【コラム】大原雄の『流儀』

プーチン政権の「終わりの始まり」~表現とデモクラシー「序説」(2)

大原 雄

★★ プーチンは、原発(核)占拠を目指す

2・24以来、ウクライナに侵攻中のロシア軍は、3・4、ウクライナ南東部にあるザポリージャ原子力発電所(原発)を攻撃した。ロシア軍は今回の戦争(軍事侵攻)の標的として「原発」を襲った可能性がある。この攻撃で、ザポリージャ原発では、施設で出火したという。ウクライナの非常事態庁は、「出火があったのは、原発の敷地外にある研修施設だった」との声明を出したという。「同原発の公開されている自動放射線監視システムの情報によると、4日午前3時半(日本時間同10時半)時点で、敷地内や周辺の空間放射線量に大きな上昇は見られていない。国際原子力機関(IAEA)も、ウクライナの規制当局がIAEAに対し、敷地内の空間放射線量に変化はないと報告している、とツイートした」、という。以上3・4夕刊、3・5朝刊の各紙やNHK・民放など参照、記事の引用は、基本的に朝日新聞をベースにしている。

ウクライナは、行ってみれば判ることだが、四方八方、標高の少ないフラットな地形のため、水力発電など望めないこともあり、「原子力」発電立国を余儀なくされている。現在、ウクライナでは、国内の4ヶ所に稼働中の原発施設があり、合わせて15基の原子炉がある(ロブノ原発:4基。フルメニツキ原発:2基。チェルノブイリ原発:4基(ただし、廃炉、閉鎖)。南ウクライナ:3基。ザポリージャ原発:6基)。

ロシアは、2・24の軍事侵攻以来、ベラルーシとウクライナ北部が接する国境近くにあるチェルノブイリ原発・廃炉(1986年の大規模事故以来、廃炉が決定していて、いまも廃炉処理の工事が続いている)施設を早々と占拠したほか、3・4には、ウクライナ南東部にあるヨーロッパ最大級のザポリージャ原発(6基の原子炉がある。総出力は、600万キロワット。ウクライナ国内の電力量の5分の1を発電している)が、ロシア軍に攻撃された。「ウクライナのクレバ外相は、ツイターで『もし爆発すれば、チェルノブイリ事故被害の10倍の規模になる。ロシアは直ちに攻撃を止め、消火作業ができるようにしなければならない』と、攻撃停止をロシア側に要求した」という。IAEAは、3・3、ウクライナ国内の全原発15基が「紛争に巻き込まれると、深刻な結果になりうる」と警告している。

3・4の会見で、IAEAのグロッシ事務局長は、「攻撃を受けたのは、原子炉自体ではなく、隣の建物だと説明。『原子炉の安全システムは全く影響を受けておらず、放射性物質の放出もなかった』と述べた」という。

しかし、ロシア軍は、ウクライナ北部が接するベラルーシ国境からの侵攻では、その日(2・24)のうちにチェルノブイリ原発を、ウクライナ南東部の臨海地帯に近い地域への侵攻では、3・4にザポリージャ原発を、それぞれ占拠し、原発の職員なども「人質」(原発運転・管理中の安全管理の職員か?)に取っているという。

当初、ロシア軍のチェルノブイリ原発・廃炉占拠のニュースは、扱いが小さかったように思うが、ザポリージャ原発は、ヨーロッパ最大級の原発であり、さらに稼働中、施設で出火ということもあって、万一の場合、放出された放射性物質による汚染が広域的に広がり深刻になりかねないということもあり、メディアもニュース判断の甘さに気がつき、その後は、原発ニュースの扱いも、大きくなっている。

政治の常識を外れた、こうしたプーチンの、とんでもない判断は、もしかしたら、実は、プーチン政権の終わりの始まりを告げる時代の呻き声なのかもしれない。プーチン政権の存立がデモクラシーの崩壊につながるならば、実際に到来するのは、デモクラシーの崩壊などではなく、プーチンの崩壊ではないのか。

ロシアが戦いをやめれば、戦争はなくなる。ウクライナが戦いをやめれば、ウクライナがなくなり、世界のデモクラシーもなくなる。人類は、新型コロナ禍によって滅ぼされる前に、プーチンによって滅ぼされる。

★★ オリンピックと「戦争」

時は、2022年2月19日。2月4日に開会式、その後の17日間の会期を終えた第24回オリピック冬季競技大会(2022/北京)は、2月20日の閉会に向けて全エネルギーを燃焼させていた。オリンピックは、なぜか、ウクライナの国境周辺でロシア軍とベラルーシ軍との連合軍事演習が「並行」して行われる展開となっていて、オリンピックと戦争という政治家好みの二つの単語にからめて、ウクライナ「問題(NATO「加盟」)」というテーマが、アメリカとロシアをそれぞれの軸にした二つの勢力の中で、いわば外交問題として、初めから作り上げられていたような気がする。

何か、謎があるのだろうか。
その結果、オリンピック閉会後、ロシアがウクライナに侵攻し、「戦争」が起きるという予測は、3つの時期を想定していて、マスメディアは、すでに熱い関心を寄せていた。

メル・マガ『オルタ広場』前号でも一部触れたが、マスメディアに流布していた情報では、ウクライナで戦争が勃発する場合のきっかけの想定として「3つのシナリオ」があった、という。興味深いと私は思っているので、今号でも再び、記載しておきたい。この謎解きも、シリーズに分けて連載することになるかもしれない。「表現とデモクラシー」シリーズは、数回続く見込みである。

★★ ロシア軍のウクライナ侵攻について、3つのシナリオ

(1)2月20日。北京オリンピック閉会式の日。ロシア軍はウクライナ国内に
  侵攻する。キーワードは、オリンピック後。

(2)2月中にロシア軍がウクライナ国内に侵攻する。''キーワードは、オリン
  ピック後・パラリンピック前。''
  もっともらしい理屈がくっついていた。戦車が走行可能なのは、地面が
  凍結している2月末までだから。しかし、実際に戦争が勃発してみると、
  この凍結論は、声が小さくなっているような気がする。

(3)3月14日。パラリンピック閉会式の日にロシア軍がウクライナ国内に侵攻
  する。キーワードは、パラリンピック後。

こうした状況への対応は、ウクライナ・ロシア・アメリカとも、同時進行であるから、事態は流動的である。武力に訴える戦争か、それとも外交努力がもたらす平和か。しかし、事態は、すでにシナリオの世界から現実世界に飛び込んできたので、リアルに見えるものと見えないものが、私たちの目にもくっきりと画像が分かれ始めていた。

まず、シナリオ(1)の、2月20日という想定。ご承知のように、20日の戦争勃発は、なかった。シナリオ(3)の、3月14日も、なかった。シナリオは(2)だけが残る。それなら、3つのシナリオの比較的な分析は、もう不要になったかというとそうではない、と私は考える。2月20日という戦争前夜、この日の周辺では、実際にどういう情報が行き交っていたのか。私にとっては、意外と興味深いのである。

★ 情報操作

現実の国際政治を揺るがすフェイクニュースと外交の虚偽情報が、すでに世界中を飛び回っていることは、誰にでも想像がつくだろう。太字は、引用者。太字の表現を掃除機で吸い込むように集めて、大原流で整理・分析してみた。

例えば、まず、通信社の情報。
【2月19日 AFP】(更新)アメリカのジョー・バイデン・大統領は18日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに侵攻する「決断を下した」との見解を示した。ただ、緊張緩和に向けた外交努力の余地はまだあるとしている。

短い通信社の電文は、重要な情報を装いながら、憶測、推測だらけ、大統領の意向だけは十二分に忖度した(つまり、意向だけを尊重し、意向の基本となる事実は何かということをきちんと取材していないように思える)文案であった、と考える。

誰が、なぜ、どういう意図でマスメディアに情報を伝え(あるいはリーク、漏洩、漏らし)たのか。その目的は何か。説明不足の文章であることが判る。ここの情報のポイントは、ウクライナ問題における注目点の一つであるロシアがウクライナ国内に「侵攻する」のかどうか全く不明である。侵攻すると「決断を下した」というアメリカ大統領のすでに誰もが知っている見解を、ただ紹介しただけであることが判る(実際には、18日にアメリカ大統領が記者会見している。通信社の記事配信は、遅れているかもしれないし、穴埋め、つなぎ原稿の一種(業界的には、それと承知で、出稿するというテクニックがある)かもしれない)。
取材者が情報のリアルな確認が取れないままであっても、こういう「出席原稿」を一応書いておけば、万一、ロシアが隠密裏にウクライナに軍隊を侵攻(まあ、そういう事態は、想定しにくい)させ、担当記者が特オチ(情報の確認ができなかった。一社だけ抜かれる)になったとしても、エクスキューズになるからである。

その上で、通信社の記者だか、デスクだかは、安全弁を取り付けて次のような一行を付け加える。緊張緩和に向けた外交努力の余地はまだある。ここで使われている余地という用語は、多義的、多様で、なんとも便利な言葉ではないか。ロシアによる軍事侵攻という戦争か、公正で公平な判断ができる賢人のような政治家がいる有力国を軸にした外交が守る平和か。しかし、実際は、欧米諸国の首脳が、北京オリンピックの裏や横で、集まったり、散じたりしているだけで、特に、さすがというような発想の発言はなかったように記憶している。余地という付け足しに使われた「土地」は、賢人のいる国家の指導者による「耕し」という恩恵には浴せず、手付かずに近い状態で(つまり、放置されたまま)、そのまま余地の中に戻って行ったように見える。

そのあたりの情報操作が、(1)の想定である「北京オリンピック閉会の日にロシア軍はウクライナ国内に侵攻する」という情報であり、現実の動きは、誰もが知っている通りで、ロシアとベラルーシ軍の「合同演習」が、予定通り行われて一応終了した。シナリオ(1)は、幸いにも不発で終わった。

ロシアとベラルーシ軍の合同演習の画像は、演習とはいえ、戦争を連想させるものとしては強烈であった、と思われる。あの画像を見て、新聞の見出しだけを読んでいたのでは、ロシアとアメリカが、オリンピックの会場の裏や横で行なっていたであろう、と思われるような綱引き(外交)や情報戦の実相はわからないだろう。これだけでは、予定稿の束が増えるばかりだろう。予定稿とは、既知の情報で予定をメモしておく、あるいは、大事な情報が、伏せられたまま、あるいは、当該情報未入手のまま、「穴空きで」整えられたスケッチ原稿を作っておくという程度の情報原稿であり、文章術であると言えるであろう。戦争を予感されるロシア軍の軍事行動は、ロシアとベラルーシ軍の「合同演習」そのものであった。

予定稿の原稿は、アメリカのバイデン大統領の周辺の人物たちから、「事実の裏付け」(本当にそうなのかどうかは、まだ判らないという判断が、妥当なのではないか。歴史は、後から付いてくる)情報のように、あるいは、事実であるかのように装われて、常に小出しにされていることを見逃してはならない。否、あるいは、その後の展開を考えれば、アメリカは、裏のルートとは別に、ウクライナ国民やNATO関係国の国民ほかにメディアを使って、大国による戦争勃発という危険信号をこまめに発信していたということも忘れてはならない。

例えば、通信社の「情報」を使用する契約をしている新聞社(やNHKなど)は自紙の「記事」に通信社の情報を「加工」する、ことで、ニュース原稿に艶や潤いを持たせるというわけだ(つまり、読ませる工夫をする)。ならば、新聞社は、どういう情報を、どういうスタイルで今回発信しただろうか。

以下は、20日付の朝日新聞朝刊の記事および、関連記事の引用である。
「バイデン米大統領は18日、ウクライナ情勢について記者会見をし、ロシアのプーチン大統領が軍事侵攻について決断を下したと確信している」と述べた。「数日中にも侵攻し、首都キエフも標的になるとの見方を示した」。

いずれも公開の記者会見をしたバイデン大統領、及び大統領周辺からの情報である。軸になっているのは、アメリカの情報機関が大統領に伝えた情報を基に発信されている。この場合、マスメディアは、大統領の情報源に直接あたって情報の事実性や信ぴょう性を検証しているわけではないだろう。大統領の記者会見ならば、普通は、それだけで十分に信ぴょう性があると判断されるであろう。権力者や権力者側近の「リーク情報」も、慎重に吟味されなければならないが、「リーク」(漏洩)される情報は、権力者によって、予め選別されている恐れがあり、これも扱いは要注意だ。

さらに、事実性といえば、この記事で確認できる事実は、以下の記事の部分だけではないのか。

「ウクライナ東部では親ロシア派が住民をロシア領に避難させるなど動きが活発化しており、緊迫の度が増している」。引用、終わり。

「親ロシア派」とは、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」のことだろう。州域内にいては、危険だからロシア系の住民をロシア領(東隣は、ロシアそのもの)に避難するよう呼びかけているということは、確認できたと言える。

つまり、この記事で伝えられた具体的な事実は、ウクライナ東部に居住している住民を親ロシア派の人々がロシア領に避難させているという具体的な動きがある、という部分だけである。ウクライナ東部の住民の避難の動きは実際にあるとしても、その動きのもとにあるのは、情報機関で方向付け(「編集」)された情報ではないのか。

通信社の情報と同じように、ここでも、記事の文章を支えているのは、大統領が確信しているとか、見方を示したとか、この時点では、大統領の記者会見というクレジット付きのため、情報源が曖昧模糊としたままの仮想の事実を踏まえて、記者が大統領周辺の情報にあたった上で、思い入れを込めて記事を書いている、と言わざるを得ない。あるいは、記者も大統領周辺も、互いに「信頼関係」や「もたれ合い関係」(マイナスの信頼関係、あるいは、「なあなあ」関係)にあり、そういう情報の共有化が日常的に進んでいるという中で記事を書いているかもしれない。

万一、大統領や側近の重鎮たちが、意図的に世論操作をしていたら(していたであろうと思われたら、どうするのか)、その視点で情報をきちんと検証しているのか。今回の記事の文章を見る限り、デスクはそういう検証はしていないように見える。

「アメリカ政府はこれまでプーチン氏の最終決断はまだ」としてきたが、警戒レベルを高めた格好だ」。「警戒レベルを高めた」という表現も抽象的で判りにくいのではないのか。格好とは、つまり、格好(ポーズ)という意味であり、格好さえつけられれば、それで良しなのか。レベルも、レベルの区切り(レベルの違いを見定める境界は、どう判断するのか、また、誰の判断が優先されるのか)などが判りにくいだろう。さらに、オリンピック開催の裏か横で、すわ、戦争かという重要なトップニュースの取材をしているのは、各国の選ばれた記者たちのはずなのに、「格好」報道だけでは、真実はおろか、事実でさえも、情報受け手の各国国民にどれだけのことが伝えられたというのだろうか。

★ 大統領たち

この時点まで、ロシアのプーチン大統領は、頻繁に情報発信するアメリカのバイデン大統領に比べると「バタバタ」していない(ように見せかけて、「構えている」)ように見受けられる。「軍事侵攻はしない」という発言あたりは、プーチンは役者(そういえば、大衆演劇では、役者への褒め言葉として「大統領!」と大向うから声を掛けることがあった)だったなあと、今なら思う。しかし、この本物の大統領プーチンには、私は嫌悪感しか抱かないし、世間の多くの人々も同じ気持ちではないのか。ウクライナの幼児たちは、男の子も女の子も美しく、可愛いかった。私が、10年前にウクライナで出逢った少年少女たちは、すでに10代半ば。多感な年齢であろう。無事で戦争終結を迎えてほしい。

贅言;そういえば、ウクライナのゼレンスキー大統領も、本物の役者(ウクライナの俳優・コメディアン)出身だった。役者時代に大統領を演じたことがある、という。その後、役者を辞めて、大統領になった。プーチンは彼が嫌いらしくゼレンスキーのことを「ナチス」だとか、口を極めて、口汚く罵り続けている。ゼレンスキーは、40代半ばの政治家としては確かに「素人大統領」かもしれないが、この大統領役者は、大統領になりすまし、大役を演じこなし、急激に成長しているように見える。

今回のロシア軍によるウクライナ侵攻の進捗状況を見て、焦り始めているとも言われるロシア・プーチン大統領。一方、ウクライナのゼレンスキー大統領の支持率は、それまでの41%から91%に急上昇している、という。SNSで団結を促し、ロシア国民や世界にも広く訴える。ヨーロッパ各国でも、世界でも連帯が強まっている、という。

ウクライナ側の徹底抗戦に、ロシアのプーチン大統領は27日、「ロシア軍の(核)抑止力を今からすぐに使えるよう命令する」と残虐性の高い核の存在と使用意志をちらつかせ始めている。

25日には「ウクライナ軍の軍人に呼びかける。自分の手で政権を取りなさい」と、声明でクーデターを促した。アメリカのワシントン外交筋によると、焦り始めているとの指摘も出ている、という。

一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は26日、「ウクライナに帰れる人は、国を守るために帰国してください」と改めて国民に団結して戦うよう、呼びかけた。実際、一旦、国境を出てから、家族に別れを告げて、キエフに戻って行く人も多いようだ。テレビでは、そういう場面を流していた。

国民の心をつかむため、ゼレンスキー大統領が行っているのが、SNSでの呼びかけだ。25日はテレグラムで「首相はここ、大統領上級顧問はここ、大統領(私)はここ。みんなここにいます」と、側近と一緒にキエフで撮影した動画を投稿した。 26日はツイッターで「私はここにいる。降伏するつもりはない」「母国の領土、真実、われわれの子どもたちを守り続ける」「ウクライナに栄光あれ!」と訴えた。 軍事侵攻が始まる前の2月11~18日には41%だったゼレンスキー大統領の支持率は、26~27日には91%となり、驚異の上昇を見せている(レイティング調べ)。 以上、3・1 Yahoo!JAPAN 配信・「日テレNEWS」より、概略引用する。

★★ 権力者とフェイクニュース

そもそも、権力者は、日々常(ひびつね)に虚偽情報(時に、根も葉もない誹謗中傷情報も発信する)を流し続ける典型的な存在、それも最右翼の個人、または団体の一員(往々にして組織の「長」)ではないのか。そこで、次の課題は、権力者が流す虚偽情報とは? ということで、考えを練ってみよう。今回のオリンピック開催とウクライナ問題というテーマの中で、検証してみよう。

バイデンの場合:ロシアのプーチン大統領が、ウクライナに侵攻したがっている。国際社会として、見逃せない状況だ。ロシアの戦争へ向かって行きそうな暴走を阻止しなければならない、とバイデンは思惑も含めてだろうと思うが、強く信じているようだ。

2月18日のホワイトハウスでの記者会見でバイデン大統領は、プーチン大統領が軍事侵攻の「決断を下した」と確信している、と発言している。

ワシントン・ポスト紙が19日に報じ、複数のアメリカメディアは20日までに、ロシア軍がウクライナ侵攻を進めるよう命令を受けたとの情報を、アメリカ政府が入手していたと、それぞれ報じた、という。

アメリカ政府はこの情報を入手した後、実際にロシア軍や治安当局者が命令を受け、侵攻準備に動き出したことも確認したという。以上、21日付けの朝日新聞夕刊記事から引用した。こうして、ウクライナへのロシア軍の侵攻を危惧するアメリカ側は、バイデン大統領を含めて、頻繁に危機意識をヨーロッパに伝えようとしていた。後に検証してみると、事実の断片を使っている。嘘ではなかった。しかし、あまりに頻繁に発せられた危惧の念は、頻繁さゆえに、ウクライナの国民などには、危機意識を伝えきれなかった恨みがある、と言えるのではないか。

一方、CNNによると、「命令はいつでも撤回が可能で、欧米側を混乱させるための誤情報である可能性もあると報じている」と朝日新聞は、上記の記事と同じ紙面で伝えている。誤情報というのは、フェイクニュースのことだろう。いくら、確信・確認をしても、情報には誤情報が紛れ込んでいる可能性はあるということだろう。誤情報と疑われた情報は、CNNのような伝え方をされると、メディアのファクトチェックをくぐり抜けて、フェイクニュースに閉じ込められて埋もれてしまうかもしれない、と思う。誤情報という判断は、ミスだった。やはり、メディアの情報は、検証しても、曖昧模糊としているのではないのか。玉ねぎの皮むきのようだ。涙ばかりが出てくる。

プーチンの場合:ロシア大統領府によると、プーチン大統領とフランスのマクロン大統領との電話会談では、プーチン大統領は、NATO加盟国によるウクライナへの武器供与を批判。「ウクライナ政府を軍事的解決に向かわせている」などと述べ、緊張悪化の原因は欧米側にあると主張した。また、侵攻は、ロシア側が仕掛けるのではなく、ウクライナ軍が出火点になるだろうという先入観を植え付けようとしているように思われる。21日の朝日新聞夕刊には、こうした記事も掲載されている。
ここ一連のロシアとアメリカを軸にした動きを見ていると、アメリカのバイデン大統領は、ロシアへの警戒感をあらわにしウクライナへのロシア侵攻を阻止しようとしているのに対して、ロシアは、アメリカがいうようなことは考えていない、「対話は継続する」と、待ちの姿勢を取っているように見せかけている。嘘つきの典型である。実際は、プーチン大統領の決断を待ってロシア軍は暗闇の中で不気味に雌伏していただけなのではないか。それでいて、ロシア軍は、以前からウクライナを囲むようなポイントに駐留しているか、同じ地域の中で移動するかしている、という。つまり、軍隊の移動はあっても、新たな地域への侵攻はない、という格好を早くからしているように見える。これも合同演習を装った暗闇の雌伏作戦だったのかもしれない。だが、プーチンの謎。原発占拠、報道規制、デモクラシーの破壊、などへ進む道筋は、まだ、ぼんやりとしか見えてこない。

マクロンの場合:欧米NATO諸国では、イギリス、フランス、ドイツなどが、
アメリカとともにNATOに迎えたいウクライナに付帯する、いわゆるウクライナ問題の平和的な解決を目指して外交努力をしている。例えば、フランスのマクロン大統領は、プーチン大統領とバイデン大統領の間に立ち、米ロ大統領の直接協議の道を探っている。「フランス大統領府によると、仏ロ両首脳は外交解決を優先し、平和維持に必要な行動をとることで合意。ウクライナ東部では停戦が必要だとの認識でも一致した」という。以上、朝日新聞21日付記事から引用。

ゼレンスキーの場合:前職は、スパイか工作員だったというロシアの情報部員出身のプーチンは、国民に視線を向けないタイプのようだ。ウクライナの第6代大統領(当代、2019年から)のゼレンスキーは、前職が俳優・コメディアンだったせいか、観客の反応を絶えず鋭敏に感じながら演技を深めて行くため、絶えず国民に視線を向け続けるタイプのようである。プーチンは、ゼレンスキー大統領をクビにし、前の第4代ウクライナ大統領のヤヌコーヴィチを返り咲き(復帰)させようとしているらしいが、彼は8年前、2014年の「マイダン(広場)革命」でウクライナを追われた(亡命)後、プーチンの足の裏にでも潜伏して、復活を待っていたらしい、水虫のような人物だったらしい。これは、私だけの妄想か。

贅言;読売新聞によると、ウクライナのゼレンスキー大統領は、3回も暗殺されそうな目にあったらしい。以下、引用。

【ロンドン=池田慶太】4日付の英紙タイムズによると、ウクライナのゼレンスキー大統領に対する暗殺が過去1週間に少なくとも3回試みられたが、いずれも阻止された、という。ウクライナ当局関係者らの話として報じられた。
暗殺を企てたのは、ロシアのプーチン政権に近いロシアの民間軍事会社「ワグネル」の雇い兵とロシア南部チェチェン共和国の特殊部隊。ワグネルの要員は首都キエフだけで約400人に上るとされ、6週間以上前から潜伏し、ウクライナ政府要人24人を標的にしている、という。暗殺阻止にあたり、両グループには死者が出ている、という。

ウクライナ政府幹部が地元テレビに語ったところによると、当局がチェチェン部隊を排除した際、暗殺計画に関する情報は、軍事侵攻に不満を抱くロシア情報機関・連邦保安局(FSB)関係者からもたらされた、という。以上、デジタル版、読売新聞オンラインより、引用。映画のような話。

長いこと、社会部で原稿を書いてきた身には、馴染みがない表現なのだが、国際部の原稿では、常套句として「合意」、「認識が一致」などという表現に出会う。「合意」などと書けば、合意の契約などのように、関係者の最終的な意向調整が済んだのだろうと思うが、国際部感覚では、単なるひとときの意見一致程度の感覚しかないようなニュアンスで使われていて違和感を感じ続けている。原稿執筆の際の、「結」の部分をまとめる表現の常套句。若い日。恋愛感情の熱い波に押されて、「君が好きだよ」と、彼女との間で「合意」、あるいは、「認識の一致」ができた場合、さらにワンステップ上の男女の関係が進行しても、その後、仲が気難しくなれば、破談ということもありうる、そういう言葉として、外交用語の「合意」も「認識が一致」も使われているという感覚でよろしいのだろうか。

「マクロン大統領は、20日、ロシアのプーチン大統領と2回、アメリカのバイデン大統領と1回、それぞれ電話会談をした。この際、双方に米ロ首脳会談の開催と、さらに関係国を交えた拡大会合の開催を提案。両首脳が原則として受け入れたという」。アメリカ政府も同日、「ロシアが軍事侵攻しないことを条件に会談(24日に予定されていたが、ご承知のように、ロシアの軍事侵攻とともに、夢が破られてしまった)を受け入れると発表した。以上、朝日新聞21日付夕刊記事から引用。

習近平の場合:北京オリンピックでは、開会式や閉会式で分厚いコートに身を包んだ姿で、無愛想なほぼ無表情に近いまま式典会場に出向いたものの、それ以外は、ほとんど姿も見せず、また、ウクライナ問題では、大いに関心があるだろうに、少しも具体的な言動が伝わってこなかったように思う。ロシア寄りは、伝わってくる。そもそも、オリンピックと世界大戦になりかねない戦争が、ほぼ同時期に展開する。いわば、廻り舞台の表と裏。それぞれの影の主役は、中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領というのでは、配役と言い、舞台と言い、出来過ぎではないのか。

ニューヨークの国連安全保障理事会。25日午後になって、ロシア軍の即時撤退を求める決議案が採決された。常任理事国のロシアが拒否権を行使したため決議案は廃案になったが、中国は、ここで、インド、アラブ首長国連邦(UAE)とともに、棄権している。中国の張軍国連大使は「ロシアとウクライナが、交渉によってこの問題を解決することを支持する」と述べている。26日朝日新聞夕刊記事より、引用。

27日付朝日新聞朝刊記事(中国総局長 林望)より、以下引用。
「25日、プーチン大統領と電話会議をした習近平国家主席は、「各国の主権と領土の保全を尊重し、国連憲章の趣旨と原則を守る立場は変わらない」と強調した。(略)ロシアのウクライナ侵攻に至るまで、中国はロシアをいさめようとしなかった。25日の会談で「正義がどちらにあるかを見て中国は立場を決める」とした習氏の言葉にも、ロシアに配慮しつつ、一方でウクライナを見捨てたと非難されぬよう、慎重にポジションどりを図る中国の姿勢がにじむ。中国が国際社会の求める「大義」を犠牲にしてまでロシア寄りの立場を採るのは、米中対立の下での自国の戦略利益を優先するからだ。(略)力による現状変更を迫る両国(中ロー引用者注)の姿勢に、世界は底知れない不安を感じている」。

プーチンの対応いかんで、今後、ロシアや中国、あるいは、アメリカへの国際社会の対応は、変わってくるだろう。大国不信論。

★★ ロシア軍、遂にウクライナへ侵攻

この項目は、「クロニクル」として、20日から25日までの情報をマスメディア報道記事のデータベースとして記載したい。

2・20。 オリンピック閉幕後、米ロ首脳会談は、原則的に24日に開催するべし、という着地点を求めてフランスのマクロン大統領が外交努力を電話で続けていた。この時、奇妙なニュースが流れた。20日、ウクライナの北隣のベラルーシの国防省から発信された。「ベラルーシ領内で続けられていたロシアとの合同軍事演習後も両軍の活動を継続する」と発表したのだ。ロシアとベラルーシの合同軍事演習は、北京オリンピック開会式の10日に本格化し、閉会式の20日まで行われた。ロシア国防省は17日、演習終了後に部隊は通常通り拠点に戻ると発表していたのだ。一方、ロシアは、NATOに自らの要求が受け入れられなければ、「軍事技術的な手段で対応する」とも、警告していた。「軍事技術的な手段」とは、軍事介入のことらしい。新聞各紙、参照。

2・21。 ロシアのプーチン大統領は21日、ウクライナ東部の親ロシア派組織が自ら名乗る「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認する大統領令に署名した。プーチンは共和国を一方的に承認した、とマスメディアは、書いていた。

2・21。 ロシアのプーチン大統領がウクライナ東部の2地域の「独立」を一方的に認めたことについて、国連のグテーレス事務総長は21日、「ウクライナの領土保全と主権を侵害するものであり、国連憲章の原則に反していると考えている」とする声明を発表した。以上、朝日新聞22日付夕刊記事より引用。

2・22。 アメリカのバイデン大統領は22日、ウクライナ東部の親ロシア派支配地域の独立を承認し、進駐を決めたロシアの動きを「侵攻の始まりだ」と認定した。これにより、原則合意していた米ロ首脳協議の開催は白紙となった。以上、朝日新聞24日付朝刊記事より引用。

2・24。 ロシア軍は24日、ウクライナへの全面的な侵攻を開始した。同国政府などによると、首都キエフなど各地の軍事施設がミサイル攻撃や空爆を受けたほか、地上部隊も国境を越え、主要都市に迫っている。キエフでは銃撃戦も起きており、戦線はさらに拡大する可能性がある。以上、朝日新聞24日付朝刊記事より引用。 

★ これぞ、まさに「鬼の形相」

2・24。 ロシアのプーチン大統領は24日午前6時(モスクワ時間)、テレビ演説で、無表情に近い厳しい表情の中、武力行使で国境線を書き換えるというような独りよがりな態度で、威圧的な内容の言葉を言い重ねた。私には、この時のプーチンの顔が鬼の形相に見えた。狂気の鬼。これは、もはや、政治家の顔ではない。狂った鬼そのものではないか。プーチンを政治家の道から踏み外させたものは一体なんだろう。プーチンは、国際社会の対応を見て、もはや、この戦争からが、意地でも引けない、負けるわけにはいかないと決意しているのではないか。こういう重層構造の事変は、簡単には、分析できないだろうし、結論などもなかなかでないだろう。

例えば、2・24早朝のテレビ出演で演説した内容で、後に問題発言となるのは、以下のような発言である。

「ロシアは世界で最強の核保有国の一つであり、我が国への攻撃が侵略者に悲惨な結果をもたらすことは疑いがない」。25日付朝日新聞朝刊から引用。日本の被爆者団体を始め、各国からの批判の声が相次ぐが、プーチンは、その後も、継続的に核保有をチラつかせて、恫喝の発言を続けている。

2・25。毎日新聞デジタル版より、以下引用。
ロシア軍は24日、ウクライナの北部、東部、南部の3方向から攻勢を続けた。ロシア軍はすでに一部地域を支配下に置き、(1986年のー引用者注)事故処理が続く北部のチェルノブイリ原発も「奪取」(占拠だろうな、この場合。—引用者注)した。ウクライナ軍は各地で抵抗を続けており、首都キエフ近郊の飛行場では急襲したロシア軍とウクライナ軍との間で激しい戦闘になっている模様だ。

地元メディアなどによると、ロシア軍は北部ではベラルーシ、東部はロシア国境や親ロシア派の武装勢力支配地域、南部ではロシアが強制編入したクリミアや黒海沿岸からウクライナ領に侵攻した。ウクライナ保健当局によると、当初だけでも少なくとも57人が死亡し、169人が負傷した、という。

2・25。 新聞朝刊各紙。トップ記事。「ロシア、ウクライナ侵攻」の大見出しが、白抜き大文字で一面紙面の上部を黒々と染めた。ああ、政治家は機能していないのか。人類の愚行、極まれり。

まさか、ロシア軍の侵攻や戦争は、「格好」だけの軍事演習止まりで、実質的には、最後は、外交課題として、プーチン・バイデン双方の着地点を探る調整で今回は決着するのではと、私も想定していたが、懸念のシナリオ(2)、2月。ロシア軍ウクライナに侵攻は、現実のものとなってしまった。

3・1。 朝日新聞朝刊記事から、以下引用。「ロシア軍の戦略核を運用する部隊が戦闘準備に入った。プーチン大統領は27日に核戦力を含む抑止力を「特別態勢」に移すよう命じた。(略)核をめぐっては、ロシアの同盟国ベラルーシで27日、憲法改正の是非を問う国民投票があり、「国土の非核化」を削除した新しい憲法案が承認された。(略)NATO加盟国のポーランドやリトアニアと隣接するベラルーシにロシアの核ミサイルが配備されれば、欧米との緊張がさらに高まる可能性がある」。引用終わり。

ロシアのプーチン大統領の「核」発言は、「プーチンという冷血だが、計算高かった大統領を、もっと危険な大統領」(アメリカ共和党ルビオ上院議員)に変えてしまった、ようだ。これは、本論シリーズの後段部で「プーチンによる近代デモクラシーの破壊」というようなテーマでじっくり論じてみたいと思っている。

3・4。 狂気のプーチンが総指揮をするロシアが、とうとう、原発を標的にして、ウクライナ侵攻を始めてしまった、ということがはっきりしてきた。ウクライナ南東部のザポリージャ原発がロシア軍のミサイル攻撃の標的にされてしまったのだ。ほかの原発も、いずれ、標的にされるかもしれない。

「ロシア、ベラルーシなど」対「欧米(アメリカを軸としたNATO諸国)」による第3次世界大戦に発展せぬよう国際連合にとっても正念場となる。いま、この重篤な事態をいかにして避けるか。国際社会のコモンセンスに勝利あれ!

閑話休題:「不連続の連続」ともいうべき趣向の書き方で、時空を超えて再構築を試みるこの「大原雄の『流儀』」と題するコラムは、文脈を無視して10年前の、ウクライナに跳ぶ。

★★ 10年前の、ウクライナ(1)

一般社団法人日本ペンクラブの会員、特に理事有志で、ウクライナに行ったことがある。2012年4月のことである。前年の2011年3月に東京電力の福島原発が津波に襲われ、原子炉が破壊され、放射能汚染が東日本一帯を覆うという大事故が発生した後、ペンクラブとしては、いつもながらの「声明」を出すだけでは、文学や社会学などの分野で発言したり、書いたりする表現者として十分に活動できるのか、という中村敦夫さんの問題意識に共鳴する会員たちが、有志(往復の旅費や滞在費などは、すべて自前で負担する)の形で、四半世紀前(1986年)に発生した「チェルノブイリ事故」に学ぼう、というスタンスでウクライナに行くことになったのだ。

★★ 「廃都」チェルノブイリ

ウクライナのチェルノブイリで、原発の爆発事故が起きたのは、1986年4月26日の未明だった。当時、ウクライナは、旧ソヴィエト連邦の一つだったので、社会主義体制下で言論統制が敷かれる中、事故処理がなされた。住民に正しい情報が、迅速に伝えられず、初めて体験する原発事故ということで政権側の対処も適切に行われなかったことから、原発事故は被害を拡大し、長期に亘る甚大な健康被害をもたらすことになった。

特に、その後、幼児たちを中心に甲状腺に癌が発症した。当時、0歳から18歳の青少年たちが生育するに連れて癌患者が増え続け、2009年当時で、6,029人が甲状腺癌の手術を受けたという。

爆発事故は、土曜日の未明に起きているが、周辺住民には、火事としか伝えられず、暑い日だったこともあって、発生から翌日の避難告知までの1日半の間、つまり土曜日と日曜日の午前中、窓を開けたまま過ごしていた人も多く、被曝の度合いを余計深刻なものにした。

特に、チェルノブイリ原発から西へ3キロほどしか離れていない原発職員の家族が住む街、つまり、「炭坑住宅」ならぬ「原発住宅」の街・プリピャチ市は、1970年につくられた若い街であったが、原発事故発生の後、1日半で、皆、強制移住させられ、そのまま廃都となった。僅か、16年の命しかない街になってしまったのだ。私たちも、2012年の視察の際、廃都となったプリピャチ市内を彷徨する機会が与えられた。

当時のプリピャチ市の住民の平均年齢が、26歳という若い労働者の街だっただけに、ベランダから火災の様子を無防備な格好で見ていた若い妊婦もいたという。若い母親は、その後、様々な病気を発症し、生まれて来た子どもも胎内被曝をしていたことから、原発事故から4~6年経つと甲状腺が膨れ上がるなどの異常を示すようになった。単純にはいえないだろうが、フクシマも、今後、3年~5年後に、チェルノブイリの「4~6年後」と同じ時期を迎える。ウクライナの場合、強制的な移住の対象になった地域で胎内被曝をした子どもは、7歳児の健診では、ほとんどが健康ではなかった、つまり、病気や障害など何らかの「不健康」な状態であったという(ウクライナ・キエフの放射線医学研究所の専門家の話)。

★★ 原発から30キロ圏の検問所

2012年4月17日から23日まで、日本ペンクラブの視察団に加わった私はウクライナ各地を視察した。初めてのウクライナ訪問である。チェルノブイリ原発事故から四半世紀、25年以上が経過したことから、2011年からウクライナの行政機関の許可を得れば、原発の周辺地域に入場することが許されるようになったと知り、有志の発案で手続きをとることにしたのだ。
このうち、19日には、原発から30キロ圏の道路に設けられた検問所で許可証を貰い、住民が今も立ち退いたままとなっている被曝区域内に入った。パスポートをチェックし、写真と本人を確認し、許可証が交付される。チェルノブイリ国家委員会のメンバーが、車に同乗して来る。国家委員会のメンバーは、30キロ圏内の案内人も兼ねているという。彼は2日間、私たちを監視・規制をすることはほとんど無く、放射能汚染を軽減するための注意を呼びかけたほかは、可能な限り便宜を図ってくれたように思う。

30キロ圏の内側に入ると、まっすぐ原発に通じる道は、どこまでも直線の道路だ。その道路を疾駆する間、車窓から見える光景は、荒涼とした平野の向うに森は見えるものの山塊は一切見えず、東西南北が、ほとんどフラットな地形だということが判る。原発事故さえ起こらなければ、豊かな穀倉・酪農地帯であり続けたことだろう。山塊の島国である日本とは大違いの恵まれた土地だったことが知らされる。この地形では発電としては、水力は考えられず、原子力を除けば、火力か、風力か、ということなのだろうと思う。そういえば、キエフ便に乗り継ぐため、ウイーン空港に着陸する前、航空機の窓からは、多数の風力発電施設が見えた。ウクライナは、風力発電は、どうなっているのか。

さらに核心の原発に向けて車は進む。道路は、ひたすらまっすぐ伸びている。荒れ果てた農地、雑木林、廃村を幾つも通過する。雨が降り出した。時折、車窓を叩き付けるように強く降る。スコールのようだ。ウクライナでは、4月の、この時期に、雨は、スコールのような激しい降り方をするのだろうか。時折、雷鳴も聞こえる。ウクライナの雨は、止んだと思ったら、また、降り出す。

雨が小振りになった頃、原発から17キロ離れたチェルノブイリ市の中心街に車が近づいて来た。雑木林に中に平屋の住宅が立ち並ぶ。いずれも、廃屋だろうか。中高層の建物は、公共の建物のような感じだ。中高層の住宅もある。ロシア正教の教会や墓地があった。教会前で、ペンクラブの一行は車を降りる。チェルノブイリ国家委員会のメンバーからは、舗装されている道以外は、歩かないで欲しい、落ち葉や草は、出来るだけ踏まないように、特に、苔は、放射能汚染が酷いので、踏まないで、などという注意を受ける。教会の中に入る。教会の世話をしているらしい婦人の姿がある。復活祭の季節。ウクライナの人たちは、本来なら、墓参りにくるという。私たちも、よそ者ながら、教会内の祭壇でローソクを捧げる。頭に火をつけたローソクの底を火で温め、ローソク立てに立ち易いようにする。

「頭」(権力者)に火をつけろ!「底」(国民)を火で温めろ!
私は、どこかの時空で囁いている。
10年前のリアルが、10年後の仮想と私の脳内でクロスする。

車で移動した先の中心街には、事故の記憶を風化させないために記念公園が作られていた。公園には、原発事故で被災し廃村とされたウクライナの168の市町村の名前を書いた札が公園内の道路の両側に並べられている。公園内には、いくつかのモニュメントも建てられている。ヒロシマを象徴する折り鶴の像があった。その近くに「ヒロシマ」とアルファベットでくり抜かれた金属板を打ち込んだ岩のモニュメントがあった。それと対をなすように位置に「フクシマ」とアルファベットでくり抜かれた金属板を打ち込んだ岩のモニュメントもあった。去年(2011年)3月の福島の原発事故以後に、作られたという。

公園内を歩いている途中で、雨が激しく降り始める。雨は、この後も、降ったり止んだりしていた。この雨に放射能は、どのくらい溶け込んでいるのか不安になった。この後、今夜泊まることになる宿舎(非常事態省管理のプレハブの建物)を下見した。すでにこの宿舎を使っている人の部屋の前には、ビニールを敷いた上に靴が置かれている。放射能汚染された靴を部屋に持ち込まないためだという。再び、私たち一行は車に乗り込み、移動する。午後1時、原発で働く作業員たちの食堂で、昼食を戴く。宿舎も食堂も、記念公園を囲むように配置されている。粗末なテーブルが設えられた食堂のメニューは、ハムなど保存食と黒パンなどだった。

★★ 2012年4月19日午後1時55分

午後2時前、10キロ圏の検問所も通り、さらに、原発の敷地に近づく。簡単なチェックで、私たち一行は通過が許可された。これから20日までの2日間に亘って、圏内に止まり、見るべきものを見る予定だ。チェルノブイリの10キロ圏内には、今も廃炉関連作業で多くの人が働いている。放射線被曝量を管理するため、毎日、交替で滞在し、作業に当たっている。関連の作業まで含めれば、チェルノブイリ市内には、当時、3,000人が、滞在している、ということであった。

★ 原発敷地内に入る

いよいよ、チェルノブイリ原発の敷地内に入る。門も無く、道路を曲がったら、「ここから原発敷地内」と車に同乗している案内人の言葉を通訳が、淡々と伝える。事故を起こした4号炉も間近で見て来た。チェルノブイリの原発は、プリピチャ川沿いに1号炉、2号炉、3号炉、4号炉と、4基ある。巨大な盃を伏せたような構造物は、原発を冷やす冷却棟だという。中でも、4号炉が、26年前に「レベル7」の事故を起こした原発で、そのまま廃炉となっている。もちろん、1号炉、2号炉、3号炉も、使われていない。事故当時建設中で、完成まで、9割方の出来だった5号炉、6号炉も、未完成のまま、廃炉にされた。
雨は小振りになってきたが、まだ、降っていた。建設当時に使われていた大型クレーンも、雨ざらしで放置されたままだ。放射能汚染されているからだろう。チェルノブイリ原発・廃炉の前を流れるプリピチャ川には、原発の発熱で温められた温水のせいか、巨大なウナギが棲んでいる、と案内人は教えてくれた。
事故以来20数年経って、廃炉は完了しているのかと思ったが、まだ、作業中だった。廃炉の行程は、一筋縄では、簡単にいかない、ということだ。

★★ 廃炉管理の難しさ

26年前に発生したチェルノブイリの原発事故の現場は、廃炉になっても、原子炉の中にある高熱で溶けた核燃料物質を取り除き、安全な場所に保管するというような措置をとらない限り、事故処理が終わったとはいえない。チェルノブイリは、まだ、事故処理が、現在進行形であった。事故を起こした4号炉をコンクリートの「石棺」で固めたものの、20数年経って、コンクリートの劣化とともに、ひび割れや崩落が始まっている。廃炉の手順も、未だ進行中で、いつ対応策が完了するのか、先行きも見えていないというのが実情だった。

私たちは、事故を起こした4号炉の200メートルのところまで近づいた。大気中の放射線量を測ると、4~5マイクロシーベルトという数字が、表示された。老朽化した石棺の近くでは、石棺の上を新たに覆うためのシェルターづくりが始まっていた。シェルターは、鉄骨を組み立て、この骨組みにパネルを組み合わせて、カマボコ型にするという。高さ105メートル、幅257メートル。4号炉に隣接する敷地でレールに載せたまま組み立て、完成後は、台車のようにレールの上を移動させて、4号炉に被せようという工事だ。このシェルターの耐用年数は、100年という。シェルターの完成は、3年後の2015年を予定している。実際には、2016年に完成した、という。2022年の確認。

ロシアの民芸品の人形で、「マトリョーシカ」がある。人形の中に、段々小さくなる相似形の人形がいくつも入っている。つまり、入れ子構造になっている「だるま」のようなかたちをした人形だ。「マトリョーシカ」という女性の名前で判るように女性をかたどったものが多い。原発の廃炉も、逆の入れ子構造にならざるを得ないのかもしれない。建設を始めたシェルターも、いずれは、今の石棺同様に老朽化してくれば、また、その上に新たなシェルターを被せなければならないかもしれない。キリが無い作業をチェルノブイリは、永遠に強いられているのかもしれない。それが原発に頼る際に私たち人類の覚悟かもしれない。

当時、2012年4月27日の朝日新聞によると、ウクライナ当局は、4号炉の解体は、さらに5年後の2020年からの予定で、約10年かけて解体を終える計画だという。メルトダウンし高熱で溶けた核燃料物質が固まって出来た「ゾウの足」と呼ばれる物質の取り出しは、今から30年後を目処に着手するという。原子炉から「ゾウの足」の摘出が完了するのは、さらに60年ほどかかるという。総工費は、約1,620億円。当初想定の2倍近いという。この辺りの数字は、その後もだいぶ変わってきたかもしれない。しかし、残念ながらフリーのジャーナリストが、ロシアに戦争を仕掛けられた中で、ウクライナの当局に、その辺りの「数字」の問題を詰めて聞けるような状況ではないことぐらいわきまえている。多分遅れているのだろう。

チェルノブイリ原発では、先にも触れたように、未完成の5号炉、6号炉を含めてすべて廃炉にされた。その経済的損失は、いかほどなりや。今後も見込まれる必要経費は、いかほどなりや。

★★ ロシア軍、チェルノブイリ原発・廃炉を「占拠・接収」

チェルノブイリの、その廃炉原発が、今回(2022年2月)のロシア軍のウクライナ侵攻で、ロシアに占拠され早々と強制接収されてしまった。廃炉ではあっても、見方を変えて核燃料、核兵器としてみれば、チェルノブイリの廃炉原発は、危険な「核兵器」である。

そう言えば、今回のウクライナ侵攻関連ニュースの中で、次のような記事を見つけた。25日付朝日新聞夕刊記事から引用。

「ウクライナ大統領府は24日、1986年に爆発事故を起こしたウクライナのチェルノブイリ原発がロシア軍に占拠されたと明らかにした。ベラルーシから侵攻したロシア軍の攻撃を受け、原発を警備するウクライナの部隊が応戦したが制圧されたという。職員が人質に取られているという情報もある。

ウクライナのウニアン通信によると、大統領府のポドリャク顧問は、「激しい戦闘の後、我々は発電所の支配を失った。(事故のあった原子炉を覆う)シェルターや核燃料の保管庫の状況は不明だ」と説明。「原発が安全かどうか断言できない。現在のヨーロッパに対する最も深刻な脅威の一つだ」と述べた、と言う。ロシアのプーチン大統領は、24日(モスクワ時間)の早朝から行なったテレビ放送で、「ロシアは核保有国」だぞ、と恐喝まがいの科白をまきちらしていて、これについては、国際社会から厳しい批判にさらされているが、意に介していないようだ。「核」発言は、エスカレートしているようだ。

チェルノブイリ原発は、ウクライナの首都キエフから北に約100キロの、隣国でロシアの同盟国であるベラルーシとの国境近くにある。意外と首都に近い立地である。1986年の事故で大量の放射性物質が放出され、原発は廃炉となった。廃炉になっても放射性物質を放出させ続けるので、炉心や建屋を覆うシェルターが作られることになり、2012年、私たちが訪れた時はシェルター工事が始まったばかりであった。当時は、2015年の完成が見込まれているという話だったが、1年遅れで2016年に完成した、という。しかし、いつまでシェルターとして有効性(100年というが)が保たれるだろうか。原子力規制との闘いは、人類にとって新型コロナウイルスなど感染症との闘いに似ている。「100年戦争」の覚悟。

また、戦争による制圧の際、原発の職員(安全運転監視要員かもしれない)が、ロシア軍の人質になっているという情報もあった。職員共々、兵器としての原発が悪用されないことを祈る。火災にならなくて、良かったが、戦争終結が待たれる。 (次号に、続く)(22.3.9記)

 (ジャーナリスト(元NHK社会部記者))

(2022.3.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ?直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧