【コラム】宗教・民族から見た同時代世界
ミャンマー特殊詐欺拠点を摘発した「国境警備隊」とは何か?
激震に襲われたミャンマーにお見舞いを申し上げる。内戦下の救援の遅れに憂慮を禁じ得ない。が、これは、その少し前の話である。
タイと国境を接するミャンマー・カレン州の一画で、日本人も含む、中国、東南アジア各国やアフリカの一部の国の人たち1万人以上が監禁され、特殊詐欺に従事させられていた犯罪拠点が摘発されて、解放された人々が故国に送還されたという、驚くべきニュースが伝わったのは、今年2月から3月にかけてのことであった。
摘発と解放された人々の保護、送還に携わった立役者は、「カレン国境警備隊」であるという。
聞き慣れない名前だが、「国境警備」といえば、当然、国の役割であろう。民主派や少数民族の武装勢力との戦闘で劣勢に立たされていると伝えられるミャンマー国軍に、そんな余裕があるのか? まず浮かんだ疑問である。
詳細に見ると、それが、地元を実効支配する少数民族武装組織であるとわかる。少数民族武装組織が国境警備? 一体これはどんな組織? 疑問が深まる。
「カレン国境警備隊」が管轄する南側の地域で摘発、送還に携わった「民主カレン慈善軍」という組織もある。これも聞き慣れない組織である。
じつは、何故か、メディアがほとんど報じていない事実がある。この一連の事態を動かしている本体は、「民主カレン仏教徒軍」である。
◆同胞民族を裏切って登場
ミャンマーでは、人口の約7割の仏教徒ビルマ族が、国の中央に広がる平野部を占め、周りを囲む山地には135を数える少数民族が、精霊崇拝に加えて仏教、キリスト教、イスラム教などを信奉して居住している。
この地域を植民地支配していた英国が、お家芸の「分断支配」で民族別・宗教別の統治をした影響もあって、独立後、多数派ビルマ族による政府と各少数民族との間で、自治権や利害をめぐる深刻な対立が起こり、20を数える主要な少数民族が、武装組織を備えて、政府軍との間で戦闘を繰り返してきた。
ミャンマー東部の少数民族地域、カレン州を拠点とする「カレン民族同盟(KNU)」及びその軍事部門「カレン民族解放軍(KNLA)」は、そうした反政府勢力を代表する有力な少数民族組織であり、その根拠地マネプローは、各地の少数民族武装勢力も集い、官憲に追われた民主化運動の活動家も逃れてくる抵抗のセンターとなっていた。
ところが、1994年、突如出現した武装組織が、マネプローを攻撃し、陥落させた。この組織が、他ならぬ「民主カレン仏教徒軍(DKBA)」である。同じカレン族ながら、キリスト教の影響が強い「カレン民族同盟」に不満を溜め込んだ仏教徒カレン族に、軍事政権が手を回して結成させた組織であった。
◆「国境警備隊」に変身して荒稼ぎ
2010年、当時の政府は、各地の少数民族武装勢力を懐柔すべく、「国境警備隊」として国軍傘下に編入することを画策した。誘いに乗った武装組織は多くはなかったが、「民主カレン仏教徒軍」は乗った。そして衣替えしたのが、このたびの特殊詐欺拠点摘発で活躍したとされる、「カレン国境警備隊(BGF)」である。
また、このとき軍門に下ることを肯んじない「仏教徒軍」内の一派が分立したのが、先に述べた「民主カレン慈善軍(DKBA5)」である。
タイ国境地帯を実効支配した「仏教徒軍」改め「カレン国境警備隊」は、なんと、中国系マフィアと、手を結んだ。「国境警備隊」の庇護のもと、実業家を装う犯罪集団が、この地に、中国「一帯一路」プロジェクトの一環と称して、空港やホテルなどを備えた国際都市開発と豪語する大規模開発をはじめたのだ。
計画を怪しんだ、アウンサンスーチー氏率いる民主政権は、20年に開発を凍結したが、翌年のクーデターで軍事政権が復活すると、開発が再開。建設された施設は、中国人を相手にした違法オンライン・カジノ業者などに貸し出されていたが、そこに、取り締まりが厳しくなったフィリピンやカンボジアから移ってきた、さらに多くの犯罪組織が流入し、特殊詐欺の拠点に膨らんでいった。
これが、メディアで話題となった犯罪拠点、「シュエコッコ」や「KKパーク」の実態だか、これらの地域を「保護・管理」する「国境警備隊」は、そこでの犯罪行為が生みだす年間2億ドル超のアガリの半分近くを手に入れ、また、その中からかなりの金額をミャンマー国軍に流していたといわれている。
◆変わり身こそが生き延び術
ところがこの2月、中国やタイからの圧力に屈した「国境警備隊」は、一転して、犯罪拠点の摘発に廻った。中国では、特殊詐欺の被害が社会問題になっていたが、そこに1月、それなりに名が売れていた中国人俳優が、タイからミャンマーに連れ去られて詐欺行為に加担させられた事件が起こって、一気に人々の関心が高まり、習近平政権を衝き動かした。タイ当局も、観光客の激減に慌てて腰を上げた。というのが背景である。
監禁されていた数千人を救出、解放し、俄かに「正義の実行者」ぶって見せた「カレン国境警備隊」だが、じつは、摘発は陽動作戦で、犯罪組織と連れ去られた残りの者たちは、すでに他の地域に移動して、新たな拠点が造られているとの噂もある。
そもそも、裏切りや、変わり身が、この組織の「生き延びる術」であろう。同胞組織「カレン民族同盟」を裏切って誕生した「仏教徒軍」が、国軍傘下で「国境警備隊」に変じ、マフィアや国軍とも巧妙に立ち回りながら、そして、今、これもメディアでは報じられていないが、劣勢の国軍を見限って、国軍とは別の顔を装う「カレン民族軍(KNA)」に、再度の衣替えを図っている。
ソー・チットゥ大佐と称する男が一連の動きの中心人物だが、彼とその集団の行動原理は、「戦国時代を生きる地方軍閥」と見るのが、解りやすかろう。
(2025.4.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ/掲載号トップ/直前のページへ戻る/ページのトップ/バックナンバー/ 執筆者一覧