【オルタの視点】
南シナ海の米中対立など議論
—武漢大の領土シンポジウム—
南シナ海の南沙諸島(スプラトリー)で中国が進める岩礁埋め立てに対し、米国イージス駆逐艦ラッセンが10月27日、人工島の12カイリ(22キロ)に入った。日本メディアや識者の中には「一触即発」、「高まる米中軍事衝突の危機」(岡崎研究所)など、米中の軍事緊張が一気に高まったかのような論調が目立った。ちょうど直前の10月25、26の両日、中国・武漢大学で「戦後の国際新秩序と領土、海洋紛争」と題した国際シンポジウム(写真1)が開かれ、日本、韓国、台湾 米、英、独、ロシアなど海外識者を含め、約100名の学者、識者が参加した。筆者も参加したこのシンポで、刺激を受けた幾つかの論文を紹介したい。
(写真1 シンポジウム開幕式)
◆外務省、解放軍が後援
シンポジウムは中国外交部、解放軍、国家海洋局など「オール・チャイナ」が後援した。その目的を解釈すると、尖閣諸島と南沙諸島をめぐる領有権紛争で「国際法の順守」を迫る日米に対し、中国は戦後の新国際秩序の枠組みを決定した各種宣言と条約を順守していることを明らかにし、主張の正当性を強調することにあったようだ。
尖閣諸島(釣魚島)については、既に出し尽くされている論点が多かった。一方ホット・イシューの南沙諸島(スプラトリー)問題では、米中対立の背景をえぐるレーポートに加え、戦後の東アジア秩序を決定した「サンフランシスコ体制」から領土紛争を位置付ける報告が相次いだ。さらに台湾の学者が、中国の埋め立ては、日本の沖ノ鳥島の「埋め立て」に見習ったと指摘しながら、中国の埋め立てが国際法に依拠していることを強調。中国は南沙でレーダー網やミサイルを配備し「軍事拠点化」を進め、米国に対抗するよう提言したことが目を引いた。今後の中国の出方を占う上で参考になるだろう。
◆米国、中立から介入へ
米軍艦船の南沙派遣は、大国化する中国をけん制して西太平洋での「覇権」を維持するための「先制攻撃」という点で、多くの中国識者の主張は一致した。中国政法大「中国周辺安全研究センター」の劉長敏教授(写真2)は、米国は2000年まで南沙問題について「中立」と「不介入」の立場を貫いてきたが、21世紀に入って「介入」へと立場を変化させたことに着目した。劉教授の主張を要約しよう。
(写真2 劉長敏教授)
中国は1992年、「領海法」で尖閣および南沙の中国領有を宣言した。日本外務省はこの中国の方針を「現状維持の変更」と非難し、一時日中の外交問題に発展した。一方、米国は「これは中国の長期的立場であり、米国は南沙に対し特別の責任を負わない」と不介入の立場を表明するのである。
米国の立場に変化が表れるのは1995年。フィリピンが実効支配していたミスチーフ礁(中国名: 美済礁)で、中国が建造物を構築したことをフィリピン政府が公表(1995年2月)してから。米国務省は同年5月2日に発表した声明で(1)武力による領土問題の解決に反対(2)米国はアジア太平洋地域における平和と安定の維持に変わらない利益を保持(3)航行の自由の維持と国際法上の海上行動の自由は米国の利益—など5項目の基本原則を示した。
◆主導権維持のため緊張煽る
さらに2009年から米国政府は南シナ海政策全体の見直しを進めた。2010年7月23日、ヒラリー・クリントン米国務長官は第17回ASEANアジア地域フォーラム(ARF)閣僚会議で、航行の自由と米国の国益について演説。「米国は航行の自由と南シナ海での国際法の順守について国益を有している」と述べた。劉教授はこれを契機に、米国がこれまでの中立の立場に基づく「オブザーバー」の立場から「干渉者」に変え、「南シナ海問題が米中駆け引きの焦点」と位置付けた。
その背景として劉は(1)オバマ政権のアジア太平洋地域でのリバランス政策(2)南沙諸島の領有権を主張するフィリピン、ベトナムなどASEAN加盟国と中国との対立激化—を挙げ、「南シナ海問題は中米間の主要争点となった」と位置付けた。「結論」として、米国の南シナ海戦略は「西太平洋地域での覇権戦略に基づいている。中国は理性的な分析に基づき、正確な政策選択に努めるべき」と主張。
具体的には(1)中国の現有勢力、規模、実力から判断すれば、中国に対抗するASEAN諸国の牽制は成功しない(2)米国の戦略目標は、単に中国をけん制するだけでなく、部外者として排除されることを防ぎ、地域の問題への主導権を確保することにある—とした。このため、米国の牽制は、制限されたものにとどまり「適度に緊張を煽りながら、コントロールは失わず、レッドラインを越えず中国と直接の大規模軍事衝突を避けることにある」としている。
劉の分析と米中関係への見方は、中国政府特に外交部の主流見解と受けとめてよい。米駆逐艦の進入を「高まる米中軍事衝突の危機」とみるのは過剰反応である。いつもの「オオカミ少年」の叫びと言ってもよい。米側の意図は、オバマ政権が来年の大統領選挙をにらみ「対中弱腰」という批判を交わし、地域の主導権を確保するためのけん制である。
それは国務省のカービン報道官が27日の会見で、駆逐艦が台湾の実効支配する太平島やベトナムが領有権を主張する岩礁の12カイリを航行したことを明らかにするとともに「(米中)両国は引き続き関係を深める」と、抑制姿勢を強調したことにも表れている。米国の軍事行動が「疑似緊張」を作ることにあるという視点は忘れるべきではない。日本メディアの過剰反応は、無知に基づく「ナイーブぶり」の表れか、中国脅威論を煽るためと考えるほかはない。
◆「サンフランシスコ体制」に淵源
シンポには日本から矢吹晋・横浜市立大名誉教授、川村範行・名古屋外大特任教授、評論家の本澤二郎氏と筆者の4人が参加。またカナダ・ウォータールー大の日本人研究者、原貴美恵教授(写真3)は、「サンフランシスコ体制とその影響」と題し、戦後の東アジア政治と安全保障、領土紛争の背景を詳述した。北方領土、竹島、尖閣、南沙諸島の領土主権問題が「全て旧大日本帝国の領土処理から派生した」と、日本にかかわる歴史的経緯を説明。その上で、これらの領土問題と台湾問題は、戦後の冷戦期に「対中封じ込め」の楔として位置づけられると述べている。
(写真3 原貴美恵教授)
具体的には、台湾を含め南沙、西沙諸島の帰属について米国務省は中国帰属を検討していたのに、冷戦が始まった時点で起草されたサンフランシスコ条約の条文では「どれ一つとして共産化した中国の手に渡さない」ために、帰属先を明示しなかったと分析する。原は「サンフランシスコ体制」について、米国の軍事的プレゼンスと圧倒的影響力を保証する一方、「東アジアの国々や人々のあいだに幾つもの亀裂を残し、対立構造が続くという代償を伴うものであった」と解説する。領土の帰属をめぐりアジア諸国同士が争い、米国は「調停者」として振る舞い続ける現在の構図にとって、貴重な視座を与える内容だった。
◆国際法違反ではない
次に紹介するのは、台湾からの参加者で台湾政治大学の趙国材教授(写真4)の報告。趙は今回の米軍事行動は、中国の主張を軍事行動で否定すべきという米国防総省の提言に、9月までは否定的だったオバマ大統領が屈したことを意味すると位置づけた。趙は、これをトルーマン元大統領がかつて言った「砲艦外交」だと指摘、「大国が小国を脅迫する手段」であり「国際法違反」と批判した。さらに「両岸人民は国家の領土と主権、海洋権益を守る責任と義務がある」と、南沙問題で「両岸共闘」を主張するのである。台湾の主流見解ではないが、刺激的な発言に満ちた発言要旨を紹介する。
(写真4 趙国材教授)
まずは事実関係から。習近平中国国家主席は9月22−25日の米中首脳会談で、埋め立て岩礁について「軍事拠点化する意思はない」と言明。習に同行した中国外交部の欧陽玉靖・国境・海洋事務局長も、埋め立ての目的について「地域の緊張を引き起こすためではなく、大陸から遠く離れ多くの船舶が行きかう地域での海難事故発生を防止するため」とメディアに説明した。
一方米国の見方は懐疑的。趙教授は、米国シンクタンクCSISの中国問題専門家、ボニー・クレーザーの発言を次のように引用した。
「習近平の言う軍事拠点化が何を意味するのか判然としない」「(非拠点化とは)戦闘機に滑走路を利用させないのか、ミサイル配備をしないのかなどすべて中国側の定義に委ねられている」「キーポイントは、北京が将来これをどう使うかだ。埋め立てが違法ではないとしても、中国の軍事ポストは平和目的だと主張するのは幼稚すぎる」。
軍事拠点化と航行の自由に対する中国側の見解として趙は「中国の島嶼建設は、地域国家と国際社会に公共財を提供するためであり、南シナ海の航行・飛行の自由に何ら影響を与えるものではない」(9月29日 中国外交部スポークスマン)との発言を引用した。公共財とは「船舶の航路標識であり、航行管理と海難救助に役立つ」としており、航路標識などを指す。
◆沖ノ鳥島の先例を参考
中国は「9段線」内の全ての島嶼を自国領と主張しているわけではない。その中の多くの島嶼を中国領と主張しているのであり、日本を含め西側諸国が誤解している点だ。中国は領有権を主張している赤瓜礁(ジョンソン南礁)、華陽礁、美済礁(ミスチーフ礁)など南沙の7島嶼で2014年から埋め立て工事を始めた。趙は「これらの工事は日本の沖ノ鳥島を先例として参考にしたもので、完全に合法であるだけでなく周辺国家のシーレーン安全航行の一助となる」と弁護する。
趙は続けて「国際法では、主権争いのある島嶼あるいは岩礁での構築物建設や主権強化を禁じておらす、中国の行動は国際法違反ではない」「マレーシア、フィリピン、ベトナムが南沙埋め立て工事の後、滑走路を建設し軍隊を駐留させているのは違法だろうか? 沖ノ鳥島では、灯台と気象観測所を建設している」と指摘する。
沖ノ鳥島は、南北約1.7km、東西約4.5km、周囲約11kmのサンゴ礁。干潮時には環礁の大部分が海面上に姿を見せているものの、満潮時には礁池内の東小島と北小島を除いて海面下に沈む。
日本政府は1996年、国連海洋法条約発効に併せて同島を中心とする200カイリの排他的経済水域(EEZ)を設定、これにより日本のEEZは43万平方キロとなる。これに対し中国は2004年4月22日、沖ノ鳥島は「島」ではなく「岩」であり、「日本の領土とは認めるが、EEZは設定出来ない」と主張し対立が始まった。
趙教授は、中国側の主張をベースに「日本は岩礁を島嶼に変変する先例を作った」と主張。「改変」の具体例として(1)水没の危険防止のため、周囲をセメントで固め気象観測所を建設(2)2005年に灯台と気象観測所を設置(3)経済的生活が営まれるよう2005年から海水温度差発電所の建設実験開始(筆者注 石原慎太郎都知事の提言)(4)2009年から、大型港湾施設など人が生活できる施設を拡充。将来は自衛隊や海上保安庁の駐留を計画—などを挙げた。そして「満潮時に海水面にある面積が10平方キロに達せず、人の居住や経済生活を維持できない」ため、国連海洋法条約第121条3項で定めた「島嶼」ではなく「岩礁」に過ぎないとの論理を展開した。
(図5)
◆ミサイルと機雷で侵入阻止を
趙リポートは、沖ノ鳥島の日米による軍事的意図にも触れ「南太平洋への戦略的シーレーンで、中国勢力による太平洋への進出を阻止、妨害、排除するのが目的。将来は自衛隊のレーダー基地として中国艦船の航行を監視することも可能」としている。こうした位置づけは、中国の海洋進出は第1列島と第2列島線を突破し、第1列島線以西を「中国の内海化する戦略」と位置付ける日本の右派識者の見解と対称的な相似をみせる。
趙が挙げる「南沙軍事化」は刺激的である。彼は、「岩礁」を「島嶼」に変える埋め立ては、不要な懸念を招くだけだから「急ぐべきではない」と主張する一方「(米軍による)12カイリ内への侵入を防ぐため、先進兵器を配備して進入を防ぐ有効措置をとるべき」と提言しているのだ
先進兵器配備について具体的に(1)陸上配備のレーダー基地(2)外国軍艦への警告砲撃(3)機雷の敷設とミサイル配備による外国艦船の撃退(4)12カイリ領海への侵入者に対する拘束調査(5)防空識別圏を南シナ海にも設定—を挙げた。
習近平ですら否定する「軍事拠点化を積極的に進め、南沙防衛を強化すべし」という主張が中国軍部からではなく、台湾を代表する大学教授から提起されたのは興味深い。なぜ台湾学者がこうした主張をするのかは次に説明する。趙の提言は、南沙情勢が「本当の意味で」悪化・緊張した場合、中国側が採用するかもしれない「対抗策」として留意すべきであろう。
◆台湾回収とともに中国主権下に
最後に中国南海研究院の張暁林客員教授の報告「第二次大戦後、中国の南シナ海主権の確立過程と当面の南シナ海の戦略的地位」の要旨(写真6)を紹介したい。中国と台湾による南シナ海の島嶼の領有権主張の法的根拠と、この問題では両岸が協調する背景を率直に説明しているからだ。「中国南海研究院」はあまり聞き慣れない組織だろう。研究院のHPによると、2004年南シナ海を専門に研究、学術交流を進める研究機構で、海南省の海口市にある。張暁林客員教授は海軍関係者とみられる。
(写真6 台湾が実効支配する「太平島」1946年、主権記念碑を建てた中華民国海軍の将兵)
張はまず南シナ海領有の歴史的経緯について次のように説明した。
「日本の降伏後『カイロ宣言』と『ポツダム宣言』に基づき、中国は日本が占領した台湾を取り戻した。台湾回収は,日清戦争後の50年間にわたる台湾と大陸間の分断の歴史に終止符を打った。日本は台湾占領中に南シナ海のすべての島嶼を台湾管轄下に置いていた。だから、台湾の回収は南シナ海島嶼の回収を意味し、中国が領有する重要な法的根拠である」。
ここでいう「中国」とは、言うまでもなく中華民国政府のことである。1949年の中華人民共和国成立とともに、北京政権が中華民国を継承したから台湾支配下にあった南シナ海の島嶼は、中国が領有権を持つという論理である。
続いて、中国の主権確立の前提として次の4点を挙げた。(1)中国は対日戦の戦勝国であり、一連の国際条約の規定に基づき日本に奪われた中国領土を回収(2)中国は国連常任理事国であり、国際的な大国の地位は国際的な承認を獲得(3)南シナ海周辺国家のうち、中国は総合的な実力が最強の国家(4)中国と紛争を起こしている国家は、大戦中ないし戦後の一時期には、独立国家ではなく植民地だった。植民地は国際的法人の地位はなく、戦勝国でもない—。
この認識の下、中華民国政府は1946年、西沙諸島の「永興島」と南沙の「太平島」を回収、同所に記念碑を設けた。両島の名称は、当時の軍艦の名称に因む。太平島は南沙最大の島で、現在は台湾が実効支配し行政区画は高雄市に帰属。海軍陸戦隊員や海岸巡防署員が常駐しているが、ベトナム、フィリピンも領有権を主張している。台湾政治大の趙教授が中国の支配する南沙諸島の軍事化を主張するのは、それを否定すれば台湾が実効支配する両島の軍事拠点が否定されかねないという懸念からであろう。
◆9段線は暫定国境線
さて張氏は中国が主張する「9段線」についてどのように説明したか。中華民国政府は1946年12月、南シナ海のほぼ全域を占める「11段線」を引き、これを周辺との境界線とした(写真7)。張は「当時の国際社会は意義を唱えず、その後独立した周辺国家(フィリピン、ベトナムを指す)も外交上の抗議をしていない。ソ連、日本、フランス、ドイツ、英国で出版された地図にも11段線が描かれている」と述べて、中国の主権の正さを強調した。11段線は中華人民共和国と北ベトナム誕生後の1950年代初め、ベトナムとの友邦関係を考慮して「9段線」に差し替えられた。
(写真7 西沙諸島の主権記念碑)
その法的正統性について「われわれは、世界と周辺国に対し断線は『暫定国界線』に過ぎないと説明してきた。もし争いを唱えるなら、対話を通じ画定する必要がある。従って、紛争当事者が協議に入らず、あるいは協議で結論が出るまでの間は、暫定境界線は未画定の性格を帯びる」と結論付けた。これは中国側の公式見解の繰り返しでもある。ベトナム、フィリピンなど紛争当事国とのバイの会談を通じ、正式の国境線画定をする方針を繰り返したのだ。張は最後に次のように締めくくった。
「中国は海洋強国の建設という戦略目標を打ち出し、習近平は『一帯一路』の大戦略を提起した。南シナ海は中国の海洋政策の中でも最も重要であり、中国の未来の海洋戦略の中で、替えることのできない地位を占めている」。説明は不要であろう。
(筆者はオルタ編集委員・共同通信客員論説委員)
※この記事は海峡両岸論・第59号から著者の承諾を得て転載させていただきました。