【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

価値観による分断が深刻化する米国で中間選挙が示したもの

荒木 重雄

 「赤い波(赤をシンボルカラーとする共和党のブーム)は起きなかった!」。11月8日の米中間選挙の結果が見えてきたバイデン大統領の、安堵の第一声であった。物価高が国民生活を圧迫しているなかで、共和党が上下両院を奪還すると予想された選挙だったが、人工妊娠中絶問題を味方につけた与党・民主党がなんとか踏みとどまった。
 選挙自体はすでに旧聞に属するが、価値観を争う文化戦争とも呼ばれたその背景を、明日を占う意味で振り返っておきたい。

◆妊娠中絶問題で国論が二分
 
 米連邦最高裁が6月、人工妊娠中絶を憲法が保障する権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド」判決を覆し、規制を各州の判断に委ねた。これを受けて、ただちに、10を超える州が、違反すれば犯罪に問うかたちで中絶を完全に禁止した。レイプ、貧困、望まぬ妊娠はさまざまあろう。やむなく中絶を選択する女性は、禁止していない州に越境して処置を求めねばならない。それも叶わず痛恨の出産をする女性もふえる。
 
 この判決を下したのは、トランプ前政権の人事によって「保守派6人対リベラル派3人」と保守派が強化された最高裁である。人口妊娠中絶は「受胎」を生命の始まりとする聖書の教えに叛くとする、米国に多い福音派などキリスト教保守派の長年の主張に応えた。
 
 それに対して、「自分の身体のことは自分で決める。政府に支配はさせない」と立ち上がった女性たちに、これを女性の自己決定権にとどまらぬ人権の制限の一歩と危機感を抱いた若者層が呼応して、「民主主義の回復」を訴える民主党を底支えしたのが、このたびの中間選挙の趨勢であった。
 
 若者たちの危惧は杞憂ではない。保守化した最高裁はすでに、銃を持ち歩く権利を制限するニューヨーク州法を違憲とする判断を下し、また、警察官が容疑者を逮捕や尋問する際に黙秘権や弁護士同席の権利を告げる「ミランダ警告」を怠っても賠償責任を問われない判断を下した。
 
 注目されているのが、現在多くの大学で実施されている、黒人やヒスパニック系など社会的弱者に配慮した入学者選定を違憲とする訴訟への対応である。60年代の公民権運動のなかでうまれた「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」と呼ばれるこの制度を違憲と否定すれば、その影響は、人種や入学にとどまらず、女性や外国籍、LGBTQ(性的少数者)の雇用など広範囲に及んでこよう。
 
 そして、最高裁保守派の次なる狙いは、同性婚と、その社会的諸権利を保証した2015年の「オヴァーゲフェル対ホッジス」判決の見直しだという。同性婚は、結婚を一人の男性と一人の女性によるとする聖書の教えに反するというのである。

◆国家主義と信仰が結びつき 

 このような、多様性や寛容を拒否する保守的な政治思想や政策と結びついたキリスト教信仰を、クリスチャン・ナショナリズムと呼んでいる。米国では近年それが顕著になっている。
 名前は省略するが、以下はみな、共和党の有力政治家が吐いた言葉である。「政教分離はうんざりだ」「米国人は神にのみひざまずく」「教会が政府に指示すべきである」。

 福音派に代表されるキリスト教保守派とは、聖書の記述をすべてそのまま信じることを旨とし、それゆえ、進化論や社会科学的な世界観に反対し、同性婚や妊娠中絶を忌避する伝統的な家族観・社会観を保つ、総じて白人優位と自由主義の信奉者だが、「米国は神を讃えるキリスト教の国」と宣言し、その価値を政策の隅々にまで反映させよと主張するのがクリスチャン・ナショナリズムである。米ベイラー大学の調査では、そのコアな信奉者は米国の人口の約20%だが、支持者・同調者を加えると50%を超えるという。

 「イエスは我らが救い主、トランプは我らが大統領」「米国に神の恵みを」「米国を再び偉大に、神聖に」などのメッセージを記したプラカードや小旗が揺れた2021年1月の連邦議会襲撃事件が、その顕著な発現であり、またその後の高まりを鼓舞したといわれるところに、クリスチャン・ナショナリズムの性格や赴く先は明らかであろう。

 中間選挙を挟んで価値観や政治理念の分断・断絶がいっそう深まる米国では、いま、「内戦」という言葉さえ囁かれている。カリフォルニア大サンディエゴ校の政治学者バーバラ・ウォルター氏の著書『How Civil Wars Start(内戦はどう始まるか)』が大きな反響を呼び、調査会社ユーガブが9月に実施した世論調査では、10年以内に米国で内戦が起きる可能性を問うと、「非常にあり得る」が14%、「いくらかはあり得る」を加えると43%に達した。とくに、「強固な共和党支持」を表明する回答者のなかでは、「内戦はあり得る」という答えは54%にのぼった。

 その内戦は、かつての南北戦争のような統率された軍の戦闘ではなく、緩くつながった民兵組織どうしが互いに争ったり、政府機関や政治指導者にテロ攻撃やゲリラ戦を仕掛けるものになろうと、ウォルター氏らはいう。

 「内戦」にまでは至らぬにせよ、急激な産業の変化や人口動態を背景に、利益を得る者と、置き去りにされ疎外される者たちとが峻別され、価値観やアイデンティティーを掲げて反目しあう状況。しかも、政治リーダーが臆面もなく虚偽を語り、見ているニュースが人によって異なる情報環境が一般化する趨勢のなかで、分断社会はどこに向かうのか、私たちも、眼を凝らさなければなるまい。

(2022.12.20)
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