【コラム】
宗教・民族から見た同時代世界

ミャンマーは真の連邦国家に脱皮か悲惨な内戦かの岐路に

荒木 重雄

 国軍統治に抵抗する民主化勢力が4月半ば、「統一政府(NUG)」の樹立を宣言した。クーデターで権利を奪われた国民民主連盟(NLD)の当選議員らで組織し、民主派側の臨時政府的な役割を果たしていた「連邦議会代表委員会(CRPH)」に、少数民族組織が合流したのだ。
 軍に拘束されているアウンサンスーチー氏とウィンミン氏はそのまま国家顧問と大統領に留任とし、副大統領には少数民族カチン、首相には同じく少数民族カレンの出身者が就き、閣僚にはチンなど他の少数民族出身者も加わっている。

 これは、ミャンマーの歴史としてはまさに画期的なことだ。国軍は「統一政府」を非合法組織とし「閣僚」の逮捕を図るなど、この先の展開は見通せないが、最近までの状況は、是非とも記憶にとどめておきたい。

  ◆ コスプレ・デモが殺戮へ暗転

 2月1日のクーデター以来、国軍統治に反対する市民のデモや集会が、ときには百万人を超える規模で、連日、全国各地で展開され、公務員や銀行員、医療関係者、公共交通機関労働者などによる「不服従運動」も全土で広がりをみせていた。

 運動の中心がZ世代とよばれる若者だったことから、初期には戦術も独創的で、ウェディングドレスのコスプレ・デモで内外の関心を惹いたり、民族衣装の女性のロンジー(腰布)の下を男性が通ると運気が下がるというミャンマーの言い伝えを利用して、路上に無数のロンジーを吊り下げて治安部隊の攻撃を牽制したり、と、ほほえましくさえあったが、やがて状況は一変する。
 はじめは放水や催涙弾で抑え込みを図っていた治安部隊が、日を追うにつれ、ゴム弾から実弾射撃に変わり、治安部隊の構成も警官から国軍兵士に入れ替わって、逃げ道を塞いで包囲したデモ隊に、着弾後に炸裂する小銃擲弾や迫撃砲まで浴びせるようになった。一日の犠牲者が百人を超える日もでてくる。

 銃撃されて動けなくなった市民を炎の中に放り込む。バイクですれ違う丸腰の若者らに一斉射撃を浴びせる。路上に坐らせた無抵抗の市民を銃床で殴りつけ遺体を引きずって運ぶ。SNSに託された残虐な映像を私たちはどれほど見せられたことか。
 パゴダ(仏塔)の入り口に遺体が積み上げられ、中には負傷者も混じっていて呻き声が聞こえ、僧侶や住民が負傷者の治療を申し出たが、治療も遺体の引き取りも認められなかった、という新聞報道もあった。

 効果的な国際社会の介入や支援が望めない中、凶暴化する国軍の弾圧を前に、市民に残された選択肢は三つであった。何もしないで国軍の支配を受け入れる、を除けば、ほとんど無意味と解りつつもこれまでどおり平和的な抗議行動とゼネストを続けるか、それとも、武器を執って戦うか、である。

  ◆ 振り出しへ戻った民族紛争

 ミャンマーには約7割を占める仏教徒ビルマ人と、約3割の、精霊崇拝に加えて仏教、キリスト教、イスラム教などを信奉する約135(主要には約20)の少数民族が居住するが、英国の植民地統治と、占領を企てた旧日本軍の介入に煽られて、対立を深めた両者(35号の本コラム参照https://bit.ly/33VU1DX)の統合が、1948年のビルマ(ミャンマー)独立に際しての最大の課題であった。
 独立を率いたアウンサン(スーチー氏の父)は少数民族の居住地別州編成と州の分離独立権を定めて連邦結成に力を注いだが、独立を前に反対派の凶弾に斃れると、主要少数民族がビルマ族との平等や自治権拡大を求めて武力闘争を開始し、仏教徒ビルマ人を主とする政府=国軍と内戦状態に入った。

 一時は、政府は首都ラングーン(現ヤンゴン)を守るのみにまで少数民族軍に押されたが、やがて国軍が巻き返し、以来、圧倒的な軍事力で国軍が少数民族を徹底的に抑え込むという構図が続いてきた。
 少数民族住民への強制労働、人間の盾や人間地雷探知(国軍兵士の前を歩かせて地雷を踏めば爆死で地雷除去)や性暴力も日常化していた。

 半世紀に及ぶ軍事独裁を経た2011年の民政移管の後、武装組織を擁する約20の主要少数民族のうち10組織が政府と停戦協定を結んだが、2月の国軍クーデター後、市民への弾圧が烈しさを増すと、「カレン民族同盟(KNU)」、「カチン独立軍(KIA)」など主要少数民族組織が市民の弾圧を批判し、止めなければ市民の側に立つと警告。自軍の兵士で抗議デモを護衛したりして、国軍との緊張が高まった。すると国軍は突如、カレンやカチンの村々を空爆する暴挙に出て、多数の死傷者だし、地上での戦闘も再開された。

 こうした状況を受け、シャン、チン、アラカンなど他の主要少数民族の軍事組織もカレン、カチンと連携して「統一政府」の下で「連邦軍」を構成し、国軍に対抗する構想がうまれた。
 ミャンマーの民族紛争は独立当初の振り出しに戻ったのである。

  ◆ 真の連邦が誕生か、大破局か

 もはや武器を執るしかないと思い詰めた若者たちには少数民族地域で軍事訓練を受ける者もでてきた。多数派ゆえの安穏を享受していた仏教徒ビルマ人の若者の多くは、これまで、なぜ少数民族が戦うかには無関心で、少数民族を危険な存在と見做していたが、自分たちが国軍の残虐な弾圧を体験したことではじめて少数民族の立場を理解し、共感もうまれた。
 迫害を受けるイスラム系少数民族ロヒンギャに、これまで差別感をもって嫌悪し、虐殺を知りながら声を上げることもしなかったことを公的に謝罪した大学自治会もある。

 こうした仏教徒ビルマ人の思いに支えられて少数民族が対等な立場で参加するなら、アウンサンが志して果たせなかった真の連邦国家が実現するのだろう。
 だが、楽観は許されない。少数民族側の多数派ビルマ人への不信感や、各少数民族間の利害の齟齬は想像以上に根深いし、国軍と「連邦軍」が本格的な内戦となった場合、両者の火力、戦闘能力はあまりにも違う。

 国軍に抵抗する市民の側の要求が、「クーデター前への原状回復」から「軍勢力の一掃」に次元が移り変わったいま、今後の社会の分断とそれがもたらす破壊は、修復不能なまでに深刻になる危険性を孕んでいる。

 デモで斃れたミャンマーの若者たちの怒りを胸に、これを記す。

 (元桜美林大学教授・『オルタ広場』編集委員)
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