【書評】

『過去と向き合い生きる 「今日の視角」セレクションⅡ』

  井出 孫六/著  信濃毎日新聞社/刊  1300円+税

林 郁


 「前事の忘れざるは後事の師なり」過去の事実を忘れずにより良く生かすことが未来を好転させる、と私も切実に心に刻んで年を重ね、70回目の8・15の日に本書が刊行された意味を思う。36年間1800回信濃毎日新聞に書き継いだコラムの最後の7年間から出版部長の山口恵子さんが選んだ160編より本書は成る。セレクションⅡ(2000〜2008年、みすず書房刊)は、政治時評を選んで重厚に編み、書名は『過ぎ去れない過去』。やはり「前事不忘 後事之師」を重視して世界を洞察した書である。

 病気や手術や知友の不幸などもあった36年間、休まずたゆまず書き続けた意志力筆力!「日本の貧困」〜「後期子どもに年金制度を!」〜冷たい政治がつくった「格差社会」の歪み、戦前最大の言論封殺「横浜事件」。改造社と中央公論社は潰され、編集者・執筆者60余人が検挙投獄され、激しい拷問で獄死4人、敗戦で治安維持法が解除されるのを察知した司法は裁判記録をすべて焼却した。冤罪の無罪を勝ち取るのに遺族が苦闘した67年の歳月〜敗戦8月15日から数日、大本営指令で戦時機密資料が全国一斉に焼却された。その中で明治6年以来の兵事資料が信州大町の土蔵に隠され、非常に貴重なドキュメンタリー映画「大本営最後の指令」を井出孫六さんは2011年に見た、その内容証言〜「3・11」原発爆発の悲惨、安倍の「収束した」という嘘と再稼働の暴挙、国策満洲開拓と棄民・・・ミツバチの激減、環境破壊等々大事な証言が詰まっている。
 日常の営みも祭も大自然も動植物も芸術・文学も教育もユーモアも多々柔軟に記しながら見事に筋が通っている。

 著者は「満洲事変」9・.18 の1931年9月生まれ、思春期〜青春期にアジア太平洋激戦、敗戦のどん底を体験体感し、肺結核ほか難事も経て「生きる」意味を知る。その先達の警鐘が書名にこめられている。

 著者は改めてドイツを見る。ドイツは敗戦後、交戦した9カ国と国交を回復するために外交と賠償に全力をあげ、もっとも残酷な禍を及ぼしたポーランドを全権団が訪ね、雪の降る大地にひれ伏して謝罪した。実ある賠償金もふくめて真摯に努力し、被害側の寛容により和解が成立した。ワイツゼッカー大統領の「荒れ野の40年」演説の戦争と差別の反省、平和の誓い!あの感動と反省の哲学はその後の外交や民間交流に受け継がれている。

 今年3月、アンゲラ・メイケル首相が来日し「ドイツが和解を進められたのは過去と向き合ったからです」と謙虚に述べたのに対し 安倍首相は「歴史修正主義」という隠蔽や改ざんで隣国に報い、集団的自衛権→憲法改悪をねらう。井出孫六氏はワイツゼッカーの話も直接聴き、メイケル首相の「過去と向き合ったから和解できた」という言葉を本書の表題にしたという。

 ドイツで反省と謝罪をした人々はもちろんナチスや戦争加担者でない次世代であるが、国として謝罪し和解と協同の新時代を創ったのだ。
 私は思う。これからの世代は絶対に戦争を体験してはならない。だから歴史を正しく識る意味は大きく深い。過去と向き合うには事実を理解し想像する英知と感受能力が要る。
 その英知に欠ける安倍政治の傲慢な手法は偽満洲国での岸信介たちの手口に似ている。井出孫六氏は「満洲国」に反対した石橋湛山の全集16巻を読む会の代表として今も歴史を読み解いておられる。

 1995年の信義の「村山首相談話」は他国との互恵の役を果たし、いわば新しい国是といわれるが、安倍はその用語の一部だけ入れて改ざんした「まやかし悪文談話」を強引に出し、「謝罪外交の連鎖を断ち切るのだ」というキャンペーンを展開している。神社や大寺院で「大東亜戦争で亡くなった三百万の先祖に反省と謝罪を迫るようなことがあっては日本国の未来は失われてしまう」と、子孫だけでなく先祖の霊までもちだし、戦中の大東亜大国史観を説いている。アジア平和共同体づくりを進める人たちへの右翼街宣攻撃は「自虐史観の反日非国民は日本から出ていけ」。靖国参拝や金がらみ宗教教団や雇い右翼を使うファシズムは国際的にも信用されず、オカルト政治商法のようにみえる

 戦争犠牲者の悲願は隠蔽され忘れられることではなく、犠牲を忘れず「平和憲法」を実現し、自他の幸せを創るこだと私は思う。安倍首相が再選されてからの政治暴力、反知性、米国服従 戦争加担ファシズムに憤り、『検証・安倍談話—戦後七〇年村山談話の歴史的意義』(明石書店刊)の緊急出版に私も参加し、また思うのだが。「過去を隠蔽し改ざんする非道こそ次世代に背負わせてはならない」。「過去と向き合い 生きる」勇気と英知を!

 (評者は作家)


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