ミャンマー通信(6)

土地国有と農地取り上げ         中嶋 滋

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ミャンマーでは、民主化に向けて様々な分野で改革が進められていますが、必
ずしもうまく運んでいるとはいえない事態も多く起っています。
その1つの典型が、土地所有をめぐる問題です。

ミャンマーの土地所有は、1962年のネ・ウインによる軍事クーデターと「ビル
マ式社会主義」導入によって国有とされてきました。農民は土地使用(耕作権)
契約を国と結ぶ形で農地を確保してきたといいます。毎年契約金を払って耕作権
を更新して自作農の形が取られてきた訳です。こうした制度下で軍政時代には、
俄には信じ難い土地の取り上げ事件が多く起ったといわれています。

例えば、有力者の息子の結婚式に来賓として出席した軍事政権幹部が、お祝い
に土地をプレゼントすると言い、現に農民が耕作している土地を取り上げてしま
うというような事件です。農民との耕作権契約を一方的に破棄し、プレゼントし
た相手に契約する権利を与えてしまうというような手口がまかり通っていたので
す。

農地取り上げが大規模に行なわれたのは、タン・シュエ上級将軍率いる軍政時
代でテイン・セイン現大統領が首相を務めていた2008年のことだと言われていま
す。農業のことを全く知らない人が「会社化して生産性をあげる」とする案を利
権がらみで強行実施したということです。ヤンゴン近郊の農村部では、「国民発
展会社」を名乗る企業が農地の買い漁り(強引な耕作権移転の促進)を行い、多
くの農民が農地(耕作権)を失ったといいます。

被害者の圧倒的多数は貧しい農民で、家族がバラバラになってしまった人も少
なくないと言われています。これらの人々の中には、会社に雇われ農業労働者と
して働いている人もいますが(その多くは会社経営に関与する有力者にコネを持
つ人)、機械操作ができる人でも月7~万チャット(7~8千円強)の収入しかえ
られず、子どもたちは3~4年で学校をやめて働かざるを得ないのが実態だそうで
す。日本円に換算してわずか数万円で手に入れた農地を宅地化し1千万円で売っ
たなど、利権で宅地転換し大もうけをした例も少ないと聞きました。

民主化の進展に伴って、かなり自由に意見がいえる状況が出てくると、当然に
も抗議と補償を求める声は高まってきました。それを受けて政府は、1エーカー
当り500万チャットを補償金として支払えと命令する措置をとりました。しか
し、大もうけした現職の大臣ですら、100万チャットしか払わず残りの400万
チャットを未払いのまま放置していると言われています。

農民の中には、農業分野での「会社化」導入政策をとったのが大統領が首相で
あった時代であることと、現職大臣の補償への対応に対して大統領が断固とした
措置を取らないことに対して、露骨な不信感を示す人も少なくありません。
この農地取り上げ問題は今も解決せずに、新たに起った問題と絡んで深刻さを
増しています。

■土地所有改革と新たな買い占め

政府は、経済の自由化推進に伴い土地所有の自由化を進めています。本年2月
に土地所有法が改正されて個人所有が認められ、農地に関しては農民が自分で耕
作している土地の所有権を持つことになりました。先に触れたように、これまで
契約金を払って国から耕作権を認められるという形になっていたのですが、その
耕作権を基礎に自分で耕作している農民にその土地の所有を認めるとした訳です。

現在各行政区で、耕作の有無を確認する作業を経て、農民に所有権を移す(権利
証を付与する)手続きが進められています。このこと自体は歓迎され支持される
べきものです。

ところが、種もみ代、肥料代、農薬代などで借金を抱えている貧しい農民を狙
った土地買取り事例が、特に稲作中心の農業拠点地域でかなり大規模に出てきて
います。ヤンゴン近郊の村では国会議員や商工会議所役員を含む16人の有力者た
ちが関与する企業が、広大な土地を買い占めたことが明らかになっています。そ
こでは買い占められた土地に看板が立てられているのですが、企業名が異なるに
もかかわらず、その形態が使用されている文字のフォントなど全く同一で、背景
に相当大掛かりな意図の存在を感じさせます。

危惧されることの第一は、農民が総人口の65%を超える農業国のミャンマーで
多数を占める貧しい農民たちが土地を失っていくことにより、農民と農村の持続
可能な発展が不可能になってしまうことです。バランスを欠いた急激な工業化
は、貧富の格差を一層拡大させ社会的な不安定を増大させる可能性を増します。
そのことは民主化の安定的・継続的な進展を危うくしかねません。

この問題は、合法・非合法を問わず主に近隣諸国への移住労働者の増加問題と
リンクしています。タイには既に家族を含めると500万人におよぶミャンマーか
らの移住労働者がいるといわれ、主に日本でいう「3K」労働を担っていて彼ら
抜きにタイ経済は成り立たなくなっているとさえいわれています。マレーシアで
も多くのミャンマー人労働者が働いていて、最近ではミャンマー国内のイスラム
教徒との宗教的な軋轢の高まりがマレーシアに飛び火し暴力事件が頻発するなど
の事態となっています。

様々な問題がありながらも、土地なし農民の増加は、間違いなく移住労働者の
増加に結びつくと思われます。家族離散が拡大し、その被害の多くは子どもに及
びます。未修学、修学途中でのドロップアウト、児童労働の増大は、ミャンマー
の将来に深刻な事態をもたらすことになります。

土地買い占めの動きを何とか押しとどめるためには、土地を売る農民を増やさ
ない取り組みが不可欠です。その推進には、農民組合との協同の取り組みによっ
て、貧しい農民への支援活動(当面、主に農業技術支援と農機などの協同購入支
援など)を強化することが必要だと思っています。例えば、グラミーバンクのよ
うな仕組みをつくって、土地を売らなくても済む経済力を培うこととセットで取
り組みを進めて、農業労働組合が自力で問題解決を図っていくために協同で何が
できるかを考えています。

(筆者は在ヤンゴン・ITUCミャンマー事務所代表)

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