【コラム】海外論潮短評(108)

頻発する山火事で荒廃するアメリカの森林 — 地球温暖化に拍車

初岡 昌一郎


 英週刊誌『エコノミスト』7月9日号の「ブリーフィング」(解説記事欄)で、地球温暖化の重要な要因の一つである森・緑地の喪失が、アメリカにおいて深刻化し、これがさらに温暖化に拍車をかけていると伝えている。地球温暖化問題を先月号とは異なる側面から取り上げているこの記事の概略を以下に紹介する。

 この長文の記事は、アメリカ西部のワシントン、オレゴン、カルフォルニアの各州とシエラネバダ山地からの現地報告を同誌編集部がまとめたものである。

◆◆ 史上空前の大規模な山火事と深刻化する水不足

 昨夏8月、オレゴン州で出火した山火事はアメリカ西部12州に広がり、合計2億5,000万エーカーの林野を焼く史上最大の惨事となった。その地帯の森が壊滅しただけではなく、域内の渓谷と湖には水を求めて集まった動物:コヨーテ、鹿、齧歯類などの死体が大量に散乱し、目を覆う無残な状況で、その処理は苦痛に満ちたものであったと連邦土地管理局担当官は報告している。その地帯の河川では、焼け焦げた動物死体の間を灰混じりの黒ずんだ水が流れていた。

 火災、病害、旱魃などにより、世界で4番目に広大な、アメリカの森林・緑地が毎年大規模に失われている。これは多年にわたり自然を犠牲にした経済活動の結果である地球温暖化に起因するものであり、同時に森林喪失が温暖化を促進する原因となっている。自然の荒廃は特にアメリカ中西部で加速化している。

 アメリカ最大の公有地である西部森林地帯はこの100年間、森林警備隊(レンジャー)と牧場主(ランチャー)、伐採業者とグリーン派、連邦政府と規制廃止論者間の闘いの的であった。この争いがアメリカの環境政策に深くかかわってきた。森林荒廃対策はアメリカの環境対応能力を測る重要な尺度となっている。この6月、オバマ政権は気象変動対策の一環としてカリフォルニア州のヨセミテ国立公園の維持強化を決定した。ヨセミテは、2013年に同州で3番目に大きな山火事よって25,000エーカー以上を焼失して以来、公的規制解除を求める民営化派の攻撃によって政治問題化していた。

 森林消失の規模に愕然とせざるを得ない。アメリカの森林7億6,600万エーカーのうち、約1,000万エーカーが山火事によって昨年失われてきた。これは統計記録が始まった1960年以降で最も広い地域だ。山火事の原因は、芝刈り機の火花からの引火、タバコの投げ捨てやキャンパーの失火、雷などである。消火には3万人以上が動員され、連邦政府は20億ドル以上のコストを負担した。

 山火事の拡大は世界的な問題だ。近年、シベリア、タスマニア、カナダ、インドネシアなどで記録破りの大火が相次いだ。環境団体「グリーンピース」によると、今年5月の1年間にロシアの火事で700万エーカー以上の森林が失われた。カナダで毎年焼失する森林の規模は1970年代の倍以上になっている。今春5月に始まったアルバータ州の山火事で、150万エーカーの森と2,400件の建物が焼失した。

◆◆ 深刻な病虫害と旱魃の被害 — 誤った管理のツケ

 虫害による森林破壊は大見出しで報道されることはないが、エコロジカルには悲劇的なものである。連邦森林管理庁が6月に発表したところによると、カリフォルニアのシエラネバダ山地だけで、虫害と旱魃の相乗効果により、昨年10月以降2,600万本の樹木が失われた。2010年以後、6,600万本が枯死したと推定されている。温暖化を一因とするこの破壊がさらに温暖化促進の原因となっている。

 西部の大半は乾燥しきっている。気候循環によるラニーニャ現象と人為的な温暖化の相乗効果によるものだ。カリフォルニアの旱魃は今後激化すると予測されている。アラスカの冬季気温は過去60年間に摂氏3度以上上昇しているが、今後そのインパクトは深刻化するだろう。アラスカ、ロッキー山脈、シエラネバダなどでの気温上昇が山火事の季節を長引かせている。1970年以後、平均要注意期間は50日から125日に増えている。

 10万エーカー以上にわたるメガファイアーが増え、過去10年では平均10件を上回っている。15万エーカー以上を焼き、4,000人以上の消防士が出動した山火事が、昨年、シエラネバダ山地で15件に達した。カリフォルニア州サンディエゴ郡だけでも、大火3件の被害が24.5億ドルに上った。

 誤った管理が山火事被害を拡大した。1910年のアイダホ、モンタナ、ワシントンの3州で300万エーカーを焼失した火事以降、政府は懸命に山火事対策に取り組んできた。出火翌日の午前10時までに消火することが目標として設定されたために、セコイアなど寿命が長く、生態系維持に重要な役割を果たしてきた樹木を守るという、これまでの選択的伐採による消火活動を止め、全面的な森林伐採による類焼防止策がとられることになった。このことが頻発する山火事に対する抑制効果を弱め、燃焼しやすい森林構成を生み出した。

 伐採後における代替樹木の密植が類焼拡大を招いている。地方の森林は間隔を置いた大木が支配的であったが、より成長の速い品種の樹木の密集地帯となり、低い灌木群から抜け出そうとするそれら樹種が水分を奪い合うことになっている。

 防火活動は熱心に行われ、防火地帯に家屋を建築することが奨励されてきた。その結果、山火事発生件数は、1981年の25万件から昨年の6.8万件へと低下している。しかし、いったん発生すると、壊滅的な被害をもたらす規模になりがちである。

 1990年代以後、4,200万エーカーの松林がカブトムシにやられた。このような虫害は拡大している。比較的山火事の被害が少なく、植民以前の森林が80%を占めていた東部でも虫害が広がっている。虫害拡大の理由は山火事の原因と同じだ。温暖化、乾燥化、冬季の短縮などが虫類の爆発的繁殖を招いている。甲虫類が激増しているところでは、最後の砦となっている西部をはじめ原生林が死滅しつつある。年によっては、虫害が火事による被害を上回っている。

 大規模山火事は立木だけではなく、地表にある種子や栄養分を奪う。森林が虫害で突然死滅すると、後には雑草と低灌木が繁茂する。いずれも森林の再生を阻害している。これらの悪影響を軽減するためには、倒木を片付け、植林する大掛かりな取り組みが必要だが、現状では望み薄だ。仮に失われた樹種が再植樹されても、植生分布が気温上昇で変化しているので、多くは失敗に終わるだろう。

 植物の北限と南限が気温上昇によって変化しているので、それに見合った植林計画が必要だ。樹木再生の機会は大きいものの、試行の成否は予測困難であり、実行は容易ではない。成木になる間の気温上昇予測や、樹種の新土壌への適応可能性を勘案しなければならない。最近の研究によると、樹種の約60%が生育しうる地理的限界が気候変動によって狭まっている。

 こうしたロスは新しい成長によって部分的には相殺される。アメリカの森林は広大で、今後長期にわたって生産的であり続けるだろう。万年雪が解け、凍土が緩むにつれて、アラスカの緑化が進み、森林が広がるに違いない。肥沃な中西部が19世紀中葉から開拓されだすと、東部諸州の森林は少しずつ回復しだした。この傾向はこれは今後も続くだろう。でも再生林はまだ若くひ弱で、温暖化を阻止できるほどの規模ではない。

 植林によって自然の回復力を高めるためには、焼け焦げ残留物、倒木や立ち枯れなどを整理する大規模な公共事業が必要だが、現状では予算的に不可能だ。森林庁の予算の半分以上が、昨年は消火活動に支出されている。8,000万エーカーの既成植林地帯の間伐もままならず、密集度が高まっているほどだ。このままだと、2025年には森林庁予算の3分の2以上が消火活動に消費されると予測されている。

◆◆ 森林管理は政府と市民の責任 — 甦るルーズベルト時代の教訓

 温暖化が進行する限り、森林の後退を阻止することはできないが、有効な政策の一つが森林の公的管理強化だ。オバマ大統領が国立公園と国有林の拡大を打ち出したのは、ルーズベルト大統領の故智に学んだものである。154ヵ所の国有林のうち150は同大統領の統治下で国有化された。彼が温暖化のことを心配していたとは言えないとしても、防火防災を目的とする政府の役割を重視していた。1910年に彼は早くも「環境保護という巨大な仕事では政府が最も重要な役割を担うべきである」と宣言していた。

 それから1世紀後「地球温暖化は中国人が考案した悪ふざけ」と主張する男を大統領にアメリカが選ぶ可能性が出てきたことは、民主主義の後退だけではなく、人類の進歩にとっての脅威である。ドナルド・トランプの党に妨害されて、オバマは自分が望んだほどに炭素排出を削減できなかったが、森林保護政策では前進が見られた。

 伐採業者と鳥類保護の環境保護運動の数十年にわたる対立は1990年代にピークを迎えた。暴力事件をまじえながら西部全域で伐採が阻止され、連邦森林庁は解体寸前となった。今ではかつての敵同士が森林の管理向上のために協力している。このようなパートナーシップを奨励する法律を議会が制定した2009年以後、公有林を監督するために、業界、環境団体、政治家、連邦機関の協力が進んできた。その結果の一つとして、間伐や焼山農法が厳しく抑制されるようになっている。

 これとは別に、15年前から水源森林の管理改善のために多くの地方で同様なパートナーシップが形成されている。好例はデンバーやサンタフェで、森林管理の費用を下流の水道利用者が負担している。オレゴン州アシュランドでは、森林局、市役所、環境NGOが、2010年に森林管理協定を結び、業者とグリーンが調査、間伐、改善のためにともに活動している。その活動費に充てるために、市は世帯当たり1.5ドルの水道税を導入した。

 地方に基礎を置き、幅広い支持を受けているこうした実務的制度は、気候変動を管理するモデルを提供している。それはアメリカのプラグマティズムと市民参加の伝統に根差している。大きな問題は、より真剣な排出ガス規制にこのような前進を結びつけることができるかだ。その道はまだ遠い。

 アメリカにおける大規模森林とその急速な消滅を観察したアレクシス・ド・トックビルは「アメリカ人は信じがたい破壊ともっと驚くべき成長を日常的に目撃しているので、これを驚くべきこととは見ず、世界における当たり前の進歩と見做している」と述べた。1831年に行われたこの観察が今日でもほとんど当てはまる。

◆ コメント ◆

 朝日新聞『グローブ』9月号が「森の生かし方」を特集している。その記事によると、米エール大学研究チームが英科学誌『ネーチャー』に発表した論文は、衛星画像のコンピュータ解析の結果として地球上の現存樹木を3兆450億本と推定し、年間約150億本が伐採されているとみている。人類はこれまでに地球上の森林46%を喪失させてきた。

 国連食糧農業機構(FAO)は、森の面積は地球陸地の3割で、その3割が原生林、天然再生林が6割、植林による人工林が1割と算定している。森は毎年減少しているが、最大問題は再生困難な原生林の喪失である。炭酸ガスを吸収して温暖化を阻止する役割だけではなく、生物多様性が失われては取り返しがつかない。

 先進国の中で森林の割合が一番多いのはフィンランドで、73.1%、次いで日本が68.5%だ。これに0.1%の差で続くのがスウェーデン。日本の公的森林管理がほとんど無策であるのに対し、スウェーデンは年間森林伐採量を50分の1に抑え、自然林が回復できるペースで森林の保護を図っている。

 森林を第一次産業の資源としてだけではなく、最近では人間生活を豊かにするするために利用することが重視されている。エコツーリズムやウォーキングなど健康維持や癒しの場として、森に新たな価値が見出されている。人間生活の中に樹木や緑をもっと取り入れることが、省エネルギーと温暖化阻止のためだけではなく、豊かな人間性を涵養することにも資する。

 韓国を訪問するたびに目を見張るのは、近年における緑化努力の進展である。1960年代半ばに初めてソウルを訪問した当時、赤茶けた周囲の山々に囲まれた殺伐とした風景に心が痛んだ。日本の長年にわたる植民地支配と50年代の朝鮮戦争の傷跡が生々しかった。ところが、今の韓国では市街地と周囲の山々が豊かな緑に包まれるようになっている。これは国民的な努力の成果だ。さらに、死者を自然に返す「樹木葬」が韓国で広がりつつあることにも注目したい。

 森林保護・再生、その人間性涵養と生活上の活用のためには、政府による適切な管理政策と公共投資が不可欠である。それとともに、住民参加、社会的な関心と理解、ルールつくりも必要だ。例えば、少なからぬ山火事がタバコの投げ捨てに起因していることから見れば、森林・緑地帯における禁煙、少なくとも歩行中禁煙は徹底すべきだろう。

  (姫路独協大学名誉教授)


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