)に街頭遊説中の安倍元首相に対する銃撃事件があり、安倍元首相が亡くなるという予期せぬ事態になった。このコラムでも、「奈良事件」を柱の一つとして書き込んでみたが、最終的には、連載終了後、シリーズ全体を精査して、整理してみたい。以下、次号へ続く)

ジャーナリスト(元NHK社会部記者)

★編集事務局で引用文は「青字」にしました。

(2022.8.20)
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