【書評】 岡田 一郎
『緑の政治ガイドブック─公正で持続可能な社会をつくる』
デレク・ウォール著 白井和宏訳 ちくま新書 780円
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本書はイングランド・ウェールズ緑の党元主席議長でイギリスにおける緑の政
治運動の指導者であるデレク・ウォール氏が、世界各国の緑の政治運動の現状や
緑の政治の哲学についてコンパクトにまとめたものを、神奈川ネットワーク運動
元事務局長の白井和宏氏が日本語に翻訳したものである。(巻末にはジャーナリ
ストの鎌仲ひとみ氏と人類学者の中沢新一氏の対談が収録されている。)
日本においては緑の政治運動といえば、一般的にドイツ緑の党の存在が創立当
初から注目され、早くも1983年には講談社現代新書から永井清彦『緑の党』が出
版されている。また、現在でもドイツ緑の党やドイツ緑の党が誕生する背景とな
った1968年の学生運動に関する重厚な研究も多数、日本で発表されている。
しかし、第2次世界大戦後の世界的な経済成長に対する懐疑から始まった1968
年の学生運動とは別に、オーストラリアやニュージーランドにおいて先住民族を
も包摂する形で緑の政治運動が始まったことはあまり日本では知られていない。
本書はそうした日本では知られていない緑の政治運動の軌跡を紹介しながら、緑
の政治運動が何を目指しているのかを読者にわかりやすく説明している。緑の政
治運動=ドイツ緑の党と発想しがちな日本の読者にはかなり新鮮な内容なのでは
ないだろうか。
それでは緑の政治運動とは一体どのような政治運動なのであろうか。一言で言
えば、1972年に発表された『成長の限界』などに代表される近代工業社会の行き
詰まりを指摘する声に応えて、大量生産・大量消費を前提とする近代工業社会の
価値観からの転換を要求する運動である。さらに最近では、教育や医療の民営化
反対や性的マイノリティの権利拡大などを訴えており、民主主義のさらなる深化
をも訴え、ヨーロッパやラテンアメリカを中心に急速な拡大を遂げている。
日本においても1970年代には週刊誌に「くたばれGNP」の文字が躍り、その
後、環境保護や食品の安全性を要求する市民運動が拡大し、地方議会や国会にも
多くの市民運動系の議員が進出した。(本書では日本の緑の政治運動系の国会議
員としてみんなの党の川田龍平氏が紹介されているが、川田氏以外にも民主党や
社民党など数多くの党派に市民運動系の議員が存在することに留意する必要があ
る。)
2011年の福島第一原発の事故以後は毎週金曜日に脱原発を訴える官邸前デモが
実施されるようになるなど、緑の政治運動は日本でもさらに多くの人びとの関心
を呼びつつある。
このように1960年代後半または1970年代以降、日本をはじめ世界各地で緑の政
治運動は拡大を続けていったが、一方でそれと正反対の動きもまた世界中で進行
していた。それは世界経済のグローバル化である。鎌仲・中沢対談の中で指摘さ
れているが、多国籍企業はいまやアメリカのような覇権国家の政策すらも左右す
るような強大な力を持ち、世界各国の政治を自分たちの利益に沿うように転換さ
せようとしている。
鎌仲・中沢対談の中で触れられている、TPPのような国家・国民の利益を踏
みにじって多国籍企業の利益に国家・国民を奉仕させようとする政策に明確な反
対を唱えていたアメリカのバラク・オバマ氏が、大統領に就任するやTPPの旗
振り役となってしまったという事実はその一例である。日本でもTPP参加を最
初に打ち出した政治家が、市民運動出身と自称する菅直人氏であったことを思い
起こす必要がある。
多国籍企業はかつて緑の政治運動に近い立ち位置にいた政治家すらも転向させ、
近代工業社会の価値観のさらなる徹底を図ろうとしている。それはまるでレミン
グが海に向かって突進するが如く、人類社会を自滅へと導くと思われるが、多国
籍企業の経営陣と株主にとっては近未来の人類の生存よりも明日の株価の方が大
事なのである。
そして、多国籍企業の経営とは無関係な一般民衆にとっても、近代工業社会が
生み出す快適さにどっぷり浸かって今日も明日も安楽に生きることが重要であり、
近未来の自分たちの生存のために快適さを放棄し、不便な生活に甘んじるという
生き方は選択しづらいのである。
本書の中で価値観の転換を成し遂げ、エコロジー経済を確立した国家として紹
介されているキューバがなぜ、そのような選択を行ったかといえば、それは冷戦
体制の崩壊によって旧ソ連から安価な石油が供給されなくなる中で反米・共産主
義体制を維持するために必要に迫られたからに他ならない(そのことは本書でも
簡単に説明されている)。裏をかえせば、国家存亡の危機に迫られるまで、人間
は近代工業社会の価値観から自由になることは出来ないのである。
近未来の自分たちの生存よりも目先の利益や安楽を選択しがちであるという人
間の業を克服しない限り、緑の政治運動による理想の実現は困難であろう(福島
第一原発事故という未曾有の大事故を経験し、多くの同胞が故郷を喪失して今な
お困難な生活を強いられているにもかかわらず、総選挙では原発推進の党に多数
派を与え、今や民意すらも原発維持に転換しつつある我が国の国民の姿を見よ)。
私が本書を一読して不満に思ったのはこのような人間の業に対する考察がいささ
か薄いように思われたことである。
あくまでも「ガイドブック」と銘打っているので仕方がないが、近代工業社会
の価値観からなかなか自由になれない人間の弱さに対する考察はもっと欲しかっ
たと思う。
また、巻末の鎌仲・中沢対談は本書の内容をわかりやすく要約した内容になっ
ており、おさらいとして読む分には興味深い内容になっているが、基本的な事項
の間違いが多いのは気になった。例えば、中沢氏はGHQによる農地改革によっ
て「農地も山林も所有権が細分化されていった」と述べているが(217頁)、山
林は農地改革の対象となっていない。
また、鎌仲氏はNAFTAによってハイチの農業が破壊されたと述べているが
(220頁)、ハイチはNAFTAに参加していない。他にも明治以後、日本の山
林は破壊された(鎖国中は基本的に木材の輸入がおこなわれず国内でまかなって
いたため、乱伐がおこなわれ、むしろ鎖国中のほうが山林の荒廃は深刻であった)
、自民党を支持して原発を誘致するような農民は保守主義者ではない(砂川闘争
にみられるように基地や工業団地などが進出してきたときに、最も激しく抵抗す
るのは地元の名士である大土地所有者であり、彼らは一方で地元の有力な保守陣
営の中核である)。
国や企業の誘致に熱心ですぐに土地を売却するのは小農であることが多く、彼
らの多くもまた保守政党の支持者である。このように農民層の利害は複雑であり、
単純に判断することはできない)など、歴史認識が浅薄ではないかと思われる発
言が気になった。以上のような細かい欠点はあるものの、日本における初めての
緑の政治運動のコンパクトな入門書である本書の資料的価値は高く、脱原発運動・
反TPP運動などに興味を持たれる方には一読をお勧めする。
(評者は小山高専・日本大学・東京成徳大学非常勤講師・政治学専攻)
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