【オルタ広場の視点】

「法解釈の変更」を、国民は知らなくていいのか

コロナ禍に潜む「財政運用」はこのままでいいのか
――「民意」を歪める安倍政権の独断

羽原 清雅

 安倍政権の余命は残すところ、1年3ヵ月余。命運尽きるのを待つのもいいのだが、2、3の許し難く感じられる事例が見えている。どうもこれは、長い眼で見て看過してはなるまい、と思う。
 これまでも、集団的自衛権などの法制定の可否は別としても、為政者としての、ルール違反、モラル、マナーの破綻状況は、すでに森友・加計・サクラなどの事例に示されている。
 ①真摯・丁寧・忠実などの空虚な言葉による逃げ、②与党勢力の「数」による権力保持、③忖度・迎合の一部官僚群の存在、④公文書等の隠蔽・消滅・改ざんなど歴史を残さない不法行為、⑤もの言わぬ与党議員らの怠惰な空気、そして⑥調査能力や追及力の劣る少数野党の侘しさなどが、権力の無茶を守ることになっているのだが、やはり以下の2点については指摘しておきたい。

 【法解釈の変更を、国民は知らなくていいのか】

 これは、黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題に絡む、政府のきわめて公的な「答弁書」の問題である。検事総長という司法行政の最高権威のポストに、首相官邸好みの人物を据えるために「法解釈」を変える、このこと自体が不可解である。また、その対象者が賭けマージャン狂いで退任することでいったん挫折するという、いわくつきの案件をめぐっての政府の見解表明である。その処分も、前例の「戒告」相当を避け、「訓告」に下げた。その判断も、首相官邸の意向を汲む森雅子法相が、ゴリ押しによる正当化を図ったのだ。
 もともと、定年延長の規定は検察官には適用しないとした政府見解を、安倍首相が突然、「法解釈を変更した」と言い出したものだ。ムリに無理を重ねた政府の姿勢が、さらなる無法の見解を押し出したことになる。

 だが、この政府の答弁書はあまり大きな報道にならなかったし、国会での追及もニュース化していないので、見過ごされているようだ。あらためて具体的に整理しておこう。
 まず、政府の答弁書。「検事長の定年延長を可能にする法解釈を公表しなかった理由」について、『国民生活への影響等がないと考えられたことから、その時点でその旨を国民に周知することはしなかった』とする。
 さらに菅義偉内閣官房長官は、これを認め、『今回の解釈変更のような人事制度にかかわる事柄については、必ずしも周知の必要はないと考えている』と述べている。

 そこに、大きな疑問がある。
 1 >法解釈や改定は、国民生活に影響はないのか。検事総長という責務は、内閣総理大臣の逮捕という重大な権限を握り、国民が知っておかなければならない人事だろう。かつて指揮権の発動という事態を経験もしている。
 「国民生活への影響」は、各国民が関心を抱くかどうかではなく、法律関係者等がまずは熟知し、その是非の論議を通じて、ごく一般の人々が知る、ということだろう。したがって、「周知の必要がない」という権力者の一方的な解釈は許されるわけがない。
 2 >「国民生活に影響がない」という判断は、むしろ国民の側が判断することであって、為政者が勝手に忖度し、判断をすべき事柄ではない。本来、事前に公表して、ある程度の納得を得るか、議論の結果を見守るべき事例である。法の順守義務を、内閣、あるいは官房長官自身が無視している、ということになる。
 3 >権力者の一方的な行為を秘かに推し進めるものであり、これを容認した全閣僚をはじめ、おぜん立てをした公職にある者たちの姿勢が問題である。別の角度から見れば、国民を無智蒙昧な「愚民」視しているように思えてならない。

 【コロナ禍に潜む「財政運営」はこのままでいいのか】

 全国民を巻き込むコロナ禍という長引く事態に、財政が全力で救済や防止に取り組むことは当然だ。
 2020年度の当初予算は102兆円、コロナ対策の第1次補正予算は25兆円、第2次は31兆円、という巨額の予算になっている。その必要は認められよう。コロナに侵され、職を失い、廃業を迫られる。給食に頼っていた子どもの「食」にさえ悩むひとり親世帯、休校に伴うオンライン学習を受けられない機材のない家庭や学力格差に不安を持つ家庭、テレワーク推進はいいが現場に行かなければ仕事にならない人々、コロナ以外の傷病を抱える患者層、多くの国民が経済的な悩みにぶつかっている以上、国の財政出動は必至だろう。

 だが、そこに問題が二つある。
 ひとつは、その財源確保の問題だ。ただでさえ、日本の財政は1,000兆円を超す借金を抱えて、これまではこの返済策にあまり重視した取り組みは見せず、国債に依存するばかりで膨張し続けている。そこにまた、巨額の上乗せの事態である。
 この補てん策としては、①歳出の抑制 ②税収の増加 ③消費税率の引き上げ ④大手企業の法人税率引き上げ ⑤株取引など金融取引課税 ⑥「コロナ特別所得税」新設、などがあげられよう。しかし、いずれも問題がある。

 ①歳出の抑制 社会福祉関係は増える高年齢化に伴って、抑制は難しい。また、米国主導の戦闘機等の兵器購入の抑制なども安倍政権下では実現困難だろう。
 ②税収の増加 コロナ禍で軒並み経営の悪化に悩むなかでの増収は期待できまい。
 ③消費税率引き上げ やっと3回に分けて10%課税にたどり着いた今、さらなる課税は言い出しにくいだろう。むしろ野党側には、生活保障のための消費税率引き下げの声すらあり、強硬などはできまい。
 ④法人税率の引き上げ 確かに安倍政権下では、大手法人の税率を下げるなど内部留保もかなり蓄積されてきているが、財界優先の安倍政権が引き上げに踏み切ることはあるまい。
 ⑤金融取引課税 株式売却益などによる金融所得への課税の強化は財務省も検討してきたが、政権、自民党内には反対も強く、具体化の可能性は低い。
 ⑥コロナ特別所得税課税 これは東日本大震災以降、復興特別所得税として、今も年末調整、確定申告時に源泉徴収税額の2.1%を加算納税している(2013.01-2037.12の25年間)が、この課税同様に、新制度としてコロナ税を設けるかどうか。貧富に関係なく徴税する消費税よりは、徴税の名分は立ちやすいが、2本立ての徴収は可能なのか。
 このまま、国債発行に依存すれば、財政事情はさらに悪化し、後世にそのツケを回すことになって、経済全般に重荷を負わすことにもなりかねない。人口減・高齢化の進む時代である。打開の名案はなく、この苦境は長く続き、日本経済全般にひずみをもたらしかねない。

 もう1点は、その財政運用、つまり税金、オカネの使い方の問題がある。
 予算が膨張すると、ムダ使いも大きくなる。各省庁は、もっともらしい名をつけて、予算獲得に奔走する。予算を獲得して、その計画案どおりに進めばいいが、往々にして計画倒れ、活用なし、乱脈なムダ使いなどが発生する。計画者の閣僚や官僚は異動し、その事業は低迷しても、不始末が暴露される頃には当初の官僚たちは不在となって、その責任はうやむやになる。

 会計検査院が不適切を指摘するころには、民間の当事者も巻き込んで、にっちもさっちもいかないケースになっていることも少なくない。誰もその責任を問われることなく、オカネの浪費だけが残り、誰もとがめを受けることなく、計画事業もさりげなく消えていく。
 会計検査院の指摘は、生かされず、また新たな不適切な計画が各省庁から生まれていく。これまで「責任」を問われ、具体的な「責任」をとった事例は、犯罪化したものを除けば、ほとんどあるまい。

 予算規模が大きくなれば、その具体的な運用はどうしても見えにくくなる。たとえば、第2次補正予算案の予備費10兆円のうち半分については、①雇用維持、生活支援1兆円 ②持続化給付金など事業継続支援2兆円 ③医療体制2兆円、については立憲民主党の求めで一応の事情説明ができたが、残りの5兆円は未定のままだ。予備費の性格上、不測の事態に向けるというものでもあり、ある程度の未定になることはやむを得ない。

 ただ、このような許容の姿勢が日常化すれば、予算執行の官僚システムが緩むことにもなりかねない。なぜなら、国会に提出された補正予算案のコロナ関係の審議でも、以下に示すように、執行上の危なさ、いい加減さ、いかがわしさ、事実掌握と説明の不十分さがいくつも指摘されているからだ。立案、発注段階であるのに、その運用や実情の説明を回避し、黒塗り文書を乱発し、孫、ひ孫など何段階もの発注状況を明らかにしない。そんなケースが数多く見えてきている。ある程度の委託上のコストは当然としても、その委託を下におろすほどに空洞化していく中抜きされているケースが見え見えになる。

 悪くとれば、官僚の一部は「まあ、ゼイキンだから、いいや。責任を問われるとしても、そのころには卒業さ」といったところか。ひょっとしたら、その利得企業や団体に天下る可能性があるかもしれない。コロナ禍のどさくさ時でもあり、計画を練り、発注しても、チェックされることもなく、「悪」が身を滅ぼさず、わが身を助ける、のか。

 その一例が、経産省の「持続化給付金」の制度運用である。
 最大200万円を貧窮する中小企業に現金支給するもので、これを一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」なる、職員21人の団体に委託。給付金の振り込みはみずほ銀行などに外注する。協議会の役員は委託先の電通などから8人出ており、769億円の委託事業費のうち20億円を中抜きして、あとは電通に再委託し、電通は人材派遣業のパソナ、ITサービス業のトランスコスモスに外注する仕組み。この協議会には、経産省からすでにこの給付金を含めて14件1,576億円の事業を受託し、うち9件は電通などに再委託するという予算丸投げのシステムになっている。

 また、給付金申請の相談会場費や人件費は、全国に約500ヵ所分の405億円だとするが、内訳などは公表されていない。さらに、再、再々、再々々といった丸投げ委託や、その下請けが下がるにしたがって、意図的な隠ぺいもあり、実態は極めてつかみにくく、不当な予算使用も増えてくる。いったい、税金のどの程度が苦しむ国民のもとに戻ってくるのだろうか。
 メディアや国会での追及で、経産省は外部の専門家によって再検査をするというが、「正当化」の理由づけに終わるのでは、との見方が強い。改めて言えば、これがコロナに苦しむ国民の税金の使われようなのである。

 もうひとつは、飲食、観光、イベント、商店街などを支援する「GO TO キャンペーン事業」、安倍首相の言った「強盗キャンペーン」である。1第次補正予算で1兆7,000億円の巨費事業で、この業務委託費は3,095億円。具体的な運用は未定だが、当初は経産省の仕切りだったが、国会での追及にあい、観光支援は国交省、飲食関係は農水省、イベントや商店街は経産省と、その委託事業者の公募を3分割することになった。

 中央官庁と一線の現場を結ぶような作業は、未経験の新たなニーズに伴うものも多く、苦労も多いが、ムダ使いや非効率、慣れ合い、どんぶり勘定、陽の当たり具合やバランスなどの難しさもあって、税金の行方には監視が必要だ。

 【第2波のコロナ禍に向けた対応をどのように考えるか】

 未経験のコロナ禍。不完全、不十分、無理解、不徹底、準備不足など、さまざまな経験を積んだ。しかし、第2次以降の不安にどのように対応できるか。
 国会は本来、緊急事態に備えて質疑可能の状態が望ましいが、問題表面化の事態に際しての野党の追及を避けたい首相官邸、関係官庁の意向に添う自公与党の判断で閉会の方向にある。
 本来、国会は要求があればまずは開くべきだし、それは政権・政府が優先すべき姿勢でなければなるまい。議会は、民主主義の基本だし、それを党利党略的に開催しない姿勢自体がルール違反だ。
 コロナ被害の回避自体は、個々人の責任といえようが、政治の責任も重い。
 ここでは、1月のコロナ禍浮上以来の課題を整理しておこう。再発の事態に、どのような展開が予想され、どのように対処するか、後手後手を避けるためにも、である。

 1 >個人としてのマスクなどの防御、外出抑制、「3密」回避など、また感染者を見付け出すPCR検査など、そして予防薬剤などの準備はどうか。
 2 >医療現場の医師、看護要員の確保と健康管理、専用マスク、防護衣、呼吸機器などの用意は十分か。初期のマスク不足のように、行き過ぎる海外依存でいいのか。輸出国との日常的な交流、外交上の意思疎通を図っているか。医院、病院などの経営支援もこれからの責務だ。
 3 >専門家会議、基本的対処方針諮問委員会メンバーの構成、運営、討議議事録作成などは、これまでの手法や対応でよかったのか。
 4 >アベノマスク配布、10万円給付、あるいは中小企業への給付金や支援体制は、後手になったり、土壇場の変更になったり、遅延したり、とその思い付きや準備の検討不足、国と自治体との関わりのまずさなどは改善の方向に進んだか。
 5 >マイナンバーカードと個人口座との結びつけは、問題なく具体化でき、そのための課題の検討は十分なのか。問題となったマイナンバーカードの普及、パスワード対策は?

 6 >大手はとにかくとしても、中小企業、とくにその日暮らし的な零細な業者への救済策、あるいは失業した人たちの就労支援など、日常生活の維持を可能にする対応は?
 7 >ひとり親家庭、外国籍移住者、生活保護者世帯、一人暮らし高齢者、障がいある人たちへの支援、といった手の回りにくい人々への情報連絡や、救済策などの手厚さは?
 8 >国と地方自治体の役割分担とその明確化、協力態勢はどうか。権限、その及ぶ領域、両者の調整機能、財政支援のありよう、都道府県の日常的なブロック化と協調態勢の整備などは?
 9 >病院船の導入、一地域振興的な牛肉支援クーポン券発行といった選挙区優先策ではなく、政治家の自己利益的発想でもない、全体を見渡しつつ、弱者先行の支援体制つくりは?
 10 >学習のオンライン化などの推進と、機材保有の有無の実態に即した対応――要は、貧富差による教育格差を生み出さない義務教育の支援策は進められているか。

 これは、思い付くままに指摘した一部だが、まだまだ課題はあるだろう。
 政治と行政、そして社会一般が目配りよく気付き、対応を急ぎ、行動すること、そのような姿勢に期待をしつつ、昨今のありようをとらえてみた。せめて、そのような気付きと課題の多さに、社会全体の目が開くよう願いつつ、この稿を終える。

 (元朝日新聞政治部長)

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